【寄稿】『週刊東洋経済』に寄稿──米側の限定介入の原則、ISIS側の分裂要因

出ました。昨日発売の『週刊東洋経済』にイラク情勢について解説。

池内恵「ISISがイラク侵攻 中東全体の秩序脅かす」『週刊東洋経済』2014年7月5日号(6月30日発売)、22-23頁

週刊東洋経済2014年7月5日号

その後ISISは、地域的限定を取って「イスラーム国家」となったと主張しているので「IS」と略してもいいのだろうが、実効支配の範囲があまりに狭いので、現実的にはあたかも全世界を覆うカリフ制国家であるかのようにISと呼ぶのは政治・国際関係分析上は憚られる。そもそも「イスラーム国家」なら「イスラーム国家」と言えばよくてISと略す必要もないのではないかとすら思う。それに「イスラーム国家」は一般概念なので、ISISだけがこの呼称の独占権があると主張するにはいくらなんでも勢力範囲が狭すぎるだろう。分析上は当分ISISと呼び続けておく。

少し紙幅に余裕があったので、オバマ政権のテロ対策の原則論から見れば、米国のイラクへの介入は限定的なものとなるだろうという点をやや詳述しておいた。

5月28日のウエストポイント陸軍士官学校での演説では米国内向けの議論としてテロを主要な脅威と位置づけて見せたが、同時に、直接的に対処するのはあくまでもテロが「米国に対する直接的な脅威」となった場合だけであることをはっきりさせていた。

テロが最大の脅威だ、というのは、中国とかロシアとか台頭する修正主義国家が多々あるのを考えるとなんだか安全保障演説としては軽量すぎる感じだ。外交関係を考えなくていい相手として「テロ」を便利な仮想敵「国」にしているようだ。

6月19日のイラク対策指針は明らかにこの演説での原則を踏まえており、予想通り限定的なものとなった。

さらに、6月22日の米CBSニュースでISISのイデオロギーから彼らが「中・長期的な脅威である」と評価していると明言した。オバマ政権が示してきた理論的指針と施策からは、米国が脅威認識を抱いて対テロ戦争に力を入れてくる」のではなく、「米国にとっての短期的な脅威ではない」と認識しているということが重要。つまり、バグダードを制圧されてイラク全土がISISの国になってしまう、といった耐え難い状況以外では大規模な介入はしない、ということ。直接的な介入は、「実際に米国人が人質に取られたから奪還作戦を行う」といった単刀直入なものが多くなるだろう。情報収集ミッションは盛んにやるだろうけど。マーリキー政権に出て行けと言われたのでできていなかった情報収集活動を、今度は帰ってきてくれと頼まれたので盛大にやって観察・蓄積しておく、ということになるのだろう。

また、ISISの急激な支配領域拡大は、思想・統治手法あるいは長期的な戦略目的を異にする連合するスンナ派諸勢力と相いれなくなって仲間割れする可能性を抱え込んだのではないか、という点も指摘しておいた。ISISを一時的に受け入れてマーリキー政権の支配を跳ね除けようとする諸勢力が、今すぐ仲間割れしていくとは限らないが、中央政府からより大きな権限配分を勝ち取っていけば、逆に「ISISを掃討する側」に転じる可能性はかなりある。

これらはそれほど際立った論点ではないが、現時点で欠かせない、と思ったがすでに掲載紙が届いたころには時間が過ぎているな。とはいえこういう雑誌は着実に一般読者に広めるには有益。

そもそも際立ったことを言うことが執筆の目的ではありませんので。中東論を突飛なことを言って自己主張・アイデンティティのよりどころにする議論が、中東研究を「こじらせ」てきました。淡々と生きましょう。