イエメン情勢を読み解く

イエメンの問題についてここのところ詳細に紹介しているけれども、それはローカルな興味からだけでなく、サウジの動揺と湾岸産油国全体の動揺につながりかねないがゆえに日本にとって重要性を持つからだ。

ワシントン・ポスト紙は、サウジの対イエメン空爆は3月26日の開始以来2週間で、見たところはかばかしい成果を上げておらず、人道問題や、過激派の活動する権力の空白が広がっていると、早速警鐘を乱打。

“Yemen conflict’s risk for Saudis: ‘Their Vietnam’,” The Washington Post, April 9, 2015.

「イエメンはサウジにとってのヴェトナムとなるか?」というのはアメリカ人向けに最も分かりやすいフレーズなのだろうが、まさにこれこそがイエメン情勢が注目される所以だ。

この地図でも示されるように、3月26日のサウジ主導のイエメン空爆開始後も、フーシー派の勢力範囲はむしろ広がっています。
イエメン情勢サウジ空爆2週間
【出典】 “Yemen’s Despair on Full Display in ‘Ruined’ City,” The New York Times, April 10, 2015.

イエメンの紛争の諸勢力についてのPBSの解説で主要な登場人物とそれらの間の関係を理解しましょう。

“Who’s Who in the Fight for Yemen,” Frontline, PBS, April 6, 2015.

サウジの軍事介入開始直後に、International Crisis Groupの情勢分析レポートが出ている。仕事早いな。

“Yemen at War,” Middle East Breifing No. 45, International Crisis Group, 27 Mar 2015.

中東が荒れるとニューヨーク・タイムズが必ず頑張って詳細な地図をウェブに上げてくる。いい編集者・グラフィックデザイナーがいるんですな。これは他紙の追随を許さない。唯一、英エコノミストが、もっとシンプルな「ここだけ知っていればいい」という要点をついた地図を出してくるので、併せて見ておくと整理される。

SARAH ALMUKHTAR, JOE BURGESS, K.K. REBECCA LAI, SERGIO PEÇANHA and JEREMY WHITE, “Mapping Chaos in Yemen,” The New York Times (←順次アップデートされていく)

イエメンを巡って、サウジとイランの地域大国間の覇権競争が激化するのではないのか、というところが関心の的です。

“Tensions Between Iran and Saudi Arabia Deepen Over Conflict in Yemen,” The New York Times, April 9, 2015.

イランは効果的にスンナ派連合の外縁(非アラブのパキスタンとトルコ)を切り崩し。

トルコは3月26日の空爆開始の際に、サウジが明示的にあげた有志連合国の中には名前が入っていませんでしたが、エルドアン大統領が支持を表明しており、軍を派遣するのではないかと見られている。

“Turkey, Egypt join military operation against Houthis in Yemen.” DW, March 26, 2015.

トルコのエルドアン大統領の判断については、その苦衷が推測された。
Aaron Stein, “Turkey’s Yemen Dilemma: Why Ankara Joined the Saudi Campaign Against the Houthis,” Foreign Affairs, April 8, 2015.

サウジ側につく判断への批判もトルコ国内からすぐに出た。要するにエルドアンの開発独裁を支える湾岸のスポンサーの意向に逆らえないんだろ、という話。

Fehim Taştekin, “Turkey’s misguided Yemen move,” Al-Monitor, March 31, 2015.

エルドアンは4月7日のイラン訪問で、バランスを取ろうとした。経済問題ではイランと合意しつつ、イエメン問題にはエルドアンは触れない。しかしイランのロウハーニー大統領はイエメン問題に触れまくる。

“Iran and Turkey back political solution to Yemen crisis: Iranian president tells his visiting Turkish counterpart,” Aljazeera English, 08 Apr 2015 05:40 GMT.

そこでアラビーヤの報道ではタイトルで、エルドアンはイランでいろいろ合意したけれども、イラン側ではなくサウジ側についているという姿勢を変えていない、と強調しているのですね。しかしこれはかなり苦しい。

“Turkey, Iran agree on trade but steer clear of Yemen disagreements,” Al-Arbiya News, April 7, 2015.

同様に、パキスタンも、3月26日の空爆開始の際にサウジが有志連合の中の唯一の非アラブの国として名前を挙げたけれども、態度ははっきりしていない。そこでサウジはパキスタンに明示的に軍事的な貢献を求めた。パキスタンの外相の議会への説明では、いつ、どのようにとは明かされていないが、サウジの要請があったことを認めた。

“Saudis Ask Pakistan to Join the Fight in Yemen,” The New York Times, April 6, 2015.

しかしイランの外交攻勢はここでも優勢。4月8日にザリーフ外相がパキスタンに飛んで、パキスタンに、サウジとイランの仲介役を果たせるよと甘い囁き。

“Iran foreign minister: Pakistan, Iran must work together on Yemen,” Reuters, April 8, 2015.

翌日、ザリーフはパキスタンの参謀総長とも会談。

“Iran minister meets Pakistan military chief amid Yemen dilemma” Reuters, April 9, 2015.

4月10日、パキスタンの国会は全会一致で中立を決議。あちゃー、ですね。サウジにとっては。パキスタンにもナショナリズムがありますから、サウジに使用人のように、傭兵のように使われるのは認めがたいわけです。といっても現実に傭兵のようなことをしているわけですが。

“Pakistan Votes to Stay Out of Yemen Conflict,” The New York Times, April 10, 2015,

“Pakistani Lawmakers Pass Resolution Urging Neutrality in Yemen Conflict,” The New York Times, April 10, 2015.

これに対して、UAEの外務担当相が、パキスタンに「高い代償を払うことになるぞ」と警告する発言が報じられています。

“UAE condemns Pakistan’s vote on Yemen” Khaleej Times, 11 April 2015.

「本当の同盟国」か「メディアと声明の中だけの同盟国」かはっきりせよ、だそうです。
“The Arabian Gulf is in a dangerous confrontation, its strategic security is on the edge, and the moment of truth distinguishes between the real ally and the ally of media and statements,” Minister of State for Foreign Affairs Dr Anwar Mohammed Gargash tweeted after a unanimous resolution passed by a special session of Pakistan’s parliament.

「高い代償を払うことになるぞ」だそうです。パキスタンで反発を招きそうですね。ただでさえ、膨大な出稼ぎ労働者がこき使われていい感情を抱いていないのですから。
Gargash said Pakistan is required to show a clear stand in favour of its strategic relations with the six-nation Arab Gulf cooperation Council, as contradictory and ambiguous views on this serious matter will have a heavy price to pay.

「トルコとパキスタンにとっては、イランの方が重要なんだな。俺たちの金は必要としているが」(趣旨)。
Tehran seems to be more important to Islamabad and Ankara than the Gulf countries, Gargash added. “Though our economic and investment assets are inevitable, political support is missing at critical moments,” Gargash said.

“The vague and contradictory stands of Pakistan and Turkey are an absolute proof that Arab security — from Libya to Yemen — is the responsibility of none but Arab countries, and the crisis is a real test for neighbouring countries.”

引用の最後の部分のように、「本当に大変な時には誰も助けてくれない、自分の身は自分で守るしかない」という、遅まきながらの自覚につながっているようで、この記事にくっついている関連記事では、サウジの最高ムフティーのアール・シャイフ師の「国民皆兵にすべきだ」という発言が伝えられています。イエメンの紛争が早期に集結すれば、一時的なごたごたとして忘れられるでしょうが、なんだかそうなる雰囲気ではありません。

税金すらほとんど払わず、むしろ政府が国民に石油収入からふんだんに配分するということで、権利の制限もやむなしとして出来上がっている湾岸産油国の秩序です。ここに国民皆兵などを導入すれば、秩序が根本から崩れます。何か非常に大きな変化の兆しを目の当たりにしているのかもしれません。

なお、パキスタンの『ドーン』紙が同じ発言を報じる際には、パキスタンのシャリーフ首相とトルコのエルドアン大統領が電話会談をしていることも報じられています。サウジ・GCCからイエメンへの軍事介入を迫られ、対イラン対決姿勢を迫られて困っている両国の協議、というところが面白いところです。

“UAE minister warns Pakistan of ‘heavy price for ambiguous stand’ on Yemen,” Dawn, 11 April 2015.

Turkey’s President Recep Tayyip Erdogan telephoned Prime Minister Nawaz Sharif to discuss the crisis situation in Middle East and agreed that both the countries would accelerate efforts to resolve the deteriorating situation through peaceful means, said a statement issued by PM House on Saturday.

During the conversation that lasted for about 45 minutes, both the leaders stressed that Houthis didn’t have any right to overthrow a legitimate government in Yemen and affirmed that any violation of the territorial integrity of Saudi Arabia would evoke a strong reaction from both the countries.

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さて、これらはほとんどすべて欧米の主要メディアだったり、アル=ジャジーラやアル=モニターのような中東と関係の深い英語メディアなのだが、中東の現地語のメディアはどうなの?と知りたい人もいるだろう。

まず、事実関係について、基本的な政治的争点や論点について、現地メディアと英語メディアであまり違いはありません。

ただしアラビア語メディアは党派性が強いので、客観性で英語メディアに劣ります。アラビア語メディアの多くには、サウジ資本の影響力が及んでいるのと、今回はカタールがサウジに追随しているので、両者で有力メディアの多くを支配しており、議論に多様性が乏しくなっています。

分かりやすくサウジ資本の衛星放送アラビーヤの英語版のホームページの一例を挙げておきますが、イランとヒズブッラーがイエメンのフーシー派を訓練してイエメンを壊そうとしているんだ、と断定しています。

“Iran and Hezbollah trained Houthis to ‘harm Yemenis’,” Al-Arabiya News, 7 April 2015.

このような真偽の定かではない記事が、一応「政府系」ではないはずの民間資本のアラビーヤの画面とホームページには溢れています。

現地語の新聞を各国読み比べると時々面白い情報が推測されるのは、もっと微妙な社会的な部分、サウジの軍に傭兵やコントラクターとして入っているエジプト人やパキスタン人(さらにはイエメン人)などの動向ですね。政府間の関係とは別に、経済の論理で動いている個人と社会の関係。そのような情報は深いところで将来を見通すために有効な情報になりえます。

イエメン情勢の「最悪の最悪の」シナリオは

サファー・アハマドのイエメンについてのドキュメンタリーについて昨日紹介したけれども、これを4月7日に放送した米公共放送局PBSは、イエメン情勢についての基礎情報や最新の分析を次々と放送したりウェブに上げている。

元FBI捜査員で、9・11事件以前にイエメンでのアル=カーイダの活動を追いかけていたアリー・ソウファーンのコメント。ソウファーン・グループは、アル=カーイダとその関連組織や、「イスラーム国」への義勇兵の渡航や帰還兵の問題についての、国際的なメディアの主要な情報源の一つです。

“Yemen is Becoming an Extremist’s Dream. Was it Predictable?,” Frontline, PBS, April 7, 2015.

ユーチューブではここ

コメンテーターとはどういうことをどういう風に言うべきか、ということを勉強させられます。

例えば、本来はイエメン内部の権力闘争なのだが、各勢力がサウジを筆頭に外部の地域大国を引き込む。そうするとその後は地域大国間の代理戦争になり、地域大国間で解決するしかなくなるという問題について。

Every entity in places like Yemen or in places like Syria or places like Iraq reports to a regional power. Unfortunately, [Yemen] became a proxy war. There were local wars, local conflicts. Regional powers used them and injected sectarianism in them a little bit and made it regional and sectarian conflicts.

そして宗派紛争化させられるともう止められなくなる、という話。統治や改革について語れなくなり、内戦の経済要因や部族要因や政治要因について語れなくなり、宗教と宗派問題の話ばかりになり、人々は内戦の真の原因を忘れてしまう。

The moment you inject sectarianism to it, you have a similar situation to what we have in Syria or similar situation to what we have in Iraq … So the moment that sectarianism becomes a problem, then you’re not talking about governments; you’re not talking about political reform; you’re not talking about economic factors or tribal factors or political factors that led to the problem at hand. You start talking about issues that have to do with religion and sectarianism, and people are really blinded to the real reasons that they started this war in the first place.

最悪の場合どうなるのですか?という質問が常にあるが、これに対しては、

One of the things about the Middle East, especially recently, there is always a worst case scenario and a worst worst case scenario. Unfortunately, today the [situation in] Yemen is in its worst case scenario, but I am not convinced that this is the worst …

だって。

中東については、特に最近は、最悪のシナリオと、最悪の最悪のシナリオが常にあるのだが、残念だが、現在のイエメンが最悪のシナリオだと(もっと悪いシナリオがない)とは言い切れない・・・という趣旨でしょうか。

「成り行きに注目」と言うにしても、センスの良い言い方というものはあるのですね。

イエメン情勢を現場から解読するドキュメンタリー

イエメンの情勢を現場から、かつ政治対立の構造を見事に可視化してくれるドキュメンタリーが、BBCのホームページで公開された。

The Rise of the Houthis

これはすごい。

2014年9月に首都サヌアを制圧してから3ヶ月の間の変化を記録しており、一つ一つの画面や登場人物から目を離せない。

取材・構成はサファー・アハマド(Safa Al-Ahmad)。BBCアラビックの記者で、急速に注目される女性である。サファーはその前に作った、サウジ東部州のシーア派の反政府運動を扱った Saudi’s Secret Uprising で高い評価を受けたところだった。

しかし、すでにイエメンのフーシー派の首都制圧、南部進出でドキュメンタリーを用意していたとは

サファーはフーシー派に密着しつつ、「アラビア半島のアル=カーイダ」制圧地にもカメラを入れる(ここは女性のサファーは受け入れてくれないようで、クルーだけが行っている)。

取材・撮影のための仲介者になってくれているのが、ムハンマド・アブドルマリク・ムタワッキルというのも、分かる人には分かる、すごい伝手。

ムタワッキルはサヌア大学の教授も務めた政治学者だが、預言者ムハンマドの血を引くサイイドの家系とされる名家の出身で、かつ政治家として知られる。野党を幅広く結集させたJoint Meeting Parties の主要人物で、欧米型市民社会活動の組織から、イスラーム主義のイスラーハ党まで顔が効く、イエメン政治のまとめ役の一人だった。

このムタワッキルが、取材の間に暗殺されてしまう。

この事件自体が、イエメンの政治共同体が崩壊していく過程の重要な局面だった。そんな人の家に住まわせてもらって取材しているわけで、それはBBCにはかなわない、と思うしかない。

フーシー派は最初は「革命」だといって汚職追及などをしていたが、あっという間にモスクをザイド派に変えたり、敵対するとみたものを「アメリカ、イスラエル、アル=カーイダ、イスラーム国」のいずれかあるいは全てであるとレッテルを貼って弾圧するようにある。にこやかに、信仰に満ち溢れた顔で、敵を「テロリストでCIA」と呼ばわるフーシー派の、カルト的な話の通じなさがよく伝わってくる。しかしやることはどんどん荒っぽくなってくるので、部族地帯では武装してアル=カーイダに接近する動きが進む。

どうしようもなく混乱したところでサウジアラビアの介入が入ったが、一層火に油を注ぐ結果にもなりかねない。

他方で、アル=カーイダがイエメン南部や東部で、外来のテロ集団というよりも、部族勢力に根深く浸透している様子が描かれる。

これについては2012年の詳細なドキュメンタリーが活字になっているので、熟読すると色々伝わってくる。

1990年代後半から、2001年の9・11事件を経て、南部や東部で「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」やその別働隊とみられるアンサール・シャリーアがなぜ浸透・台頭してしまったのか、アメリカの公共放送PBSが歴代の米の駐イエメン大使や、代表的な研究者に徹底的に聞いている。漠然とした「印象」ではなくて、実務家の当事者の証言であり、有能な分析者の分析であるので、非常に有益である。
Understanding Yemen’s Al Qaeda Threat, May 29, PBS, 2012.

1998年頃、イエメン政府は米国に、アル=カーイダが浸透しているから、車とか無線とか支援して、といってきたが断った、という米国の元駐イエメン大使。

当時安全保障上はあまり重視されていなかった国に送られた、いかにもリベラルな大使なのですね。この人の在任中に、米駆逐艦コールへのテロも起こる。これが9・11への先触れとなったが、気づけなかった。

9・11の時ちょうど大使は帰任していた。

ここで新しい大使として送り込まれたのが、うって変わって対テロ専門家、というのがいかにもアメリカですが・・・・

サーレハ大統領をどやしつけてアル=カーイダ掃討作戦をやらせた。

しかしアル=カーイダも組織の性質が変わって、結局根絶できなかった。この辺りは拙著『イスラーム国の衝撃』をどうぞ。

最新のイエメン情勢の解説は、下記の記事が最もいいと思う。

Laurent Bonnefoy, “Yemen’s ‘great game’ is not black and white,” al-Araby al-Jadeed, 27 March, 2015.