ウクライナ上空回避を実体験~国際航路の安全保障が紛争と紛争解決の焦点に

仕事でトルコのイスタンブールに来ています。

来る時はずっと本を読んでいて重要な本を2冊も読めたので大変有益かつ疲労したのですが、唯一利用した機内エンターテインメントが飛行ルート地図。

東京からイスタンブールまで、大雑把にこういう航路なのですが、拡大図などが適宜表示されて、実際に飛んできた経路が表示され、その時点での最短ルートが示されるので、細かく見ていると方向転換によるルート変更が分かる。

ウクライナ上空回避1

注目したのは、「あの空域」をどう回避するのかということ。

「あの空域」というのは、今回はウクライナ上空。日本からトルコのイスタンブールに行くのなら、ロシアの上空を経てウクライナ東部をかすめるのが多分最短ルート。

しかしウクライナ東部の紛争が勃発して以来この空域の危険度は増し、そしてマレーシア航空MH17便の墜落以来、回避すべきルートとして認定されている。

MH17便の墜落現場は、ウクライナ東部ドネツク付近。

ウクライナ・マレーシア航空機墜落現場(朝日新聞)
出典:朝日新聞

より詳細な地図を探すと、こんなものがありました。

ウクライナ東部MH17墜落地点地図NYT
出典:ニューヨーク・タイムズ
ウクライナ東部の親ロシア・反政府組織の活動範囲の只中に墜落しています。

MH17の墜落以前から、クリミア半島と、ウクライナ東部には段階的に飛行禁止・制限が米欧の政府・機関から勧告されていました。

しかしドネツク付近については、高高度なら飛行も可とされていたようです。

ウクライナ東部航路地図NYT1
出典:上に同じ

航空会社によってはウクライナ東部全体を避ける動きもあったようです。

ウクライナ東部航路地図NYT2
出典:上に同じ

しかしマレーシア航空機は最短距離を通ってドネツク上空に差し掛かったようです。

MH17の飛行ルートNYT

本当に痛ましいことです。乗客乗員のご冥福をお祈りします。

その後、各航空会社はウクライナ上空の飛行から一斉に迂回を迫られた。

ウクライナ上空回避行動
出典:ロケットニュース24「マレーシア航空墜落事故の影響でウクライナ東部上空を迂回して飛ぶ飛行機 / アプリでリアルタイムに確認」2014年7月18日

国際航空航路への政治的な理由による制約は、ウクライナ東部に限定された特殊事情ではなく、それ以外の地域にも、理由は様々なれど、飛行回避が各機関から勧告・指令されている空域がある。

このブログでも、政治的な理由から「飛べない空域」が広がっている点を記しました(「【地図と解説】FAAの飛行禁止・警告エリアで見るグローバルなジハード組織の広がり」2014/07/25)

大きく分ければ、

(1)国家間の紛争・対立に端を発する飛行制限・規制

これなら冷戦時代にもあった従来型と言えるのですが、近年これに加えて、

(2)非国家主体の重武装化・対空兵器獲得による、飛行危険空域の拡大

というものがあります。

(1)については、昨年の中国による「いわゆるADIZ」の一方的な設定と通告=領空外の広範なエリアに領空並みの管轄権を主張、という事件がありました。

現在は、ウクライナ問題を巡る欧米とロシアの対立の中で、ロシアが対欧米向け経済制裁として、欧米の航空会社のシベリア上空通過の制限をちらつかせています。今のところ発動されていませんが。

なお、これがもし万が一発動された場合も、ロシアの対西側離間策として、日本とトルコについては対象外になるかもしれない、というのが興味深い点です。トルコは「ヨーロッパ」に入るのかな。トルコはNATOではあるが、中東や東欧、中央アジアに関しては独自の政策を常にとるので、ロシアはパイプライン・ルートや天然ガス供給でトルコに新たに情報をちらつかせたりしている。

(2)については、各地の武装集団、特にグローバル・ジハード系の諸組織に各種の性能の対空ミサイルが渡るのでは、という警戒感が、2011年の「アラブの春」に伴う各地の内戦の過程で、域内・域外大国の関与・介入の政策決定において重視されてきた。

最近は、イラク・シリアで伸長するISIS(イスラーム国)が携帯式地対空ミサイルを入手したのではないか、という観測がくすぶっている。今のところ、民間機・戦闘機のいずれについても大規模・組織的に攻撃するまでには至っていないので、あくまでも観測だが。

Thomas Gibbons-Neff, “Islamic State might have taken advanced MANPADS from Syrian airfield,” The Washington Post, August 25, 2014.

James Kitfield, “Missiles are now so easy to get that it’s a miracle more planes haven’t been shot down,” The Washington Post, July 19, 2014.

Thomas Gibbons-Neff, “ISIS propaganda videos show their weapons, skills in Iraq,” The Washington Post, June 18, 2014.

この問題は、欧米によるイラク・シリア軍事介入を要請あるいは正当化する根拠として、あるいはシリアのアサド政権や、イラクのクルド人勢力などの存在意義を主張・正当化する根拠として、思惑含みで流されたりするので注意が必要だ。

しかしISIS自身が、自らがこのような脅威をもたらす能力を持った主体であると宣伝している。その宣伝により実態以上に政治的な影響力を強めている感もある。

実際に飛行機が落ちたのはウクライナであって中東ではないので、中東で、あるいはグローバル・ジハード勢力がらみで明確に顕在化したとはまだ言えないが、潜在的に深刻な脅威となったことは確かだ。

むしろより根本的に警戒すべきは、米国がイラク・シリアへの空爆による介入を続けることによって、それに対する報復として、欧米の民間航空機一般への攻撃を、ISISあるいはそれに支持・共鳴する勢力が、各地で行う可能性だろう。グローバルな非国家主体のネットワークに対する戦線の拡散と、手段のエスカレーション、それによるグローバルな経済活動への制約要因・リスク増大をもたらしかねない局面だ。

さて、ウクライナ東部が完全に危険エリアと認知されて以来、自分で実際にそういった空域の付近を飛ぶ飛行機に乗るのは初めて。なのでカメラを用意して(と言ってもiPad miniですが)、待ち構えておりました。

シベリアを越えて、ロシアの中央部を飛ぶうちに、あれあれこのままだとウクライナ東部にまっしぐらだよう。

ウクライナ上空回避2

予定航路はまさにドネツク上空にぴったり射程。

と、焦らせておいて、機種は徐々に方向を変え始め・・・

ぐいっ

ウクライナ上空回避4

ロシア領のロストフ方面に方向転換してルート変更。ドネツクとウクライナ東部が飛行ルートから外れていきます。

ウクライナ上空回避5

しかしまだクリミア半島が飛行航路に引っかかっているな。これも回避しなければ。もうちょっとだ。

ウクライナ上空回避6

大きく旋回してロストフを通過したあたりで、あれあれこのまま曲がっていくとロシア版図のチェチェン共和国のグローズヌイなど、ある意味もっと怖そうなエリアに近づいてしまう・・・というあたりで再度方向転換。

ウクライナ上空回避7

ソチには参りません。

ウクライナ上空回避8

結局このようにぐるっとウクライナを回避してイスタンブールに到着したのでした。

イスタンブル空港到着

無事でよかった。