少しお休みしていた「今日の一枚」を再開してみましょう。「続き物」として道筋を通そうとすると、事態が発展していくうちに追い抜かれたりしてややこしくなって結局更新が滞るので、気楽に「一枚」をぺらっとアップする初歩に立ち戻ります。
ここでシリア情勢の現状を再確認しましょう。かなり重要な転換点です。
やはり英Economistは地図が的確ですね。
“Smoke and chaos:The war in Syria,” The Economist, 27 August 2016.
ポイントはアレッポの北方、シリア・トルコの国境地帯の諸都市、ジャラーブルス、マンビジュ、アル・バーブ、およびユーフラテス河です。
トルコのジャラーブルス侵攻の背景と目的を推測してみましょう。
表向きトルコは米国と共に、侵攻作戦を「イスラーム国の排除」としていますが、長期間放置してきた「イスラーム国」のこの地域での活動を今になって急に地上部隊を展開して対処するには、異なる要因が絡んでいるはずです。米国二とってはこの侵攻作戦は対「イスラーム国」と受け止めることが可能ですが、トルコにとっては対クルド人勢力としての意味合いが濃いのではないか、と推測できます。
6月21日頃からマンビジュに対してクルド人部隊YPGが主導するSDFが攻勢をかけ、8月半ばまでにほぼ制圧しました。それによって「ユーフラテス河以東にクルド人勢力の伸長を許さず」というトルコの「レッドライン」を超えました。
8月11日時点とされるこの地図を見ますと、緑に塗られた部分が、クルド人勢力の勢力範囲がユーフラテス河を超えマンビジュを含んだ上で、さらに北方の国境の町ジャラーブルスと、西方のアル・バーブに及びかけている様子が示されています。アル・バーブを制圧すると、クルド人勢力の支配領域が西の飛び地のアフリーンと一体化する方向に進みますし、アサド政権とクルド人勢力が連携すれば、黄色く塗られた、アレッポ西郊からイドリブにかけての反体制派(トルコとの関係が深い)の支配領域とトルコとの輸送ルートを切断することが可能になります。
この状況に追い込まれたトルコが、一転してロシアに擦り寄ったり(8月9日のエルドアンのサンクトペテルブルク訪問、プーチンとの会談)、イランと調整したりして(8月12日のイラン・ザリーフ外相のアンカラ訪問)、クルド人勢力の外堀を埋め、米国に対するカウンターバランスを確保した上で、8月22日からジャラーブルスへの砲撃を強め、8月24日から地上部隊をシリア領土に侵攻させました。これによって、クルド人勢力のユーフラテス河以西への展開を阻止し、クルド人勢力の支配領域の一体化(緑で塗られた範囲の一体化)を阻止することが、重要な戦略目的と考えられます。
【追記】
ブログ復帰に際して過重労働回避のために「一枚だけ」と戒めたにもかかわらず、地図シリーズの下書きを見ていたら比較するとわかりやすい地図があったので、早くも禁を破って二枚目の地図を。。。
同じ英Economistのウェブサイトに5月9日に載っていた、4月現在のシリア内戦の勢力図。比べてみましょう。
“Daily chart: Syria’s war, violence beyond control,” The Economist, 9 May 2016.
この段階では、2月にアサド政権がアレッポ北方で、イドリブの反体制派がアアザーズを経てトルコのキリシュまで確保してきた補給路を切断する攻勢をかけたことや、クルド人勢力YPG/PYDが西クルディスターン(ロジャヴァ)の自治政府樹立への意志を明確にしたこと(斜線を被せている)などが主要なポイントでした。
緑色で塗られたクルド人勢力の支配領域をみると、4月の段階では、まだユーフラテス河の東側に止まってはいるものの、一部河を越えて越えてマンビジュ方面に向かっていることが、ちょこっとした筆先で示してありますね。8月段階の新しい地図ではユーフラテス河以西にクルド人勢力が大きく伸張していることを描いてあります。
前の地図が掲載されたのが5月で、そこで暗示されていたクルド人勢力のユーフラテス河以西への展開が、翌6月後半に、YPGおよびSDFによるマンビジュへの本格的な掃討作戦という形で現実となる。
そしてそれに対してトルコがロシアやイランとの関係を調整し直し、米国への圧力を高めた上でジャラーブルスに侵攻し、外交的・軍事的な反転攻勢に出たというのが、8月の段階の展開です。地図をみてこういったストーリーが浮かぶようになると、中東のニュースが必ずしも「複雑怪奇」に感じられなくなります。
よく見ると、4月段階の地図では、北東部のクルド人勢力の支配領域の中にアサド政権がかろうじて飛び地のように部隊を残してきたカーミシュリーとハサケが水色の斑点や染みのようですが、はっきり塗ってあります。先に挙げた8月段階の地図ではクルド人勢力の伸張でカーミシュリーの水色が消え、ハサケも非常に小さくなっています。またハサケの地名が記載されるようになりました。
これも前線の最近の変化を反映しています。アレッポ北方へのトルコ軍の侵攻に少し先立つ8月17日頃から、ハサケをめぐってクルド人部隊とアサド政権の部隊との衝突が生じ、18日には、アサド政権がこの近辺のクルド人組織に対して初めての空爆を行った模様です。
クルド人勢力とアサド政権とはこれまで直接の対立を避け共存する傾向が見られたのですが、ここでも衝突が起きたのは、もしかすると背後でトルコとアサド政権が反クルドで密約を結んだのか?などという憶測も掻き立てました。
衝突の結果、クルド人勢力がハサケの掌握を強めたと見られるので、Economistの最新の地図ではハサケの都市名を特に示しつつ、アサド政権の部隊の支配領域を極小に描いています。
(なお、8月段階の地図では、「その他の反体制派」の黄色が、シリア南部のヨルダン・イラクとの国境地帯のタニフにもきちんと塗られていて、抜かりがないですね。南部のタニフ(タンフ)近辺でのヨルダンを通した米英仏による反体制派支援や、それに対するロシアの牽制なども近年の注目すべき展開でした)
これらの展開に対するさらなる反応の結果、近い将来の地図もまた塗り替えられていくでしょう。目が離せません。