ヨーロッパ古典外交の最盛期には、ヨーロッパの国際政治に参加する各国の間には、知的・道義的コンセンサスがあった。それを前提として勢力均衡は機能した。しかし、そのような前提が失われれば、勢力均衡は機能しなくなる。
「あらゆる帝国主義に固有に内在する、力への無限の欲求を抑制し、その欲求が政治的現実となるのを阻止したのは、まさにこのようなコンセンサスである。」(許世楷翻訳分担、原彬久監訳、中巻、128頁)
「このようなコンセンサスがもはや存在しないとか、あるいは、弱体化してしまったとか、さらには、もはや自信がもてないとかという場合には、バランス・オブ・パワーは国際的な安定と国家の独立のためにその機能を遂行することができなくなるのである。」(同頁)
モーゲンソーが『国際政治』を著したのは、まさにこのようなコンセンサスが存在しない・弱体化してしまった・もはや自信が持てない、という認識のもとにおいてであった。
しかし国際社会に法や道理が失われたわけではない。それらは存在する。しかし国際社会の成員に、それらについてのコンセンサスが自明ではなくなった。コンセンサスなき状況では、法や道義を掲げることによって、かえって各国は戦争に突き進みかねない。第二次世界大戦直後の時代において、いかにしてバランス・オブ・パワーを実現するか。それが『国際政治』の執筆によって突き止めようとする最終的な目的として、現れてきます。
現在は、第二次世界大戦後の秩序が続いていながら、中国の台頭や、冷戦後のロシアの復活(のように見える動き)などによって、さらにもう一度、「コンセンサスが自明でなくなった」時代であるとも言えます。そのように時代が一巡すると、一つ前の時代に、似たような状況に直面して書かれた本が、理解しやすくなる、現代の状況を読み解き先を見通すためのヒントが得られやすくなる、そのようなこともあるのではないか、と思うのです。