自由主義者の「イスラーム国」論・再び~異なる規範を持った他者を理解するとはどういうことか

今日の『朝日新聞』に、「イスラーム国」についての識者の発言が載っていました。

特に、「イスラーム国」に関して、当事者でもある、中田考さんの発言が注目されます。

まず、私は、世界にはこのような多様な考え方があるということを知ることは大切だと思います。そもそも新聞とは、その厳しい制約条件から、中立的でも、客観的でも、卓越的でもあり得ないものである以上、様々な意見が、さほど正確なフィルターなしに載ってしまっても、やむを得ないものだと思います。

重要なのは、「朝日に載ったから正しい」などと思わないことです(その逆に「朝日に載ったから間違い」と思う必要もありません)。朝日や岩波に載った、ということのみをとって、その意見が真であるとか権威的であるとか、特に知識業界に身を置く人たちが思う状況がかつてありました。朝日に載った意見に反対すると学界で干されて大学で就職できなくなってマスコミ全般から干される、という恐怖を抱かざるを得ないような自縄自縛の状況がありました。しかし、それは過去のものです(と思いますが、そうではない業界がまだあるということも伝え聞いてはおりますがここでは等閑視しておきます)。朝日新聞を批判したり、あからさまに意見が違ったりすると朝日新聞の紙面に載らなくなることは確かですが、長い話を短くすると、一私企業のやることなので、あまり気にする必要はないのではないでしょうか。

ですので、いろんな意見がこの世にはあるんだなーと思いつつ、どこがおかしいか、自分の頭で考えられるようになればいいのではないかと思います。もちろん「おかしい」というのは特定の基準を定めたうえで言えることです。この世の中にある基準は一つではありません。

そして一番重要なのは、複数の基準が世界には存在することを認めたうえで、自分が属す社会・政治共同体ではどの基準が適用されるべきなのか、よく考えることです。それは自分が生きていく社会を選び、その社会を自分も一員としてどう形作っていくかを主体的に考えて、発言し、行動していくことの、第一歩です。自分が属すと決めた(あるいは生まれ落ちて育ってそこ以外に行く場所がない)社会の基準を、さらに磨いていく営為に参加することで、われわれは本当の意味で社会の一員となるのです。

その過程で、異なる基準を持った人々の存在を、どのような論理で、どこまで認めるか(あるいはどこからは認められないか)も、考えていくことが必要となります。

政治思想とはそういうものです。思想研究というと、無意味に些末な点をこねくり回して人を煙に巻くことだと思われているかもしれませんが、本当はそうではないのです。人々が自分が属する社会の基準を認識し、守り、改めていくことを助けるのが政治思想研究です。自分の社会の基準とは異なる他の基準を持つ人々の存在を認識し、その論理を見極め、どの地点で折り合いがつけられるのか(つけられないのか)、指針を示すのも、政治思想研究の役割です。

本当は政治思想とその研究とは、それぐらいわかりやすいものなのです。

私が「イスラーム政治思想」を研究しているというのも、そのような意味での政治思想研究をしています。

突飛な説を立てて超越的に自らの属する社会を否定したり他者に上から説教する根拠を得ようとして研究をしているわけではないのです。

なお、メディアというものも、社会の規範を読者が社会の一員として築き上げていくための場を提供することが、その本来の使命と思いますので、朝日新聞もやがてそのような役割を認識し、適切に担っていく作法を身につけていくことを、期待してやみません。

さて、中田考さんは、今回のインタビューでも、嘘は言っていません。ただし日本社会の大多数の人が想定しない(したがらない)前提に立って言葉を用いているため、正反対に意味を受け取る一般読者、あるいは知識人がいるかもしれません。また、逆に、日本社会の多くが決定的に忌避・拒絶するであろう点については、寸前のところまで口にしながらも、触れていません。ご本人があえて触れなかったのか、記者が自粛あるいは善意で紙面に載せなかったのかは、分かりません。

例えば、「イスラーム国」に参加する人たちの背景として、中田さんは、「7世紀に完成したイスラム教の聖典コーランの内容を厳格に解釈し、実行するためには武力闘争を辞さないと考える。出身国では迫害され、居場所がありませんでした。」と語っています。

気になるのは、「イスラーム国」の参加者が、「迫害され、居場所が」ないがゆえに参加したとされることです。ここではそもそもいかなる事例を挙げての議論か分かりませんので、実証性を議論することはできず、中田さんの「意見」「主張」にとどまるというところがありますが、これが中田さんの意見だとした場合、中田さんが認定している「迫害」とは何のことでしょうか?

もし、「迫害」の原因が、「イスラーム国」に参加する人たちの信仰なり行動なりが、ジハードによって他者を武力の下で支配下に置くことを目指す活動、あるいはその宣伝だったのであるとすれば、西欧社会に居住していれば、西欧の市民社会の規範に反し、西欧諸国の法に反するので、社会の中で白眼視されたとしても、あるいは警察・司法当局のなんらかの捜査や訴追の対象となったとしても、それを一義的に「迫害」すなわち不当な行為ととらえることは、西欧諸国の規範・法制度上は適切ではないでしょう。むしろ、西欧諸国では当然に課される制約を課されたということではないでしょうか。もちろんその制約を課すための手段は、適正な法的基準の枠内にとどまることが求められるのは言うまでもありません。また、クルド民族の義勇兵として戦闘に参加するために渡航することを公言する人々については制約が課されていないではないか、といった法の下の平等という観点からの批判も可能かと思われますが、それだけではジハードによる武力の行使の称揚あるいは準備を正当とし、それに対する制約を「迫害」とする根拠とはならないように思います。

もちろん中田考さんが、イスラーム法学の観点から、いかなる理由であれ、世俗の国民国家の法などの、イスラーム教に基づかない社会規範によって、ジハードに制約を課すことは(イスラーム法上)違法であると考えておられることは、ほぼ確かなものと思われます。

しかし西欧諸国にもイスラーム法が適用されるべきだと言う中田さんの主張(あるいは暗黙あるいは明示的な前提)は、西欧社会においては、妥当ではないでしょう。

あるいは、西欧の法制度上もグレーゾーンあるいは違法とされるような制約がジハードの使嗾、宣伝、準備に対して課されたのかもしれず、それを中田さんが念頭に置いているのかもしれません。すなわち、イスラーム法学上のみならず、西欧の法体系上も違法の可能性がある制限がジハードに対してあるいは信仰行為一般に関して課されたと非難されているのかもしれません。そのあたりはこの記事からは分かりません。

なお、これは記者のまとめ方、デスクの論点の立て方に難があり、実際には中田さんはアラブ諸国あるいはイスラーム諸国で政権に対してジハードを行なったうえで弾圧され、シリアやイラクに流れ着いた勢力のことを言っているのかもしれません。その場合は、イスラーム教が支配的価値観であり、憲法にもイスラーム法が世俗法を超越すると規定されているにもかかわらずイスラーム法を施行していない政権に対するジハードは正しく、それを制約する政権の施策は違法であると中田さんがとらえていることはほぼ確実です。ただ、その場合「迫害」という言葉を中田さんが本当に使ったのかというと、若干疑問です。むしろ「弾圧」でしょう。「迫害」という場合は異教徒からの宗教的な迫害、つまり欧米でイスラーム教徒の儀礼や生活規範を制限された、といった事例を通常は意味します。意図して異なるイメージを抱かせる言葉を使ったのか、記者の固定観念から、すべて西欧諸国の事例を意味していると思い込んで「迫害」と記したのかは不明です。

シリア・イラクでの「イスラーム国」をはじめとした武装組織へ流入する義勇兵は、大多数が近隣アラブ諸国からきているという事実は、日本の報道では忘れられがちです。大多数は、「アサド政権が国民を弾圧しているからジハードで打倒する」というシンプルな論理で参加しているものと見られます。そこには「反欧米」という契機は希薄あるいは二の次なのです。ですが、日本では、これが反欧米の運動として理解され、であるがゆえに反欧米論者によって熱く期待されもするという状況があり、メディアはそれに大きな責任を負っていると考えています。もちろんメディアに気に入られるような説を、巧みに空気を読んで提供する研究者にも問題はありますが、記者がきちんと選別できれば歪んだ議論は紙面に載ることはないのです。

なお、私の推測では、中田さんであれば、ジハード戦士が西欧から来たかアラブ諸国から来たかはあいまいに、一緒にしてしゃべると思います。同じ一つのイスラーム共同体(ウンマ)なのだからどこから来ようと同じだ、ということではないかと思いますが、信仰の立場からではなく、政治学的に分析するのであればこれらは分ける必要がありますし、メディアもきちんと分節化する必要があります。

また、中田さんは、「イスラム教徒ならば国籍や民族で差別されることはない「イスラムの下の平等」が、コーランの教えの核心です。」と仰っています。

ここで中田考さんは正確に、「イスラム教徒ならば」と述べておられます。ここでは、異教徒が差別される(イスラーム法学者の立場から異教徒に説明・説得する場合は、「制限された、イスラーム教徒とは異なる権利を与えられる」)のは当然であるという前提があります。異教徒が制限された権利に満足できなければ、立ち退くか、あるいはイスラーム教に改宗する自由があるというのが、主要なイスラーム法学者の立場です。中田さんはこれについてはかねがね、隠すことなく、公言しておられます。ここで異教徒は差別される、されて当然であると記事中で明言していないのは、記者の前で発言をしなかったからなのか、あるいは記者がそれを記さなかったからなのか、読者には知る由もありません。

これはヤジーディー教徒への迫害があったのかなかったのか、征服下の異教徒の殺害や奴隷化があったのかなかったのか、そもそも「イスラーム国」はそのような異教徒への迫害を正当化しているのかいないのか、「イスラーム国」による異教徒の迫害の正当化根拠がどの程度宗教的な正当性を持っているのかという、国際報道上の重要な論点について判断するために不可欠な情報であっただけに、記事で触れられていないのは残念でした。

なお、日本でこの記事を読んで中田さんあるいは「イスラーム国」またはその背後にあるとされる理念に共感していらっしゃる方々は、「国籍や民族で差別されることはない「イスラムの下の平等」」という部分のみ捉えて、行き詰った近代国民国家に対するイスラームの比較優位性と受け止めていらっしゃる可能性があります。記事のタイトルでも「平等の理想」とのみ記されていることもあって、「イスラム教徒であれば」という留保を中田先生がつけておられることを見落としていらっしゃる方もいるかもしれません。そのような方がもしいらっしゃるとすれば、そのような理解は、少なくとも中田さんが念頭に置いている議論とは、少し違う、ということを、知っておいた方がいいと思います。

もちろん、誤解や想像や思い入れを含めて、あらゆる信条・信念を持つ自由が日本では保障されています。

イスラーム世界では、イスラーム法が適用される限り、異教徒がイスラーム教徒と平等で差別されない権利は、認められません。これは穏健とされる法学者の解釈でもそうです。そのため、サウジアラビアだけではなく、エジプトでも、その他大部分のイスラーム諸国でも、異教徒が教会・礼拝施設を作ることは明確に禁止されているか、極めて困難です。もちろん、イスラーム教徒に対して異なる宗教への改宗を働きかけることは明確に違法であり、イスラーム教徒の目に触れるところで明確な信仰行為を行うことも認められません。あからさまに異教、特に多神教の宗教的象徴を身にまとうことも、身体・生命の危機を覚悟しなければならない行為です。ですので、「カイロ西本願寺派寺院」といったものは存在しないのです。これをもって宗教への迫害が行われているとは、イスラーム世界の各国の社会での圧倒的に支配的な規範では、とらえられていません。イスラーム教の真理が広まることを阻害しないための当然の制限とされています。

もちろん、世界のイスラーム教徒が差別主義者であるとここで言っているわけではありません。多くのイスラーム教徒は、穏健な解釈に従って、ユダヤ教徒やキリスト教徒といった「啓典の民」であれば「庇護民」として、(本来であれば)異教徒に課される人頭税を払えば、宗教を維持したまま生存を認められるがゆえに、イスラーム教は寛容であると信じており、実際に友好的に接してくれます。

多神教徒については、「啓典の民」に入らないことから、その法的立場は脆弱ですが、実態としては近代世界においては仏教徒なども、啓典の民同様の分類をされ、少なくとも戦争状態にない平時においては、生存を許されています。つまり、原則としては不平等だが、実態としては不平等はそれほど徹底されてはいないのです。

(1)西欧に端を発する近代の「原則として平等だが、社会の実態として平等ではない場合がある」社会と、(2)イスラーム法に依拠する「原則として不平等だが、社会の実態としてはそれほど不平等ではない場合がある」社会では、どちらが優れているのでしょうか。

その判断は信仰によって異なります。日本では、西欧社会とほぼ同様に、(1)が優れているという人が多いのではないかと思います。

しかし世界は広く、(1)の状態が望ましいと信じない人が多数である世界もあります。イスラーム教を信じる人々にとっては、アッラーの示した絶対普遍の真理を護持することが第一の優先事項ですので、(2)の、原則としての不平等は当然とされます。

ただし人間の情としては、友人となった人が異教徒だからと言って差別するということは普通はないでしょう。また、今現在異教徒であるということは、将来において改宗するという可能性があるため、むしろ、一定期間は、非常に歓待的になるという場合も多く目にしてきました。

なお、歓待されて過ごしてもなお改宗をしないことを不審がられ、嘆かれることはあります。長期間にわたってイスラーム世界に滞在し、イスラーム教について学びながら、なおも改宗しない場合は、改宗する意図が最初からない、すなわち悪意があるという嫌疑がかけられる場合もあり、あるいは自明の価値規範を認識できない、何らかの欠陥のある人物と疑われる場合もあります。

世界は広いのです。そのような世界があると知ったとしても、拒否しないでください。非難しないでください。それは状況によっては「迫害」あるいは「誹謗中傷」と受け止められる可能性がありますので厳に戒めてください。

私自身は、少なくとも日本国内では、「原則としては平等」が社会の規範であるべきであり、社会の実態もそれに極力近づけていくべきであると考えています。

「原則としては平等」という規範があるにもかかわらず、社会の実態は平等でないではないか、という批判があります。しかしそのような批判が可能になるのは、「原則としては平等」という規範があるがゆえです。その規範がなくなれば、特定の宗教が優越することが当然であり、その状態を不平等ととらえて批判すること自体が宗教への挑戦として「処罰」されることになりかねず、そのような処罰が「迫害」であり得るとする根拠そのものが消滅します。

実態として平等ではないではないか、という批判から、あるいはもっと漠然とした社会に対する怒りから、「原則として不平等」という規範の方が優れていると主張することは、破れかぶれの暴論や、面白半分の極論でないのであれば、矛盾です。そもそも不平等を批判する根拠を放棄したことになるからです。

「イスラーム教が正しいからそれに及ばない宗教は制限されてしかるべきだ」と主張するのであれば、信仰の表明ですから、尊重されるべきであると思います。ただし異教徒への権利の制限を実際に施行することを主張するさらには行動に移さない限りにおいては。

自由社会を守るとは、自由な社会を可能にしている規範がどのようなものかを熟知し、それを維持し刷新し、それによって、極力多くの、多様な価値観を持った人たちを迎え入れることを可能にしていくことです。日本は法制度上は自由ですが、市民社会の実態としてはその自由が徹底されているとは言えません。それは国・政府による直接の自由の侵害に由来するというよりは、相互監視・同質化を迫る社会の側に多くを起因しています。

また、自由な社会において、異なる規範を持つ他者をどのような形で受け入れるか、基準が社会通念として定まっていません。他者を受け入れるためには他者の護持する規範も知らなければなりません。そのためには、他者の規範の、自分にとって心地いい部分だけを知るのではなく、自分にとってきわめて不都合なこともある、想像もしない別の論理によって、他者の社会が成り立っているということに気づかされるのも必要です。

日本では、他者の規範とは、日本社会への不満、あるいは日本社会の権力構造の背景にある米国への不満を表出するための憑代として、断片的に導入され、かつ短期間に次の流行の憑代が現れるために、すぐに忘れ去られる傾向があります。

しかしイスラーム教のような力強い世界宗教は、一時的に日本で都合のいい部分だけが取り入れられ、後に忘れ去られたとしても、それとは無関係に続いて行きます。グローバル化によって、情報化の進展によって、日本をイスラーム世界から閉ざしていることは不可能です。

「イスラーム国」の台頭によって、本当の意味での、生々しい他者の存在を、その理念を、日本は目にし始めています。

トルコと米国の当面の妥協──イラクのクルド武装組織をシリアに投入

シリアでの「イスラーム国」への対処について、決定的な鍵となるトルコの姿勢が具体化しつつある。

米国のトルコへの強い参戦圧力と、独自の解決策や懸念を擁してそれに抗してきたトルコとの外交的なせめぎ合いに変化がみられた。

注目されるのはこの二つの動き。

10月19日:米軍がシリア北部コバー二ー(アラブ名アイン・アラブ)のクルド武装勢力YPGに殺傷力を持つ武器を投下。

10月20日:トルコがイラクのクルド武装勢力(ペシュメルガ)に、コバー二ーの戦闘に参加するためにトルコ領内を通過することを許可。

米軍は、19日の武器供与に関して、イラクのクルド武装勢力に米国が供与したものをシリアに運んでいるだけ、というややこしい法的な説明をしている。また、現地の「クルド部隊(Kurdish forces)」に供与するために投下すると記すだけで、具体的に宛先を明記していない。

なぜイラクのクルド勢力に与えた武器を迂回して(と言っても米軍そのものが運搬して届けるのだが)シリアに回すなどというややこしい方法を取るかというと、オバマ政権が固執してきた「シリア内戦のいかなる勢力にも致死性の武器を供与しない」という方針を変えていないと言い張るためである。

シリアの反体制を支援するのだけれども、致死性(lethal)の武器は与えない、というオバマ政権の政策は、現場では珍妙な帰結をもたらしていた。要するに、暗視ゴーグルとか通信施設なら供与していい、というのである。そんなものいくらもらっても役立たんよ、と言われることが分かりきっているものを供与しようと持ちかけ続けたことで、米国がシリアでまるで相手にされなくなったことはいうまでもない。

また、コバー二ーで戦っているのは人民警護隊(YPG)という組織だが、この組織はトルコのクルド民族主義の反体制武装組織PKKとの関係が深いシリアの民主統一党(PYD)が主体になって組織した自警団と見られている。欧米はPKKと共にPYDもテロ組織と認定してきた。YPGに武器を供与したと公式には言いにくい。

20日のトルコの動きにしても、シリアではなく「イラクの」クルド武装勢力をわざわざトルコ領内を通ってコバー二ーに行かせる、という話である。これは、シリアのクルド武装組織とトルコは関係が悪いが、イラクのクルド武装組織(ペシュメルガ)とは同盟と言っていいほど関係が良いからである。

シリア「イスラーム国」についてのトルコの立場については、このブログで何度も取り上げてきたので、丹念に読んできた人にとっては、これらの動きが何を意味するか、分かるだろう(「トルコ」で検索してみてください)。

フェイスブックでは通知してあったのだけれども、この動きが表面化する直前までの状況について、『フォーサイト』でまとめておいた。有料ということもありこのブログでは通知が後回しになっていた。

池内恵「「イスラーム国」問題へのトルコの立場:「安全地帯」設定なくして介入なし」《中東―危機の震源を読む(89)》『フォーサイト』2014年10月17日

ここで書いておいたのは次のようなこと。

米国はトルコを、シリアの「イスラーム国」掃討作戦のための現地同盟国として空爆参加そして地上部隊を出させたい。

それに対してトルコは、「イスラーム国」掃討のために、トルコとシリアで反トルコ政府の活動をやって来たクルド武装勢力PKKとその関連組織であるシリアのYPGを支援することは許せないとする。また、アサド政権の弾圧こそが問題の根源である以上、アサド退陣をもたらさない解決策はあり得ないとして、シリア北部に飛行禁止区域を設定しシリアの反政府勢力の安全地帯とする構想を提示している。

安全地帯構想自体は、1991年の湾岸戦争の際にイラク北部に設定したものがあり、それを基礎に現在のイラクのクルド地域の自治が成立した。イラクのクルド地域政府は中央政府との関係を薄れさせ、トルコの経済圏として繁栄してきた。

同じようなことをシリア北部でも行うならトルコは対「イスラーム国」の参戦に同意するだろう、というのがこの分析の段階での将来見通しだった。

このように異なる思惑を持つ米・トルコの同盟国同士が綱引きをしてきた。『フォーサイト』の記事では、米は「トルコが参戦に同意した」という情報を盛んに流して既成事実にして参戦に追い込もうとし、逆にトルコは欧米諸国がトルコの提示した安全地帯構想を受け入れた、という情報を流すという様子も描いておいた。

そうこうしている間に現地の状況変化が進んでいった。コバー二ー陥落寸前かというところまで一時は行って、欧米メディアの危機意識が高まったが、逆にクルド武装勢力への西欧諸国からの武器供与が進んで、かなり反撃しているという報道も最近は出るようになった。

対「イスラーム国」の抵抗戦で戦果を挙げ、クルド民族主義がシリア側でもトルコ側でも高揚し、PYGは欧米諸国から、それまでの「テロリスト」という扱いではなく、「フリーダム・ファイター」としてもてはやされるようになっている。トルコのコントロールが効かない状況になりかけている。

ここで米国が、イラクへ一度供与した武器をクルド勢力がシリアの民族同胞に移送したいというから移送した、という無理な理屈でシリアのクルド勢力に武器を供与し、決定的な圧力をかけた。

トルコはこれに正面からは同意していないけれども、イラクのクルド武装組織をコバー二ーでの戦闘に参加させる、つまりシリア北部の紛争で、トルコに敵対的なPKK=PYD系の武装組織に主導を握らせず、息のかかったイラクのクルド武装組織を導入することで、トルコのコントロール下での解決を図っていると言える

これは米とトルコの、当面のぎりぎりの妥協だろう。米国はトルコが対「イスラーム国」連合で協力姿勢に転じたと宣言し、トルコは自らの提示する安全地帯構想への第一歩と主張できる。湾岸戦争以後にやったイラク・クルドへの解決策をシリア・クルドに対しても適用する、という形である。

10月20日の米公共放送PBSの「ニューズアワー」の報道と論評は問題の根幹をうまく描いている。NHKBSでも21日午後に英語字幕・翻訳付きで放送していたが、ホームページでは英語のトランスクリプト完備で全編を視聴できる。

英語教材として、PBSは最適ではないか。きちんと発音しているし論調も客観的で冷静だ。

“U.S. airdrops military aid for Kurds fighting Islamic State in Kobani – Part 1,”PBS, October 20, 2014 at 6:35 PM EDT

“Why U.S. and allies can’t afford to let Kobani fall to Islamic State – Part 2,”
PBS, October 20, 2014 at 6:30 PM EDT

Part 1で、米軍のシリアのクルド勢力(YPGあるいはPYD)への武器投下について、エルドアン大統領が公式には決して認めていない様子が、キャスターのレポートと記者会見の抜粋で報じられている。

MARGARET WARNER: Previously, Ankara has insisted it wouldn’t allow men or materiel cross its border to aid Kurds in Kobani. That’s mainly because the Syrian Kurdish fighter group in Kobani, called the PYD, is allied with a Kurdish group in Turkey, the PKK, that waged a bloody 30- year insurgency.
Just yesterday, after President Obama notified him of the coming U.S. airdrops by phone, Turkish president Recep Tayyip Erdogan made his displeasure clear.

まずキャスターがトルコはコバー二ーのPYDへ武器供与することに強く反対してきたと指摘する。米軍による武器供与に関して、先立つ18日に行われていたエルドアンの発言が注目された。

PRIME MINISTER RECEP TAYYIP ERDOGAN, Turkey (through interpreter): The PYD is, for us, equal to the PKK. It is also a terror organization. It would be wrong for the United States, with whom we are friends and allies in NATO, to talk openly and to expect us to say yes to supplying arms to a terror organization. We can’t say yes to that.

「PYDは、われわれにとってはPKKと同じです。これはテロ組織でもある。NATOの友邦である米国が、おおっぴらに、テロ組織に武器を供与することに賛成せよと言うのはよくないでしょう。賛成するとは言えませんよ」

これに対してケリー国務長官のしどろもどろの弁明は次の通り。

JOHN KERRY, Secretary of State: While they are a offshoot group of the folks that the — our friends the Turks oppose, they are valiantly fighting ISIL. And we cannot take our eye off the prize here. It would be irresponsible of us, as well as morally very difficult, to turn your back on a community fighting ISIL, as hard as it is, at this particular moment.

「彼らは、われらの友人トルコが反対する人たちの分派集団だが、彼らは「イスラーム国」と勇敢に戦ってもいる。この好機を見過ごすわけにはいかない。「イスラーム国」と戦っている人たちに背を向けるのは、無責任だし、倫理的に難しい。しかもこんな大事な時なんだから」

BBCの「なぜトルコはイラクのクルドに「イスラーム国」と戦わせたいのか」も合わせて読んでみたい。

“Islamic State: Why Turkey prefers Iraq’s Kurds in fight against IS,” BBC, 20 October 2014 Last updated at 16:52

解決策というよりは当座しのぎの対応である。イラクとシリアのクルド武装組織が協調できるのか、それがトルコでのクルド民族主義に波及しないのか、協調ができた場合は今度はクルド領域もイラクとシリアでつながってしまってイラク国家の崩壊がいっそう進むのか、等々、新たな問題を引き起こしそうな対処策だが、このようなその場その場の対処策を繰り返しながら、現地の諸勢力の間の勢力均衡が達成されるまで紛争は続きそうだ。

第1次世界大戦後のトルコ・シリア・イラクの国境画定も同じような状態だったのだと思う。あの時は唯一当事者能力があったトルコ軍が、ふがいないオスマン帝国スルターンから離反して共和国の独立戦争を戦って、ある程度失った土地を奪い返して今の国境線になったのでした

今回は、「イスラーム国」が実効支配を固めて独自の国家をイラク・シリア国境地帯に確保するか、クルド民族主義が一体化して国を作るのか、あるいはトルコやイランなどの地域大国が勢力圏を拡大するのか、将来は未確定である。