【今日の一枚】(9)2016年2月アサド政権のアレッポ北方攻勢

昨日は、シリア内戦の現在の焦点がマンビジュを中心とした、北部のトルコとの国境地帯にある回廊をめぐる諸勢力の競合になっていることを地図で示しました。最近もこのような記事が出ています

シリア北部のトルコとの国境地帯には、クルド人勢力の三つの飛び地(西からアフリーン、コバネ、ジャジーラ)が点在し、そこにクルド系民兵組織YPGが勢力を強めて、それぞれの飛び地を範囲を拡大してクルド人が多数派ではなかった地域(例えばテッル・アブヤドTal Abyad)を含めて実効支配の範囲を広げ、かつ飛び地を結合させようとしている。

ここで回廊のように残ったユーフラテス河以西でクルド人の多いアフリーントの間の回廊、国境付近の町でいうとジャラーブルス(Jarabulus)からラーイー(al-Ra’i)そしてアアザーズ(Azaz; A’azaz)にかけてのエリアが、「イスラーム国」と、イドリブ付近の反体制派にとって補給路となることから、重要性が増しています。

このエリアに関わってくる諸勢力を図示しようとすると、(1)アサド政権がアレッポ北部で勢力を回復、(2)クルド人勢力が勢力を拡大し、ユーフラテス河以西にも伸長、(3)イスラーム国の伸長、(4)反体制派諸勢力の合従連衡、ヌスラ戦線などのイスラーム主義勢力と、より世俗的な勢力の関係、(5)米国の空爆と支援、(6)ロシアの空爆と支援、(7)トルコの支援と勢力圏確保、(8)イランやヒズブッラーの部隊派遣、といった多種多様な勢力の動向が関係するので、とても一枚の地図には載せられません。

今日はひとまず、今年2月の攻勢で、(1)のアサド政権支持勢力が、民兵集団も動員して、アレッポ北部で点と線のように支配領域を広げて、イドリブ周辺の反政府勢力とトルコをつなぐ「回廊」の切断を図ったという事象を見てみましょう。シリア内戦の動向を規定する重要な出来事です。

昨日のシリア北部のより広域の地図と一緒に見ていただきたいのですが、今年2月のアレッポの周辺の地図。

アレッポ反体制派トルコへの補給路をアサド政権が切断2016年2月
“Syrian War Could Turn on the Battle for Aleppo,” The New York Times, February 12, 2016.

水色の部分がアサド政権軍の支配領域で、濃い水色の部分が今年2月初頭の攻勢で拡張した部分です。アサド政権側は、アレッポを迂回してぐるっと回るような位置を抑えていますが、支配領域を先に延ばして、クルド人勢力のYPGが支配しているアフリーンに接するところまで支配下に収める。

非常に狭い範囲なのですが、全体状況から見ると、反体制派とトルコとの間の補給路を切断する大きな意味を持つ攻勢です。

さらに拡大しましょう。

アサド政権軍の反体制派トルコへの補給路切断2016年2月
“Syrian rebels losing grip on Aleppo: Russian bombardment helps pro-Assad militia close in on key northern city held by opposition forces for three years,” The Guardian, 4 February 2016.

アサド政権軍は2月1日に始まった攻勢で、ヌブル(Nubl)からザハラー(Zahra’a)へと支配領域を伸ばしました。これらの町は、シーア派が多く、スンナ派の原理主義的な思想を抱くヌスラ戦線などが反体制派の主流になって政権を倒すと、迫害されるという恐れを持っており、政権支持派が多いとされます。そのような町を、ヌスラ戦線などが2012年以来3年にわたって包囲していましたが、それを「救出した」ということでアサド政権は正統性を主張しました。

ヌブルとザハラーの制圧によって、アサド政権はイドリブ近辺を拠点とする反体制派を封じ込めると共に、さらにアレッポの南方のゼルバから北方に前線を伸ばして、アレッポの反体制派を包囲しようとしました。

この時は、反体制派ももう終わりか、とまで報じられたものです。

“Syrian rebels are losing Aleppo and perhaps also the war,” The New York Times, February 4, 2016.

しかしこういった「キャンペーン」では報道向けに大々的に戦果を発表するのですが、後が続かないのが常です。大げさに発表するだけでなく、アサド政権は全土を掌握するには兵員が足りなくなっている模様です。こういった作戦を行うたびに兵站が伸び切ってしまい別の場所が手薄になる。直後に逆にアサド政権とアレッポの間のハナースィル(Khanasser)で反体制派の攻撃により補給路を絶たれるなど、一進一退が続いています。

しかし和平交渉をやりながら、2月初頭にこうやって攻勢に出て、有利な立場で2月22日のケリー・ラブロフ合意、27日発効の「敵対行為の停止」に持ち込み、その後やる気のない和平交渉で時間を潰した挙句4月から5月にそれが予想通り崩壊し、また全面的な戦闘に戻っているのですから、軍事力で紛争を終わらせることはできなくても、軍事力と外交的策略を組み合わせることで、内戦を永続的に戦うことを可能にする、というアサド政権の戦略目標にとっては大きな効果を得た作戦だったと見られます。

また、アサド政権の攻勢に際して、クルド人勢力はどの程度協調したのか、あるいはトルコはどのように反応したのか、などより詳細に検討しなければならない面が数多くあります。

ロイターが2月15日に出してきたこの地図が、もっとも完備しているかもしれません。アサド政権の攻勢を支えたロシアの空爆の箇所や、アサド政権の攻勢と同時期に勢力範囲を広げようとしたYPGの動き、そしてYPGに対抗するトルコの動きも図示されています。トルコはアアザーズでYPGの攻勢を退けたが、YPGはメナグ(Menagh)基地は制圧している。

シリアのアレッポ北回廊ロイター2016年2月15日
“ISIS cuts off crucial government supply line to Syria’s largest city,” Business Insider (Reuters), February 23, 2016.

【今日の一枚】(8)シリア内戦の焦点マンビジュ:アレッポ北部の回廊2016年6月

先週まではリビア内戦と、局所的な、まだら状の「イスラーム国」の出現、それに対する国内外の動きについて、地図を用いて見てきましたが、これから、少し時間を使って、シリア、そしてイラクでの「イスラーム国」の領域支配の変遷について見ていきましょう。

まず、シリア内戦の現状から。

2016年の6月現在、シリア内戦で最も関心が集まる「焦点」と言える問題を地図を示してみましょう。それはシリア北部の「マンビジュ」という町を中心とした地図です。

シリア内戦トルコとの回廊の争奪戦2016年6月
“Rebels push IS back from Turkish border as Manbij showdown looms: Turkey-backed rebels launch surprise counter offensive in Azaz to the west ahead of joint Manbij offensive in the east,” Middle East Eye, 8 June 2016.

マンビジュとは聞き慣れない地名かもしれません。しかし2011年以来のシリア内戦を注視してきた人にはなじみ深い名前と思います。2014年以来「イスラーム国」の支配下にありますが、2016年5月31日に、米国に支援されたシリア民主部隊SDF)が、マンビジュに攻勢をかけています。SDFは、シリア北部のクルド人主体の民兵組織YPGと連合した組織で、その支配下にあると考えられます。YPGの実効支配する領域で、クルド人以外を主体に編成された部隊ということです。

マンビジュをめぐる攻防戦が、米国に支援されていることで、また「イスラーム国」対策ということで、国際メディアで大きく報じられがちですが、この地図を付したMiddle East Eyeの記事では、そこにさらに錯綜した対立関係があることを記してくれています。この記事によれば、マンビジュでクルド人勢力とそれと連合した部隊が米国に支援されて対「イスラーム国」の攻勢に出ている間に、それより北西の、トルコ国境に近いマーレア(Marea)とアアザーズ(Azaz)を支配する反体制(反アサド)勢力に対して「イスラーム国」が攻勢をかけており、これをトルコが撃退した、とのことです。

この記事は、トルコが、敵対するYPGが米国の支援を取り付けて進める勢力拡大と競って、ただし直接それとは対立せず、マーレアとアアザーズで別個に「イスラーム国」と戦っていますよ、と宣伝して、米国に評価を求めているように見えるもので、事実かどうかは、慎重に検討しないといけませんが、全く事実でないとは言えないでしょう。

緑の部分が、トルコと関係の深い反体制(反アサド)勢力の領域です。これがピンク色のアサド政権の支配領域によって分断されているのが分かるでしょう。トルコとの国境に近いマーレアとアアザーズが、イドリブなどを中心とする反体制勢力の主要な領域から切り離されています。これが最近生じている現象です。アサド政権は次に、マンビジュなどの方向に攻勢に出る模様です(赤い矢印)。アサド政権のアレッポ付近の支配領域は、細い線のような補給路でかろうじて中央部のハマーやホムスにつながっており、途中のハナースィル(Khanasser)が要衝となっている。

黄色の部分がシリアのクルド人勢力のYPGの勢力範囲です。トルコはシリアのクルド人勢力や、それと関係を深めるアメリカに対して、「ユーフラテス河がレッドライン」と表明してきました。国境のジャラーブルス(Jalabuls 河の西側)、下流に少し行ったところのサッリーン(sarrin これは河の東側ですが)などより西に来てはいけない、と警告していたのですね。しかし現在、このラインを超えてYPGあるいはその傘下にあると見られるSDFが展開しています。

YPGがさらに西に来て、マンビジュを勢力範囲にすると(黄色い矢印)、次にはマーレアやアアザーズに及びそうな雰囲気です。最終的に、飛び地となっている西の黄色の部分と繋がろうとしているように見えます。これをトルコは警戒しています。マーレアとアアザーズは、アサド政権だけでなく、クルド人勢力の西の飛び地(ここでは書いてありませんが、アフリーンと呼ばれます)の延伸によってもイドリブから切り離されています。この記事では緑の矢印で、マーレアとアアザーズへの「イスラーム国」からの攻勢を撃退していると記しています。

灰色の部分が「イスラーム国」の支配領域です。

1年近く前の、もう1枚の地図と記事を併せて見ると、今起こっていることの意味や、この間に進んだ変化が見えてきます。

シリアの飛行禁止区域ワシントン・ポスト
“U.S.-Turkey deal aims to create de facto ‘safe zone’ in northwest Syria,” The Washington Post, July 26, 2015.

この地図、そしてこの記事は、昨年7月に、トルコが米国と、シリア北部の、ちょうど今問題になっているマンビジュやマーレアやアアザーズの一帯を、「安全地帯」にすると合意した(とトルコ側が主張した)というものです。

ほぼ1年前の勢力地図を見ますと、反体制派(Rebels)の領域がアアザーズ近辺からイドリブまで繋がっており、ちょうどトルコへの「回廊」のようになっています。

同様に、「イスラーム国」もシリア・トルコ国境地帯のユーフラテス河以西の領域にトルコへの「回廊」を持っています。ここを通じて、戦闘員や資金や武器などが流入します。

この一帯を抑える勢力が、シリア内戦の今後において、有利な立場を得ることは間違いがありません。そこで、米国が支援したクルド人勢力・同盟部隊によるマンビジュ攻略や、トルコによるアアザーズやマーレアの支援が重要な意味を持ってきます。

「イスラーム国」が補給の回廊を維持するのか、クルド人勢力が米国の支持を得てトルコとの国境地帯にひとつながりの領域を確保するのか、トルコがクルド人勢力に楔を打つこの場所に一種の勢力圏を確保するのか。アサド政権がそれらの対立を利用して勢力範囲を回復するか、あるいは反体制勢力の補給路を分断するのか。

過去1年間の間に、トルコにとっては不利な状況になっていると言えるでしょう。クルド人勢力の対「イスラーム国」作戦の地上部隊としての役割を重視する米国はトルコの主張する飛行禁止区域設定を支持せず、トルコの警告に反して、ユーフラテス河以西のマンビジュへの攻勢を支援しています。アサド政権は、クルド人勢力とおそらく暗黙の合意があるのか、イドリブとトルコとの間の回廊の切断に成功しています。しかしトルコも、米国の空爆にインジルリク空軍基地を提供しているといった強みから、全く排除されることはないでしょうし、シリアの現地の諸勢力を支援して、撹乱することができます。

“ANALYSIS: From master to observer – how Turkey became irrelevant in Manbij: Turkey opposes plans to create a federal region in northern Syria after US-backed Kurdish forces take Manbij,” Middle East Eye, 2 June 2016.

【今日の一枚】(7)リビアの分裂状況(その5)年表を作ってみた

ここのところ、リビアで「まだら状」に「イスラーム国」関連勢力が出現し、それに対して各地の別の勢力や「政府」が対抗していく過程について、地図を紹介してきました。ちょうど今、スィルトの「イスラーム国」の領域支配を覆す軍事作戦が行われています。

ここに至るまでの経緯について、いくつか記事を整理しておきましょう。順に読むとだいたい経緯が分かります。たいていのことは、事実を時間軸に沿って並べることで整理できます。それですべてが分かるわけではないですが、何がわからないかが分かる場合があります。あるいは、分からないからと変なことを推量して脱線する危険をある程度免れます。

このシリーズは「地図で読む」というものですが、「イスラーム国」が広がる過程について、ピンポイントで「この一枚」といえる地図がないのです。それぐらい現地の情勢は流動的です。記事を紹介する途中で、ある程度雰囲気を伝える地図を二枚貼っておきましょう。

(1)デルナを発端にリビア、北アフリカ全般に拡散

2014年10月にはすでに、東部デルナに「イスラーム国」の拠点ができていると報告されています。

“The Islamic State’s First Colony in Libya,” Policywatch 2325, The Washington Institute for Near East Policy, October 10, 2014.

同時期に、インターネット上に、「イスラーム国」に忠誠を誓うリビア人が多く現れていると報じられています。

“Scores of Libyans pledge loyalty to ISIS chief in video,” Al-Arabiya (Reuters), 1 November 2014.

リビア、エジプトのシナイ半島や、チュニジアやアルジェリアなど、北アフリカ全域への拡散が危惧されるようになったのもこの頃です。

“The ‘Caliphate’s’ Colonies: Islamic State’s Gradual Expansion into North Africa,” Spiegel Online International, November 18, 2014.

2015年2月には、リビアの「イスラーム国」を名乗る勢力が、エジプト人(コプト教徒)21名を殺害する映像を発表して、リビアへの拡散を印象づけ、衝撃を与えました。

(2)デルナを諸勢力が奪還

「イスラーム国」支持勢力の伸長が表面化したのは、東部デルナの方が先行していました。

“Libyan Islamists claim to drive Islamic State from port stronghold,” Reuters, June 14, 2015.

“Libya officials: Jihadis driving IS from eastern stronghold,” AP, July 30, 2015.

しかし東部で「イスラーム国」の支配領域を奪還する勢力も割れていて、リビアのイスラーム主義勢力がデルナの「イスラーム国」を掃討しつつ、イスラーム主義勢力に敵対することでエジプトなどからの支持を得ようとしている謎の実力者ハフタル将軍率いる「リビア国民軍」(「自称」ですが)がさらに「イスラーム国」を掃討している勢力を掃討する構えを見せるなど、不透明ですが、それについては省略。

(3)スィルトを「イスラーム国」が掌握

スィルトとその附近での伸長については、2015年2月から3月に激化したスィルトへの攻撃・浸透を経て、同年6月にはスィルトを制圧したとみなされるようになりました。

“Libyan oil pipeline sabotaged, gunmen storm Sirte offices,” Reuters, Feb 14, 2015.

“Families flee Libya’s Sirte as clashes with Islamic State escalate,” Reuters, Mar 16, 2015.

“U.S. fears Islamic State is making serious inroads in Libya, Reuters, March 20, 2015.

2015年11月にはスィルト全域とその周囲を掌握した模様です。

今日はこの時点での報道から地図を借りてきましょう。ニューヨーク・タイムズでは、イラクとシリアの領域と離れたリビアでの遠隔地での「イスラーム国」の出現の地理関係を図示。基礎的な情報ですが、リビアの場所やイラク・シリアとの位置関係・距離感がつかめない読者も多いでしょうから、有益です。

“ISIS’ Grip on Libyan City Gives It a Fallback Option,” The New York Times, November 28, 2015.

ISIS in Libya NYT Nov 2015

ウォール・ストリート・ジャーナルは、スィルトの周辺にチェックポイントを設けるなど、領域支配の固定化や拡大につながりかねない傾向を指摘しています。

“Islamic State Tightens Grip on Libyan Stronghold of Sirte
City across the Mediterranean from Europe is first outside Syria or Iraq to come under the group’s control,” The Wall Street Journal, November 29, 2015.

ISIS in Libya WSJ Nov 2015

(4)「国民合意政権(GNA)」の形成

2014年以来、GNC(General National Council 国民総会 在トリポリ)とHOR(House of Representatives 代議員議会 在トブルク、バイダ)という、2012年7月と2014年6月の別々の選挙で選出された別々の議会がそれぞれ正統政府を主張し、東西で別々の政府が並び立つ状態で、かつそれぞれの政府の構成や統治の領域が曖昧で、混沌状態になっているリビアでは、誰が誰の味方かよく分からないので、外部の勢力も介入しようがなく、放置されていた感がありますが、「イスラーム国」を名乗る勢力がスィルトの支配を固めると、なんとかしないといけない、という機運が欧米諸国の間で高まったようです。

対立する東西の政府から代表者を出させて、統一政府を作らせる動きに力が入りました。交渉は主にモロッコのスヘイラート(Skhirat)で行われ、紆余曲折、遅延の末に、2015年12月17日に統一政府の設立について合意がなされました。

“Libyan factions sign U.N. deal to form unity government,” Reuers, December 17, 2015.

“Rival Libyan factions sign UN-backed peace deal: Accord signed in Morocco aims to form unity government and end years of violence and chaos in North African nation,” Al-Jazeera, 18 December 2015.

12月17日の統一政府設立に関する合意を、国連安保理が23日に決議2259で後押ししています。

“Unanimously Adopting Resolution 2259 (2015), Security Council Welcomes Signing of Libyan Political Agreement on New Government for Strife-Torn Country,” 23 December 2015.

決議2259についての国連の報道向け発表によると次の通り。

The Security Council today welcomed the 17 December signing of the Libyan Political Agreement to form a Government of National Accord, and called on its new Presidency Council to form that Government within 30 days and finalize interim security arrangements required for stabilizing the country.

Through the unanimous adoption of resolution 2259 (2015), the 15-nation body endorsed the 13 December Rome Communiqué to support the Government of National Accord as the sole legitimate Government of Libya. It called on Member States to cease support to and official contact with parallel institutions claiming to be the legitimate authority, but which were outside of the Political Agreement.

支援国が集まって出したローマ・コミュニケで、統一政府を目指す国民合意政権(GNA)を支援の受け皿として、GNCやHORに固執する勢力には支援をしない、と約束しています。

しかしモロッコ・スヘイラートでの2015年12月17日に調印にこぎつけが合意は、西のGNAと東のHORから送られた交渉代表団の間の合意であって、それぞれの地元で政府を名乗っている勢力の中には合意受け入れを渋る勢力も多く、それぞれの政府の「議会」による12月17日合意への受け入れ決議、つまり国際合意でいうところの批准は遅れました。「最新の有効な選挙で選ばれた国際的に承認された正統な政権」を主張してきた(が、首都を追われ、最東部のトブルク近辺に押し込められて、隣接するエジプトから細々と支援を受けて命を繋いでいる)HORは、合意に賛同する議員も多いのですが、一部有力者や、結託しているハフタル将軍などの意向もあり、結局明確な形での合意受け入れをしていませんが、それについては省略。

気づいたら、「国際的に認められた正統な政権」だったはずのHORが疎外されていました。欧米諸国も「選挙で選ばれた」ことよりも、「「イスラーム国」に有効に対抗できる」ことを優先して同盟相手を選ぶようになったということでしょう。正統性については、内戦で対立する主要勢力間の12月17日合意と、それを支援してきたローマ・コミュニケ、合意を裏打ちした国連決議2259をもって、2014年6月の選挙のもたらす正統性を置き換えたといえます。

しかし、東西両政府の合意もまちまちで、そして統一政府の組閣で難航します。組閣しても、各地の政府機構(の残存物)を実際に動かし、国土に一円的な領域支配を行うまでには長い時間がかかりそうです。

チュニジアで行われていた統一政府組閣交渉などについて、サンプルとして、記事を貼っておきますが、詳細は省略。

“Tunis: Libyan Government of National Accord Announced,” Tunis-tn.com, January 19, 2016.

何はともあれ、GNCで議員や閣僚を経験したファーイズ・サッラージュを首班とする国民合意政権(GNA)(の核となる大統領評議会9名)がチュニスで選出され、欧米諸国を主体とする国際社会の後押しもあり、首都トリポリに帰還して政府としての実態を確立する作業が始まりました。

“UN-backed Libya government ‘to move to Tripoli in days’,” Al-Jazeera, 18 March 2016.

3月30日から翌日にかけて、サッラージュらGNA首脳は、船でリビアの首都トリポリに上陸します。
“Libya’s UN-backed government sails into Tripoli,” Al-Jazeera, 31 March 2016.

“Libya: Can unity government restore stability?,” BBC, 4 April 2016.

国民合意政権を認めないぞ、と言っていたトリポリのGNCを支持していた民兵集団が突如寝返ってGNA側につくなどして、GNAはトリポリでの地歩を固めつつあります。どうやってひっくり返したんでしょうね。

“Tripoli U-turn leaves Libya and hopes of peace in chaos,” The National, April 7, 2016.

欧米諸国とアラブ諸国(ヨルダンやUAEなど)との間で色々と裏がありそうですが、いずれにせよ「イスラーム国」の伸長は防がないといけない、ということだけを旗印に国内外の諸勢力がまとまりかけているとは言えるでしょう。

「「イスラーム国」と戦ってやるから武器よこせ」という現地民兵組織に武器を与えてしまっていいんでしょうか、という問題はある。GNAを支持すると言い出した諸勢力には、カダフィ政権を倒す原動力となったミスラタの民兵から、旧カダフィ派まで、さまざまな勢力がいる。5月16日にはウィーンで、2011年以来リビアに課されていた武器禁輸を一部解除してGNAを軍事的に支援することが米国やロシアなど主要国の間で合意された。

対「イスラーム国」作戦に、米国、英国、フランス、ヨルダンなどの特殊部隊が「アドヴァイザー」として加わっており、実際には銭湯にも参加している様子がちらほらと伝わってきます。その一部を紹介。

“Keeping the Islamic State in check in Libya,” Al-Monitor, April 12, 2016.

“Gaddafi loyalists join West in battle to push Islamic State from Libya,” The Telegraph, 7 May 2016.

“Libya frontline exclusive: Fighters plea with West for weapons in new battle against Islamic State,” The Telegraph, 20 May 2016.

“Why is Libya so lawless?,” BBC, 18 April 2016.

“World powers agree to arm Libyan government,” Financial Times, 17 May 2016.

(5)スィルト奪還作戦

このように裏表でいろいろな動きがあった上で、2016年5月から6月にかけて、スィルトの「イスラーム国」の拠点を制圧する軍事的な作戦が展開されるに至った模様です。

“British special forces ‘blow up Isis suicide truck in Libya’,” The Independent, 26 May 2016.

“British special forces destroyed Islamic State trucks in Libya, say local troops,” The Telegraph, 27 May 2016.

“On the Frontline of the Battle Against Islamic State, Libyan Fighters Face a Vicious Enemy,” Vice News, June 8, 2016.

“Isis in Libya: Government forces ‘capture key port of Sirte’ as battles to drive out jihadists continue: Battles are still taking place in the city centre as government forces advanced from three sides,” The Independent11 June 2016.

“GNA forces claim progress in Sirte against IS but casualty figures rise,” Libya Herald, 14 June 2016.

【今日の一枚】(6)リビアの分裂状況(その4)複数の「イスラーム国」への複数の掃討作戦

先日は「リビアの分裂状況(その3)」で、まだら状に「イスラーム国」を名乗る、忠誠を誓う勢力が出てきた(イラクやシリアの「イスラーム国」との組織的なつながりがあるかというと、それほどなく、むしろ「鞍替えした」「看板をかけた」という程度ですが、それが「イスラーム国」のメカニズムですから)段階の地図をお見せしました。

まだら状に「イスラーム国」を名乗る勢力が出てきましたが、その中でも中部沿岸部のスィルト(及びナウファリーヤ)で、他方で東部デルナで、都市の主要部を制圧していきました。

それに対して、分裂したリビアの複数の「政府」(を名乗る集団)が、制圧作戦を行って「統治者」としての立場を国内・国外に示そうとしていきます。

現在のスィルトの掃討作戦では、西部のミスラタの民兵勢力や中部沿岸部の民兵集団「石油産出施設護衛隊」などが支持しているトリポリの「国民合意政府」が主導していますが、国民合意政府への参加を渋っている東部トブルク政府、その中でも「リビア国民軍」を指揮するハフタル将軍派もスィルトへの進軍を狙っているとされ、そうなるとトブルク政府とトリポリ政府を支持する民兵がスィルトをめぐって衝突することにもなりかねない、と危惧されています。「イスラーム国」は混乱の原因ではなく、結果としての現象なので、「イスラーム国」を制圧しても対して状況は変わりません。

分裂が著しいリビアでは、政府が複数あるだけなく、「イスラーム国」も複数あり、「イスラーム国」を掃討する勢力も複数あり、それぞれの政府徒渉するものの中でもまた分裂しています。

スィルト包囲作戦とそれをめぐるリビアの全体状況を図示したのが、AFPのこの地図。

リビアスィルトの包囲網

“Libya unity forces in street battles with IS in Sirte,” Daily Mail (AFP), 11 June 2016.

“IS suicide bombers in Sirte hit pro-govt Libyan forces,” Al-Monitor (AFP), June 12, 2016.

6月9日に、スィルト制圧作戦を進める「国民合意政権」は、近く作戦完了の見通しと発表しており、主要な港を制圧した、といった続報はありますが、帰趨は明確ではありません。

おまけでアラビア語版も。

リビアの分裂地図AFPアラビア語2016年6月

【今日の一枚】(4)リビアの分裂状況(その2)全土

前回に続いてリビアの地図。BBCがよく使っているリビア全土の割拠の地図を貼っておきましょう。どうやら2015年8月現在の状況のようですね。

リビアの派閥2015年8月現在
“Guide to key Libyan militias,” BBC, 11 January 2016.

その後の変化についてはいちいち作っている暇がないと見える。また、細かいところは分かりようがないですね。

南部の部族の問題など、沿岸部とはまた別の要素が入ってくる。サヘル地域とのつながりなど、また別の地図を探してみましょう。

【今日の一枚】(3)リビアの分裂状況(その1)沿岸部(2016年2月)

今日の地図。リビアの分裂状況。

リビアの複数の「議会」に基づく複数の政府や、国連の支援の下での挙国一致政府の拠点、また様々な民兵集団の群雄割拠については、いろいろな地図がある。その中で「イスラーム国」がどこにどのように出てきているのかなども報道機関が地図による表現を競うポイントだ。

ここではBBCが今年2月初頭に出していたものをメモ的に転載しておこう。何がどうなっているかは自分で読んで調べてみてください。

リビア全土での勢力分布については別の地図をBBCは掲げてきたが、ここでは内陸部のあまり人が住んでいないところは除外し、沿岸部のみ塗り分けている。これも一つの見識ですね。

地図が載っていた記事本体の内容はあまり気分がいいものではないが。

BBC Libya competing groups January 2016
“Control and crucifixions: Life in Libya under IS,” BBC, 3 February 2016.

【今日の一枚】(2)サイクス=ピコ協定の「完全版」

今日の一枚。

サイクス=ピコ協定にロシアとイタリアが参加
(出典:イギリスのナショナル・アーカイブに入っている地図で写真が広く出回っていますが、ここではウォール・ストリート・ジャーナル紙の記事から。“Would New Borders Mean Less Conflict in the Middle East?,” The Wall Street Journal, April 10, 2015.

有名な英・仏のサイクス=ピコ協定は、実際にはロシアとイタリアの同意も得たものでした。その部分を黄色と緑で書き加えた地図です。土台になる地図は有名なサイクス=ピコ協定のものと同じ”A Map of Turkey in Asia”ですね。

中東の第一次世界大戦前後について「英・仏」にのみ注目すると、中東国際政治の力学を忘れてしまいます。

英・仏のサイクス=ピコ協定を、ロシアは以前から主張していた、アナトリア東部のアルメニア人が多いエリアの支配と、そして何よりも、イスタンブルとその周辺のボスフォラス海峡・ダーダネルス両海峡の支配を認めさせることを引き換えに、承認しています。

イタリアも、現在はギリシア領のエーゲ海・地中海沿岸諸島の一部を領有していたのですが、対岸のアナトリア半島の領有をも主張したのですね。「サン・ジャン・ド・モーリアンヌ協定」などとも言われます。この本の索引を見ると、いちおう触れられています。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)

おそらくアフリカについては英・仏による分割、直線の国境線による切り分け、というものが主たる動因で決定的な意味を持ったと理解していいのでしょうが、中東の場合、ロシアの南下政策によるクリミアや黒海沿岸の征服とイスタンブルと両海峡地域への進出、また後にはオーストリアのバルカン半島への進出、またドイツの中東進出があり、それに対する英・仏が中心となった西欧列強の勢力均衡を基調とする「東方問題」の外交が関与したというところが基本構図です。

その基本構図を知っておいてこそ、現在の中東情勢も奥行きを持って見ることができます。

ああ地図っていいですね。

【今日の一枚】(1)中東「一人一国」構想

昨日は新コーナー「いただいた本」の第1回でしたが、今日は「地図で見る中東情勢」のカテゴリーを復活させてみましょう(高坂正堯『世界地図の中で考える』(新潮選書)も再刊されましたし)。

PCで右下にあるカテゴリーから「地図で見る中東情勢」をクリックしてみていただけるとわかると思いますが、以前は結構本格的に、地図をコピーしてきて解説していました。

もっといろいろ解説してみたいテーマはあるのですが、これはかなり時間がかかるので、現状では当分以前のような規模ではできません。

これだけ労力をかけるなら、本にした方がいいのでは、という気もします。

しかし本来は、インターネット上で回ってきた面白い記事の面白い地図を一枚貼って記事にリンクして「こんな地図あるよ」「記事読んだら面白かったよ」と伝えたいだけだったんですね。このブログの開設の発想そのものが。

それがいざ書くとなると、不特定多数に読まれるものだから詳細に解説しないといけない、地図も複数揃えて誤解のないように完備させないといけない、と考えるうちに、本格的なものになってしまいました。

しかし初心に帰って、これからは、特にブログに通知する連絡事項がないときなどに、ほいっと気楽に一枚地図を貼り付けてみようかな、と思います。

解説もほとんどしませんので、自分で調べてみてください。

今日の地図はこれ。

中東一人一国構想Onion
“Everyone In Middle East Given Own Country In 317,000,000-State Solution,” The Onion, July 17, 2014.

私はこれを「中東一人一国構想」と呼んでいます。

これは日本で言うと『虚構新聞』みたいな、元祖冗談新聞のThe Onionに以前に載っていたもので、『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)
を読まれた方には意味がピンとくるのではないかと思います。

本当はこの地図は、サイクス=ピコ協定とか、最近の中東分割案のいろいろな地図とかと合わせて紹介しようと思っていたのですが、そんなことをやっている時間もないし、サイクス=ピコ協定関連は本にしてしまったし、ということで、「一枚の地図」で紹介。この地図の意味するところを、ご自由に調べていってみてください。

【寄稿】ティラン海峡2島の帰属をめぐって『中東協力センターニュース』4月号に

寄稿しました。リンクをクリックするとPDFが直接ダウンロードされます。

池内恵「エジプト・サウジのティラン海峡二島『返還』合意」《連載「中東 混沌の中の秩序」第5回》『中東協力センターニュース』2016年4月号, 9−20頁

今月号に掲載の他の論考はこちらのページから。

今、次の本(正確には次の次に出る本)の最終段階で大幅にテコ入れするべく、とてつもなく忙しくなっていますので、短い時間で急いで書きました。サウジの「紅海国家化」という若干の(かなりの)憶測が入っています。お楽しみください。

今回は、いつにも増して日程が苦しく、常識で考えれば書けないのですが、昨年4月の『中東協力センターニュース』の月刊化を機会に、それ以前のように不定期連載ではなく、四半期に1回必ず書いて載せると自分に課してしまったので、とにかく書きました。それによって自分の本が遅れたりすることがなければいいのですが・・・

「中東 混沌の中の秩序」と題して連載をリニューアル・定期化してから、今回は5回目になります。

(第2回をブログに掲載し忘れていたことに気づいたので、以下に連載リニューアル以来の、前回までのタイトルとダイレクトリンクを貼っておきます。また、それ以前の連載「アラブの春後の中東政治」については、当ブログの項目を参照。2012年の6月から延々続いています。このブログを「中東協力センターニュース」で検索するとさらに出来てます)

池内恵「中東情勢を読み解く7つのベクトル」《連載「中東 混沌の中の秩序」第1回》『中東協力センターニュース』2015年4月号

池内恵「4つの内戦の構図と波及の方向」《連載「中東 混沌の中の秩序」第2回》『中東協力センターニュース』2015年7月号

池内恵「ロシアの軍事介入による「シリアをめぐる闘争」の激化」《連載「中東 混沌の中の秩序」第3回》『中東協力センターニュース』2015年10月号

池内恵「サウジ・イラン関係の緊張―背景と見通し」《連載「中東 混沌の中の秩序」第4回》『中東協力センターニュース』2016年1月号

安田純平さんのビデオ声明について

シリアで消息を絶っている安田純平さんについて、私は個人的には面識がなく、安田さんの交友関係も知らないので、何も情報を持っていませんが、安田さんのものとみられる映像については、Facebookで書いておきました。私にはこれ以上のことは分かりませんし、言うことができません。無事の帰還を祈っています。

安田純平さんが、どの程度、英語を正確に話すのか、私は知らない。ビデオでの発言のこの部分は、英語の語法が不確かなので、意味を正確に理解することは難しい。

“I have to say to something to my country:When you’re sitting there, wherever you are, in a dark room, suffering with the pain, there’s still no one. No one answering. No one responding. You’re invisible.”

しかし、シリア内戦の対立関係と、3月14日に開始されたジュネーブでの和平協議を背景に解釈すると、ほぼ想像できる。「アサド政権の攻撃によってシリアの人々が苦しんでいるのに、日本は何もしていない。日本の声が聞こえてこない」と訴えているのではないか。和平協議によってアサド政権の存続が認められようとしているタイミングで、この映像が発信されたのは、和平協議に反対する意思を伝えるためかもしれない。

「国際社会がアサド政権による空爆や殺害に反対してくれない」という批判は、シリアの反体制派が共通して表明する立場であり、和平協議に参加していないヌスラ戦線の立場でもある。もし安田さんがヌスラ戦線の拘束下にあるのであれば、安田さんがこのように話すのは理解出来る。

また、安田純平さんもある程度反体制派に共感しており、アサド政権による市民の殺害を批判する立場なので、「強制されて言わされている」だけではなく、本心で言っているのかもしれない。

ヌスラ戦線は、ISとは異なり、人質を殺して映像を発信することそのものを、目的にはしていないはずだ。人質を殺せば、シリア反体制派に対する日本の世論は悪くなる。安田さんを生かしておき、日本国民や日本政府に対するメッセージを伝える報道官とすることが合理的だ。私は彼らがそのように決断をすることを願っている。

【寄稿】年初のサウジ・イラン緊張について『中東協力センターニュース』に

寄稿しました。

池内恵「サウジ・イラン関係の緊張ー背景と見通し」、連載《中東 混沌の中の秩序》第4回、『中東協力センターニュース』1月号、2016年1月20日発行、14ー25頁

中東協力センターニュース2016年1月号表紙

中東協力センターのウェブサイトの「JCCMEライブラリー」から、1月号掲載の各論考を無料でダウンロードできます。

私の論考のダウンロードのためのダイレクトリンクはこちらから。

サウジとイランは1月2日の、サウジによるシーア派説教しの処刑と、それに抗議した群衆によるテヘランのサウジ大使館への焼き討ちを受けて、一時はかなりの対立姿勢を双方が示しました。そこから見えてきたものは何か。

この間の政策論壇の主要な議論をまとめてリンク集を提供する、ワーキング・ペーパーを意図して書きました。現在サウジ論、米中東同盟論が、米のイランとの関係改善を受けて活発になっていますので、主要な議論の整理として、便利ではあると思います。

【寄稿】「アラブの春から5年」をテーマに『毎日新聞』に談話を

寄稿に近い談話とでも言えばいいでしょうか。長い時間話してまとめてもらったものをいろいろ直したものが、『毎日新聞』1月15日付朝刊に掲載されました。

《アラブの春 5年 独裁崩壊の代償 識者は見る》「◆アラブの混乱 地域分裂、危機は深まる 池内恵・東大准教授(イスラム政治思想) 」『毎日新聞』2016年1月15日朝刊

私の発言とされるものの部分の本文を貼り付けておきます。

 「アラブの春」で、独裁者が統治してきたアラブ世界は大きく変わった。もはや独裁は不可能になり、民主化にも行き詰まり、宗派、部族単位の分裂が強まって極めて統治が難しくなったのだ。

 独裁政権の崩壊はメディアの変化によるところが大きい。新聞やテレビなど従来のメディアは、政府などのプロパガンダを伝えていた。ところが突然、衛星放 送や携帯電話、インターネットが登場したことで人々は多様な情報に接し、自ら情報を発信できるようになった。独裁政権は情報統制できなくなり、崩壊すべく して崩壊したと言える。

 ただ、民主化を目指す過程で、各国はそれぞれ困難を抱えた。選挙を行うと組織の結束力が強く、反汚職を掲げるイスラム勢力が勝つ。だが、既得権益層は権 力の移譲や教義の押しつけを認めることができない。その結果、武力で覆すケースが出た。エジプトのクーデターは一例だ。

 リビアは憲法制定を目指して数回の選挙を実施したが、民意はその度に変わった。結果として二つの政府ができ、双方が武力を持って正統性を主張するように なった。イエメンは選挙をせずに多様な勢力の代表による対話を進めたが、結論を認められない反対勢力が政府を放逐した。シリアは政権の弾圧で地方住民が離 反し、義勇兵が入って内戦に陥った。

 アラブ世界は元々、政府が正規軍の他に特殊部隊など複数の武装組織を持っており、政治が分裂すると武力も分裂、拡散する。また各勢力が宗派などを頼りに 周辺国などに援助を求めるため、国際政治も宗派紛争化した。チュニジアは軍が強くなく、労働組合などが政党間を仲介できたため、辛うじて民主化の道を進ん でいる。

 昨年は第二次大戦後最大の人道危機と言われたが、今年はより事態が悪化する可能性がある。今後は長い時間をかけて宗派や部族で似通った人たちが住み分けしていく流れがいっそう進むと思う。その過程で難民はさらに増えるだろう。

 過激派組織「イスラム国」(IS)はアラブの春の混乱で存在が可能になった組織だ。国際社会の攻撃が激しくなれば、今の場所から移動するだろう。無秩序の場所は必ず存在するからだ。

 この混乱は基本的に地元の対立に根ざしているので、国際社会はできるだけ関わらない方がいい。だが、人道危機は進行するし、米国が関与しなければロシアの関与が強まるというのが国際社会のパワーバランスだ。先行きを読むのは難しい。
(構成:三木幸治)

【掲載】『読売新聞』12月4日付朝刊の「『イスラム国』を分析する」に談話が掲載

昨日の読売新聞朝刊にインタビューが掲載されました。

池内恵(インタビュー構成:国際部 深沢亮爾)「石油が資金源 阻止困難」『読売新聞』2015年12月4日朝刊

解説面(13面)の「論点スペシャル」に掲載された「『イスラム国』を分析する」を共通テーマとした3人のインタビューのうち一人です。今回は国際面が拡張した形で、国際部と各地の特派員が記事を作っています。私以外には、アブドルバーリ・アトワーン(在ロンドンのパレスチナ系アラビア語紙『クドゥス・アル・アラビー』の元編集長、『イスラーム国』やグローバル・ジハードに関する著作多数)、リチャード・バレット(テロ対策企業ソウファーン・グループ副社長)で、なかなかいい取り合わせです。

なお、インタビューで、この問題にはまだ詳しくない記者が構成しているため、私が自分で書くならあえて書かないようなことも書いてあります。12版までは私の校閲が入っておらず、13版からは私が修正して許可したものです。全国の大都市部では13版が行きわたっていると思います。(東北には12版が行ってしまっているという情報もありましたが、本日5日に講演で立ち寄った仙台で、買っておいてもらった紙面を確認したところ、少なくとも仙台中心部では13版であることを確認できました。津野先生ありがとうございます!)

タイトルの「石油が資金源」というのも、最近重点的に空爆の対象とされているが故に、この問題が世界的に関心を集めてそればかり報道されているというところに引っ張られているのではないかと思いますが。しかし今現在の「イスラーム国」をめぐる世の中の関心を記録するという意味では、やはり意味があるのではないかと思います。

【アンケート】もし新版が出たら、買います?『イスラーム世界の論じ方』

【御礼】ブログ・フェイスブックでの皆様の「いいね」の支えもあって、『増補新版 イスラーム世界の論じ方』が、中央公論新社から、2016年5月6日に、値段据え置きの2600円で、発売されることになりました。厚く御礼申し上げます。

新しい表紙はこのようなものになりました。

【ここまで2016年4月30日追記】

本日は、いつもこのブログやフェイスブックを読んでもらっている皆さんに、お聞してみたいことがあります。

この本なんですけど。大幅に論文を加えて、ほとんど1冊分ぐらい加えて新版が出たら、どれぐらいの人数が買ってくれるのでしょうか?装丁も新しくします。

『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2008年)

この本は、イスラーム教と政治に関する私の主要な論文を集めつつ、2004年から2008年までに書いた短めの論考をテーマごとにまとめて整序して、 2008年の11月に出版され、2009年には第31回サントリー学芸賞(思想・歴史部門)をいただきました。2刷りまで行きましたが、売り切れて品切れ となっています。

初版も2刷りもそれほど多くはなかったので、持っている人は多くはありません。ただ、こういった学芸書にしては読みやすいのとテーマが一部の方の興味を引いたのか、研究者が書いた通常の本に比べると何倍も売れました。それでももちろん、累計1万部もいっていません。今年1月以来、『イスラーム国の衝撃』が多くの読者を得てからも増版されず、売り切れて、アマゾンでも9000円といった高値がついています。(今気づきましたが、アマゾンの「買取サービス」では、現時点で3149円となっており、定価の2600円より高い値段で買い取ってくれるところもあるようです。なお、この形のままで増版されることはありませんので、お持ちの方はそのまま持っておかれることをお勧めします)

これを増刷しないのかと出版社とやりとりしていますが、中央公論新社というところは実に固い会社で、石橋を叩いても渡るのを躊躇します。そのような固い会社だからこそ私も大切な原稿をお預けしてきたという事情があります。別にたくさん売りたいわけではなく、本当に必要とする人の手に、確実に、しっかりしたものを届けたいのです。中央公論新社からは『アラブ政治の今を読む』(2004年)以来の二冊目の論集でもありました。

『イスラーム世界の論じ方』は、時論集と論文集の要素を併せ持っています。時論集の部分を読むことで、なぜ論文集の部分が書かれているかも分かるようになっています。論じられている対象(中東政治・社会)について、日本に十分に・適切に伝わっていない情報の伝達を行いつつ、伝達された情報に基づいた私自身の理論的考察を同じ本で提供しているという、自己完結型の、この時点では日本のメディアで提供される中東情報の制約から、他に適切な方法がないと思って行った、異例の編集がなされたものです。そのような本が出版され、思いがけずもサントリー学芸賞をいただいたこと自体が、ある種の奇跡的な事件と思っております。

現在、この本に収録されている論考・論文は全てそのままにして、さらに、その後に書いた、グローバル・ガバナンスやグローバル・ジハードについての論文や、「イスラーム教と西洋近代」といった問題についての論文を追加して、ほとんど一冊付け加えたぐらいにして、新版を出そうと考えています。

どれぐらいの人が買ってくれるものでしょうか。

値段は、どれだけ部数が出るかによって大きく変わります。といってもベストセラーになる必要など全くないのです。5000部ぐらい行き渡ればそれでいいと思っています。それぐらい売れると分かっていれば、出版社はまともな手の届く値段をつけてくれます。「売れないかもしれない」という不安に怯えた出版社は、とてつもなく高い値段で少部数にしようとしがちです。そうやって本が売れなくなっていくという、悪循環です。

少部数だと各地の本屋にも行き渡らず、あっても一冊ぐらいしかない。それも棚にも差されずに倉庫のダンボール箱の中に放置されたりして、一定期間が過ぎると返本されて戻ってきて、移動の間に傷ついて廃棄処分になったりします。読者にとっては探し出すことすら困難です。

皆さんがもしこの本の新版を買いたいという意思がありましたら、そしてフェイスブック上で「いいね」を押すという意思表示をしてくれましたら、割にまともな値段でお手元に届くかもしれません。私としては何が何でも3000円以内に抑えたいと思っていますし、本当なら2600円という、当初の値段に抑えたいのです。以前に買っていただいた方も、もう一冊新しい本として買っていただいてもいいぐらいの追加部分があります。

もし本が出ることになりましたら、どの書店に行けば売っているかということまで含めて、刊行の状況をフェイスブック上でお伝えして、欲しいけど買えなかったとか、本屋に行ったけど見当たらなくて無駄足を踏んだといったことは極力ないように、配本の仕方、売り方まで工夫しますので。

【テレビ出演】「クローズアップ現代」(11月16日)での発言がNHKウェブサイトに

昨日出演した「NHKクローズアップ現代」の内容が、活字と静止画像でNHKのウェブサイトに掲載されました。

「NHKクローズアップ現代 No. 3733 緊急報告 パリ“同時テロ”の衝撃」2015年11月16日

私の発言も、詳細に確認してはいませんが、スタジオで生で発言した通りに文字起こしされているはずです。一部、「領域支配」と言ったはずが「領地支配」に変換されていたりします。そう聞こえるのかもしれませんが、そうは意図して発言していません。若干精度の荒い記録とお考えください。

いずれにせよ、このような文字起こしを公開し残しておくことは、信頼性のある報道番組であろうとするならば必須の条件と言っていいと思います。

発言時間は国やキャスターとのやりとりを含めて8分程度しかありませんので、事前の打ち合わせではもっと多くの論点を入れようと準備しましたが、実際にやってみると入らない部分もありました。

ただ、組織原理や戦略目標が変わったのではなく、従来のグローバル・ジハードの各地の分散型・自発的テロの多くの種類を組み合わせ、「冷酷さ」と手際良さにおいて「進化」したという論点はじっくり議論できたように思います。

何がこの「冷酷さ」をもたらしたかは、今後検討しなければなりませんが、渡航してイラクやシリアでの戦闘に関わったり、あるいはそこからもたらされる残酷な情報に触れることで、麻痺してしまったのかもしれません。

【寄稿】『毎日新聞』にパリ同時多発テロ事件に関して(11月15日)

『毎日新聞』の昨日(11月15日)の朝刊に寄稿しました。

現地時間13日深夜に起きたパリ同時多発テロ事件についての、新聞に載る最初のコメントの一つだったのと、この日出た各種の有識者のコメントで、イスラーム教の規範そのものへの言及やジハード主義によるテロの正当化についてはほとんど触れられていなかったことから、メディア関係者が解説を求めてコンタクトを取ってくることが多くありました。

ここに本文テキストを掲載しておいます。毎日新聞のウェブ版に掲載されています。

池内恵「個人が連携、『聖戦』拡散」『毎日新聞』朝刊、2015年11月15日

自爆を多用する手法や同時に多くの場所で作戦を実行する能力から、過激派組織「イスラム国」(IS)などグローバルなジハード(聖戦)のイデオロギーに感化された集団によるものである可能性が高い。ジハードはイスラム教への挑戦者を制圧する戦いとして尊ばれる理念である。イスラム教徒の全員が行っているわけではないが、否定することの難しい重要な教義だ。
ジハードを掲げる勢力はイスラム教の支配に挑戦する「西洋」を敵と捉えるが、政教分離を明確にするフランスは、宗教への挑戦のシンボルと認識されやすい。
また、フランスにはアラブ系のイスラム教徒が多いうえ、シリアやイラクへの空爆にも参加している。彼らが過激化する可能性があり、そのためフランスが標的になりやすくなる。
米軍がISへの攻勢を強める中で、現地に義勇兵として行くよりも、欧米社会を攻撃して対抗する方が有効と考える者が出てきてもおかしくない。今回の犯行は少なくとも六つの場所でほぼ同時に行われており、作戦能力の高まりが危惧される。
グローバル・ジハードの広がりには二つのメカニズムがある。地理的な拡大と理念への感化による拡散だ。イラクやシリアでは、ISなどが中央政府と特定の地域や宗派コミュニティーとの関係悪化につけ込む形で組織的に領域支配を拡大した。
しかし、領域支配ができない西欧諸国や比較的安定した中東諸国では、イデオロギーに感化された個人や小集団によるテロを拡散させて、社会に恐怖を与え、存在感を示そうとする。
地理的な拡大がうまくいかなくなると、理念を拡散させて広く支援者を募り状況を打開しようとするため、イラクやシリアの組織が軍事的に劣勢に立たされると、欧米などでテロによる支援の動きが出てきやすい。拡大と拡散をいわば振り子のように繰り返しながら広がっていく。
信仰心に基づいて個人が自発的に参加することが基本であるため、ISに共鳴する者たちは臨機応変にネットワークを作って作戦を実行する。組織的なつながりを事前に捉え、取り締まるのは難しい。
中東やアフリカから西欧への難民・移民が急増しているが、その中にISへの同調者などがテロを起こすことを目的に紛れ込んでいる可能性がある。もしそのような人物が犯人に含まれていた場合、西欧の難民・移民政策に決定的な影響を及ぼすかもしれない。