2008年に出て、翌年にサントリー学芸賞(思想・歴史部門)をいただいた『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社)は、増刷が出て売り切れて入手困難になっていましたが、5月9日に、8本の論考とあとがきを加え、さらに索引も付けて『増補新版イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2016年)として再刊されました。総ページ536頁となりましたが、値段は旧版の2600円(本体価格)で変わりません。
『イスラーム国の衝撃』(文藝春秋)に続き、「風姿花伝」ブログにサポートページを開設して見ます。このページの右下(PCで閲覧している場合)のカテゴリー欄の『増補新版イスラーム世界の論じ方』をクリックすると、ブログの記事のうちこの本に関連づけられている記事が検索されて出てきます。
まず、目次を公開しておきましょう。第IV部とあとがき、年表の2008-2016年度分と索引が、新たに加わった部分です。第I部から第III部は、ページ数を含めて旧版と変わりません。表記を新版で統一したところがあります。
イスラーム思想史を律法主義と霊性主義の潮流に分けることで、両者を混同させた議論を避ける。イスラーム教とその統治体制が行った異教徒統治・支配の理念と実態を認識して、現代の国際社会の中での「共存」の適切な道筋を探る。日本では井筒俊彦に代表される「日本仏教的宗教観に引き付けた」理解が、独自の宗教思想としては重要であるものの、対象の認識を阻害してきたことを認識する。エマニュエル・トッドやアーヤーン・ヒルシ・アリーのような、フランスや米国の現代のイスラーム論の極端な振れ幅と、その思想的・政治社会的淵源を探る。
旧版の刊行後の国際社会の中で生じた諸事象によって、旧版に含まれていたテーマを、より広範に自由に展開する機会を得て、ここに完成版が出来上がりました。また、旧版以前に刊行されていた律法主義と霊性主義に関する総論を所収できたことも感慨深いです。
目次 『増補新版イスラーム世界の論じ方』
第I部 構造
第1章 メディアの射程
アラブが見たヒロシマ/アラブ・メディアは中東政治を変えるか/ムスリム統合への決意と原則
第2章 思想の円環
約束の地と堕落した女――アラブ知識人の見たアメリカ/イスラーム的宗教政治の構造
第II部 視座
第3章 人質にされたもの
人質事件の背景と構図/謎めいたメッセージ/メディアが世論に敗北した日/人質惨殺が問う日本の対外観
第4章 予定調和を超えて
インターネットと外交世論/イスラーム教と紛争/国際テロのメカニズム/「異文化理解」に欠けているもの/「他者への寛容」だけでは解決しない/「九・一一」の意味を再確認する/摩擦と対立の直視を/行政の悪習に踏み込めるか/メディアの「弱み」/政策論はどこに/「拝外」と「排外」の間/周縁の文学
第III部 時間
第5章 夜明けを待ちながら
民生向上を通して人心安定を/移行期イラクの枠組みと危機/イラク暫定政権の課題/治安回復が評価の鍵/再選ブッシュ大統領の責務
第6章 自由のゆくえ
中東の「失われた一〇年」/中東論が映し出す日本の言説空間/「差異への権利」のジレンマ/イスラーム教という知的課題/ジハードのメカニズム/構造変化の一年/フランスの暴動と差異の社会/マイナー脱却はなされるか/シャロン重篤で躓いた日本外交/ムハンマド風刺画騒動が問う原則の問題/自由のアポリア/ロレンス再訪/世俗化なき世界/史料の力/拉致とミサイルという共通項/カイロの定点観測/ローマ法王の「歴史認識」/「渡ってきた人」へのノーベル賞
第7章 散らばったパズル
「ローマの休日」と少子化日本/「石油中毒」脱せるか/「ムハンマド」言葉狩りの愚/「宵っ張り」アラブ系移民の仕事/「舶来」の概念を借りて/レバノンの泥沼/アラブ混迷の理由/エジプトの「鹿鳴館時代」/フセイン処刑とイラク近代史/フランス大統領選挙の隠れた争点/首相訪米で語るべきこと/「お上」頼みの正義の危うさ/中東民主化構想の苦い成果/「オリーブの枝」落とさぬ成果を/日米関係の躓きの石/近代化抜きの未来空間/コーラン翻訳の困難/エジプトはうるさい/レバノン的解決/揺らぐトルコの政教分離/ジハード論の広がり/遠のくミンダナオ和平/ひとつの時代の終わり
第IV部 対話
第8章 乱反射する鏡像
イスラーム教の律法主義と霊性主義――真の「対話」のために
エルサレム「神殿の丘」の宗教と権力
フランス・オブセッション――日本人は『文明の接近』から何を読みとるべきか
イスラームとの私的な闘争――新・西洋中心主義
第9章 われわれにとって「イスラーム」とは何か
井筒俊彦の主要著作に見る日本的イスラーム理解
言語的現象としての宗教
自由をめぐる二つの公準
「イスラーム国」の二つの顔
あとがき
地図
年表
索引