トリセツ『イスラーム国の衝撃』:チュニジアやイエメンでの新たな事象の理解にもご利用ください

『イスラーム国の衝撃』が、当初は品薄で入手に苦労された方も多かったようです。また、お手元に届いてからも、そう簡単に読み進められないという感想も伝わってきます。それはその通りで、すぐに読み捨てるようにはできておりません。今後も長く、中東やイスラーム世界を見る際に参照してほしい本です。

(Kindle版)

この本は、「イスラーム国」を扱った本ですが、「イスラーム国」についてだけ書いてある本ではありません。

グローバル・ジハードの思想史と、「アラブの春」以後の中東政治の変動を見ることによって、「イスラーム国」も見えてくる、というのがこの本の仕組みであり、効用です。

ですので、イラクとシリアでの「イスラーム国」に直接関わらない(ように見える)中東地域の事象についても、この本を探せば、その意味や背景を読み解く枠組みや概念を示してあります。

昨年12月にこの本を書き終えて以降の、中東やイスラーム世界について、日本でも耳目を引きつける数多くの事象が生じました。それらの事象について、この本の該当箇所にあたってみることで、何か得ることがあるのではないでしょうか。

例えば、

(1)1月7日 パリ・シャルリー・エブド紙襲撃殺害事件

これについては、例えば次の二つの要素が絡んだ事象と考えられます。それぞれについての『イスラーム国の衝撃』の該当箇所を示しますと、

グローバル・ジハードの組織論の変貌によって現れた、ローン・ウルフ(一匹狼)型テロによる「個別ジハード」として
→第2章「イスラーム国の来歴」の50頁以降

シリアやイラクに集まる義勇兵=ジハード戦士の「帰還兵問題」として
→第6章「ジハード戦士の結集」

(2) 1月20日 脅迫映像公開によって問題化した日本人人質殺害事件

これについては、帯の写真にあしらった「ジハーディー・ジョン」そのものが1月20日の脅迫映像に同じ装束で登場したという偶然がありますが、それ自体は本質的なことではありません。現在流通している『イスラーム国の衝撃』の帯にも依然としてこの男の写真が使われていますが、間違っても、「日本人を殺害した犯人の写真を帯にあしらうなど不謹慎だ」などと怒らないでください。昨年暮れの段階でこの帯のデザインは決まって年初には印刷されており、日本人人質の殺害脅迫を受けて帯にあしらったものではありません。

この事件については、もちろん『イスラーム国の衝撃』の全編にわたって関係がありますが、映像を用いて、メディアを通じて政治的な影響力を膨れ上がらせる手法については、下記の部分が特に関係しています。
→第1章「イスラーム国の衝撃」の23−28頁
→第7章「思想とシンボルーーメディア戦略」

(3) 2月頃〜 リビアやイエメンでの内戦・紛争の激化

これはグローバル・ジハードの展開が可能になる環境条件、特に「アラブの春」後の各国の内政混乱と、それが地域規模に広がる現象です。それが引き続き展開しているのです。これについてまとめているのが、
→第4章「『アラブの春』で開かれた戦線」です。

(4) 2月〜 リビアでの「イスラーム国」の活発化

これは分散型で自発的に参加することで成り立つという、グローバル・ジハードの過去10年に理論化・定式化され普及した組織論・組織原理に基づき、地理的に連続しない場所で呼応した勢力が現れる現象です。
→第2章「イスラーム国の来歴」で基本メカニズムが解明されています。
→第8章「中東秩序の行方」では、今後の広がり方として、地理的に連続した領域への拡大と、地理的に連続しない領域への拡大の両方について、見通しを示しています。
 また、リビアでの「イスラーム国」によるエジプト人出稼ぎ労働者大量殺害の映像公開に対しては、エジプトが軍事介入を行いました。これについても第8章ではあらかじめそのような方向性を記してあります。

(5) 3月18日 チュニジアの首都チュニスでのバルドー博物館へのテロ

これも、分散型・自発的に各地で組織が現れて呼応して結集していくメカニズムのもとに発生した事件と考えられます。
→第2章「イスラーム国の来歴」
→第8章「中東秩序の行方」

(6) 3月25日〜イエメン内戦へのサウジアラビア主導のアラブ有志連合による軍事介入

米国の中東での派遣の希薄化と、地域大国の影響力の拡大ですね。それが問題の解決になるのか、問題の一部となるのか、どうなるのか。この本で書いた問題構図が持続し、顕在化しています。
→第8章「中東秩序の行方」

今後も次々と事象が生じてくる際に、『イスラーム国の衝撃』を取り出して、読み直してみてくださると、色々発見があるかもしれません。

さらにその先を踏み込んで読みたい、という人向けに、いくつか本を用意しています。今年度中に順次刊行されていきます。しばらくお待ちください。