実はNHKBS1はすごいインテリジェンス情報の塊

 春の番組改編で、NHKBS1の国際ニュース番組もいろいろ変わった。NHKBS1の各種の国際ニュース番組は、国際情勢を見る上で必須のツール。

 時間はスポーツなどで変わることがあるけれど(←やめてほしいです。ニュース・チャンネルとスポーツ・チャンネルは分けてください、NHKさん。特に、オリンピックやワールドカップがある期間には国際ニュース番組がぐっと減るというのは困ります。まさにその陰で毎回世界で大事件が起こっているじゃないですか)、私が特に重視しているのは以下の番組。

「ワールドニュース」(朝6:00~6:50)
「キャッチ!世界の視点」(朝7:00~7:50)
「ワールドニュース・アジア」(午後2:30~2:50)

 これだけのために受信料を払っても安くない、というか個人的にはこれだけのために払っているとすら思っている。それに加えれば深夜12時からのBS世界のドキュメンタリー

 これらの番組を知っている人たちには、「嫌味だな」と言われるかもしれませんね。だって全部翻訳番組で、NHK自身が作ったものではないから。

 もちろんNスぺとかクローズアップ現代とかも見ますよ。たまにはね。

 でも、もしこれから国際関係を勉強したい、中東を勉強したいという人がここを読んでいたら、まずハードディスク・レコーダーを買ってBS1の国際ニュース番組とBS世界のドキュメンタリーを毎日自動録画しておきましょう、とお勧めする。最近はハードディスクが増設できるものが多いので、そういった機種がいい。投資効率が最も良い。ユーチューブなどを見れば、外国の映像はいくらでもあるように感じられるかもしれないが、しょせん無料のものは無料に過ぎない。

 始めるなら、早ければ早いほどいい。

 ドキュメンタリーは外国から権利を買ってきているから、良いものが厳選されている。それらが多くは一回しか放送されない。あるいは再放送がせいぜい一回だけ。いくつかしょっちゅう再放送されているものもあるけど、一般受けするだけであまり重要なものとは思えない。

 国際ニュース番組の方は、これがまた良い意味で日本的。こんな番組は日本にしかないと思う。

 どう特異かというと、各国の主要なニュース局の定時ニュースをダイジェストして、短い時間に詰め込んでいる。朝6時からの「ワールドニュース」の場合、フランス、アラブ、ロシア、イギリス、アメリカ、中国から6局が選ばれている(他の時間帯にはドイツやスペインや韓国が、曜日によっては香港やインドなども入っている)。

 日本の「箱庭」的ダイジェスト文化の極致と言えるだろうか。よその国のチャンネルを毎日きちょうめんに整理して一つの番組を作って放送しているって、日本にしかないと思う。

 イギリスやアラブ諸国などでは各国の新聞の1面を紹介する番組が朝にあるけれども、それともちょっと違う。活字の記事をテレビで紹介する時には、あくまでも主役は記事についてコメントするスタジオのキャスターやゲストだ。

 しかしBS1の国際ニュース番組では、特に「ワールドニュース」「ワールドニュース・アジア」では、スタジオは出てこないで、番組冒頭からいきなり各国のニュース局の定時ニュースの抜粋が始まってしまう。

 「キャッチ!世界の視点」の方は、「ワールドニュース」で使われたニュースをさらに切り取って、日本のスタジオの要約・解説が入る。最初は補助輪のように、要約・解説があった方が分かりやすいかもしれないが、より生のニュースに近い「ワールドニュース」の方が、長期的には得るものが大きいのではないかと思う。

 1局あたりは10分にも満たないのだから、1日見ただけでは大したものに感じられないかもしれない。しかし毎日10分を大学4年間見続ければ、ものすごい蓄積になる。もちろん毎朝この時間に起きて見られないこともあるだろう。だから録画しておく。興味を持てないニュースは早送りすればいい。私の場合、50分の番組を早送りやスキップを使って20分ぐらいで見ている。

 また、いろいろ諸事情があってニュースなど見る気がなくなってしまったり旅行に行ったりして、何日も、あるいは何週間も間が空いてしまったとしても、ハードディスクにためておいてまとめて見ると追いつける。

 実は、毎日見るよりもまとめて見た方が効果的かもしれないとすら思っている。例えばアル=ジャジーラの朝の10分弱だけを、1か月分まとめて見ても、3時間ぐらいあれば見られるだろう。その3時間で、1か月の中東の動きが、個々の断片的なニュースの「点」を結んだ「線」のように見えてくる。さらに「ワールドニュース・アジア」でのアル=ジャジーラの毎日5分を足せば、「線」がもっと滑らかになる。

 なお、ニュース番組は、画質なんて落として録画してかまわない。そもそも外国から転送されてくる映像の中には、データ形式を変えたり圧縮したり解凍したりしているうちに画質が悪くなっているものがある(アル=ジャジーラなど)。だから画質を落として録画しても、もはやほとんど変わらない。10倍以上にしても、アル=ジャジーラの字幕はちゃんと読めます。

 いちおうレコーダーの設定を確認して、二重音声で副音声がちゃんと残って録画されることを確認したほうがいい。英語やフランス語の勉強にも最適。もちろんアラビア語にも。

 3月末までは「ワールドWave」「ワールドWave Morning」「ワールドWaveアジア」と呼ばれていた番組が、「ワールドニュース」「ワールドニュース・アジア」「キャッチ!世界の視点」にそれぞれ変わったようだが、「ワールドニュース」「ワールドニュース・アジア」の方は、内容はそれまでと全く変わらない。アナウンサーも変わっていない。「キャッチ!世界の視点」も、キャスターは入れ替わったけれども、「ワールドWave Morning」と基本的な趣旨は同じだと思う。

 なお、上の一覧では挙げなかったが、夜の10時からの国際ニュース番組は、3月までの「ワールドWave Tonight」から「国際報道2014」になった。

 内容が一番変わったのはこれではないか。「Tonight」の方は、基本は他の「ワールドWave~」と同じ海外放送局の映像を用いて、その上で記者の解説や日本の専門家の解説が入るというものだった(私も何度か解説で出たことがあります)。

 それが、新番組の「国際報道2014」では、NHKの撮ってきた映像をより多く使い、NHKの方で組み立てたニュースを中心に報じようとしているようだ。そして、コンセプトとして最も重要な変化は、国際ニュースを「日本」が絡むものを中心に取り上げようとしているところだ。

 国際ニュース番組を「日本」に引きつけて構成することには、良し悪しがある。日本と関係している国際問題を取り上げる、あるいは日本の視点から国際問題を見るということは悪いことではない。むしろこれまでのNHKBS1の国際ニュース番組がすべて(夜の「ワールドWave Tonight」を含めて)、日本と切り離されたものとして国際ニュースを扱ってきたことの方が「異常」と言おうとすれば言える。

 しかし、「日本」に引きつけることで、下手をすると陥ってしまいかねない罠がある。第一に、「日本の視聴者の抱いている(と番組制作者が想像する)、ズレた視点でニュースを選択し、解釈し」てしまいかねないこと。地上波の各局ニュース番組の中東報道などはほぼ確実にこの種のものなので、私は「中東分析」の情報源としては一切見ていない。「日本での(中東に関する)論調」を調べるという目的のためにたまには見ますが、ほんのたま~に、どうしても必要を感じた時だけです。

 第二に、さらに問題なのは、日本が絡んだ国際問題(中国とか韓国とかアメリカとか)を、NHKの記者やキャスターが本当に日本の政治的思惑から中立的に、批判的に報じられるかということ。それができないならば、「日本に引きつける」という新コンセプトの新番組は、せっかくの数少ないお金を出してまで見る価値のあるBS1の国際ニュース番組から時間を奪う効果しかなくなる。

 変に方々に「配慮」して意味不明にたわめた解説や編集を施して、元々のニュース映像の意味するところをぼかしたり、単に勘違いして解説したりするよりは、各国のニュースをそのまま流してほしい。各国の報道機関の生のニュース映像から伝わってくるものは、インテリジェンスの情報源の基本中の基本で、最も価値があるものだ。

 外交や通商貿易や情報に携わる官庁や、あるいは巨大企業でもなければ取りまとめることのできないような各国情報を、主要放送局の定時ニュースのダイジェストというやや簡便な形だけど、受信料を払うだけで国民全員が見られるというのは、日本にいて数少ない国際情報上の特権だ。

 外務省が各国大使館から集めてくる「公電」だって、もちろん中には外交官が特殊なコネクションを使って足で集めてきたものもあるけれども、数からすれば圧倒的多数は新聞の切り抜きやニュース報道のダイジェストだ。そういう公開情報を定点観測・定時観測する地味な作業によってインテリジェンス情報は形成されるのであって、007みたいな捕り物をして取ってくる情報なんてめったにないし、ろくなもんじゃない。

 なんでここまで「ワールドWave」→「ワールドニュース」に熱く肩入れするかというと、そもそも私はテレビがない家に育ったので、就職して家を出るまでこの番組を見ていなかった。

 「テレビがなければ、ネットでみればいいじゃん」というのはマリー・アントワネットのような話で、当時はインターネットはございませんでした。念のため。

 小学生ぐらいからこれが家で毎日流れていたら、よっぽど「国際人」(最近なら「グローバル人材」か)になれたと思う。これから勉強する人(若い人も、もうそう若くない人も)に、日本国内にだけ毎日流されている、こんな良質の情報の宝庫を見逃してほしくない。

 もちろん私自身は、大学に入って中東を研究するようになってから、現地語で独自の高度な資料を扱うようになった。ニュースにしても、これらの番組で流しているものの数十倍を毎日処理している。けれども、それは自分の関心に沿って掘り下げて集めたもので、抜け落ちる部分も多い。毎日欠かさず定時にニュースを録画してダイジェストして翻訳までつけるというのは、個人にはできない。

 中東の政治や社会の流れを見る時に、自分の趣味嗜好で集めた情報ではなく、定時ニュースを機械的にダイジェストしてくれた「ワールドニュース」の録画をまとめて見るという作業は、どっちかの方向に偏りかけた頭をチューニングするような効果がある。

 「国際報道2014」のコンセプトが悪いと言っているのではない。むしろ必然的な変化だろう。つい5年前ぐらいまでは、外国の放送局が報じる国際情勢と、日本社会で関心を持って見られる政治・国際問題の間には、確かに乖離があった。そこで、地上波のNHKニュースでは日本社会向けのきわめて狭く切り取られた「世界の話題」を流し、BS1ではそれと隔絶した「外の世界」で流通するニュースをそのまま流すという「分業」が成り立ち、またそれがある程度現実に適合していたのだと思う。

 いわば「ガラパゴスとその外」に、現実に距離があった。日本は国際政治にあまり影響を与えなかったし、国際政治の動きが日本の政治や社会に目に見える直接的な形で影響を与えることは少なかった。

 その前提は変わってきたと思う。アメリカやイギリスや中国や韓国のニュース番組の中に、日本がより頻繁に、それも経済や文化ではなく政治的な問題として報じられるようになってきたのだ。

 実は、NHKBS1の少し前の国際ニュース番組に携わっていた人に、聞いたことがある。その人は「この番組はやりがいがある。NHKでは考えられないぐらい自由にできる。ニュースの内容が日本に関係ない限りは、好きなだけ高度な内容、真実を追求できる」といったことをやや屈折した言い方ながら肯定的に述懐してくれた。

 皮肉な話で、特派員経験のある記者にとって、地上波で多くの視聴者に向けて報じようとすると、多大な制約が課せられる。BSでは、報じたい国際ニュースを、「日本と関係ないものであれば」自由に報じたいように報じられた。

 しかし日本がより深く国際情勢に組み込まれていく中で、国際ニュースと国内ニュースの画然とした住み分けは、もう不可能になったのかもしれない。

 その意味では、今後もBS1が図らずも提供してくれている貴重なインテリジェンス情報を利用しつつ、「国際報道2014」の、日本と不可分のものとしての国際ニュースの報道という新たな試みに期待したいものだ。

 くれぐれも、「中国の一方的な主張・宣伝を日本のNHKが流すなんてけしからん」とクレームをつける見当はずれな代議士の圧力などに負けないようにしてほしい。隣国の国営放送の傍受・解析はインテリジェンスの基本で、それを国民全員がやろうと思えばやれる状態になっているなんて、すごいことなのにね。