夜中に短時間でイラン核開発問題をめぐるウィーンでの交渉についてまとめておきました。
池内恵「期限切れ目前のイラン核開発交渉─ロスタイムに劇的に決まるか、延長戦か」『フォーサイト』2014年7月15日
P5+1(国連安保理事国とドイツ)がイランと行っている核開発問題についての交渉で、7月20日が交渉終結期限とされている。7月2日から13日にかけての多国間での交渉が終わり、焦点は米・イラン二国間交渉に移っている。14日には数度にわたりケリー国務長官とイランのザリーフ外相が会談しているがまだ懸案となる課題について突破口が見えていない。
時間がないのでこの論稿にはあまり留保がつけられず、すごい大きな展開が今にもありそうに感じられる要素ばかりが書き込まれているようにも感じられるかもしれません。交渉の実態は、基本的には「膠着」「決定力に欠ける」なんだと思います。ただ、潜在的にはここで書いたような重大な政治決断がかかっている問題なので、もし交渉が妥結するとすれば、そのような大きな変化を伴うものになるはずです。
ワールドカップ決勝直後ということで、サッカーの比喩が出てしまいましたが適切だったのかは分かりません。
実際には、重大で波及が大きいからこそ(特に米側で)決断できず、ずるずると後退して「引き分け」になって「ああ本当に何も決断できないんだね」という失望感に満たされる結末に終わる可能性は高いのですが。日本人はワールドカップで幾度もこの「決定力不足」の感覚を味わっていますが、米国民や米国主導の国際秩序の中に生きてきた世界の市民の印象はどうなのか。すでに心構えはできているのか。
ケリー国務長官はこれだけにかかりっきりにはなっていられないから、行ったり来たりして飛び回る。今日カイロに行ってガザ問題でエジプトと協議してからまたとんぼ返りでウィーンに戻ってくる可能性すらあるらしい。
ウィーンでの交渉にはウィリアム・バーンズ国務副長官が現地入りして付きっ切りでやっているようだ。バーンズ副長官はイランとの交渉で秘密の部分も含めて鍵となる役割を担ってきた。中東とロシアの両方に強い大変に評判のいい職業外交官で、近く退官すると言われているので最後の仕事となる。政治任命が多いアメリカの国務省高官の中で、職業外交官として副長官まで登りつめた人は珍しいんじゃないかと思うがどうでしょう専門家に聞いてみよう。大変感じのいい中東でも評判のいい人です。
元来がこの交渉の担当はウェンディー・シャーマン国務次官(政治担当)なので、もともと国務省の最高レベルの人員を張り付けてあるのだが、そこにさらに副長官も常駐して、そして国務長官もしょっちゅう出入りして度重なる会談で粘る、とういうのだから、これで結果が出なかった、もうずっと出ないんじゃないの?という感じだ。
7月2日から協議をやっていて、20日までずるずるとやっていそうだから、今月はずっとウィーンに米国務省の中枢部そのものが移っているような状態なのではないか。
会議場はパレ・コーブルクという宮殿を改装した超高級ホテル。それは快適でしょう。ヨーロッパ古典外交の華やかな世界だ。職業外交官たちはできればここにずっと居たいんじゃないかな。
サッカーの比喩よりも「会議は踊る」系の比喩を探した方がいいかもしれない。
14日は朝から複数回にわたってケリー・ザリーフ会談が繰り広げられたのだが、その内容はほとんど漏れてこない。
ケリー国務長官は記者会見はしないというのだが、しかしもしかして何らかのステートメントが出るかと待ち構えていたところ、国務省から出てきたのがこれ↓
「内輪ウケ」が多くてよく分からないが、つまりケリーがウィーンの米大使館・代表部のスタッフに家族まで招いてねぎらいの会を開いたんでしょうな。なんだかハイに盛り上がっているというのは伝わってくる。
大使館・代表部がウィーンには三つあって大使(上席)が三人いるということが分かります。IAEA(およびウィーン国連代表部)担当大使と、OSCE担当大使と、ウィーン米大使館の大使。
在ウィーン大使館の大使はビジネスウーマンでフィランソロピストでマラソンも自転車も水泳も得意なマッチョな女性だということが分かる。いかにもオバマ支持層・支援者層ですね。ワシントンDC生まれ、スタンフォード卒、テキサスでIT企業のエグゼクティブとして成功、その後社会慈善活動へ、はー。
確かに、長期間の重要な会議で、長官はじめ国務省幹部が多数、次から次へとやってくるのだから、普段はけっこうのんびりしているはずのウィーンの大使館・代表部は国務省本省の業務をかなり肩代わりするぐらいの大騒ぎになっているはずで、現地スタッフを含めた大使館員や、大使館員の家族を含めて大変な献身で支えているのだろうから、それをねぎらう内輪の会を開いて、そこに国務長官自身が出てきてあいさつするというのは粋な計らいと言える。
しかしねー、世界中の誰もが何らかの進展があったかどうかを聞きたい14日のタイミングで、ケリーが交渉を抜け出して大使館員とその家族向けの会をひらいて、丁寧にもその際の発言を国務省のプレスリリースで出してくるってどういう神経なのかと思ってしまう。
それとも、重要なことは双方とも本国の最高権力者に判断を投げているか、あるいは事務方トップ(国務副長官や国務次官)でぎりぎりの交渉をしているのだから、国務長官は邪魔しないように外に出ていて、冗談の一つ二つでも言ってスタッフをねぎらっていればいい、ということなのかもしれない。それこそが部下を引きつける統率術、なのかも?
あるいはまた、アメリカ側の「余裕」をイラン側に示すための計略?「大石内蔵助の昼行灯作戦」を米国務省がやっているのか?ないない。
もしかしてきちんと発言を読むと何らかの重要な政治的決断を意味する文言が埋め込まれているの?時間がないのでそこまで読み込めない。
表面的にさっと読んだ限りでは、ケリーが本当にヨーロッパが大好きなんだなということはよく分かる。周知の事実ではあるが。今回はドイツ語で現地職員に話しかけたりしている。得意なのはフランス語だけじゃないんですね。対西欧のパブリック・ディプロマシーとしては最高の舞台で最高の演出でしょう。
問題はここは対西欧外交じゃなくて対中東外交の場だということ。そもそもケリーのヨーロッパかぶれがオバマ政権の中東外交を阻害している気もするんだが、これはもう誰にも止められない。この会で自らが振り返っている育ち方を見ても、東部インテリ金持ちの中でも、特に「そういう」環境で暮らしてきてしまっているんだから。
『フォーサイト』の記事にも書いたが、交渉の焦点は直接的には「イランにどれだけウラン濃縮を許すか」になってしまっているようだが、その意味するところは結局、米がイランの地域大国としての地位を認め、ある種のパートナーとして認めるか、逆にイランがそのようなアメリカの意図を信じられるか、という点での政治決断が双方の最高指導者レベルでなされるか、ということなので、ウィーンでの会議は「踊って」いればいいのかもしれない。本当に重要なのは本国の大統領・最高指導者の頭の中での決断、ということなのであれば、現場では頑張ってゴリゴリ交渉しつつ、緊張しながらも適度に発散して盛り上がっていればいい、という雰囲気があからさまになったのがこのプレスリリースなのかもしれない(憶測です)。
しかしボールが双方の最高指導者のコートにある、彼らの最終判断に委ねられている、ということになると、イランの方も心配だが、オバマさんも、あの、“I love you”と言われて”Thank you”って言っていた人だからな・・・と不安がよぎる。
米外交政策をあまりオバマ(およびいかなる大統領についても)の個人の資質に還元してはいけないと思っているのだが、決定的な判断の時に大統領個人のスタイルが出るという可能性はある。
サッカーよりも、古典外交よりも、『ヴァニティ・フェア』のロマンス・ゴシップ記事の方が米外交により的確な比喩を与えてくれるのかもしれない。
“I love you” と”Thank you”の話は2012年に英語圏ではひそひそと話題になったと思うのだが日本ではどうだったんだろう?あの話題はゴシップ・ネタとはいえ、暴露というよりはある種誰もが薄々と感じるオバマに対する「完璧なんだけど、カッコいんだけど、なんだかちょっと違う」ビミョーな感じをあまりにも的確に描いてしまっている予言的なエピソードとして米外交に関心のある人の頭には刻印されているはずだ。この素材を掘り起こしてきた伝記作家も「肝心な政治の決断の時になって彼のこういう面が出たら・・・」と読者が思うように仕組んで文章を書いていたのだと思う。たぶん。
ここで解説してもいいんだが、これ以上書いていると確実に編集者複数からレッドカードを出されるのでやめておきます。