【寄稿】明日(9月1日)日経新聞「経済教室」に

明日、9月1日の日経新聞「経済教室」に寄稿しています。3回シリーズ「流動化する中東」の第3回(下)です。体調を崩していたので間に合うかおぼつかなかったのですが、最終回にどうにか間に合いました。

シリーズのこれまでのところを見てみました。上は、間寧さん(日本貿易振興機構アジア経済研究所中東研究グループ長)、中は田中浩一郎さん(日本エネルギー経済研究所中東研究センター長)です。

間さんはトルコのエルドアン政権とギュレン派の対立など内政を中心に、それに絡んだ欧米との関係の冷却化に言及しつつ、トルコはロシアと欧米と両方との関係をもって梃子にしてきたことから、軋轢の高まる欧米との関係も、決定的に悪くはならないのでは、という見通しも示唆していらっしゃいます。

田中さんは、米国のエネルギー資源の中東依存度の低下、原油価格の低迷などを背景に、米イラン核合意で高まったサウジアラビアの危機感が、イランとサウジの対立を激化させ、地政学リスクを高める要因となっているといった点を含め(雑なまとめですみません)、トルコの「イスラーム国」や他のシリアのイスラーム主義民兵への支援などについて、ニュアンスに満ちた解釈を示しておられます。

それに対して私の方は、「アラブの春」以後のアラブ諸国の国家と社会の崩壊が、民兵集団の跋扈する武力の多元化状況をもたらし、トルコやロシアなど地域大国・域外大国の介入が加わって流動化する流れを主に議論しています。

「経済教室」はシリーズの他の回が誰になるか、どんなテーマと内容かを教えてくれないのですが、結果的に相互補完的になるのが不思議です。

また、単争点的な議論をしない人が主に執筆依頼を受けるためか、総合的な部分では重なるところが多いようです。トルコから、イランから、アラブから見たとしても、いずれも米国やロシアとの関係が及ぼす影響を考慮しますし、非国家主体の台頭にも着目します。また、アラブの問題にイランやトルコが介入することが当たり前になってきたため、切り分けて論じることに、またどれか一つの視点を絶対視して議論することに、意味があまりない時代になってきました。

そのため、どの視点からも、結論に違いはないのではないでしょうか。

【寄稿】『中央公論』9月号に宇野重規さんとの対談が

宇野重規範さんとの対談が『中央公論』9月号に掲載されました。

宇野重規・池内恵「宗教と普遍主義の衝突」『中央公論』2016年9月号(8月10日発売)


『中央公論』2016年9月号

テロや難民問題、そしてSNSの時代の民主主義そのものが、欧州に発し世界に広げてきた普遍主義の理念の限界をあらわにしていく、という課題について対談の席を設けていただきました。

お相手は最近『保守主義』(中公新書)が売れている宇野さん。

私自身は、自由主義や人権といった観念の普遍性そのものが捨て去られたり乗り越えられたりしているわけではないが、その適用の限界が見えてきている、そしてグローバル化の中でイスラーム教という別種の根拠を持った普遍主義との間で摩擦が生じている、という点を、日々の事件や事象の中に常に見出していますので、それについて理論的に考えられて、勉強になりました。

私自身は西欧起源の普遍主義は嘘だ!という立場では全くないのですが、自由や人権という理念を無自覚に内在化していることで、逆にイスラーム教の別種の普遍主義の主張が存在して力を持ち、現に世界の人口のかなりの割合を動かしていることに気づけなくなり、適切に対処できなくなる、そしてそここそが、西欧の近代の自由や人権の基礎が綻びるところなのだ、という問題を以前からあちこちで論じていますが、それをまとめて言う機会を、そして言って受け止めてもらうならもっとも適切な相手を得ました(宇野さんにとって私が適切な対談相手だったかはわかりませんが・・・)。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』の出版意図についても話したりしています。

対談した頃にNHKのスクープがあって、巻頭特集をそっちで組むために、編集部は忙しかったようですね。。。

縦横にお話できて、誌面に乗りきらないところも多くある、有益な対談でした。

【寄稿】Voice9月号に『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』についての談話を

長めのインタビューがVoice 9月号に掲載されました。

池内恵「甦るサイクス=ピコ協定」『Voice』2016年9月号(8月10日発売)、183−189頁


『VOICE(ヴォイス) 』2016年 09 月号

この雑誌は初登場です。

目次の前後はこんな感じ。「おもてなし」に経営マインドを持ち込もうとしているアトキンソンさんが英国議会主権を語っているらしい。門川大作京都市長の対談と混同してしまった。

連載コラムには山形浩生さんとか三浦瑠麗さんなど。

Voice2016年9月号目次

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』の内容を土台に、現在の中東情勢についても議論しました。本を書きながら普段考えていることを活字にしたような形です。

【寄稿】『週刊エコノミスト』の読書日記では『「憲法改正」の比較政治学』を

『週刊エコノミスト』の読書日記欄に寄稿していました。もう23回目になるんですね。

池内恵「改憲をめぐる憲法学者と政治学者の『一騎打ち』」『週刊エコノミスト』2016年8月2日号(7月25日発売)、59頁

取り上げたのは駒村圭吾・待鳥聡史編『「憲法改正」の比較政治学』(弘文堂、2016年)でした。

「しかし昨夏の安保法制国会可決の際にピークを迎えた「護憲」論には不可解なところが多くあった。護憲派を自認する側が、東大法学部を序列の頂点とする権威主義や、内閣法制局長官に代表される法制官僚による特権的な解釈権を主張して、自らの政治的立場を正当化したのである。これは到底自由主義と呼べるものではなく、偏差値信仰に依拠した擬似封建的な身分制度に基づく特権官僚支配を擁護する立場とすら言っていい」

・・・なんて書いていました。

この現象をイラン・イスラーム革命後のシーア派法学者が保持する三権に超越する権を参照して考えてみました。神の法とその神秘的・超自然的・無謬の解釈能力を持つイマームとその代行者たる法学者という頑強な信仰・理念の体系があり、それが広く庶民に支持されているイランの場合に比して、日本の場合はこのような憲法学者の立場はどのような根拠に基づいているのか。

フェイスブックでは今回の連載寄稿について、二度ほどフォローアップを書いてあります。

告知が遅れてしまったので雑誌は書店にはもう置いておらず、またいつも通りKindleなど電子版には掲載されていないので、アマゾンの在庫へのリンクを貼っておきます。

『中東協力センターニュース』への寄稿リスト(2012〜2016年)

『中東協力センターニュース』への連載寄稿は、「『アラブの春』後の中東政治」との通しタイトルで、2012年から14年にかけて8回にわたって続け、その後雑誌の月刊化・ウェブ化に合わせて2015年4月にリニューアルし「中東 混沌の中の秩序」としてから、今回が6回目です。連載と言っても毎回別のテーマについて分析しています。リニューアルを機に連載間隔を3号に一回、つまり四半期に一回と決めて、必死に守っています。

月刊誌時代の『フォーサイト』の連載「中東 危機の震源を読む」では月一回、決められた日を締め切りとする定時・定点観測を行っていましたが、『フォーサイト』がウェブ化してからは連載をアーカイブ的蓄積として活用しつつ、新たに「中東の部屋」そして「池内恵の中東通信」を設け、事態に即応した臨機応変の、半日単位での即時性を追求しています。

その反対に『ブリタニカ年鑑』では一年に一度というのんびりした間隔での、世界のイスラーム教をめぐる動向に限定した、定時・定点観測を行うことになっています。

『中東協力センターニュース』の連載寄稿はこの中間ぐらいで、四半期に一度、その時点での中東やイスラーム世界に関する重要な課題を選んでまとめてみることで、頭をリセットするために使っています。これを重ねていくと、論文や単行書へとつながっていきます。

ツイッター(@chutoislam)では分単位の隙間時間にニュースをリツイートすることに限定し(時々遊びがあります)、フェイスブック(https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi)では、ソーシャル・リーディングの過程で刺激さえて思いついたあらゆることを試しに書いてみる、という具合でしょうか。そこから何かにつながることもありますし、何にもつながらないこともあります(たいていは直接的には何にもつながらない)。フェイスブックからアゴラへの転載を一部許可しているのも、偶然何かにつながればいいかな、という軽い気持ちからです。

それらの複数のメディアへのアクセスをこのブログで一括して行うポータルとしての機能を高めたいところです。

『中東協力センター』への寄稿がかなり溜まったので、この間の中東の変化を振り返る意味も込めて、リストにしてリンクを貼っておきます。何回かは、刊行された時にブログで告知をするのを怠っていました。そもそも2013年まではブログも存在しなかったわけですし。全て無料でダウンロードできます。また中東協力センターのウェブサイトのJCCMEライブラリーには他の論稿も一覧になっており、ダウンロードできます。

「『アラブの春』後の中東政治」
第1回「池内恵「エジプトの大統領選挙と「管理された民主化」『中東協力センターニュース』2012年6/7月号、41-47頁
第2回「政軍関係の再編が新体制移行への難関──エジプト・イエメン・リビア」『中東協力センターニュース』2012年10/11月号、44-50頁
第3回「『政治的ツナミ』を越えて─湾岸産油国の対応とその帰結─」『中東協力センターニュース』2013年4/5月号、60-67頁
第4回「アラブの君主制はなぜ持続してきたのか」『中東協力センターニュース』2013年6/7月号、53-58頁
第5回「エジプト暫定政権のネオ・ナセル主義」『中東協力センターニュース』2013年10/11月号、61-68頁
第6回「エジプトとチュニジア──何が立憲プロセスの成否を分けたのか」『中東協力センターニュース』2014年2/3月号、74-79頁
第7回「急転するイラク情勢において留意すべき12のポイント」『中東協力センターニュース』2014年6/7月号、67−75頁
第8回「中東新秩序の萌芽はどこにあるのか 『アラブの春』が一巡した後に」『中東協力センターニュース』2014年10/11月号、46−51頁

「中東 混沌の中の秩序」
第1回「中東情勢を読み解く7つのベクトル」『中東協力センターニュース』2015年4月号、8−16頁
第2回「4つの内戦の構図と波及の方向」『中東協力センターニュース』2015年7月号、12−19頁
第3回「ロシアの軍事介入による『シリアをめぐる闘争』の激化」『中東協力センターニュース』2015年10月号、10−17頁
第4回「サウジ・イラン関係の緊張 背景と見通し」『中東協力センターニュース』2015年1月号、14−25頁
第5回「エジプト・サウジのティラン海峡二島『返還』合意―紅海沿岸地域の安全保障体制に向けて―」『中東協力センターニュース』2016年4月号、9−20頁
第6回「ラマダーン月のテロ続発の思想・戦術的背景」『中東協力センターニュース』2016年7月号、14−22頁

【寄稿】ラマダーン月のテロについて、宗教的背景と論点整理を『中東協力センターニュース』に

2週間ほどブログの更新を休んでおりました。ドイツから南仏にかけて、じっくり考えながら動いておりましたので、ネットの繋がりも悪く、時間もなく。地図シリーズ、毎日更新していたのが途絶えてしまいましたが、そのうち再開します。まずは論文を優先ですね。

その間に出版されていた成果を順次アップしていきます。まずはこの一本。

池内恵「ラマダーン月のテロ続発の思想・戦術的背景」(連載「中東 混沌の中の秩序」第6回)『中東協力センターニュース』2016年7月号、14−22頁

ダイレクトリンクはこちら

イスラーム教の断食月であるラマダーン月は、今年は7月5日に終わりましたが、この時期にテロへの扇動がなされ、実際にテロが相次ぎました。日本での一般的な印象や言説として、「敬虔さが増す断食月になぜテロをやるのか」という議論がありますが、異なる宗教規範の元では、断食が課されているということと異教徒・背教者との戦闘行為への熱が一部で高まることとは矛盾しない場合があります。事件に関する基礎的事実関係を整理しつつ、そのあたりの議論の混乱の解消を試みたもので、ぜひ読んでみてください。

ラマダーン月の終わりとともにテロの連鎖が終わるのではなく、むしろラマダーン月のテロ続発に触発されたのか、7月後半には特にドイツやフランスでテロが続きました。私の西欧滞在中にローン・ウルフ型のテロが西欧でピークに達した感がありました。

世界を見るためのインフラを誰がどこで作っているのか

今朝(6月16日)のFacebookへのポストを転載しておきます。日経新聞のニース・テロに関する記事「呼応テロ、世界に拡散 ニース襲撃で仏政権打撃」 (2016/7/16 0:53)を素材に(特にそのタイトルを素材に)書いてみたものです。

ジハード主義のテロは組織の指揮・命令ではなく、共通の理念への義務を訴える扇動に「呼応」するというメカニズム、一般に理解されてきたと思う。

みなさん気づかないと思うけど、分散型のジハード運動に「呼応」するといった言葉一つだって、学界の大勢に抵抗して、「問題のある人」「反イスラームの人でしょ」と(文字通り)致命的な陰口を叩かれながら、私が言い続けていなかったら、現在このような報道にはなっていないと思う。文系の学問の必要性を示すためにあえて自画自賛しておきます。

書いている記者がどこまで学問的な成果を意識しているかは知らない。当然である。すでに流通している観念を踏まえてなんとなく書いているだけだろう。

問題はまだ流通していないものを流通させる段階を誰が担っているのか。それは学界の場で担われているのであり、しかも学界の支配的な勢力の通説はしばしば短期的には間違う(間違いが是正される制度が組み込まれていないと、中期的・長期的にも間違い続ける)。

私が学界の通説に従っていれば、今もなお、学界も、それに従って社会も「イスラームは平和的なのでテロは関係ありません」と言い続けているでしょう。イスラームはある意味で平和的だけど、権力や軍事やテロにも関係することがあります、ということは、言ってしまえば簡単に見えて、実はそう簡単に言えないことなのです。共通認識になってしまった後は、「当たり前でしょ」という話になるが、誰がどうやって「当たり前」にしたのか、少し考えてみてください。

みなさんが使っている言葉の一つ一つを、誰が調べて、定義して、使えるものとしているのか、考えてください。これまでになかった、あるいは見えていなかった事象についてそれを捉えるための概念とは、突然どこからか降って湧いてくるわけではないんですよ。

対象を認識し、適切に概念化する作業を誰かがどこかでやっていないと、社会全体が誤謬を信じ、誤った論理でやりとりすることになる。そういう社会はいっぱいある。日本も色々な側面では誤謬を信じている。もちろん西欧もアメリカも、部分的に誤謬を信じている。

重要なのは学習すること。学習できる制度と人と空間を作っておくこと。それがある社会とない社会には、大きな違いがある。

「呼応」なんて一般概念だから誰が使ってもいいと思うかもしれないが、ジハード主義の組織メカニズムがそのようなものであると示しておかないと「組織的なつながりがないからテロではない」といった話になってしまう。「組織的なつながりがない、理念によって自発的に動員されるテロがあり、それはジハード主義の運動として認識されているのですよ」と示しておいたので、現実の動きを見て「呼応した」と認識できる。

命令されたり強制されたり騙されたりするわけでもないのに「自発的に呼応する」というのは、英語では言いにくいものなので、日本語で研究をしていることの利点でもある。世俗化した西欧社会では紙に書かれた宗教規範を、一定の人たちが勝手に読んで勝手に触発されるという現象を理解しがたい。単に「遅れている」と思ってしまう。

昔こういうことを含むジハード主義によるテロについて書いたところ(正確には、呼ばれて外務省の中の研究会でその文章を元にこのテーマについて話したところ)、大使の奥さんで大学教授、という人にレジュメと配布資料が渡り、「池内は反イスラームである」といって役所の外郭団体の雑誌で常軌を逸した攻撃文を書かれ、ばら撒かれた。しかも、役所の外郭団体というものは、大使夫人には頭が上がらないから、反論の掲載も許されなかった。私はこういうところが、日本の役人社会のダメなところだと思います。勝手に身分制を作っている(ただし大使夫人の旦那はノンキャリだが、一般社会に対してはえらく傲慢なご夫婦だ)。

その攻撃文が日本語ウィキペディアの私の項目の元になってしまっていたりする。下らない。日本の集合知とはその程度のもの。

私なりの落とし前のつけ方は、絶望はするが、あきらめず、弛まず研究を続け、出せるところで必死に実績を出し、是正の機会をうかがうこと。あきらめません。

何年も経って大使夫人が攻撃文を載せた媒体を出す外郭団体への役人天下り組や企業出向組が人事異動で入れ替わった頃に、そこから連載を依頼された。それ以来連載をずっと続けていることは、私の誇りです。

ま、こんなことを書くと問題視されて連載が中止になったりするかもしれないが、損をするのはその媒体を読んでいる読者であり、日本の中東業界の人である。

世界は完全ではないが、無知と無知に依存した権力に対する抵抗とはこういう積み重ねだと思う。

天下りは人口学上増えすぎていて、現役世代に必要な資源が回らなくなっているので、時々バッサリ整理せねばならない気はするが、殺生は好まないので、ほどほどにやっています。ただ、役人の奥さんまで権力を持つのはやめてほしい。あくまでごく一部の例だが、アラブ関連は社会の辺境なので、変なのも多く巣食っている。役所世界は役所を守るからそういうものを問題視すると問題視した側が排除される。

テロの時代の論理と倫理

7月1日のバングラデシュ・ダッカのカフェ襲撃事件について、NHK地上波の土曜日朝の番組「週刊ニュース深読み」で「”親日国”でなぜ? バングラデシュ テロの衝撃」が放送されていたのを見て、書いてみました。

ゲストの人たちは開発援助関係の人が多く、個々に言っていることは間違っていないと思うが、問題はそれらを全体として意味づける時に全員が少しずつ従う「空気」であり、その積み重なりによって方向付けられる結論と、そもそもの問題設定と前提のいずれもが、おかしな論理で成り立っている。なぜこうなるのだろうか。

以下はFacebookで朝に発信したものです。アゴラにも「日本でテロ事件の議論が見当はずれになる背景」として転載されました。

バングラデシュの事件について、NHKの土曜日の朝の解説番組を見ていたら、やはり日本での議論の仕方は、やはりテロ事件に対する反応としては、全般に見当はずれであった。

日本の議論の仕方で面白いのは、殺された側である日本社会の側が、反射的に「あれが悪かったのではないか」「これが悪かったのではないか」と忖度すること。

いやこれ、毎回毎回繰り返されると、文化人類学的な対象として、面白いと思う。学校のいじめで、「いじめられた方も何が悪かったか考えろ」という「空気」を教師と学生の両方が共有して、もっぱら被害者の方を「教室の和を乱す原因を作った」と追い詰めていく構図も、ここから来ているのではないか。

和が乱れる事件があったら、まず被害者側に「落ち度がなかったか」を問い、改めさせる。それによって将来にまた和が乱れることがないことを祈る。それが日本の「平和」なのだろう。

イスラーム教という神の絶対規範を基準にしてテロを行う相手に直面するという心理的な苦痛を、日本社会の「和」を尊びそれぞれが(特に弱い立場が)自分の「落ち度」を省みて忖度するという反応で、なんとか収めようとしている。

結局「現地のためになる支援になっていなかった」「現地のことをよく知らなかった」という話になってしまっていた。論理展開はもちろんずれている。論理的でない議論は日本のテレビではよく見るので、いちいち指摘していられないから普段見ないのだが、仕事に関わるときだけは見ざるをえない。

出ている人たちは、日頃から非論理的に話をしている人たちではないと思うが(特にゲストの人たちはそうだろう。NHK 社員の人たちはもしかしたら普段から非論理的なのか?と思ってしまったりするがわからん)日本の公的な場所で表出される議論はなぜこう非論理的になるのだろうか。

そもそも日本の支援と欧米の支援には違いがあり、どちらにも利点と失点はある。日本人の現地社会の接し方と欧米とも違いがある(場合もある)。

特に日本人が狙われたわけでもないという大前提も踏まえられておらず、またも「親日国なのになぜ」という誤った問いを繰り返している。

そして結局は、「バングラデシュは親日だが支援が悪かった→テロが起こった」といういくつもの論理的誤謬を含んだ因果関係につなげてしまっている。

「支援が悪かろうが良かろうが、テロは起きます」という現実を提示しては、「番組にならない」と考えるので、「場の空気」を必死に皆で守ろうとするのだろう。しかしこれこそが論理の放棄である。

もちろん番組で提示された新たなタイプの支援は、うまくいけば、悪いものではないと思う。ただし、規模はとてつもなく小さいし、それでバングラデシュの貧困も、バングラデシュのエリート層の抱えるコネ社会から汚職から傲慢なテロの思想の広がりといった問題も、解決できない。「援助をしたとしても、すぐには全体を変えられないが、そもそもすぐに全体を変えられない、当事者たちがそもそも変えられない構造があるから援助をする」というのがそもそも援助なのである。

このような援助の本来の考え方からは、「援助をしてもテロは起こるし、援助が一定の成果を上げて社会が底上げされればやはりテロをやる中間層が増えるということは当然予想しないといけない。それでも援助はやるんです」と言えないのであれば、わざわざお金を出して援助をやることに私は反対だ。人のお金を使って自己満足をすることは倫理的な行為ではないと私は思う。

NHKの番組では、結局「よくない支援をしたからテロが起こった(のではないか)」という話になってしまっている。しかしこれが日本社会の「ことの収め方」なのだろう。

事件が起こったことを機会に、いや事件が起きても起きなくても、支援はもっとよくなるのではないか、と検討するのは良いとは思う。しかし大前提は「支援をしてもしなくても、支援の仕方が良くても悪くても、別の理由でテロは起きる」ということであり、その厳しい現実になぜ目を向けられないのか。なぜそこから目を背ける言説をせっせと人々が生産するのか。これが不思議である。

それは「メディアが悪い」などということではなく(もちろんひどく悪いが。私はNHKBSだけは有益だと思うので、地上波はBSを成り立たせるための隠れ蓑として存在してくれているだけでいいと思っている。膨大なコストだが、それがなければBSの存在は許容されないだろうから、いいのである。無知にはコストが伴うのである)、もっと根深い、日本社会の問題であると思う。

「イスラーム教を理解していなかった」「いやそれよりもバングラデシュを理解するべきだ」といった話にもなっていたが、理解することは大変大切ですが、テロも理解しないといけません。

それによって、「理解していようがいまいが、テロをやってくる相手は別の論理と正義があってやってきますよ」という理不尽な現実に目を向けざるをえなくなるが、これに抵抗する日本社会のものすごい力を感じて、いつもながら、土曜日の朝から疲労するのであった。あまり生産的な疲労ではない。

イスラーム教を理解していなかったからといって殺される理由はない。それが自由主義。小難しいことを言うまえに基本を押さえないといけない。でもその自由主義は、日本には十分にないのだね。

ダッカ事件をめぐって(3)ジハードの論理

ダッカ事件に際しての備忘録その(3)。

ダッカ事件に際しては、ジハードという理念を奉じて攻撃を行う場合の、武装集団(あるいは個人)側からの世界の見え方、敵の見え方について、日本の常識や通念からは理解しにくいことにより、知らず知らずのうちに、あるいは半ば意図と願望と思惑に基づく、事件の基本的事実を捻じ曲げる議論が無数に発信されていきました。

これらがSNSで集約され、一定の人間の頭の中では「事実」となっていくのもまた、SNSは可視化してくれます。そのような仮想現実を強固に頭の中に備え付けた人が、メディアなどで影響力を持つことは、民主主義にとって重大なリスクを増大させます。

思い込みから脱洗脳するために、役に立ちそうな記事をいくつかシェアしましたが、その一部にはコメントをつけました。それらのうち1つをここに転載します。これはアゴラにも転載されています。

7月3日 17:14 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205282278655536

 池内恵「ダッカテロ 〜 日本人が知らないジハードの論理」『アゴラ』2016年07月03日 18:00

(時事通信)実行犯、20~28歳学生か=標的は「外国人と異教徒」-バングラ

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016070300088&g=isk

ジハードの 論理からいって、このような手順は基本。

【また、実行犯は人質になったバングラデシュ人の男性店員に対し、ベンガル語で「心配するな。われわれは外国人と非イスラム教徒を殺しに来ただけだ」と話していた。一人ひとりにイスラム教の聖典コーランの一節を暗唱させ、できなければ殺害したという。】

穏健なイスラーム教徒がこれを回避するには、例えばバングラデシュと日本という国同士が和平を結んでいるから、その国民を殺してはいけない、などと反論できますが、その和平が、多神教徒でイスラームを受け入れない国とのものだから無効、と唱えると、少なくとも平行線になり「見解の相違」になってしまいます。

なお、イスラーム教徒もジハードの一環として攻撃の対象になる場合がありますが(今回は治安部隊の要員が複数亡くなっている)、敵と同盟したことを理由に正当化する思想が強くあります。あるいはなんらかの理由でムスリムではなくなった(背教した=不信仰者・カーフィルになった)ととらえてジハードの対象にすることを「タクフィール」と呼び、今現在のイスラーム過激派の問題の中心の問題です。

それについて日本の多くの人が知らないのはやむをえないですが、知らないからといって存在しないなどと言い張ってはいけません。

【寄稿】イスタンブル・アタチュルク空港のテロについてコメント(毎日新聞)

6月28日にトルコ・イスタンブルのアタチュルク空港で起きた銃撃・自爆テロについて、6月30日の『毎日新聞』朝刊の国際面(8面)にコメントを寄せていました。その後すぐ7月1日にバングラデシュのダッカで日本人が巻き込まれるテロ事件があったので、忘れられてしまいがちですが、重要な事件です。

池内恵「IS包囲網へ加わり、標的に」『毎日新聞』2016年6月30日朝刊

 トルコが過激派組織「イスラム国」(IS)に標的になったとみられる要素は三つある。トルコはISと正面から事を構えるのを避ける傾向があったが、南東部スルチで昨年7月に起きたテロ以降、IS支持勢力への摘発を強め、敵視された。

 6月初旬から米国の支援を受けたクルド主体の武装勢力がトルコ国境近くでIS支配下のシリア北部のマンビジュを攻撃しているが、トルコは表だって反対せず、近辺で連動してISと戦っている。

さらに、ここ数日でエルドアン政権は大きくかじを切った。ロシア軍機墜落事件について露側に謝罪し、不和になっていたイスラエルとの関係改善も進めた。さらに、トルコの支援するムスリム同胞団の政権を倒したエジプトの軍主導の政権にも歩み寄った。

いずれも国内のクルド人勢力を支援しかねない国だ。それでも歩み寄ることで当面の敵をISに絞り、IS包囲網に加わることを明確にした。ISは(トルコの方針転換で)トルコが決定的に敵側に回ったと認識したかもしれない。

ダッカ事件をめぐって(2)テロとデマの時代

ダッカ事件については、『フォーサイト』で背景と全体像を解説した以外は、Facebookで記事をシェアしたり、NewsPicksで流れてくる日本語の記事をシェアしたり(自動でフェイスブックとツイッターに流れる。その逆はない)していましたが、日本での議論を見ていると、事実に基づかない、しかし願望や思い込みに基づいた議論が容易に提起され、容易に広まっていき、独特の「空気」を作っていき、それを見て消費者におもねるメディア産業の付和雷同を誘う(あるいはそもそも記者やディレクターの水準がSNSの素人と大差ない)場合が多いことに、いつもながら気づかされました。

そしてそのような状況を放置することが重大な帰結につながりかねないことは、直前の英国の国民投票の結果から、いっそう明らかになっていました。英国人がこれまで過度にと言えるまで得をしていた条件を捨て去るような判断を行ってしまう。そこには「二番手エリートの焦りとルサンチマン」が大きく関わっています。

ファラージュのような三・四番手以下の少数政党の党首や、ボリス・ジョンソンのように与党保守党内で出世が頭打ちの人物が、なんら成算がないにもかかわらず、離脱論と反エスタブリッシュメントで世論を煽り、いざ離脱が過半数になると、役割を終えずいずれも逃亡してしまう。

「二番手エリート」がポピュリズムで目先の出世を図る時に、社会全体がどれだけ損失を被るか。目の当たりにしました。

これについて、EU研究と宇宙政策、最近は経済制裁・貿易管理でイランにも強い、鈴木一人さんのブログのポスト「『デマ』時代の民主主義」が非常に参考になりました。

鈴木一人「『デマ』時代の民主主義」ブログ「社会科学者として」2016年6月26日

このコラムは、他のサイトに転載されていきます。

http://www.huffingtonpost.jp/kazuto-suzuki/lies-politics_b_10699690.html
http://blogos.com/outline/181095/

鈴木さんとしては様々な専門的な著作ではなくこのブログ・ポストで注目されることは必ずしも本意ではなかろうとは思います。いつも緻密な概念と、慎重な言葉遣いで議論する鈴木さんが(今回も慎重ですが)、しかし言わねばならなかったんだろうな、と思いました。

これに触発され私も、英国のEU離脱をめぐる国民投票については言いたいことがあったので、長めのポストをFacebookに投じてみました。その際には、待鳥聡史『代議制民主主義 ーー「民意」と「政治家」を問い直す』(中公新書)の紹介という形で行いました。

6月28日 23:15 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205256784258192

これはずいぶんたくさん読まれたようです。

また、アゴラにも転載されます。アゴラとの間では、私のFacebookアカウントへのポストから、アゴラ編集部が見繕って転載することへの許可を出してあります。転載の際に、Facebookへのポストにはタイトルが付いていませんので、アゴラ編集部がタイトルをつけてくれます。

何が転載されるか、どういうタイトルがつくか、私はほとんど全く関与していませんので、何が誰にどう届くかわからない、運を天に任せた「瓶詰通信」と私は読んでいますが・・・

ここに、Facebookに載せてアゴラに転載されたポストの本文を貼り付けておきます。

池内恵「EU離脱はEUでなく、民主主義の仕組みの問題」『アゴラ』2016年06月29日 06:00

英国のEU離脱国民投票可決で大騒ぎしていますが、これは本質的にEUの仕組みの問題というよりも、民主主義の仕組みの問題です。離脱票を投じる人が「EUのせいでこうなった」と思っていることの多くが実際はEUのせいじゃないんですから。

あるいは、そのことは実は分かっているけど、政治的思惑で「EUのせいだ」と言ってみたり、エスタブリッシュメントに対する「No」の意思表示として住民投票を使っている。筋金入りの英国独立万歳と言っている人以外の、中間で揺れている人たちの多くは、自国のエスタブリッシュメントやブリュッセルの官僚に対して「No」という意志は示したいけれども、本当に英国がEUから出てしまうと困る、だから離脱賛成票49.99%で思いっきり焦らせて、EU本部に対しても更に譲歩させられればいいな、というつもりだったのだろう。

移民・難民問題だって、英国の場合は、いくら過去10年ほど東欧から労働者が大挙してきているのが目立つとは言っても、文化的な摩擦は起こしていない。

それよりもはるかに数が多く、一部で摩擦があるのは、南アジアや中東やアフリカなど旧植民地・英連邦諸国からの移民で、これはEUのせいではない。嫌なら英国の法律を変えればいいだけである。

英国の移民問題は英国が世界中で植民地主義支配をしたツケが回って生じているのであって、EUの政策が寛容だからではない。ツケと言ったって、利益のほうがはるかに大きい。旧植民地諸国に行けば英国の法律や学位がそのまま通用して、旧植民地の諸国が苦労してお金をかけて学校で育てたお医者さんとかを英国に頭脳流出させてこき使い、逆に英国人は外国語を喋れなくても英連邦諸国を中心に世界中に出稼ぎに行ける有利な立場にいる。それがEUとも互換性があると更に有利、といううまい話だったはずだが、藪蛇の離脱投票で、EUから勝ち取ってきた好条件は取り上げられてしまいそうだ。

現在問題になっているシリア難民などは、英国は「対岸の火事」として見ていればいい立場だった。まず圧倒的な自然の壁としてドーバー海峡が止めてくれているし、西欧大陸側がなんとか押しとどめてくれている。英国は経済移民を選択して受け入れ(その多くは英連邦諸国から、あるいは湾岸産油国など英国が支配していた国から)、問題含みの政治難民についてはむしろ自然の障壁とEUの制度的障壁によって護られて来た、いわば「いいとこ取り」をしてきたはず。

それによって得た利益が庶民にまで届いていない(気がする)というのは確かだろうし、エリートの側がそのような庶民を顧慮しているように見えないのも確かである。しかしEUがなかったら、英国の庶民の暮らしはもっとずっと酷かっただろう。だってかつての大英帝国を支えた産業革命時代以来、ろくに新しい産業が育っていない地方が多いのに、それでもなぜかまあまあの生活をできている。それはなぜかというと英国に都合のいいシステムを作って、途上国からも大陸ヨーロッパからも吸い上げてきたからでしょう。もちろん、それで潤うのはもっぱら上層だと言っても、上の方の産業があるから、庶民もつましくても極貧にはならずに過ごせてきたのではないかな。

・・・などといった論点をめぐる判断と意思決定は、単純なYes, Noをめぐる投票では表出・集約され得ない。そもそもEUというのは「ダシ」にされているにすぎないのだから。

確かに不満はあるだろうし、現在の世界がそのままこれでいいとは思わない人が多いという意志は表出されたが、そのせいで現状のつましい生活を可能にしている制度すらぶち壊してしまう、あるいは実は英国人が不当に得ていた利益を返上してしまうことになって今更慌てている、ということになると、直接投票による民主主義の危うさを如実に示した事件という側面がより重要なのではないか。

・・・で、この本。昨年の、議会での多数決は民意を反映していないと論じ、デモや国民投票による「直接民主主義」を安易に寿ぐ風潮に対して、選出された議員たちによる討議と意思決定のクッションを入れた「代議制」の意味を十分に嚙みしめる必要性を説いていたのだが、今こそ改めて読んでみると実に味わい深いだろう。

この本に各新聞などが出す論壇賞的なものが与えられていないのも解せないところ。本当にアクチュアルな問題を先の先まで考えて書いた本だと思います。

直接民主主義は、実態としては、ある程度以上複雑な社会では、論点や争点の適切な設定や、事実についての認識を広く社会に行き渡らせることができないまま実行に移される他なく、多くにとって意図しない結果をもたらします。

直後のダッカでのテロに際しての、SNSやNHK及び民放テレビの番組報道でなされた議論には、一部の極論を繰り返す「知識人」に煽られて、基本的な事実を理解しようとしないどころか、荒唐無稽な陰謀論の種が撒かれる素地が浮かび上がってきました。テロの威嚇と、日本社会を構成する多くの人の外国に関する無知につけ込んだこういう議論は、事件が起こるたびに出てくるので、多くの場合は放置しているのですが、しかし繰り返し事件のたびに威勢のいい極論や、陰謀論や、印象操作の議論が繰り返されているのを放置しておけば、やがて、国民の多くが誤った認識に基づいて、決定的な危機に際して、自傷行為というしかない判断を下しかねません。

そこで、Facebookで短時間で、いくつか書いてみました。

7月3日 22:24 (https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205283557687511)

デマクラシーの時代。
イギリスの現在は日本の未来かもしれない。
鈴木さんのブログから転載したハフィントン・ポスト自体がデマの拡散源にしばしばなるが、そういうところに入り込んで中和しないといけないのが専門家の役割なのか。
【「デマ」を信じることで、自らの不満や怒りを収め、それらの感情を代弁してくれていると溜飲を下げ、それを信じ込むことで「デマ」が作り出す幻想に身を委ねることで心の安寧を獲得するということも、SNSの中では多く見られる。】

それでもなお、歪み、かつ思慮の浅い思い込みによる見当はずれな議論がSNSだけでなく、それらを反映した民放番組などに溢れるようになると、次のような基本的な事実について記して注意を喚起する必要が出てきました。1997年のルクソール事件の話です。かつてアラブ人は親日的だった

そもそも「アラブ人」と「バングラデシュ人」や「アフガニスタン人」を混同して議論するなど、メディア産業に従事する人たちの議論は、とてつもない誤謬と浅薄な思い込みに溢れていました。まさにデマの時代の民主主義の難しさを痛感しました。

7月3日 23:15 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205283800973593

これはアゴラにまた転載されました。その際には次のようなタイトルが付いています。

池内恵「デマの時代の民主主義」『アゴラ』2016年07月04日 06:05

しかしこれはちょっと困ったことで、なぜかというと、もともと「デマの時代の民主主義」とは、鈴木一人さんのブログのタイトルや議論の内容を指して私が使っていたものです。それを、転載とはいえ、私の記事のタイトルにされてしまうと、元々の鈴木さんのブログに読者がたどり着けなくなったり、この問題について誰が何を言っているかが分かりにくくなります。それで末尾に「付記」を後から追加しました。以下がアゴラに転載された本文と付記です。

 

当たり前すぎることもしつこく言わなくてはいけない、デマの時代の民主主義においては、「ルクソール事件」について再確認しましょう。

1997年11月17日、エジプトのルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿で、「イスラーム集団」が観光客を襲い、58名の外国人を殺害した。そのうち10人は日本人だった。
なお、エジプト人で殺害されたのは4名のみ。

遺跡の閉ざされた敷地で、丸腰の外国人を追い詰め、順に殺害し、刃物で切り裂いた。「日本人である」ことなどもちろん助かる理由にはならなかった。日本人の旅行者の多くは、新婚旅行中のカップルだった。命乞いをする観光客たちを無慈悲にいたぶって殺害していった様子が伝わる。

いうまでもなく、ルクソール事件は、9・11テロよりも、イラク戦争よりも、自衛隊派遣よりも、「イスラーム国」への対峙よりも、前である。それらよりもとっくの昔に日本人はジハード主義のテロの対象になっていた。

当時、非常に大きく報じられたはずである。ただし、事件の意味については、適切に解説されなかったと記憶している。

「かつてアラブ人(あるいはイスラーム教徒、等々)は親日であり、日本の何らかの政策によってテロの対象になった」などという言説は、基礎的な情報を踏まえずに行われているものであり、考慮に値しない。

しかし「値しない」と言って放置していると、ある時に熱に浮かされて、社会が誤った選択をしてしまうかもしれない。

デマの時代の民主主義とは、このように、最低限の情報も踏まえずに嘘を言い切る、不満を募らせた(小)エリートたちが、社会を奈落の底に導く危険を、常に秘めている。

【転載にあたっての付記(池内恵)】

この項目は、鈴木一人さんの「『デマ』時代の民主主義」に触発された応答として書かれたものです。最初の応答と併せてお読みください。アゴラへの転載のタイトルは「デマの時代の民主主義」としてありますが、この用語は鈴木一人さんによるものなのでより詳細は、ぜひ鈴木さんの「社会科学者として」ツイッターをフォローしてみてください。

ダッカ事件をめぐって(1)背景と経緯

地図シリーズはほんのちょっと中断して、7月1日(金)の夜9時40分頃(現地時間)にバングラデシュのダッカで起こったカフェの襲撃大量殺害事件について、これまでに書いてきたことをまとめておきましょう。

ここのところ突発的な事件への対応としては、Facebookでコメンタリーを書くことが多くなっています。それは、イスラーム世界をめぐる事件が頻発するのと、本業の論文・授業・講演・単行本の執筆が忙しくて、ブログにログインして書式を整えて書く時間すらなくなっているからです。イスラーム世界ではテロもデモも政変も、現地の休日で週末の金曜日に事態が動くことが多く、ちょうど日本ではテレビのニュース番組がなかったり、新聞が週末編成になって即応性に欠けたり、週明けが新聞休刊日で発行されていなかったりすることから、組織的なメディア企業があまり機能しておらず、その間に私がダイレクトに読者に情報を届けることが恒例化しています。

週末にダイレクトに読者に届けるといっても、その時間は本来は私が論文や本を執筆するために割り当てていた時間なので、ここ数年のように週末ごとのように中東やイスラーム世界で何か事件が起きて中断されると、私の今後に差し支えます。

なるべく連絡コストをかけずに公益に資する情報を提供するには、もっとも時間と労力のかからない媒体を選ぶのが最適ですが、そうすると、今のところはFacebookでしょうか。しかしFacebookでは、アカウントを持っている人しか読めないということや、後から検索してもあまりうまく引っかかってこないので、自分が書いた文章すら、短時間では回収できない、という問題があります。

ですので、これから数日かけて、このブログで、7月1日夜(現地時間)発生のダッカ事件に際して、Facebookや、新潮社の『フォーサイト』で書いた文章をここに採録して、データベースの用に供します。ここに載せないものはFacebookを丹念に見ていくと載っています。

まず、『フォーサイト』では、ダッカの事件に至る、バングラデシュでここ数年断続的に生じてきた、鉈や銃を用いた襲撃・惨殺事件を中心に、背景をまとめました。

池内恵「ダッカのカフェ『ホーリー・アーティザン・ベーカリー』へのテロ事件の要点」『フォーサイト』2016年7月3日

また、現地紙を中心に、初期の報道から興味深い部分をまとめました。

池内恵「ダッカのテロはインドで「イスラーム国」への呼応テロを刺激するか」『フォーサイト』2016年7月3日 13:23

池内恵「ダッカのテロの組織と犯人像(初期の報道)」『フォーサイト』 2016年7月3日 18:00

【寄稿】『週刊エコノミスト』の読書日記は『高坂正堯と戦後日本』:余談は歴史の秤について

本日発売の『週刊エコノミスト』の読書日記に寄稿しています。

週刊エコノミスト2016年6月28日号

池内恵「今、再び読み直される高坂正堯」『週刊エコノミスト』2016年6月28日号(6月20日発売)、57頁

先日、「いただいた本」でも紹介したこの本ですね。

私は通常、「いただいた本」は書評しない(自分が選べる立場の時には選ばない)のですが、この本については、気にしなくていいかと思いまして。テーマとなっている高坂正堯は20年前に亡くなっていますし、書いている人たちは別にこの本で私に取り上げてもらわなくても一向に構わないでしょう。極端に忙しい人達がこれだけ集まってよく原稿を集められたな、本が出たな、と奇跡のように思うだけです。(最近やたらと要求される)「業績」などにたとえなりにくくても、この本については書くに値するテーマだから、「頼まれ仕事」のやっつけではなく、本気で書いているということが分かるる本です。

読書日記で取り上げたいと思った理由には色々ありますが、一つ挙げますと、高坂が正面から読み直されるための時間が経ったんだな、と実感したことがあります。

時代が変わったということもありますが、世代が変わったというのも大きいと思います。高坂という人は、テレビに出る学者の先駆けでしたし、科学志向が強まった政治学のその後の展開と対比されると、一昔前の人文主義的な時代の様相を色濃く残しています。そのため、著名で影響力があり尊敬されていたとともに、今でいう「ディスられる」ことも多かった人だと思います。

インターネット・SNSの普及の前に亡くなった優雅な政治学者・高坂正堯について「ディスる」などという下賤な言葉を使って評するのは適切ではないかもしれませんが(ですので読書日記ではこんな単語は使っていません)、もちろん昔も今も、「ディスられる」のは、有力さの証です。

ただ、「ディスる」「ディスられる」関係も、やがては終わります。それは主に、「ディスる側」が年をとるからです。

年をとって元気がなくなるというだけでなく、「ディスっていた側はそれじゃ何を残したの?」ということを、残酷に問われるようになるのです。それが時の試練です。

盛大にディスって、それによって高坂を超えた、あんなのはもう古い、と言うことで自らの営為に価値を示すことができたのは、逆にいえば、高坂にそれだけ価値があったからです。だからこそ高坂に対するアンチにも価値が出る。

やがて、一度高坂が忘れられると、それに対するアンチの立場を取っていた人たちが、単独で、どれだけのことを成し遂げたかが問われるようになります。時の経過によって、ディスっていた側も高坂と同じぐらいの年齢、いやはるかそれ以上に齢を重ね、高坂と比べるとずっと遅くに一線で活躍の場を得た人でも、かなり長い年月のキャリアを重ねることになります。高坂よりもずっと重い地位や役職を得るようになるかもしれません。その時に、それにふさわしい仕事を残せたか。もうそこには、批判することで自らの価値を測ってくれる相手はいません。

高坂正堯は、今考えてみると、非常に早世しています。20代の終わり頃からずっと活躍していましたから30年近く第一線で活躍したことになり、ずいぶん長いキャリアがあるように見えますが、実際には京大教授在職中の現役真っ盛りの時期、壮年と言っていい年代に亡くなっています。亡くなった頃は、活躍の絶頂期でしたから、「アンチ」も多かったでしょう。当時、今よりも深く激しかった、大学人の間の政治的な党派対立の文脈と、学問的な価値をめぐる論争の文脈を知らずにあるいは意図的に混同させた批判もあったでしょう。

しかし、高坂的なものも、アンチ高坂的なものもどちらも同等に「もう古い」と言ってしまって良いぐらい古い、歴史の一部となると、その上でどちらが現在の我々に大きなものを残しているかが、繰り返しますが、残酷に、何のこだわりもない次世代に評価されるようになります。

そして、残酷な時の評価の秤で、高坂の乗った秤の皿はどれだけ重く傾くのか?

これについて評価することは、むしろ評価する側の真贋が多く問われる、大変怖い営為になります。そのような緊張感がこの本に漲っており、そして、その緊張感に耐えられるだけの余裕を持った書き手が集まったから、この本ができたのでしょう。

結果的に、高坂の文章が醸しだしていた、歴史の審判に晒されることに対する恬然とした「余裕」こそが、この本の各章に共通するものとなったのではないでしょうか。

【インタビュー】週刊東洋経済に『増補新版 イスラーム世界の論じ方』について

インタビューが昨日発売の『週刊東洋経済』に掲載されています。

嬉しいことに、『増補新版 イスラーム世界の論じ方』について話を聞きに来てくれました。

「ブックス&トレンズ 『増補新版 イスラーム世界の論じ方』を書いた池内 恵氏に聞く」『週刊東洋経済』2016年6月18日号(6月13日発売)

【寄稿】シリア内戦の現状と中東国際秩序について『潮』7月号に

『潮』7月号にインタビュー記事が掲載されました。

池内恵「サイクス=ピコ協定-100年後の課題と中東の未来」『潮』2016年7月号(7月5日発売)、50‐55頁


『潮』2016年07 月号

『潮』には、「アラブの春」など中東への関心が高まった折に、何度か大きめのインタビューのご依頼をいただきましたが、激動の中東情勢を追いかけるので精いっぱいで、頭もまとまらないため、たいていはお断りしていた記憶があります(たいてい極端に忙しくて返事もできない。以前はファックスで依頼文が来ていた覚えがあります)。

今回、毎回お断りするのもなんだからとお引き受けした次第です。

月刊誌で語り下ろし・インタビューというと、かつては『文藝春秋』や『中央公論』だったと思うのですが、それらの雑誌では、最近は、長めのインタビューや対談では分析的なものはほとんど載らなくなりましたね。

短いコラムなどでは良いものが乗っても、編集部が大向こう受けを狙ったとみられるカバーストーリー的なインタビュー・対談は、書き手もテーマも画一化している様子があります。単調な煽り気味のものか、あるいはそもそもテーマが大部分が高齢者向け。

一般読者の関心をことさらに引くことを求められないのは、月刊誌・隔月刊誌としては『潮』や『外交』でしょうか。

そして『公研』『アステイオン』は、それぞれの母体の財団が、それぞれの関心や使命に基づき、存分に支援してくれています。

研究機関の雑誌やホームページも、学術的なものと広報的なものとの両方が、過度に一般読者の関心に合わせなくてよい場所を提供してくれるようになっていると感じます。

言論の場も、移っていくということでいいのかな、と思っています。

【寄稿】『外交』5月号に中東国際政治論を

外交専門誌『外交』(外務省発行、都市出版発売)に寄稿しました。

池内恵「中東にみる「国民国家」再編の射程—サイクス・ピコ協定から一〇〇年の歴史的位相」『外交』Vol.37、2016年5月号(5月27日発売)、112-120頁


『外交』 vol.37 特集:アメリカ大統領選挙の行方

『外交』という雑誌にはかなり専門的なことも書けるので、依頼を受けて余裕があれば書いていますが、ここのところご無沙汰していました。第1号から第12号までは洋書の書評を連載していました。

バックナンバー目次はこちらから。第12号まではPDFで各論文が読めるはずですが、URLが混乱していたりするところがあるかも)

『外交』とは何か、と言いますと、民主党政権の時の「仕分け」の対象になって、都市出版が長く刊行していた『外交フォーラム』がなくなった後継誌ということもあって、外務省が発行元となる(ために商業的な流通がしにくい)、編集実務を請け負い、発売元が時事通信社と都市出版の間で数年ごとに行ったり来たりしてよくわからん、といったハンディがありますが、育っていってほしい媒体ではあります(役所の公式見解とか、各種「学会」の順送りで選定されてくると思しき、目線が読者と公共圏を向いていない、若干要領を得ない書き手が少ない時は、読みごたえがあります)。

今回は、編集長の中村起一郎さんに聞き役になってもらい、いったん叩き台を作ってもらった後で私が大幅に書き直すという形をとりました。その結果、一問一答形式に放っていませんが、語り下し風の文体になっています。最近本を数冊出して、次の数冊を書いているところですので、ゼロから論稿を書くのが大変そうでしたので。

ふつうはそういう時は寄稿そのものをお断りするのですが(『外交』も過去何度かお断りしていると思います)、今回は、そろそろ中東国際政治の現状について考えをまとめて、現段階での認識を記録しておくのもいいかと思いまして。

最近そういった関心からいくつかインタビューを受けていて、そのうち一つはすでに時事通信社のe-World Premium 5月号に載っています。また、潮出版社の『潮』7月号にもインタビューが載る予定です(おそらく本日発売)。

e-World Premiumでは、シリアとイラクで包囲攻撃が進む「イスラーム国」の今後はどうなるのか。

『外交』では、100年前のサイクス=ピコ協定や第一次世界大戦・戦後を起点とする中東国際政治秩序の形成と、現在の変動について、全体像を。

そして『潮』では、シリア内戦と「停戦」や和平交渉について実態を分析しています。

それぞれが関係しあっており、重なり合うところも多いテーマですが、インタビュアーの関心によって重点が変わるので、同じ対象について同じことを語っていながら、大きく趣を異にする論考になりました。

インタビューを受けたのはいずれも連休明け直後です。その後の展開を予測した部分が多いのですが、たいてい予測通りに進んでしまったので(シリア内戦などについては、現実と、外交上の建前とか公式見解とかプロパガンダ情報を見分けることができれば誰にでも展開は予測できると思うのですが・・・)、あえて予測して見せる必要がなくなってしまい、削ったところもあります。

そのため、普段なるべく避けているインタビューを短期間に複数回受けた甲斐があったと思いました。自分でこのように書き分けるのはかなり頭を使いますし、労力がいりますから。