【地図と解説】イラク情勢:シリア・ヨルダンとの国境地帯の制圧が続く~6月24日

7泊8日の缶詰生活から帰ってきました。ええ、日本でも外国でもない中間ぐらいの、船に乗って海の上にいました。

本を書くのに集中したかったのですが、24時間国際衛星放送がつながっている環境では、ついイラクの紛争の状況を見てしまいました。

日本ではどんな報道がされていたのでしょう。チェックしておりませんが、ある程度情報は行き渡っているのではないかと思います。アメリカがすぐには攻撃しそうもない、と分かったら報道も鎮静化したでしょうか。いずれにせよ長期的に見ていかなければならない問題です。

【地図と解説】の第5弾、今回は過去1週間の戦況をアップデートしておきましょう。

エコノミスト6月21日号では全体状況がよく分かる地図を作っていてくれています。

ISIS_Iraq_Syria_Economist_June21_2014.jpg
出典:エコノミスト

6月14日に紹介した地図と比べると、例えば北部でモースルから西のテッル・アファルでISISが優勢になっている点などが違います。また、領域をべたっと塗ってしまうのではなく、都市と道路を中心の「点と線」を中心に描いている点も、この間の情勢把握の進展を示しています。そもそも砂漠が多いので面で支配しているはずがないのと、それほど規模が大きくないISISが、実際に戦闘を行っている地点以外でも実効支配をしていると断定する根拠がないところが理由でしょう。ISISのインターネットを通じた映像を駆使した巧みな情報戦略が、ISISの勢力を課題に見せている可能性があります。

しかしそうこうしているうちにもISISの掌握する「点」は増えていっています。20-22日にかけてイラク西部のシリアやヨルダンとの国境のチェックポイントが制圧される動きが報じられています。【記事1】【記事2

6月22日付のニューヨーク・タイムズでは下記のような地図を示していました(ニューヨーク・タイムズはイラクの戦況の地図をどんどん上書きしてしまっているので、キャプチャーしていたものをここでは転載しておきます)。

ISIS_Iraqi Gov losing control of border crossings_NYT_June22_2014
出典:ニューヨーク・タイムズ

上記の6月21日号のエコノミストの地図からの変化は、ユーフラテス川沿いのシリアとの国境検問所のあるアル・カーイムでの戦闘が激化したこと、さらにシリア・イラク・ヨルダンの国境三角地帯の検問所アル・ワリードでも戦闘が起こっていることを示しています。また、ユーフラテス川沿いの主要都市ラマーディーやファッルージャがすでにISISの支配下にありますが、そこからシリアとの間の小土地、ラーワやアーナでも戦闘が起きていることを示しています。また、北部でクルド勢力もシリアとの国境地帯を制圧する動きに出ていることがラービアの検問所について示されています。

これが23日付ではこうなっています。

ISIS_Iraq_NYT_June23_2014.jpg
出典:ニューヨーク・タイムズ
Diplomatic Note Promises Immunity From Iraqi Law for U.S. Advisory Troops, The New York Times, June 24, 2014.

アル・カーイムとアル・ワリードの検問所や、ラーワやアーナでISISが支配的になるだけでなく、ヨルダンとの国境のトレイビールも支配下に収め、ヨルダンからバグダードに至る砂漠地帯の中間のオアシス村のルトバも制圧したとしています。

個人的には、サダム・フセイン政権下の経済制裁中のイラクに、ヨルダンから深夜に車で渡ったとき、途中で見たルトバの寒村の風景を思い出します。

同工異曲ですがガーディアンの地図も貼っておきましょう。細かすぎないので全体像が分かります。

ISIS_Iraq_June22_Guardian.jpg
出典:ガーディアン

今回は特にシリア・そしてヨルダン国境地帯の制圧状況についての拡大図を見てみましょう。これはワシントン・ポストのもの。

ISIS_Jordan_Border_WP_June22_2014.jpg
出典:ワシントン・ポスト

ニューヨーク・タイムズは東西南北の方向をずらして、イラクとシリア・ヨルダン(そしてサウジ)との国境地帯の拡大図を提供し、主要チェックポイントを示しています。イラク側だけでなく、シリア側、ヨルダン側の国境検問所の名前も書いてくれています。アル・カーイムにシリア側から対面するアブー・カマールでは、ISISと対立するヌスラ戦線が支配的という話もあります。これは今後どうなるか分かりません。

国境の両側を押さえると、自由に行き来できるようになり、拠点・聖域の確保が進みます。

今後もこれらの地点は状況が変わるたびに支配勢力が移り変わるでしょう。キャプションごとキャプチャしておきましょう。

ISIS_Iraq_Border_Jordan_Syria_NYT_June23.jpg
出典:ニューヨーク・タイムズ

スンナ派が多数派のアンバール県でこのように速い速度でISISが伸張するのはある程度予想できることです。ISISそのものが大規模に部隊を展開させているというよりは、現地の部族勢力や旧バアス党支配層の武装勢力が呼応している可能性があります。

アンバール県の全域を、隅々の国境検問所まで掌握し、ヨルダンそして、サウジアラビアとの国境まで支配下に置けば、イラク・シリア・ヨルダン・サウジアラビアのスンナ派が多数派の地域に長期的に強固に足場を築くことになりかねません。それらの支配地域に統一した国を作るというのはかなり先の話ですが、当面は、国境を越えて拠点を構築することで、それぞれの国の中央政府から自由な補給や根拠地を得ることになり、紛争が長期化しかねないところが危惧されます。砂漠が多く中央政府の支配が弛緩しやすい地帯一円に、ISISとそれに呼応する勢力が広がり、長期的に各国の政府を揺るがしかねません。イラクのスンナ派勢力の中央政府に対する不満に理解を示しているサウジアラビアの政権にとっても、中・長期的には脅威となるでしょう。