「右派から距離をおく日本政府」の必死の情報戦

印象に残った記事。

“Japan distances itself from right-wing statements” Washingotn Post(AP), February 24.
「日本は右派の発言から距離を置く」

ワシントンポストがAP通信配信の記事を掲載したもの。画面には岸田外務大臣が両手で口と鼻を覆った、「苦悩」するかのような表情が大写しになる。

“Japan’s foreign minister is trying to distance his government from recent right-wing comments on World War II, calling them “regrettable” and saying they don’t represent the government’s views.”

外務省がホームページに「仮訳」を出している。上に引用した部分は「日本の外務大臣は,第二次世界大戦に関する最近の右派的な発言は「遺憾である」とし,日本政府の見解と違うと述べて,これらの発言から距離を置こうと試みた」

昨年末の安倍首相の靖国訪問の波紋が表面的に収まったかのように見えていたが、1月25日のNHK籾井会長の発言で、英米の有力メディアの日本に関する議論は一気に厳しくなった。

外務省のこの情報発信は、かなり思い切ったものだ。NHK籾井会長は安倍首相本人あるいはその近い側近の強い意向を受けて就任したと広く信じられており、だからこそ発言への本気の反省の意志は伺われず、辞任する気もないようだ。それどころか、辞表を書かせた理事たちを解任して「お友達」を連れてきかねないとすら想像してしまうような現実感のなさだ。

外相がそれを「右派の発言」として「政府は距離をおく」と明言するのは、籾井会長側からは「安倍総理自身の本心から距離をおく」ものだとねじ込まれかねないものだ。事なかれ主義なら避けるところだろう。

しかし尖閣諸島をめぐるかなり緊迫した状況と、中国が世界中でかなり優勢に対日宣伝戦を展開している現状からは、危機管理上必要なダメージ・コントロールである。ぎりぎりのところでよく頑張ったと思う。

記事はかなりに好意的に書いてくれている。

しかしもちろん一方的に日本の主張を流してはくれない。翌日には同じ欄で同じくAP配信の記事

“China labels Japan a ‘trouble maker’”Washington Post(AP), February 25, 2014.

が掲載されている。

China on Tuesday labeled Japan a “trouble maker” that is damaging regional peace and stability, firing back at earlier criticism from Tokyo over a spike in tensions in northeast Asia.

内容は、中国外務省報道官の反論で、
Foreign Ministry spokeswoman Hua Chunying was responding to comments by Foreign Minister Fumio Kishida that China’s military expansion in the region is a concern, although Kishida stopped short of calling China a threat.

Hua told a regularly scheduled news conference that China’s military posture is purely defensive and Japan is stirring up trouble with its own moves to expand its armed forces and alter its pacifist constitution. She accused Japanese officials of making inflammatory statements aimed at denying or glorifying the country’s militarist past, and said Japan should explain its strategic intentions.

“I think everybody will agree with me that Japan has already become a de facto trouble-maker harming regional peace and stability,” Hua said.

といった中国側の主張が続く。中国側は「日本とナチス・ドイツに対する第二次世界大戦を共に戦った中・米両国の絆」を強調する作戦を近年に強めている。

日中(それに韓も)のグローバルな情報戦で、日本は苦しい立場に立たされている。多くの場合は、日本の政治家、あるいはその取り巻きの、国際世論が作られる構造に関する極端な無知に基づく、不用意な発言によって揚げ足を取られて攻め込まれ傷口を広げている。

「立場」が文字通り「モノを言う」、一方向的なコミュニケーションを一生続けてきて何の不自由も感じてこなかった、日本社会の「成功者」たちは、国際世論を味方につけるための、不利な場での情報発信には、極めて不向きであるようだ。要するに「内弁慶」なのである。

国際世論は大部分は欧米で作られる。この現実はいかんともしがたい。世界はもとより不公平にできている。「そんなの不公平だ」と日本の偉い人たちがへそを曲げてしまえば、いっそう不利になり、不利益は日本国民が蒙る。

国内の議論で権力・上下関係を笠に着て、反対者を怒号で黙らせてきた人たちは、国際的な場で日本の側に支持を集めることがいかに困難かを、思い知る経験がなかったようだ。かつて日本の経済規模が中国を圧倒していた時期に現役世代だったせいもあるだろう。「ゲタ」を履かされていたのである。

今は逆に、中国の成長にあやかりたいという色眼鏡で欧米は見るから、すっかり経済規模を小さくし、成長の幅が小さく「儲からない」日本への点数は過剰に辛くなる。年初から「アベノミクス」の先行きへの不安が浮上した現状では、いっそうそれが加速される。

本来なら欧米という第三者の心象を奪い合う宣伝戦では、日本は圧倒的に有利なはずだった。「戦後」の民主化や人権尊重の実績という政治的な「ファンダメンタルズ」で、中国に引けを取るはずはない。本来は国際宣伝戦で狡猾にここを強調すべきなのであるが、できていない。「戦後レジームからの脱却」を信念とする安倍首相が長期政権を予想されている状況で、阿り、追従して、本来なら自由に活発に発言し警鐘を鳴らすべき学者・知識人すらもが口を閉ざしているのではないかと疑われる事例も散見される。

欧米の有力メディアからは、最近急速に日中は「どっちもどっち」と見られるようになっている。欧米の主要メディアの論調を見ると、日本が欧米と「価値観を共有する自由民主主義国」であることがしばしば忘れられた記述が目立つようになった。

そして実際に、民主主義や人権規範を共有していないのではないかと疑われる人たちがメディアなどの有力なポストに就き、不用意な発言を繰り返すので、こういった海外の論調が日本の現実をまったく反映していないと論じることは難しい。

ましてや自由な立場にいるはずの学者や知識人もが栄達を願って口を閉ざし、そのような人たちが政府でもメディアでも重用されるというのであれば、やはり日本は欧米先進国とは価値を共有していないのである。

安倍首相本人は、第二次政権では「戦後レジームからの脱却」という持論をあからさまに述べることは避けてきたようだ。このことは戦略判断として正しい。威圧を強める中国に対する対抗策はまず、戦後、翻っては近代の国際法秩序を守ってきた日本、それを侵食しようとする中国、という構図を事実に基づいて明確にし、法的・倫理的優越性を確保するところから始まるからだ。

もちろん、オバマ政権の同盟国に対する態度に問題が多いことは確かであり、客観的にみて反米ナショナリストが勢力を伸張させる条件は整っている。しかしあえて日本側から日米同盟の船を揺らすのは愚策だ。まさに中国側の日米離間策に嵌る。

問題は、政権発足後1年で、右派の取り巻きの抑えが利かなくなってきた様子が見られることだ。靖国参拝は、こういった取り巻きに「ゴーサイン」を出した形になったのではないか。

続発する不用意な発言や、それを黙認するかのような政権の対応は、即座に「日本人はやはり民主主義も人権も受け入れていない。そもそも経済発展しただけできちんと近代化していない。戦後秩序も本心では受け入れていない」という欧米メディアの主要論客に拭いがたく染みついた偏見と優越感に基づいた不信感を裏打ちする証拠として記録・記憶されていく。

これらの発言は英語でデータベースに記録され、中国側はいつでもこれを検索して引用して宣伝戦に用いることができるし、第三者もまたこれらの発言を手掛かりに日中関係や日米関係を論じていくだろう。

歯を食いしばって西洋文明を取り入れ近代化に尽くした明治人、そして廃墟の中から屈辱に耐えて経済復興を果たした昭和戦後の先人たちの努力を無にしてはならない。