面白い記事が出ていた。
黒井文太郎「戦いたい!海外の戦場へ向かう日本人たちの系譜 元自衛官からイスラム国を目指した北大生まで」JBプレス、2014年10月17日
日本の戦後の裏面史でもあり、中東情勢の番外編とも言える。紛争の大勢に影響を与えることはついぞなかったが、思想・文化現象として興味深い。
私自身は、さらにマイナーな、戦場には出ないが「後方支援」した日本人たちのことが時折気になる。フィールドワーク(というかただぶらぶらしていただけ)の時代にすれ違った、日本の規格からは外れたたくましい、ちょっとずれた人たち。
この記事で取り上げられるのは名前が通った人たちだけだが、私の若い頃の観察では、レバノンなどの各民兵集団(政府軍にも)にたいてい一人ぐらい、「日本人空手教師」みたいのがいた。日本人というと「ジャッキー・チェン」だったり「カラテ・キッド」だったりといった強固なオリエンタリズム的固定観念が中東社会にはあります。そのイメージをなぞって演じていると、食っていくことぐらいはできて、ちょっと尊敬されたりもします。どの世界でも「先生」はそれなりに偉いからね。お金と権力はなくても、直接の生徒とその親には尊敬される。
ジャキー・チェンとカラテ・キッドの老師を足して二で割って、そこに黒沢明風の威厳を付け加えれば、アラブ社会のオリエンタリズム的日本人像にぴったり重なる。そんな風に演じているうちに、だんだん幻想と現実が混然と一体となっちゃって、時代劇のように話している日本人とか、いたな。そういう方々、もうかなりの年齢だと思うけど、どうしているかな。静かに帰国して日本社会のどこかにいらっしゃるかもしれない。
中東だけでなく、パリで中東系移民の子孫と思しき少年などからも大喜びで「アチョー」のポーズされました。皆さんもパリとかで歩いていて遠くの方からちょっとエキゾチックでかわいい男の子が目ざとく見つけてポーズ取ってきたら微笑んでやってください。「ここでもか・・・」と脱力とすると共に、フランスの移民コミュニティの存在が可視化されて便利。「アチョー」のあるところ、中東あり。
ただ、こういった日本人の印象も、時代の変化と共にだんだんなくなっていくんだろうねえ。アラブ人の子供がアチョーをやらなくなったらそれはそれで寂しいような気もする。
この記事でまとめてもらったのを読んで思ったこと。
戦後の平和主義になじめない、むしろ戦争する機会が欲しい日本人は左右両陣営に常にいて、オリエンタリズム的な幻想・憧れをもって中東に向かった。ある程度武器の扱いや戦闘に習熟している人はそれなりに活躍したが、あくまでも末端の戦闘員レベル。指揮官やイデオローグになった人はいない。日本赤軍の思想など誰もアラブ世界で知っている人はいないし聞く人もいない。せっかく来てくれたからととある勢力が匿っていただけで、他の勢力は無関心だったし、迎えてくれた勢力にとってもお荷物になっていたのでやがて何らかの取引(たいしたものは代償にならなかったと思う)で日本の官憲に順次引渡し。
記事4頁は何だか身につまされないでもない。
「2000年代以降の外国人兵士の需要は、イラクやアフガンのような民間軍事会社が主流になった。そこでは実績のある各国の軍特殊部隊OBなどが優先される。実績に加え、戦闘技術や語学など要求されるスキルも高い。こうした世界には、なかなか日本人では入っていくことが難しい。」
最近は企業が進出し、本職OBが参入し、グローバル化で語学や情報・先端兵器の扱いも知らないといけないので、戦闘を夢見る日本人ではなかなか入り込めない、とのことですね。
国際戦闘員の世界にも英語化・市場原理主義が貫徹し、日本のその方面の人たちにとっては、グローバル人材の育成が急務となっているようであります。いずこも同じ秋の夕暮。