【イスラーム政治思想のことば】(10)サウジの新皇太子(次期国王)への「バイア(忠誠の誓い)」

6月21日朝、サウジ、そして中東を揺るがす発表がありました。サルマーン国王が、皇太子のムハンマド・ビン・ナーイフを更迭し、実子のムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子を皇太子に昇格させたのです。

そのサウジ内政や国際関係に及ぼす影響については別の場所で考えましょう。ここでは「イスラーム政治思想のことば」シリーズの一環として、皇太子の任命の正統性を確保するために、現在サウジ発のメディア報道やSNS上で溢れている言葉を紹介しましょう。それは「バイア(忠誠の誓い;bay’a; oath of allegiance; pledge of allegience)」という言葉です。

サウジの王政は統治の正統性を示すために、イスラーム法に基づく政治思想を援用することが多くあります。全イスラーム教徒の共同体(ウンマ)を指導する「カリフ(あるいは「イマーム」)」を名乗ることはないまでも、聖地メッカとメディナを実効支配していることから、「二聖モスクの護持者(Khadim al Haramayn; Custodian of the Two Holy Mosques)」を称号として掲げいます。

そして、政権の根拠に、有力者そして国民全体から「忠誠の誓い(バイア)」を受けている、ということを誇示して、支配を正統化しています。

国王が亡くなって次の国王が立つ時に、まず然るべき王族や宗教学者の有力者が「バイア」を行なってみせます。今回は、国王ではありませんが、次期国王となることが確実な皇太子を任命した、それもこれまでの実力者の皇太子が存命のまま更迭して国王の年若い実子を昇格させたということから、盛大にバイアの儀式が行われました。

バイアによって正統な権力が成立するという観念の定式化とその手続きについては、イスラーム政治思想を体系化したイスラーム法学者マーワルディーの『統治の諸規則』のイマームの定立に関する記述にまとめられていますし、イブン・ハルドゥーンの『歴史序説』でも、主要なスンナ派法学者の定説に基づいてこの概念が紹介されています。

サウジアラビアでは前国王のアブドッラーの時代に、次期国王あるいはその前提として皇太子を選出する際に、まず初代アブドルアジーズ王の直系男子の子孫からなる王族会議(王族の中でも中枢の家系のみ)で選出する形式をとることになりましたが、この次期国王選出のための特別な王族会議も「忠誠委員会(Hay’a al-Bay’a; Allegiance Council)」と名付けられています。まず王族の中の有力家系の代表が「バイア(忠誠の誓い)」を新たな皇太子・次期国王に対して行って「選出」し、選出された者が忠誠の誓いを受け入れる、という形式を踏んで、王権が立ち上がるのです。

あたかもカリフ(イマーム)を選出するようにイスラーム法上の「バイア」と似通った手続きで国王・次期国王を選出することで、サウジ王家は自らのイスラーム法上の正統性を印象付けようとしています。

スンナ派ではカリフの政治権力を前任者が次期(息子でもいい)を指名(つまり世襲)することすら正統な「選出」であるとしている、現実の実効支配を重視する現実追認の傾向が目立つ体系ですが、有力者による合議(シューラー)の上、政治権力者を選出してバイアし権力者はバイアを受け入れる、という手続きをとることは重視します。現実に人々が従わない権力はその役割を果たせないと考えるからです。血統だけで継いでいくことには意味がなく、実力を伴って、イスラーム教を護持する役割・義務を果たして初めて、権力者であると考える。

そうなるとまず、前任者から後任者の指名(サウジの今回の場合は国王による息子の皇太子任命ですね)が行われた上で→忠誠委員会による合議の上でのバイア→大臣や知事や宗教学者の有力者などによる、より広い有力者によるバイア→国民全体のバイア、と忠誠の誓いを誓う人々の輪を広げていく形をとります。

今回はサウジ王家の、あるいはアラブ部族の権力継承の慣例を破り、これまで制度化されていた継承の規則も一部変更してまで行う皇太子任命ですから、各階層のバイアを確実にすることは重要です。忠誠委員会でも、現在の34名の定数のうち31名がムハンマド・ビン・サルマーンの皇太子任命に賛成した、と発表されていますから、つまり全会一致ではないわけです。そうなるとより一層、国民の各階層から、多数がバイアしているということを示さなければなりません。

さらに今回は、これまで皇太子だったムハンマド・ビン・ナーイフが、解任されたといえども存命ですから、これがバイアするかどうかが重要です。

そこで、前皇太子の更迭と新皇太子任命の発表があってから間もなく、ムハンマド・ビン・ナーイフ前皇太子が新皇太子にバイアした、との報道が国営通信社によってなされます。サウジ政府系のメディアは、ムハンマド・ビン・ナーイフ前皇太子がムハンマド・ビン・サルマーン新皇太子にバイアする場面を撮影して放映し、これを各メディアを通じて大々的に宣伝し、インターネットで拡散させました。サウジ王家内部が分裂している、あるいはそこから、呼応する国内勢力がある、という印象を万が一与えて不安定化が進むことを避けるためでしょう(この映像についてもサウジの在外反体制派は、軟禁されたムハンマド・ビン・ナーイフ前皇太子が強制されているだけで、都合の悪いところを映さないようにしている、と腐しています)。

サウジ政府の英文広報紙というべきSaudi Gazetteは一連のバイアについて次の記事で伝えています。

“Generational shift: Princes, officials, ulema, citizens pledge allegiance to Prince Muhammad as crown prince,” Saudi Gazette, June 22, 2017.

新皇太子任命が発表された時点では「忠誠委員会」のみがバイアしている状態です。そこで、さらに御触れを出して、まず王族のより広い成員に対して、当日夜にサファー宮殿でバイアを受け付けるぞ、と伝えたということですね。ここに非王族の政府高官や高位の宗教者も来なさいという国王の御触れはこのようなものです

王宮でのバイアの様子は、例えばこの記事から。アラビア語が読めなくても映像や写真を見れば様子が伝わってきます

最終的に全国民がバイアすることを求められるのですから、この王宮でのバイアに、一般市民も原理的には来ていいはずですが、おそらく身分が低い者が行くことはあまり想定されていないでしょう。

上記の記事にもありますが、各地の王子・知事(王族の場合が多い)は新皇太子に代わってバイアを受けよとの王の御触れも出ています。

バイアの儀式といっても簡略で、礼をして握手するだけですが、これはコーランの表現にも多いアラブ人の「商取引」で、契約を締結する際に握手する慣行をおそらく引き継いだものでしょう(そもそも「バイア」という言葉は「売り買い」を意味する言葉です。臣民は王に服従を「売る」代わりに安全の保証といった見返りを買うのです。なお、コーランでは、信仰も神と人間が行う商行為であって、て、神の命令に従って現世で義務を遂行することで、来世での幸福を「買う」かのような表現が多く見られます)。

政府の音頭取りに応じ、SNS上では「私は皇太子ムハンマド・ビン・サルマーンにバイアする」という一文がハッシュタグとなって流通し、バイアの様子を拡散したり自らSNS上でバイアをして見せたりする発信が相次いでいます。

原則は目下の臣下が権力者に服従を誓い、権力者がそれを受け入れるという形式ですが、映像で見てみると、はるかに年上で実力者の前皇太子(57歳)に対して、第三世代の王族の中でも最年少の部類に属す新皇太子(31歳)は、いちおう一瞬だけ跪いて見せ、握手の最中も最後まで頭を相手より下げているなど、傲慢に見られないように務めています。同様に、メッカのサファー宮殿で行われた、王族や政府高官たちによるバイアの場でも、王族の中での目上の人や、平民でも長年主要閣僚を務めた重鎮に対しては、結構頭を下げてみせています。

こういう絶妙な間合いの取り方は、アラブ人の兄弟・従兄弟・友人などの間の関係に、日常的に見られることです。一族の中で羽振りのいい男は、それ以外を従えるのですが、それは金銭的にもその他も何かと面倒を見る義務を伴います。目下の親族については普段から何かと目を配っておいて、住むところの世話から職探し、娘の縁談まで、何かと便宜を図ってやらないと、親族からも叛逆されます。

そのため、一族のリーダー格は、毎日のように、親族や、あるいは血縁関係がなくとも盟友関係にある友人や、世話を焼いている子分の家を、ぐるぐる巡回していたりします(逆に定期的にそれらの配下から訪問を受ける応接間=マジュリスが家にあったりします)。そういうのに同行して観察したことがありますが、アラブの男であるってことは、大変なんですね。大物は大きな態度で羽振り良くして見せていないといけない。そうしないと馬鹿にされるのです。みなさんプライドがありますから、子分格は、親分が親分っぽくないと容赦無く馬鹿にし、逆心を抱きます。人間は自由であり、プライドを持つのです。

かといって偉そうにしすぎてもいけない。人を従えるアラブ男はこの絶妙のバランスを身につけています。このあたりは私には計り知れないところです。

というわけで、今日も地回り行くか、という風情の知り合いに人類学的興味でついて行くと、一軒一軒、慕ってくる親族や子分のところを回るのですが、あの家はお金に困っているらしい、といった情報を、回りながら自然に集めて行く。そして困っているらしい家に来ると、迎えに出た子分(といえどもその家の当主)があたかも「バイア」のように頭を下げて手を差し出してくるところを、抱擁するように握り返しながら、さりげなく、目にも留まらぬ速さでどこからか出してきた札を握らせます。本当に「いつどこから出してきた!」と叫びたくなるような速さであり円滑さです。それは優雅ですらあります。

そしてこの渡し方が難しい。まず、親分が子分にお金を渡して庇護しているというところは、相手にはもちろん、第三者にもある程度は伝わらないといけない。それによってああ親方様はありがたい、苦しいということをちゃんと理解してくれて援助してくれてこれでなんとか病気の息子を病院に連れて行ける・・・と一同安堵するのです。

しかし、それによって相手が公衆の面前で、あるいは小なりといえども従えている家族の前で、屈従を強いられたと見えてしまうこともまた、避けなければならないのです。

人間は神以外には従属しない、というイスラーム教の信仰を誰もが内在化していますから、わずかばかりの金をこれ見よがしに恵んで尊厳を踏みつけにした、と相手あるいは第三者に受け止められては、大変なことになります。お金を渡してある相手ほど、お金を恵まれることによって屈服させられ、人間の尊厳を奪われている、という思いを蓄積させていることがあり、ある時突然敵になる、ということが結構あるのです(だったらお金なんか渡さなければいいじゃないかというと、そうではなく、渡さなければあいつはケチだ大物ぶっているけどたいしたことない、と陰口を叩かれ、離反されるらしいのです。面倒くさいですね)。

あくまでも、あたかも対等の男同士が友情を確かめ合っていて、しかし余裕があり寛大な男が、相手の窮状を偶然知って、運良く神から与えられていた自らの富を喜んで分け与える、相手はありがたく神の恩寵を受ける、という形が、ほんの一瞬の挨拶の際に交わされる握手と共に受け渡される数枚の折りたたんだ札によって表現されていなければなりません。アラブで男であるって大変なことなんです。私にはとても勤まりません。

大変ですが、津々浦々の「大物」のアラブ男は、この作法を身につけていることも確かです。どうやって身につけるんでしょうね。それは私にも完全にはわかりませんが、やはり最初は家庭の中で兄弟と切磋琢磨しながら、そして一族や地域社会の中で、揉まれながら身につけていくのでしょう。努力だけではなく、天性の才能が磨かれて開花するのでしょう。これを身につけられないと、あるいは天性として備えていないと、やがて脱落して、従う側に回ることになります。

アラブ人の兄弟というのは、必ずしも長男が自動的に偉いわけではなく、体の大きさとか頭の良さとか商才とかコミュニケーション能力とかに総合的に優れた者が、やがて台頭して兄弟、そして一家・一族を率いるようになります。

サウジだけでも、全国の津々浦々の家庭に始まる、アラブ男たちの「マウンティング」の膨大な積み重ねがあって、多くの「バイア」を集める男たち同士がさらに戦ういわばトーナメント戦を勝ち抜いた、全国の最高峰が、ムハンマド・ビン・サルマーンなわけです。そう考えると、映像で見る限り、もしかするとあまりにそっけなく、あっけなくも見えるバイアの儀式に、実はどれだけの重みがあるか、見えてくるでしょう。

「イスラーム政治思想」というと、近代西洋の政治思想のようにあたかも書斎の思想家が緻密に書いたテキストの中にあるように想像する人がいるかもしれませんが、思想をこね回した作品は、実はほとんどありません。あっても影響力は皆無です。実際には、アラブ社会のこのような人間同士のコミュニケーションの中で生まれる権力が政治思想の本体であって、その上澄みを言語化し定式化したのが有力な思想テキストと言えるでしょう。

【寄稿】「ソマリエメン」と言ってみたかっただけ?『中東協力センターニュース』4月号に

少しこの欄での通知が遅れましたが、『中東協力センターニュース』4月号に論考を載せております。

池内恵「『ソマリエメン』の誕生? 紅海岸の要衝ジブチを歩く」『中東協力センターニュース』2017年4月号, 10-20頁【ダウンロード

四半期に一回の頻度で定期寄稿している『中東協力センターニュース』ですが、今回は、先月のジブチ訪問の報告として、若干紀行文的な要素を加味した論考です。そうは言っても、結局、かなり解説や分析に近づいた文章になっています。

地図は見繕って便利なものを拝借して載せてみましたので、元の記事に遡って読むなどして見るといいでしょう。

読み直して見ると、一部の箇所で、「ソマリ人」と「ソマリア人」がそれほど意味なく書き分けられてしまっているところがあり、かといって完全にどちらかに統一することも難しいので、次に関連テーマで書く時にはさらに詰めて調べて適切な語用を見出していこうと思います。

また、18頁の19行目の「何時にも渡って」は「何次にもわたって」とするべきでした。いずれにせよ硬さが抜けない文章ですが。

今回は、とにかく世界に先駆けて「ソマリエメン(Somaliemen)」という造語を作って使ってみた、というところが一番の肝でしょうか。

米国が9・11事件以後、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯をひとまとまりのものとして、「アフパック(Af-Pac)」と呼んで統合的な対処策を探ったり、「イスラーム国」がシリアとイラクの国境地帯を制圧し実効支配したことから「シラーク(Syraq)」と呼ばれたといった先例と同様に、ソマリアとイエメンの間の人的・物的・思想的交流のインフラの存在とその深化の可能性や、それと同時に進みかねない、ソマリアのアッシャバーブとイエメンのAQAPの相乗り現象の進展、それに対する米国トランプ政権による対ソマリアと対イエメンでの対テロ作戦の強化と一体化、といった事態がより十全に進めば、やがて「ソマリエメン」が語られることになるでしょう。

四半期に一回のこの定期寄稿は、毎度、逼迫した日程の中で時間を捻出し、最新の情勢や、私自身の研究の展開の中での新しい興味対象などから熟考してテーマ設定を行い、締め切りと校了の最後の最後の瞬間まで頭を捻って(編集部には極度の負担をかけて)脱稿・校了します。

研究者としての利益からは、一つのテーマにもっと長い時間かけて取り組むために、この寄稿のために割いている時間を振り分けたほうが得になる、という考え方もあると思います(今は、研究者の環境が極めて厳しくなっており、私自身が通常よりはるかに厳しい条件を選んで赴任してきているので、本来であれば研究者がするべきではないこのような比較衡量が時に頭をよぎります)。けれども、3ヶ月に一度、必ず、中東と隣接地域や国際社会全体も視野に入れて、今何が重要か、将来に何が重要になるかを徹底的に考え直す時間を作ることは、一つ一つはそれほど重要に見えなくても、積み重ねることで、何かが見えてくるきっかけになるのではないかと信じて続けています。

【寄稿】『日経新聞』経済教室にシリアの化学兵器使用と米の空爆について

寄稿しました。

池内恵「米国のシリア攻撃、展望は――米政策の不可測性に長短、強い指導力発揮は望めず(経済教室)」『日本経済新聞』2017年4月18日

過去の日経新聞への寄稿については、このエントリでまとめてあります

【寄稿】『日経ビジネス』誌12月19日号でサウジ副皇太子について

短文を寄稿しました。

『日経ビジネス』誌の12月19日号は「次代を創る100人」を前号にわたって特集しているのですが、そのうち一人がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子なのですが、彼の紹介文を書いています。

池内恵「ムハンマド・ビン・サルマーン」『日経ビジネス』2016年12月19日号, 102頁

ほんの小さな紹介記事ですから、初心者向けに必要なことだけを。こんな細かい仕事ですが、同じページの隣には田中明彦先生(前JICA理事長・現国際大学学長)が、先頃国連事務総長に就任したアントニオ・グテーレスについて紹介文を寄せています。こんなえらい先生方も細かい仕事引き受けてくれるんですね。

彼についてはサウジ専門家がもっとよく知っているかと思いますが、一般向けに、非専門家が知っておくべきことは、という観点ならいいかと思って引き受けました。『フォーサイト』でもう少し専門家の着眼点に近いところを(それでもやはり基礎的な部分)をまとめておいた一文も、長い間かなり読まれているようです。これを読んで依頼が来たのかな。たまにはサウジ専門家ではない私のような広域・比較研究者に聞くのもいいでしょう。

池内恵「『ムハンマド副皇太子』に揺れたサウジの1年」2016年4月29日

2016年の年頭には、ムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子(国防相・第2副首相)が、従兄弟のムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子(内相・第1副首相)を置き換えて皇太子に就任、あるいはいっそ父サルマーン国王が譲位して一挙に息子が即位か?時期は今夏にも?などと噂と憶測が飛び交いましたが、夏が過ぎる頃には、当面両者が並存することで落ち着いた模様。それらは「中東通信」でメモしておきました。

池内恵「サウジ・サルマーン国王の息子ムハンマド副皇太子への直接譲位説」2016年1月31日
池内恵「サウジは当面ムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子とムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子が共存」2016年9月29日

【寄稿】『公研』10月号の「独裁の政治学」をめぐる対談をウェブに公開

『公研』に寄稿しました。サザンメソジスト大学の武内宏樹准教授(政治学・中国政治)との対談です。

武内宏樹・池内恵「独裁国家の仕組み」『公研』2016年10月号、通巻第638号、36−67頁

長大です。32頁に及びます。『公研』の過去の対談の中でも群を抜いて最長とのこと。

2時間半ぐらいしゃべったのではないでしょうか。中東や中国を政治学から見る際の厄介な問題について、論文に直接は書かないが論文を書く際に頭を悩ませていることについて、学会に行って空き時間に喫茶スペースで延々と喋っているようなことをそのまま文字にしてあります。

『公研』は、官庁やメディアの一部で知っている人は非常によく知っている、知らない人は全く知らない、一般的には全くと言っていいほど知られていない媒体です。しかし研究者の普段話している、考えていることを、ほとんどそのまま書いたり話したりしても載せてもらえる、数少ない媒体となってきました。そのために、一部の人には非常に注目されています。

以前に、待鳥聡史先生との対談が載った時も、密かにこの欄でお知らせしたことがあります。

『公研』は公共産業研究調査会の会員企業にのみ配られるため、書店などでは市販されていません。また、ウェブサイトでも記事を載せておらず、最新号バックナンバーの表紙と目次が見られるのみ。

今回、編集部の許可を得まして、武内先生のホームページにアップロードしていただいていますので、どなたでもお読みいただけます【本文はこちらから】

【一ヶ所訂正。最後の67頁上段でサウジの「プラン2030」とあるのは、もちろん「ヴィジョン2030」のことです。なにしろすごい勢いで二人とも喋っていますので、「国家改造のマスタープランとして発表されたヴィジョン2030とその当面の行動計画」というような意味で複数のことを同時にまとめて話したことを、速記に手を入れる際になんとなく「プラン」としてしまい、校正でも気づかずにそのままになってしまいました(対談の時も、校正の段階でもいずれも、最後の頁までくるともう疲れてきていましたので・・・)。まあサウジの個別の話をするのはこの対談の目的ではなく、政治学上の、独裁国家の安定性と不安定性を見るための理論的な難しさについてひたすら考えておりましたので、こういった細部についてはあまり気を配っていません。本質に関わらない細かな言い間違いも含めて、学会の空き時間とか懇親会での会話を記録するような趣向とお考えください。】

 

【寄稿】『国際問題』11月号に、エジプトと環紅海地域について

日本国際問題研究所の『国際問題』に寄稿しました。

池内恵「『大国エジプト』の没落と再興──紅海岸諸国の雄としての台頭」『国際問題』第656号(2016年11月号), 13−19頁 【論文へのダイレクトリンク

テーマは、ここのところ興味を持っている、中東とアフリカの境界領域の「紅海」のサブ地域としての形成について。その中でのエジプトの地位について。

『国際問題』は歴史と伝統のある論文誌で、近年はウェブ版となりましたが、年会費を払って会員になって事前に予約しておくと、オンデマンドの紙版も送ってもらえるようです。

一箇所、昨日ウェブで公開された際に誤植を発見したので、急遽差し替えをしてもらいました。現在のものは修正後のものです。

編集工程で、私が付していない傍点が14頁の一節に付されてしまい、ゲラで気づいて修正を支持したのですが、手違いで反映されずに残ってしまいました。

しかし紙版でお手元に届いた会員の方には、傍点が残ってしまったものが届いているかもしれません。ホームページで訂正が出ています。【訂正箇所についてはこちら

今月中ですと、プリントアウト可能なファイルがダウンロードできます。刊行日の翌月からは、会員以外はプリントアウトはできなくなりますが、閲覧のみ可能なファイルがよく探すと提供されているようです。

試しに、以前に寄稿した論文をバックナンバーから探してみました。

池内恵「『アラブの春』をどうみるか 中東政治研究の再考と刷新のために」『国際問題』第605号(2011年10月号), 1-9頁

【寄稿】『文藝春秋オピニオン 2017年の論点100』にグローバルなテロの拡散について

寄稿しました。

論点100のうち第7の、「テロの世界的拡散」について執筆しました。

池内恵「テロの世界的拡散 その先には何があるのか」『文藝春秋オピニオン 2017年の論点100』2017年1月1日発行(2016年11月4日発売)40-43頁

『文藝春秋オピニオン◯◯年の論点』企画には2013年以来毎年執筆しているのですが、今年はもう、いよいよ自分の重要な論文仕事でいっぱいいっぱいで、とてもこういった一般向け論考には手が回らず、パスしてしまおうという気が湧かなかったわけではありません。

しかし、現状分析としても、日本の言論状況の中での中東・イスラーム論の位置づけの確認という意味でも、定点・定時観測として、年刊の媒体に書いておくことにも意味があるかと思いまして、必死で原稿を出したわけです。

統計的に意味があるかどうかわかりませんが、池内の担当テーマが100の論点の中で占める位置という意味では、2013年以来、順位が36→48→70→6ときて、2017年度版ではワンランクダウンの「7」でした。蓮舫とホリエモンの間にいます。知名度と収入がガクンとへこんで第7位です。

【寄稿】『中東協力センターニュース』にバーブル・マンデブ海峡の安全通航をめぐる緊張について

『中東協力センターニュース』の10月号に寄稿しました。

池内恵「バーブル・マンデブ海峡をめぐる緊張の高まりとその背景」『中東協力センターニュース』2016年10月号、11−16頁

上記リンクから、私の記事に直接アクセスできます。

中東協力センターのウェブサイトの中の刊行物コーナーである「JCCMEライブラリー」に収められています。

『中東協力センターニュース』には、「中東 混沌の中の秩序」と題して、2015年4月以来、四半期に一回のペースで、分析を寄稿していますが、その7回目です。その前には「『アラブの春』後の中東政治」と題して2012年6月から2014年10月まで8回連載していましたので、合計15回目になります。「アラブの春」を共通の枠とすることをやめてから7回目ということになります。

秋は学会(3)アジ研のセミナー「中東域内政治の新展開」でモデレーターを

秋の学会の流れでもう一つ。

ジェトロ・アジア経済研究所の「専門講座」が赤坂アークヒルズのジェトロ本部内で開かれます。イラン、トルコ、サウジの専門家が報告し、私はモデレーターを務めさせていただきます。

アジア経済研究所専門講座「中東域内政治の新展開——イラン・トルコ・サウジの視点から」
2016年11月4日(金)14時30分~17時05分 (開場:14時00分)

参加は無料です(先着200名)。ウェブサイトから事前申し込みが必要です。

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アジア経済研究所(通称「アジ研」)は、日本でほぼ唯一の(世界でも稀な)、発展途上国全域をカバーした地域研究・開発研究の機関で、かつては独立した特殊法人でありましたが、橋本行革の際に共に経済産業省管轄の特殊法人だったジェトロ(日本貿易振興会・当時。現・日本貿易振興機構)と統合しました。以前は曙橋(防衛省の隣・現在は中央大学の市ヶ谷キャンパスの建物)にありましたが、現在は海浜幕張に移転しています。

ジェトロとの統合効果で、こういった広く関心を呼びそうな講演会・セミナーは、都心・赤坂のジェトロ本部の大きなセミナールームで開催してくれます(多くは無料。有料の場合も数千円程度です)。

私の最初の就職先もこちらで、10年・20年かけて研究者を育ててくれるこの組織の特典を利用することもなく、3年で転出してしまい、おそらく最短滞在記録のOBとなってしまいましたが、その後もなにかと研究会・講演会など、あるいは専門誌への論文の寄稿特集の企画・編集などで声をかけてくださることがあり、新たに創刊された現代中東分析の学術誌『中東レビュー』にも長い論文を寄稿させていただきました。今後も編集のお手伝いをしたり、論文を投稿するなど、関与していきたいと思っています。

今回も、シニアの研究員から、若手のすでに実績ある研究員まで、経産省傘下の機関ならではの、豊富な人的・組織的リソースを動員して、専門知識を一般に公開してくれますので、ぜひご来場ください。

詳細はこちらから

念のため、セミナーの紹介文を以下に貼り付けておきます。

9.11米国同時多発テロから15年目の今年、米国では第45代大統領を選出する選挙が大詰めを迎え、欧州を巻き込みながら激動を続ける中東情勢もまた再び新たな段階に入ろうとしています。本講演会では中東情勢を理解するための最も重要な要件でありながら日本では正面から取り上げられることの少ない中東の域内国際関係を各国の専門家が整理し、今後数年間の見取り図を得ることを目的とします。

2011年初頭からの「アラブの春」を経た現在、中東域内の主要なアクターは大きく様変わりしており、それはイラン、トルコ、サウジアラビアの三カ国であるとみられます。米国の新大統領が最初に取り組むべき最大の課題のひとつはシリア問題でありますが、この三国はシリアに関してそれぞれ異なる利害を有しています。

さらにこれら三カ国間の相互の二国間関係はそれぞれ錯綜しており、一国からのみの視点では到底バランスのとれた理解に至ることは難しいです。そこで本講演会では上記三カ国の専門家が幾つかの共通の設問についてそれぞれの国の立場からの回答を試み、最後の質疑応答および討論の時間に中東政治の今後数年間の展望に至ることができれば幸いと考えます。

皆様のご参加をお待ちしています。

開催日時
2016年11月4日 (金曜) 14時30分~17時05分 (開場:14時00分)

会場
ジェトロ本部5階 展示場 pdf
(東京都港区赤坂1-12-32 アーク森ビル5階)
最寄り駅:東京メトロ 南北線六本木一丁目駅・銀座線溜池山王駅・日比谷線神谷町駅

プログラム
(予定)

14:30~14:40
趣旨説明
鈴木均(新領域研究センター上席主任調査研究員)

14:40~15:10 講演1 「イランからみた中東域内政治」
鈴木均

15:10~15:40
講演2 「トルコからみた中東域内政治」
今井宏平(地域研究センター 中東研究グループ研究員)
15:40~15:55 休憩

15:55~16:25
講演3 「サウジアラビアからみた中東域内政治」
福田安志(新領域研究センター 上席主任調査研究員)

16:25~17:05
質疑応答・討議、総括
<モデレーター>
池内恵 氏(東京大学先端科学技術研究センター准教授)
<パネリスト>
鈴木均
今井宏平
福田安志

使用言語
日本語

主催
ジェトロ・アジア経済研究所

参加費
無料

定員
200名 ※定員になり次第、締め切ります。

お申し込み締切
2016年11月1日(火曜)17時00分 (ただし、定員に達した場合、事前に締め切らせていただきます。)

※ 取材のため会場内にメディアのカメラや撮影チームが入る可能性もありますのでご了承ください。

【今日の一枚】(33)トルコ侵攻後のシリア・イラク地図2016年9月

シリア内戦の最新の地図です。BBCが、IHS Conflict Monitorの情報に基づいて作成したもの。同様の地図をISWに基づいて出している報道機関も多くあります。

%e3%82%b7%e3%83%aa%e3%82%a22016%e5%b9%b49%e6%9c%88bbc

“Islamic State group: Crisis in seven charts,” BBC, 7 September 2016.

ジュネーブで2016年9月9日深夜から10日未明にかけて、ロシアと米国の間で、シリア内戦の戦闘の緩和を目指すある種の合意が結ばれ9月22日にまず48時間の停戦が発効しました。しかし数日間・数週間程度は表面上戦闘の規模が収まっても(あるいは単に戦闘の報道が収まっても)現地の情勢が大きく変わるとは思えません。アサド政権とロシアは、反体制派を「テロリスト」と任意に指定して攻撃を続けることを認めるという、従来からの実効性のなかった停戦合意と構造は変わらないからです。

おそらく現地でもっと重要なのは、トルコ軍のアレッポ北方への侵攻と、トルコ軍に支援されたシリア反政府勢力による、シリア・トルコ国境地帯での支配領域確保でしょう。この地図では紫色で示されている部分です。シリアのトルコとの国境地帯の細い範囲が、過去の地図と比較すると新たに塗られています。2016年8月末から9月前半にかけての動きです。

この付近一帯への、トルコが設定を主張するがアメリカが認めていない「飛行禁止区域」がどの程度現実化するか。それが当面の鍵となりそうです。

そして、シリアからイラクを一体のものとして描き、アサド政権の支配領域、シリアからイラクにかけてのクルド人の支配地、トルコに支援されたシリア反体制派の支配地、シリアからイラクにかけての「イスラーム国」の支配地に描き分ける地図の描き方、その認識の視座が定着することこそが、今後のシリア内戦の終結に向けての国際合意や、イラクを含めた

シリアの反体制派の支配地がトルコと隣接した地域に集約されていく様子も、この地図から見えてきます。

さらに数年以内には、トルコの国内の、シリアに隣接したクルド人領域もこの地図に加えて描かれるなどということがあるのでしょうか。全くないとは言えません。

【今日の一枚】(32)中東の国境線を引き直すなら(6)「イスラーム復興」の野望

中東再分割の地図をいろいろ紹介してきましたが、最も話題になった、印象に残っているのはこれかもしれません。

イスラーム国黒地図2世界
出典:“The ISIS map of the world: Militants outline chilling five-year plan for global domination as they declare formation of caliphate – and change their name to the Islamic State,” Daily Mail, 30 June 2014.

「イスラーム国」が目指すカリフ制の支配領域は、ここまでなのだ、と真偽は不明ですがウェブ上で出回っているものを、いろいろな新聞が転載して、よく知られるようになったものです。

日本の世界史の教科書に載っているような、イスラーム世界の栄光の時代に征服して支配していた土地は全部取り戻すというのですね。「イスラーム国」あるいはそれを支持する勢力がこのような世界観と地理感覚・地理概念を持っていることは確かです。

【今日の一枚】(31)中東の国境線を引き直すなら(5)イスラーム国の黒地図

中東再分割の地図でもっとも有名といえば、「イスラーム国」による中東、そして世界の再分割の野望を示したものとして出回っている、黒地図でしょう。真偽のほどは分かりません。このような発想は広くアラブ世界の民族主義的な界隈に広がっていることは確かですが。

イスラーム国の黒地図1
出典:“The Fall of Mosul to the Islamic State of Iraq and al-Sham,” Institute for the Study of War, June 10, 2014.

「イスラーム国」がモースルを占拠して大きな話題になってすぐに、ISWがブリーフィングのプレゼンテーションのスライドを公開して、その中に、どこからか入手した、「イスラーム国」側がもくろむイラクとシリアの新たな「州(wilaya)」への分割計画を示したものとみられる、このおどろおどろしい黒く塗られた地図が入っていました。これがその後の「イスラーム国」に関する議論でも使われ続けています。実際、その後の「イスラーム国」はおおむねこの地図に基づいた統治・行政区画を主張しています。

これまでに示したように、欧米の言論の場で中東再分割とその地図についての議論が盛り上がっていたところに、「イスラーム国」が出てきて、どことなく符合する独自の案を出してきた(ように見えた)ことが、様々な想像力を刺激したのでしょう。

【今日の一枚】(30)中東の国境線を引き直すなら(4)2007年末のゴールドバーグの記事

ロビン・ライトの中東再分割地図の記事がニューヨーク・タイムズ紙に出て議論の軸になると(この人は英語圏で中東に関していつもそのような役割を負うようですが)、例のArmed Forces Journalはじめ、「うちがこの件では元祖だよ」と言い出すようになったのですが、その中で話題なったのは、オバマ大統領とも近く、中東やイスラエルに強いジャーナリストのジェフリー・ゴールドバーグが2014年6月に出した論稿。「イスラーム国」がイラクのモースルを陥落させ、「中東の地図を塗り替える」と息巻いたところで、「うちは2007年にはこのことを予期していました」と「ドヤ顔」です。まあこういうのも「だからアメリカの陰謀だ」という話のネタになってしまうのですが。

中東分割案アトランティック2007
出典:Jeffrey Goldberg, “The New Map of the Middle East:  Why should we fight the inevitable break-up of Iraq?,” The Atlantic,  June 19, 2014.

この地図はアトランティック誌の2008年1・2月号に最初に載ったものでした。

Jeffrey Goldberg, “After Iraq: A report from the new Middle East—and a glimpse of its possible future,” The Atlantic, January/February 2008.

 

【今日の一枚】(29)中東の国境線を引き直すなら(3)米退役軍人作家の奇想

中東再分割の地図としてもっとも有名で、物議を醸したものが、これ。2006年に、米国の退役軍人の作家が、米軍人さん向けの雑誌Armed Forces Journalに載せたもの。民族や宗派に合致するように国境線を引いたら、こうなるよ、と大胆に引き直してみせた。

中東分割案2006Armed Forces Journal出典: Ralph Peters, “Blood borders,” Armed Forces Journal, June 1, 2006.

これは別に米国の政策でもなんでもなくて、ただ仮説として面白半分に書いただけなようだが、軍人さん向けの雑誌に載ったために、「米国の陰謀!」として中東及び世界の陰謀論で使いまわされる結果となった。

ウェブ版の記事には地図が載っていないのだが、話題になりすぎたから隠したというわけでもなく、単に紙媒体からウェブにデータを移行するときに載らなかったみたい。

2013年9月にロビン・ライトがNYTで中東再分割地図を、ネタとはいえ多少本気な感じで提案して話題になった時に、AFJの編集部も、「弊誌ではずっと先にやっていました」と、改めてウェブサイトに地図を載せている。悪びれた様子はない。「米政府の見解とは無関係、言論の自由です」ということなのだろうが、米国がやることはいちいち注目されるので、もう少し配慮がないものか。「イスラーム国は中東分割をたくらむ米国の陰謀」といった議論をする論者には、軍人さん向けの一般誌のお楽しみの記事でも「動かぬ証拠」になってしまいます。

“Peters’ “Blood borders” map,” Armed Forces Journal, October 2, 2013.

【今日の一枚】(28)中東の国境を引き直すなら(2)キング・クレーン報告書

中東を再分割するなら?という思考実験で用いられる地図のその2。1919年のキング・クレーン委員会の報告書で行われた提案。2013年にアトランティック誌が引っ張り出して来て、ちょっと話題になりました。

キングクレーン委員会

出典:“The Middle East That Might Have Been: Nearly a century ago, two Americans led a quixotic mission to get the region’s borders right,” The Atlantic, February 13, 2015.

1916年のサイクス=ピコ協定での植民地分割密約に固執する英仏に対して、民族自決を掲げたキング・クレーン委員会はキングとクレーンの二名を団長とするアメリカ人主体の調査団を送り込みました。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)でも書いたように、実際には1920年のセーブル条約でいったん極端に分割されたオスマン帝国領土を、1923年までに新生トルコ共和国が一定程度奪い返して決着します。

しかし、より現地の民族・宗教・宗派を考慮して線引きすればこうなったかもしれない、というのがキング・クレーン報告書です。

その後人口構成が変わっているので、アルメニアのところなどは現在は全く現実味がありませんが。イスタンブルの国際管理など、現代には考えられないことですが。

【今日の一枚】(27)中東の国境を引き直すなら(1)ロビン・ライトが書いたもの

シリアの分割を考えるときに参照される歴史地図を先日示しましたが、中東全体に国境線を引き直すなら、という思考実験は多く行われています。いくつか紹介しましょう。

一つはこれ。

中東分割地図1(NYT)
出典:Robin Wright, “Imagining a Remapped Middle East,” The New York Times, September 28, 2013.

この地図に付された記事はこれ。筆者は中東ジャーナリストのロビン・ライト。ワシントンの政治家にも近い有力・有名な人なので、アドバルーンか?と噂されたものです。

Robin Wright, “How 5 Countries Could Become 14: Slowly, the map of the Middle East could be redrawn,” The New York Times, September 28, 2013.