【日めくり古典】勢力均衡を可能にする条件とは

依然としてこの本ですが。


『モーゲンソー 国際政治(中)――権力と平和』(岩波文庫)

ここまでに、モーゲンソーが勢力均衡を評価する部分を見てきました。そうすると、意外にも、モーゲンソーは勢力均衡の限界を説いていたことがわかります。

それでは、モーゲンソーは勢力均衡否定論者だったかというと、もちろんそうではありません。前回までに引用してきた部分は、勢力均衡を求めることで、かえって戦争に至ってしまった場面を特に扱っている部分であって、ヨーロッパ国際政治史において、かなり長い期間、勢力均衡が平和をもたらしていた時期があることを、モーゲンソーはさまざまな例を挙げて論じています。まとめれば「われわれは、一七、一八、および一九世紀におけるバランス・オブ・パワーの全盛期をつうじて、バランス・オブ・パワーが、近代国際システムの安定とそのメンバーの独立の保持に実際に貢献したことをみてきた」(許世楷翻訳分担、原彬久監訳、中巻、116頁)ということになるようです。

重要なのは、勢力均衡が機能するときには、ある条件が整っていたということです。その条件とは何か。簡単に言いますと、それは知的・道義的コンセンサスであるとモーゲンソーは指摘します。ギボンやトインビーなど歴史家の著作から引用して、モーゲンソーは、次のように記します。

「その時代の偉大な政治著述家たちは、バランス・オブ・パワーが、以上のような知的、道義的まとまりをその基盤とし、しかもこのまとまりがバランス・オブ・パワーの有益な働きを可能ならしめる、ということを知っていた。」(同、119頁)

さらに、フェヌロン、ルソー、ヴァッテルといった思想家や政治家の記述を引用し、次のように述べます。

「これらすべての宣言および行動から生まれる近代国際システムの安定に対する信頼は、バランス・オブ・パワーによってもたらされるのではなくて、バランス・オブ・パワーおよび近代国際システムの双方が拠って立つ、現実の知的、道義的な多くの要素によってもたらされるのである。」(同、125頁)

これについて次回もう少し見てみましょう。

【日めくり古典】勢力均衡の逆説

中巻に入ったモーゲンソー『国際政治』ですが、現状維持国とそれに挑戦する国(ここでは「帝国主義国」)との間に走る緊張と、その結果としての戦争の危険性の高まり、という話題になりましたので、俄然、現代の問題に近くなりましたね。なりませんか。


『モーゲンソー 国際政治(中)――権力と平和』(岩波文庫)

モーゲンソーは米国の戦略家として(ただしドイツ生まれでナチスの迫害を恐れて移住しています)、「現状維持国」にいる人間として論じているのですが、帝国主義国(「現状変更勢力」とも呼べるでしょう)の軍備増強に対して、現状維持国が戦争によってこれを抑制することに利益を見出す場面が出てくることを認めます。

「国際政治のダイナミクスーーこれが現状維持国と帝国主義国との間に作用しているのだがーーがバランス・オブ・パワーを必然的に阻害するがゆえに、戦争は、少なくともバランス・オブ・パワーを矯正する機会を現状維持国に有利な形で与える唯一の政策として立ちあらわれるのである。」(許世楷翻訳分担、原彬久監訳、中巻、109頁)

しかし関係は固定的ではない。そもそも勢力を計ることが困難なのだから、現状維持国のつもりで新興勢力に挑むことで、実際には帝国主義国になっていることもあるという。

「昨日の現状擁護者は、勝利によって今日の帝国主義者に転化し、これに対抗して、昨日の敗北者が明日には復讐の機会をさがし求めるであろう。バランスを転覆できなかった敗北者の遺恨に加えて、バランスを回復するために武器をとった勝利者の野心によって、新しいバランスは、次から次へと起こるバランスの阻害現象に動かされた、実際上目に見えない移行点となるのである。」(同頁)

ややこしいですね。

かなりややこしいヨーロッパの合従連衡の話は置いておいて、一般論として、現状維持国と帝国主義国(現状変更勢力)が時代とともに入れ替わることがあるだけでなく、そのいずれもが勢力均衡の維持や確立を掲げて戦争に踏み切ることがある、と言うことができます。そのことをモーゲンソーは次のようにまとめている。

「帝国を求めている国家は、自国が望むものは均衡に他ならないとしばしば主張してきた。現状を維持しようとしているだけの国家は、ときおり、現状の変化をバランス・オブ・パワーに対する攻撃に見せかけようとした。」(同、111頁)

それによって、

「諸国家の力の相対的地位を正確に評価することが困難であるがゆえに、バランス・オブ・パワーの呪文を唱えることは国際政治の有利なイデオロギーのひとつとなってしまった。」(同、113頁)

バランス・オブ・パワーもまたイデオロギーなんだって。どうすればいいんだ。

続く。