【寄稿】『毎日新聞』にパリ同時多発テロ事件に関して(11月15日)

『毎日新聞』の昨日(11月15日)の朝刊に寄稿しました。

現地時間13日深夜に起きたパリ同時多発テロ事件についての、新聞に載る最初のコメントの一つだったのと、この日出た各種の有識者のコメントで、イスラーム教の規範そのものへの言及やジハード主義によるテロの正当化についてはほとんど触れられていなかったことから、メディア関係者が解説を求めてコンタクトを取ってくることが多くありました。

ここに本文テキストを掲載しておいます。毎日新聞のウェブ版に掲載されています。

池内恵「個人が連携、『聖戦』拡散」『毎日新聞』朝刊、2015年11月15日

自爆を多用する手法や同時に多くの場所で作戦を実行する能力から、過激派組織「イスラム国」(IS)などグローバルなジハード(聖戦)のイデオロギーに感化された集団によるものである可能性が高い。ジハードはイスラム教への挑戦者を制圧する戦いとして尊ばれる理念である。イスラム教徒の全員が行っているわけではないが、否定することの難しい重要な教義だ。
ジハードを掲げる勢力はイスラム教の支配に挑戦する「西洋」を敵と捉えるが、政教分離を明確にするフランスは、宗教への挑戦のシンボルと認識されやすい。
また、フランスにはアラブ系のイスラム教徒が多いうえ、シリアやイラクへの空爆にも参加している。彼らが過激化する可能性があり、そのためフランスが標的になりやすくなる。
米軍がISへの攻勢を強める中で、現地に義勇兵として行くよりも、欧米社会を攻撃して対抗する方が有効と考える者が出てきてもおかしくない。今回の犯行は少なくとも六つの場所でほぼ同時に行われており、作戦能力の高まりが危惧される。
グローバル・ジハードの広がりには二つのメカニズムがある。地理的な拡大と理念への感化による拡散だ。イラクやシリアでは、ISなどが中央政府と特定の地域や宗派コミュニティーとの関係悪化につけ込む形で組織的に領域支配を拡大した。
しかし、領域支配ができない西欧諸国や比較的安定した中東諸国では、イデオロギーに感化された個人や小集団によるテロを拡散させて、社会に恐怖を与え、存在感を示そうとする。
地理的な拡大がうまくいかなくなると、理念を拡散させて広く支援者を募り状況を打開しようとするため、イラクやシリアの組織が軍事的に劣勢に立たされると、欧米などでテロによる支援の動きが出てきやすい。拡大と拡散をいわば振り子のように繰り返しながら広がっていく。
信仰心に基づいて個人が自発的に参加することが基本であるため、ISに共鳴する者たちは臨機応変にネットワークを作って作戦を実行する。組織的なつながりを事前に捉え、取り締まるのは難しい。
中東やアフリカから西欧への難民・移民が急増しているが、その中にISへの同調者などがテロを起こすことを目的に紛れ込んでいる可能性がある。もしそのような人物が犯人に含まれていた場合、西欧の難民・移民政策に決定的な影響を及ぼすかもしれない。