ウクライナ問題で問われているもの(1)プーチンはバブルか実体か

ウクライナ情勢の展開が速い。早いだけでなく、逐一衛星放送やインターネットで状況が伝えられる。

2011年の「アラブの春」は、国際メディア上での瞬時の情報伝達とフィードバックによって状況そのものが加速していく、新しい速度での国際問題の先駆けだったのだろう。

2014年の国際問題の最大の関心事は、昨年に中東を中心に明らかになったアメリカの内向き志向と覇権撤退の流れがどの程度進むか、その影響がどこにどのように出るか。あるいはアメリカがどうにかして持ち直し、押し返すのか。

ここでも書いたことですね。

「アメリカの覇権にはもう期待できない──大国なき後の戦略を作れ」『文藝春秋』2014年3月号(第92巻第4号)、158-166頁。

アメリカの覇権の帰趨が、引き続き中東問題を巡って問われるのか。あるいはもしかして日中関係や中・フィリピン関係など東シナ海や南シナ海をめぐる紛争で問われることになるのかと、スペキュレーションを混みで盛んに議論されたのが今年の1月から2月前半にかけてだった。

3月初頭のイスラエルのネタニヤフ首相の訪米で、どの程度アメリカの影響力を示せるか(示せないか)が最初の試金石となるとされていたし、4月のオバマ大統領の日本、韓国への訪問も、いがみ合う両国をどれだけ米大統領の威光で説得できるか(できないか)も、ある程度注目されていた。

おそらく、イスラエルも日本も韓国もほとんどオバマの言うことを聞かず、多少の失言も双方から漏れ出て、そうこうするうちにアメリカの影響力の低下の印象が一層強まるのだろうなあ、というのがもっぱらの予想だったのだが、そういった話がいったん棚上げになるような事態が生じた。鎮静化したかに見られていたウクライナ情勢が、ソチ・オリンピックのさなかに急転した。

クリミア半島という、帝政ロシア時代以来の戦略的要地を巡って、「列強が角逐」するという、見かけ上は、19世紀的な紛争の寸前に世界は追い込まれてしまった。

これはプーチンにとっても、シリア問題への関与やエジプトへの接近などとは比べ物にならない重大な問題だろう。

昨年の特に中東問題への関与は、ロシアとプーチン大統領への威信や期待を高めたけれども、それが実体を伴っているかどうかは依然として未知数だ。半ばアメリカへの「当て馬」として高まったロシアへの期待にプーチンが応えられるかどうかはまだ分からないのである。

ウクライナではその実体が問われる。

下手をすると「プーチン・バブル」がはじけかねない。

ウクライナ東部に接した国境地帯で大規模な演習を行って威嚇したプーチン大統領は、危惧された東部への軍事侵攻を一転して控える一方、ロシア軍と名乗らず、国旗や記章を外した武装集団をクリミア半島に展開し、掌握している。ロシアにとって譲れない利益はクリミア半島であって、ウクライナ東部への侵攻はブラフだったのだろう。

事態が長期化すればやがてはウクライナ東部は経済的つながりからもロシア側に戻ってこざるを得ないという可能性はあり、プーチンからいえば焦って事を荒立てることはない。

地政学的に絶対的な重要性があり、かつ歴史的にロシアが直轄の勢力圏としてきた時期が長いクリミア半島については、国際社会の批判をものともせずに、正体不明の武装集団=ロシア軍を送り込んで制圧してしまうというなりふり構わぬ手法を取りながら、東部ウクライナへの侵攻を当面控えることで、欧米との交渉の糸口を探る、というのは、少なくとも軍事的・外交的な戦略における巧みさという意味では、プーチン顕在という感じである。

ただし中長期的にプーチンの大国外交をロシアの経済や国力全体が支えられるのかは定かではない。

でも、これを機会に西欧がウクライナを支援するというのなら、ロシアにとってもいいのかな?

ウクライナ情勢は直接的にも間接的にも中東情勢に大きな影響を与える。これについては少しずつ考えていきたい。

まず、黒海の対岸に位置し、クリミア・タタール人を同じチュルク系と考えるトルコはもっとも身近にこの問題を感じているだろう。ウクライナ問題についてトルコの新聞の論調を読んでいると、西欧ともロシアとも別の角度からものを見ていることがわかる。

民族的なつながりよりも大事なのが、地政学的要因。黒海の出口をイスタンブールで扼するという位置にいるトルコにとって、クリミアの帰属がどうなるかは重大な意味がある。

そしてNATO加盟国でありつつロシアやイランと良好な関係を築くという点に活路を見出してきたトルコにとって、ウクライナを巡って欧米とロシアが全面的な対決に至ることはきわめて望ましくない。両者がほどほどに距離があるぐらいの時には、「橋渡し」をしたり、漁夫の利を得たりできるのだが、対決が決定的になってしまうと、「どっちにつくのか」と迫られるからだ。

このあたりは、最近の日本も似た立場にある。

なぜだかわからないが、「プーチンの権力が強まれば北方領土が返ってくる(大意)」という議論が日本のロシア通からは匂わされて、下心のある政治家やらそれにくっついてくる学者やらが散々煽ったのだが、安倍政権はかなりそういった期待にかなり応えて動いてきていた。

もちろん、領土問題というのは政治的なモメンタムをつけるためで、実際には政権や経産省などは資源エネルギー政策の観点からロシアとの関係を重視しているのだけれども。

しかしウクライナ問題で緊張が高まって、たとえば今年ソチで開催されるはずのG8に欧米諸国は出ません、といったことになると、日本の立場が厳しく問われることになる。欧米諸国に追随してソチのG8サミットをボイコットすれば、それは北方領土は帰ってきませんよね。

そうでなくても、なぜ「プーチンだったら帰ってくる(かも)」などという議論をしていたのか、だれがどういう思惑で言っていたのかは、きちんと検証しなければなりません。そういうことをやらずに、単に話が面白い人の話を過剰に取り上げて読者を楽しませることしかしないのが、日本のメディアが国際基準では一流になれない最大の原因。

「もうちょっとのところまでいったけどウクライナ問題でダメになったんだよ」などという話にしてごまかす気だなあ。

まあ、西欧が本当に腹をくくって、アメリカからシェール・ガスも回してもらうことにして、ロシアの天然ガスは買いません、というところまでやれば世界全体は大きく変わるけれども。

その場合も日本が余ったロシアの天然ガスをどんどん買いますよ、ということになれば、今度は欧米との関係はもたないでしょう。

領土問題やらエネルギー資源での下心で日本がロシアにすり寄った、と見られれば、「価値を共有しない国」として日米関係はきわめて悪化するだろう。そこはもちろん中国や韓国がつついてくるだろう。

なお、アメリカから突き放された日本にプーチンが見向きもしないことは明らかだから、ここでロシア側に回って日本だけいい目を見ようなどというナイーブな考えは絶対に起こさないほうがいい。

そもそもロシアが「クリミアは絶対に返さないが北方領土は返す」などという結論を出すはずもないでしょう。

G8ボイコットというところまで行ってしまえば、欧米側につくというのが、日本の取りうる選択肢だろう。

事態がそこまでこじれる前に止める手段が日本にあるかというと・・・ないですね。

とにかくアメリカに対しても、ロシアに対しても、目立たないようにしているしかない、というのが現状です。

変に格好つけてロシアに人権と民主化で説教したりすると、今の殺気立ったプーチンだと、北方領土を中国に租借・・・などという話すら荒唐無稽ではなくなるかもしれません。

また、「アメリカが衰退した」という議論を変に狭い意味で文字通り真に受ける人たちは右派にも左派にもいて、そういった人たちが相乗作用で日本の外交を急転回させたりしないか、劇画みたいな話ですが、激動期には何が起こるかわかりません。

右派の反米ナショナリスト路線の言説が成算なくエスカレートする一方で、劣勢の左派も依然としてあらゆる機会をとらえて陰湿に反米で画策し続けており(しかし右派を叩くときだけアメリカのご威光・ご意向を振りかざす)、両者が合流すると、「アメリカ衰退」の時流に乗れという掛け声に乗って、もっと怖ーいプーチンの誘いに身を委ねたりしかねない。

そうなると、エジプトのように、アメリカと関係が悪化した(旧)同盟国が外交的自傷行為を繰り返す、という方向に日本までも落ちていくことになる。そんなことをして損をするのは日本国民なのだから、正気を保たないといけない。

アメリカが影響力を低下させていくのは当分の間続くのだろうし、そこで煮え湯を飲まされる機会が増えるのは日本のような親米の地域大国。しかしそこでキレたりスネたりしてしまえば、打撃を受けるのはもっぱら日本だ。

あくまでも高水準の生活を保つ(旧)米同盟国で歩調を合わせましょうね、という話をしているのだが、「反米か、親米か」のどちらか一本で議論をしないと理解してもらえない、というのがどうにも歯がゆい。

ウクライナをめぐるロシアと欧米の争いについては、意図的に日本の存在を消しておいて、万が一ロシアがものすごく困った状態に追い込まれて、なおかつそれが長期化した時には、日本にとって都合の良い状況になるかもしれません。それまで待っているしかないですね。ここでいきなり飛びつくという話ではないでしょう。