【海外の新聞を読んでみる】シリア・イラク国境地帯は新たな「アフパック」となるか

米オバマ大統領の当面のイラク政策についての姿勢が示されたが、背後ではISISの伸張を受けて対イラク政策を対シリア政策と一体的にとらえて転換しようという動きが進む、とワシントン・ポストが匿名の消息筋を引いて論じている。

White House beginning to consider conflicts in Syria and Iraq as single challenge, The Washington Post, June 19, 2014.

The Obama administration has begun to consider the conflicts in Syria and Iraq as a single challenge, with an al-Qaeda-inspired insurgency threatening both countries’ governments and the region’s broader stability, according to senior administration officials.

【意訳】シリアとイラクは「一つの問題」であって、そこではアル=カーイダに触発された武装蜂起が両国の政府や地域の安定を脅かしている、とオバマ政権はみなし始めていると複数の政権高官が語った。

At a National Security Council meeting earlier this week, President Obama and his senior advisers reviewed the consequences of possible airstrikes in Iraq, a bolder push to train Syria’s moderate rebel factions and various political initiatives to break down the sectarian divisions that have stirred Iraq’s Sunni Muslims against the Shiite-led government of Prime Minister Nouri al-Maliki.

【意訳】オバマ政権はNSCの会合で、イラクでの空爆をもし行った場合の帰結を再考し、シリアでの穏健な反体制派を支援するより大がかりな策を検討し、イラクのシーア派主導のマーリキー政権とスンナ派の争いを刺激する宗派主義的分裂を解消するための方策を検討した。

Senior administration officials familiar with the discussions say what is clear to the president and his advisers is that any long-term plan to slow the progress of the Islamic State of Iraq and Syria, as the insurgency is known, will have far-reaching consequences on both sides of the increasingly inconsequential desert border that once divided the two countries.

【意訳】ISISの伸張は、シリアとイラクの両国に重大な帰結を生じさせると大統領も側近も認識するに至った。もはや砂漠は両国の政治を隔ててくれない。

このような認識から、対イラク政策は対シリア政策と一体に考案され適用されなければならない、とオバマ政権が考えるようになったというのだが、この転換が実施に移されれば、シリア問題についても大きな政策の転換になりうる。オバマ政権は、自由シリア軍など反体制派のうち親欧米の穏健派に軍事支援をせよという要求を、言を左右して実質上は退けてきたからだ。それについては次のように書いてある。

Although spreading faster in Iraq, the advance of ISIS could also force the administration to reconsider its calculations in Syria, where Obama has taken a cautious approach, declining to arm moderate rebel factions or conduct airstrikes on government airstrips, as some advisers have recommended.

オバマ政権がシリアで自由シリア軍など反体制の穏健派を米国が支援するすると言いながら何もしないから、現地では人々は米国に失望し、イスラーム主義勢力の威信と信頼性が高まり、人員も資金も武器も集まる結果をもたらした、というのが一つの重要な批判だったが、オバマ政権はこの批判を受け入れたということなのだろうか。

こうなると俄然注目されるのが、フォード元駐シリア大使の提言・批判だ。フォード大使は今年2月に辞任している。

奇しくもISISがシリアを拠点に勢力を拡大してイラク北部モースルを陥落させたその日に、フォード大使は辞任後の沈黙を破って、ニューヨーク・タイムズに論説を寄稿して、オバマ政権の対シリア政策を批判した。これに合わせて米主要テレビにも出演している。

論説のタイトルはそのものずばり「シリアの反体制派に武装させよ」。

Robert S. Ford, “Arm Syria’s Opposition, The New York Times, June 10, 2014.

フォード大使の批判の骨子は、まさに「シリアで穏健派を支援しないから過激派が伸長したのだ」というもの。

フォード大使は論説の冒頭で、自らの2月の辞任がまさにこのシリア反体制派支援へのオバマ政権の煮え切らない態度にあったと明かす。
In February, I resigned as the American ambassador to Syria, after 30 years’ foreign service in Africa and the Middle East. As the situation in Syria deteriorated, I found it ever harder to justify our policy. It was time for me to leave.

そして米国がとるべき政策とは具体的に次のようなものだという。

First, the Free Syrian Army needs far greater material support and training so that it can mount an effective guerrilla war. Rather than try to hold positions in towns where the regime’s air force and artillery can flatten it, the armed opposition needs help figuring out tactics to choke off government convoy traffic and overrun fixed-point defenses.

都市ではアサド政権の空爆があるから、ゲリラ戦争を戦わせよ、アサド政権の部隊の補給線を寸断する戦術を立案せよ、という。

To achieve this, the Free Syrian Army must have more military hardware, including mortars and rockets to pound airfields to impede regime air supply operations and, subject to reasonable safeguards, surface-to-air missiles. Giving the armed opposition these new capabilities would jolt the Assad military’s confidence.

そのためには、大砲やロケット弾など、アサド政権の空軍能力を削ぐための装備を提供せよ。地対空ミサイルも、過激派の手に渡らないように注意したうえで、供与せよ。

もはや最善の方法を論じる時期は過ぎた、というのがフォード大使の認識。その上で、上記は、過激派のジハード戦士たちを伸張させないために必要な手段だという。今また手をこまねいていれば、結局米軍自身がアル=カーイダ系組織と戦うためにシリアに投入されなければならなくなる、と結んでいる。

We don’t have good choices on Syria anymore. But some are clearly worse than others. More hesitation and unwillingness to commit to enabling the moderate opposition fighters to fight more effectively both the jihadists and the regime simply hasten the day when American forces will have to intervene against Al Qaeda in Syria.

フォード大使らの批判を受け入れ、シリア政策をより積極的な穏健派支援へと切り替えたうえで、イラク政策と統合する、というのは、アフガニスタンでターリバーン政権崩壊後になおも続くテロや武装蜂起に対する対処策を想起させる。上に引いたワシントン・ポスト記事でも当然そのように書いている。

In thinking through options, administration officials say they are drawing on the history of the U.S. experience in Afghanistan

ターリバーン系の諸勢力の活動範囲はアフガニスタン国内に限定されず、パキスタンの北西部の中央政府の統治が弱いエリアと事実上一体化している。ここを「アフ-パック」と名付けて米国は対策を講じることを余儀なくされてきた。

イラク・シリア国境も同様の地帯として今後一体的にcounter-insurgency政策が行われていく可能性がある。それは軍楽隊の音楽に合わせておおっぴらに軍艦が進んでいくようなものではなく、無人飛行機や現地の諜報関係者、特殊部隊による隠密作戦といったものが駆使される見えない戦争である。

マーリキー政権との同盟に不信を募らせるオバマ政権

先ほどのエントリで概要を記したが、6月19日の米NSC会合後のオバマ会見で示された対イラク政策の中核的部分のうち、今後の現地イラクでの政治の展開に関わって重要なのは、マーリキー政権への最後通牒あるいは「見放した」とすら聞こえる点だ。

イラク側にスンナ派を取り込んだ挙国一致政府の設立を求め、マーリキー政権には根本的に態度・政策を改めるか、本当は辞めてほしいんだがそうは言えない、ということとかなり露骨に表している。

該当するのは例えばこんな部分だ。【オバマ会見での演説原文

Above all, Iraqi leaders must rise above their differences and come together around a political plan for Iraq’s future. Shia, Sunni, Kurds, all Iraqis must have confidence that they can advance their interests and aspirations through the political process rather than through violence. National unity meetings have to go forward to build consensus across Iraq’s different communities.

【意訳】シーア派を含むすべての勢力に暴力ではなく政治過程の制度内で利益を追求するよう求める。そのために挙国一致的な協議をし、宗派を横断したコンセンサスを形成してほしい。

で、そのようなコンセンサスを形成するためにはマーリキー首相のままでは難しい、と米政権は判断しているようなんだが、それについてこのように言う。

Now, it’s not the place for the United States to choose Iraq’s leaders.

【意訳】米国はマーリキー首相に辞めろと言うような立場にはない(本当は辞めてほしいんだけどね)。

the United States will not pursue military actions that support one sect inside of Iraq at the expense of another.

【意訳】しかし辞めないのなら、あるいは抜本的に態度を改めないなら、米国が軍事支援してもそれは特定の宗派(シーア派)を支援することになってしまうからできないかもしれないよ。

先日のこのブログのエントリでは、

「問題は今のイラクには米国にとって同盟国として頼れる存在がいないこと。そもそもISISはマーリキー政権の政策が原因で米軍撤退後に再度出現し、一時はサウジなどの政府が、そして今でもサウジなどの国民の支持に押されることで、伸張している。マーリキー政権を支援すればかえってテロを増やしかねないし、同盟国であるはずのサウジに取り締まってくれと要請しても無理そう。」

と書いておいたが、マーリキー首相が同盟者としておぼつかないどころか、問題の解決策ではなく問題の一部なのではないか、というのがオバマ政権の認識だろう。

マーリキー政権の要請に応えて空爆などしようものなら、「米国はシーア派に加担してスンナ派のムスリムを殺した」とスンナ派諸国から火のついたように怒った義勇兵が押し寄せるのではないか・・・というのがオバマ大統領の見る悪夢でしょう。しかも介入がうまくいかないと結局はシーア派も含んでアメリカのせいにする・・・

シーア派(マーリキー政権が独裁化と汚職、イランの革命防衛隊・クドゥス部隊など過激な武装組織が介入)
スンナ派(ISISを支援・加担)
クルド勢力(この機に領土拡大して返さない、新たな紛争の火種)

のいずれも信用できない、みな都合のいいところだけアメリカの力を使い、少しずつ嘘をついている・・・というのがオバマ大統領から見た中東でしょう。

この政治情勢の中でISISを空爆しても、マーリキー政権に加担したと見られるだけ。マーリキー首相に解決能力がないことが一つの大きな問題で、それを変えさせるためのレバレッジとして使えるなら軍事攻撃も可、とオバマ政権は見ているのでしょう。

それを察知して、イラク側でもマーリキー追い落としの動きが進んでいるという。

Iraqi Factions Jockey to Oust Maliki, Citing U.S. Support, The New York Times, June 19, 2014.

イラク情勢は「(アメリカを巻き込む)戦争か」という関心から見るのではなく、米の政策とも関連して進む現地の動きを見ていかないといけない。

オバマのイラク問題への対策が明らかに

オバマが議会指導者との会合を行い、NSC会合を開いた後に、イラク政策をめぐって会見するというので待っていたが、GMT19日16時30分からのはずが遅れて17時30分ぐらいに開始された。要点だけ見て後は仕事に戻った。

会見での演説と質疑応答の内容は思った通り。

*当面の米の軍事的関与は「300人の軍事顧問団の派遣」にとどめ、イラク政府の特殊部隊の訓練に従事させる。
*偵察・インテリジェンスなど情報収集に時間を取る。早急な直接的攻撃には消極的。
*「数万人」といった規模の部隊の再投入は明確に否定。
*マーリキー政権にスンナ派を取り込んだ挙国一致政府の結成を求める。できないなら、「退陣しろ」とは名言しないが、支援を控える考えを濃厚に示唆。

オバマは米による直接的な軍事行動の可能性を否定したわけではないが、たとえあったとしてもそれは極めて小規模なもので、可能なら行わない。むしろ隠密裏での特殊部隊による急襲作戦で直接的に米国市民や重要な米国同盟者を救出するといったものになるだろうと予想できる。なにしろ冒頭の最重要項目が、「イラクの米大使館・人員を守る」なのである。

これらはオバマ政権のこれまでの対中東政策の理念と行動を丹念に分析していれば事前に容易に予想がついたことだ。別に米NSCの中に情報源などいらない。

官僚も含めて、そんな情報源を持っている日本人は「一人もいない」と断言していい。あるふりをしている方は怪しい。なくたって大丈夫なんです。ちゃんと公開情報を元に自分の頭で考えられれば。政治家やマスコミへの迎合とかを抜きにして、自分で調べて考えられる頭があれば、そしてそれを評価できる指導層がいれば、大丈夫です。そうやって知恵を絞れる知識層がいるか、指導層がいるかかどうかが、一級の国とそうでない国を悲しいほど厳然と分けます。

まだ分からない人がいるといけないので、以前にこのブログのエントリで書いておいたことを再掲してみよう(缶詰2日目~APUでイラクを想う)。

「現状のイラク情勢では米国が軍事行動に出るかどうかは主要な論点ではない。なぜか?オバマ政権が大規模な軍事行動をとらないだろうから。

オバマが先月の演説ではっきりさせたドクトリンだと、「テロは最大の脅威」としつつ、直接米国民に危害が及ぶようなテロの脅威がある場合以外は、対処は「同盟国にやらせる」ものとみられる。また、テロを産む政治環境の方を何とかしないとテロは終わらない、という認識。

アメリカ自身の軍事攻撃があったとしてもすごく限定的なものになるでしょう。邦人保護・救援に限定。それが「直接の脅威」への対処だ、というのがオバマ政権の立場でしょう。

日本での報道・論調は、いいかげん「こぶしを振り上げるアメリカ」を軸に報道するのをやめた方がいい。

現在の国際政治の焦点は「こぶしを振り上げないアメリカ」「振り上げても実は振り下ろさないアメリカ」を各地で各国がどう受け止めて、その結果何が起こるか、というものだ。」

ISISの伸張を受けて、またも「米がこぶしを振り上げた」「戦争になるぞー」という煽り報道をしようという動きが日本に出てきたのには驚いた。

確かにブッシュ政権時代の感覚からいえば、

中東で何か動きがある→米国が攻撃するという機運が高まる→その時だけ日本のマスコミ騒ぐ→米大統領が威勢よく会見→巡航ミサイルがドカーン

というバカバカしいほど分かりやすいパターンがあったので、それに慣れてしまっている人たちがいるのかもしれないが、オバマ政権ももう5年半過ぎた。

国際政治のパワーバランスも、米内政構造も米世論の機運も、政権の性質やスタイルも変わった。もうそのような単純な構図で準備して「祭り」のように中東国際政治を見世物的に報じることができる時代は終わっている。

普通に英語の新聞などを読んでいるだけで全く違う構図があり、論点があり、注目点があることがわかります。しかしそれと全く異なる言説が日本の新聞・テレビには溢れる。BBCをつけて見ているだけでも、実態は全く異なることが簡単にわかるのに、なぜ日本の視聴者に思い込みを押し付けるのか。

問題なのは、そういったメディアの要望に迎合し同調する専門家がいること。

そういえば、イランについても、「すぐにもイスラエルの攻撃がある」「イスラエルが攻撃すれば米も攻撃に参加する」「中東大動乱」といったマスコミ・ネタに同調する方々がいましたが、「アメリカはイランの核問題に関して異なる姿勢を取っている」「アメリカは冷淡」「アメリカの支援がない限りイスラエルが攻撃することはない」という点は明らかでした

オオカミ少年がいっぱいいたわけですね。

「大変だ~」「戦争になるぞ~」と騒いでメディアの片棒を担いだ方が、講演の話とかいっぱいくるし、政治家のアドバイザーになんて話にもなる。「学者」「専門家」にはそういった負のインセンティブがあるのです。一定程度オオカミ少年が出てくるのは不可避です。

重要なのは、誰がオオカミ少年かをきちんと判定して、そういう人がメディアの論調や、そして政策決定に(←ここ重要)影響を与えないようにすることです。言うだけなら言論の自由の範囲内ですが、悪影響を社会と政治に与えないようにすればいいのです。

日本もNSCを作って首相が機動的に外交・安全保障政策を策定していけるように制度を整えようとしていますが、それ自体はいいことですが、まだ旧時代に育った人材しかいませんので、器に見合った人員を揃えられるかは極めて不安。内外の変動期に「生兵法」で重大な過誤を犯してはなりません。