休む暇もない。
7月4日にイラク・モースルの大モスク(ヌーリー・モスク:Great Mosque of al-Nuri)で行われたとみられる、ISIS改め「イスラーム国家(IS)」の指導者で「カリフ・イブラーヒーム」を名乗るようになったバグダーディーの金曜礼拝への演説(khutuba)の映像が土曜日になって盛んにインターネット上で流れるようになった。
新聞各紙も取り上げている。【BBC】【アル=ジャジーラ】【アラビーヤ】【インディペンデント】【マスリー・アルヨウム=AFP電】
これについて、『フォーサイト』に緊急に寄稿しました。
池内恵「イラク・モースルに「カリフ」が姿を現す」『フォーサイト』2014年7月6日
今のところ有料なので【追記:無料公開になりました】本文を張り付けてしまうわけにはいかないのですが、上に挙げたような映像に出てくることや、記事に書いてある以上のことは、事実関係は日本にいる私からは分かりようがありません。むしろそれらがどう解釈されていくのか、どのような意味を持つのかについて、いつも話しているようなことを今回も書いています。少しずつこのブログでも敷衍していきましょう。
先日から思っていて書きたかったことは、「イスラーム国家」や「カリフ制」宣言が持つ、イラク・シリアでの内戦・紛争の状況への影響とは別に、イスラーム世界全般に向けた宣伝・イメージ作戦としての側面が持つ意味。
特に、一連のカリフ制宣言が、ラマダーン月の恒例の各局の連続ドラマにぶつけてきた、「リアル・カリフ制」を主題とした現在進行形・視聴者との双方向性を持たせたドラマ、というように見えること。
断食でへとへとになったイスラーム教徒は、日没後に豪勢な食事を楽しみ、各局が一年かけて粋を凝らして作った連続ドラマに酔い痴れるのです。
ワールドカップもやっています。
いつになくアラブ諸国・イスラーム世界の人々がテレビの前にかじりついているのです。そこにネタを投入、ということですね。まだ各国の視聴率競争でどこが優勢なのかは分かりません。
「イスラーム国家」からすると、先を越されてはいけませんし、ネタを欠かせてはいけないので、矢継ぎ早に手を打ってきています。
6月29日 ISISから「イスラーム国家(IS)」への名称変更宣言、カリフ制政体の設立宣言。
7月1日 バグダーディー自身の音声による声明で「世界のムスリムはイスラーム国家に移住せよ」と煽る。
7月4日 カリフ制宣言後の最初の金曜礼拝で劇的に支配地域の「首都」の大モスクに登場。初めて公衆の目に触れる。しかも明らかに「プロ」の声色と内容で説教、朗誦。
ドラマとして見れば非常に精巧です。黒いターバンの象徴は?預言者ムハンマドがメッカを征服していた時に被っていたそうです。ジハード戦士としての偽名「アブー・バクル・バグダーディー(バグダードのアブー・バクル)」なんて、出来過ぎていてギャグっぽくなるのではないかと心配するぐらいだ。初代正統カリフがアブー・バクルですから。
バグダーディーは正式にはAbū Bakr al-Ḥussaynī al-Qurayshī al-Baghdādīと名乗っているが、この al-Qurayshīというところで、預言者ムハンマドを生んだ「クライシュ族」の末裔であると主張している。正統4代カリフの事例を規範典拠としたイスラーム法学では、クライシュ族であるという血統をカリフの条件として重視している(血統だけで決まるわけではないが、必要条件・資格要件の一つとして重視されている)。
そして現代のアブー・バクルがカリフを襲名すると今度は「イブラーヒーム(アブラハム)」を名乗るというのだから、「アブラハム一神教の原点に返れ」と言いたいのかもしれない。
識字率が上がり、インターネットも介してイスラーム教のテキストが一般にも行き渡ると、宗教的統制が効かなくなり「誰でもカリフ」を名乗れてしまう。しかもそれが既存の宗教権威の言っていることと遜色ない、という状況が背景にあると思われます。
これに加えて政治・軍事的な混乱で政府の統制が及ばない地理的空間が出現し、大規模な武装化・組織化して実効支配することが可能な空間が出現した。
つまり、上記の宗教社会的な、および政治・軍事安全保障上の条件が変わらない限り、たとえイラクのこの集団と指導者がどこかの段階で放逐されたとしても、こういった現象の根絶は困難と思われます。