ウクライナ問題(5)イラン核開発交渉への影響は?

 ウクライナ危機に注目が集まった先月20日頃以降から、中東への関心が低下した気がする。国際的な外交の主要課題が中東から域外に移ったことが、中東の諸問題にどう影響するのだろうか。あるいはウクライナをめぐる米露対立は中東の諸問題にどう影響を与えるのだろうか。

 3月16日にはクリミアでロシア編入を求める住民投票が強行された。国連安保理では米欧がこれを認めないとする決議案を出して当然ロシアの拒否権で否決。週明けから、米欧主導の対ロシア経済制裁の発動や、現地での不可測の事態の発生など、緊迫化・流動化の危険が高まります。ここで中東にどう波及するか。

 折しも、イラン核開発問題に関するウィーンでの多国間交渉が3月18日から始まる。昨年11月にイランと、アメリカなど6ヵ国(国連安全保障理事会常任理事国とドイツ、いわゆる「P5+1」)との間で調印された暫定合意が、今年1月20日から実施に移されているのだが、暫定合意での信頼醸成期間は6カ月。7月後半までの間により恒久的な合意がなされなければ、雪解けモードが対立モードに逆戻りしかねない。ウィーンでの交渉は第1ラウンドが2月18-20日に行われていたので今回は第2ラウンド。前回はとりあえず交渉の全体像について話し合っていたが、今回はより具体的な問題に触れはじめるので難航が予想される。
 
 気になるのは、ここにウクライナ危機がどう影響するかということ。

 イラン核開発交渉を可能にしているのはロシアを含む安保理常任理事国の協調なのだから、ウクライナをめぐる対立が、イランをめぐる交渉に持ち越されれば、合意は難しくなる。

 交渉の内容はまた書くとして、ウクライナ危機がイランの内政や外交一般、そして核開発交渉にどう影響を与えるのかを考えてみよう。

 ウクライナ情勢そのものはイランと国境を接していないし、それほどイランと関係がないだろう。しかしウクライナ情勢をめぐる米露関係の緊張は、イランの外交姿勢に影響を与えるか、イラン核開発をめぐる国際交渉に影響を与える可能性がある。

 一つの予測は、ロシアは米欧との対決を深めれば深めるほど、「自陣営」を引き締めようとするだろう、というもの。まあ確かにこれはありうる。少なくともよそのところで敵を増やそうとはしないだろう。

 ただ、イランが「ロシア陣営」なのかというとそうとは言い切れない。もともとイランはロシアが拡張主義に走り勢力圏を広げれば侵略される立場で、ウクライナへのロシアの介入に賛成する立場ではない。

 しかし米欧との関係が悪化すれば、イランはロシアへ傾斜するということも歴史的によくあることだった。ただし完全に抱き込まれたことはないし、今のロシアはイランとの関係でそこまで優位に立ってはいないと思う。

 イランの中でも米露のどちらにつくべきかという議論があるという。

Kayhan Barzegar, “Iran weighs ‘active neutrality’in Ukraine,” Al Monitor, March 14, 2014.
 

 一方では、イランとロシアは共に米欧による封じ込めを受けており共通の国益がある。だからロシアと結束を固めるべきだ、という議論があるという。「イランは東側だ」という議論。
 
 他方の議論では、雪解けに向かいかけている欧米に誤ったメッセージを送ってはならないとする。「イランは西を向け」という議論。

 このコメンタリーの著者は、「西か東か」を論じてしまうのはイランの知的伝統の癖みたいなもので(「神話」と言っている)、実際にイランが国家として採るべき政策、踏まえるべき現実は別にあるという。重要なのは勃興する地域大国としてのイランの国益であって、その関心はもっぱらペルシア湾岸、レバント(シリア・レバノン)、アフガニスタン、南アジア、中央アジア、カスピ海沿岸地域、コーカサス地域にあるという。ウクライナ問題での米露対立は、そこにどう影響を与えるかによって対処を判断すればいい、という。

The reality is that Iran is an independent country and a rising regional power which gives most importance and attention to establishing close and strengthening relations with its “near-abroad” areas in the Persian Gulf, the Levant and Iraq, Afghanistan and South and Central Asia and the Caspian and the Caucasus. In this respect, the degree of propensity towards the Eastern or the Western blocs depends on the degree of the role and influence of these two blocs shedding weight in these regions, whether for containing the threats perceived to Iran’s security or increasing its role in preserving the country’s national interests.

 そうなると、イランとしては、イランの主たる関心事である「近い外国」(本心は「勢力圏」なのだろうけど)にまで、米露対立が激化するようなことがないようにしたいという。

 そこから、イランのウクライナ危機への対応は「能動的な中立(active neutrality)」を保つべきだ、と著者は言います。具体的には、(1)西と東のどちらのブロック化の流れにも属さない、(2)建設的な役割をはたして中東地域への対外的影響(=米国)を廃する、(3)イラン国家の地政学的国益やイデオロギー的価値を守るプラグマティックな立場を維持する。

「イデオロギー的価値を維持するのがプラグマティズム」というのが一般的にはちょっと分かり難いですが、イランの事をある程度知っていると自然に頷いてしまうのでは。

 イランの声高でかつ周到なイデオロギー的主張は、実態としてはすごく「方便」に見える時があります。イデオロギーも国益のうち。。。過激思想で敵や味方の両方を追い詰めつつ、自分ではそれを信じ込むほどナイーブな人たちではありません。

 だからイランとの交渉は大変なんですけど。

 著者のケイハーン・バルゼガール氏はテヘランの中東戦略研究所の人で、米国ハーバード大学での滞在経験もある人ですが、どの程度イランの体制の意向を体現しているかどうかは分かりません。

ロウハーニー政権には近そうです。

最高指導者ハメネイの心の内は誰にも分かりません。当面はロウハーニー政権の親欧米路線にお墨付きを与えているのではないかな。あくまでも「経済制裁解除」という大きな魚を取ってくる猫、という意味で。取って来れるかどうかが判明するあと半年の間、ロウハーニー大統領とそのブレーンたちには頑張ってほしいものです。

それがウクライナ情勢とそれによる米露の激変で雲散霧消してしまう可能性も当然ありますが、イランの中東地域内での地政学的地位の向上という方向性は揺るがないのでは。

経済は苦しいが地政学的には急上昇中、という意味では、イランはロシアとまるっきり軌を一にしています。そのあたりで、特に密接にロシアと協調していなくても、米欧側からは「あちら側」に見えてしまうこともあるでしょう。