寄稿しました。
池内恵「米国のシリア攻撃、展望は――米政策の不可測性に長短、強い指導力発揮は望めず(経済教室)」『日本経済新聞』2017年4月18日
過去の日経新聞への寄稿については、このエントリでまとめてあります。
池内恵(いけうち さとし)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について、日々少しずつ解説します。有用な情報源や、助けになる解説を見つけたらリンクを張って案内したり、これまでに書いてきた論文や著書の「さわり」の部分なども紹介したりしていきます。予想外に評判となってしまったFC2ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝(http://chutoislam.blog.fc2.com/)」からすべての項目を移行しました。過去の項目もここから全て読めます。経歴・所属等は本ブログのプロフィール(http://ikeuchisatoshi.com/profile/)からご覧ください。
寄稿しました。
池内恵「米国のシリア攻撃、展望は――米政策の不可測性に長短、強い指導力発揮は望めず(経済教室)」『日本経済新聞』2017年4月18日
過去の日経新聞への寄稿については、このエントリでまとめてあります。
短文を寄稿しました。
『日経ビジネス』誌の12月19日号は「次代を創る100人」を前号にわたって特集しているのですが、そのうち一人がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子なのですが、彼の紹介文を書いています。
池内恵「ムハンマド・ビン・サルマーン」『日経ビジネス』2016年12月19日号, 102頁
ほんの小さな紹介記事ですから、初心者向けに必要なことだけを。こんな細かい仕事ですが、同じページの隣には田中明彦先生(前JICA理事長・現国際大学学長)が、先頃国連事務総長に就任したアントニオ・グテーレスについて紹介文を寄せています。こんなえらい先生方も細かい仕事引き受けてくれるんですね。
彼についてはサウジ専門家がもっとよく知っているかと思いますが、一般向けに、非専門家が知っておくべきことは、という観点ならいいかと思って引き受けました。『フォーサイト』でもう少し専門家の着眼点に近いところを(それでもやはり基礎的な部分)をまとめておいた一文も、長い間かなり読まれているようです。これを読んで依頼が来たのかな。たまにはサウジ専門家ではない私のような広域・比較研究者に聞くのもいいでしょう。
池内恵「『ムハンマド副皇太子』に揺れたサウジの1年」2016年4月29日
2016年の年頭には、ムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子(国防相・第2副首相)が、従兄弟のムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子(内相・第1副首相)を置き換えて皇太子に就任、あるいはいっそ父サルマーン国王が譲位して一挙に息子が即位か?時期は今夏にも?などと噂と憶測が飛び交いましたが、夏が過ぎる頃には、当面両者が並存することで落ち着いた模様。それらは「中東通信」でメモしておきました。
池内恵「サウジ・サルマーン国王の息子ムハンマド副皇太子への直接譲位説」2016年1月31日
池内恵「サウジは当面ムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子とムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子が共存」2016年9月29日
『公研』に寄稿しました。サザンメソジスト大学の武内宏樹准教授(政治学・中国政治)との対談です。
武内宏樹・池内恵「独裁国家の仕組み」『公研』2016年10月号、通巻第638号、36−67頁
長大です。32頁に及びます。『公研』の過去の対談の中でも群を抜いて最長とのこと。
2時間半ぐらいしゃべったのではないでしょうか。中東や中国を政治学から見る際の厄介な問題について、論文に直接は書かないが論文を書く際に頭を悩ませていることについて、学会に行って空き時間に喫茶スペースで延々と喋っているようなことをそのまま文字にしてあります。
『公研』は、官庁やメディアの一部で知っている人は非常によく知っている、知らない人は全く知らない、一般的には全くと言っていいほど知られていない媒体です。しかし研究者の普段話している、考えていることを、ほとんどそのまま書いたり話したりしても載せてもらえる、数少ない媒体となってきました。そのために、一部の人には非常に注目されています。
以前に、待鳥聡史先生との対談が載った時も、密かにこの欄でお知らせしたことがあります。
『公研』は公共産業研究調査会の会員企業にのみ配られるため、書店などでは市販されていません。また、ウェブサイトでも記事を載せておらず、最新号やバックナンバーの表紙と目次が見られるのみ。
今回、編集部の許可を得まして、武内先生のホームページにアップロードしていただいていますので、どなたでもお読みいただけます【本文はこちらから】。
【一ヶ所訂正。最後の67頁上段でサウジの「プラン2030」とあるのは、もちろん「ヴィジョン2030」のことです。なにしろすごい勢いで二人とも喋っていますので、「国家改造のマスタープランとして発表されたヴィジョン2030とその当面の行動計画」というような意味で複数のことを同時にまとめて話したことを、速記に手を入れる際になんとなく「プラン」としてしまい、校正でも気づかずにそのままになってしまいました(対談の時も、校正の段階でもいずれも、最後の頁までくるともう疲れてきていましたので・・・)。まあサウジの個別の話をするのはこの対談の目的ではなく、政治学上の、独裁国家の安定性と不安定性を見るための理論的な難しさについてひたすら考えておりましたので、こういった細部についてはあまり気を配っていません。本質に関わらない細かな言い間違いも含めて、学会の空き時間とか懇親会での会話を記録するような趣向とお考えください。】
日本国際問題研究所の『国際問題』に寄稿しました。
池内恵「『大国エジプト』の没落と再興──紅海岸諸国の雄としての台頭」『国際問題』第656号(2016年11月号), 13−19頁 【論文へのダイレクトリンク】
テーマは、ここのところ興味を持っている、中東とアフリカの境界領域の「紅海」のサブ地域としての形成について。その中でのエジプトの地位について。
『国際問題』は歴史と伝統のある論文誌で、近年はウェブ版となりましたが、年会費を払って会員になって事前に予約しておくと、オンデマンドの紙版も送ってもらえるようです。
一箇所、昨日ウェブで公開された際に誤植を発見したので、急遽差し替えをしてもらいました。現在のものは修正後のものです。
編集工程で、私が付していない傍点が14頁の一節に付されてしまい、ゲラで気づいて修正を支持したのですが、手違いで反映されずに残ってしまいました。
しかし紙版でお手元に届いた会員の方には、傍点が残ってしまったものが届いているかもしれません。ホームページで訂正が出ています。【訂正箇所についてはこちら】
今月中ですと、プリントアウト可能なファイルがダウンロードできます。刊行日の翌月からは、会員以外はプリントアウトはできなくなりますが、閲覧のみ可能なファイルがよく探すと提供されているようです。
試しに、以前に寄稿した論文をバックナンバーから探してみました。
池内恵「『アラブの春』をどうみるか 中東政治研究の再考と刷新のために」『国際問題』第605号(2011年10月号), 1-9頁
寄稿しました。
論点100のうち第7の、「テロの世界的拡散」について執筆しました。
池内恵「テロの世界的拡散 その先には何があるのか」『文藝春秋オピニオン 2017年の論点100』2017年1月1日発行(2016年11月4日発売)40-43頁
『文藝春秋オピニオン◯◯年の論点』企画には2013年以来毎年執筆しているのですが、今年はもう、いよいよ自分の重要な論文仕事でいっぱいいっぱいで、とてもこういった一般向け論考には手が回らず、パスしてしまおうという気が湧かなかったわけではありません。
しかし、現状分析としても、日本の言論状況の中での中東・イスラーム論の位置づけの確認という意味でも、定点・定時観測として、年刊の媒体に書いておくことにも意味があるかと思いまして、必死で原稿を出したわけです。
統計的に意味があるかどうかわかりませんが、池内の担当テーマが100の論点の中で占める位置という意味では、2013年以来、順位が36→48→70→6ときて、2017年度版ではワンランクダウンの「7」でした。蓮舫とホリエモンの間にいます。知名度と収入がガクンとへこんで第7位です。
『中東協力センターニュース』の10月号に寄稿しました。
池内恵「バーブル・マンデブ海峡をめぐる緊張の高まりとその背景」『中東協力センターニュース』2016年10月号、11−16頁
上記リンクから、私の記事に直接アクセスできます。
中東協力センターのウェブサイトの中の刊行物コーナーである「JCCMEライブラリー」に収められています。
『中東協力センターニュース』には、「中東 混沌の中の秩序」と題して、2015年4月以来、四半期に一回のペースで、分析を寄稿していますが、その7回目です。その前には「『アラブの春』後の中東政治」と題して2012年6月から2014年10月まで8回連載していましたので、合計15回目になります。「アラブの春」を共通の枠とすることをやめてから7回目ということになります。
秋の学会の流れでもう一つ。
ジェトロ・アジア経済研究所の「専門講座」が赤坂アークヒルズのジェトロ本部内で開かれます。イラン、トルコ、サウジの専門家が報告し、私はモデレーターを務めさせていただきます。
アジア経済研究所専門講座「中東域内政治の新展開——イラン・トルコ・サウジの視点から」
2016年11月4日(金)14時30分~17時05分 (開場:14時00分)
参加は無料です(先着200名)。ウェブサイトから事前申し込みが必要です。
アジア経済研究所(通称「アジ研」)は、日本でほぼ唯一の(世界でも稀な)、発展途上国全域をカバーした地域研究・開発研究の機関で、かつては独立した特殊法人でありましたが、橋本行革の際に共に経済産業省管轄の特殊法人だったジェトロ(日本貿易振興会・当時。現・日本貿易振興機構)と統合しました。以前は曙橋(防衛省の隣・現在は中央大学の市ヶ谷キャンパスの建物)にありましたが、現在は海浜幕張に移転しています。
ジェトロとの統合効果で、こういった広く関心を呼びそうな講演会・セミナーは、都心・赤坂のジェトロ本部の大きなセミナールームで開催してくれます(多くは無料。有料の場合も数千円程度です)。
私の最初の就職先もこちらで、10年・20年かけて研究者を育ててくれるこの組織の特典を利用することもなく、3年で転出してしまい、おそらく最短滞在記録のOBとなってしまいましたが、その後もなにかと研究会・講演会など、あるいは専門誌への論文の寄稿や特集の企画・編集などで声をかけてくださることがあり、新たに創刊された現代中東分析の学術誌『中東レビュー』にも長い論文を寄稿させていただきました。今後も編集のお手伝いをしたり、論文を投稿するなど、関与していきたいと思っています。
今回も、シニアの研究員から、若手のすでに実績ある研究員まで、経産省傘下の機関ならではの、豊富な人的・組織的リソースを動員して、専門知識を一般に公開してくれますので、ぜひご来場ください。
念のため、セミナーの紹介文を以下に貼り付けておきます。
9.11米国同時多発テロから15年目の今年、米国では第45代大統領を選出する選挙が大詰めを迎え、欧州を巻き込みながら激動を続ける中東情勢もまた再び新たな段階に入ろうとしています。本講演会では中東情勢を理解するための最も重要な要件でありながら日本では正面から取り上げられることの少ない中東の域内国際関係を各国の専門家が整理し、今後数年間の見取り図を得ることを目的とします。
2011年初頭からの「アラブの春」を経た現在、中東域内の主要なアクターは大きく様変わりしており、それはイラン、トルコ、サウジアラビアの三カ国であるとみられます。米国の新大統領が最初に取り組むべき最大の課題のひとつはシリア問題でありますが、この三国はシリアに関してそれぞれ異なる利害を有しています。
さらにこれら三カ国間の相互の二国間関係はそれぞれ錯綜しており、一国からのみの視点では到底バランスのとれた理解に至ることは難しいです。そこで本講演会では上記三カ国の専門家が幾つかの共通の設問についてそれぞれの国の立場からの回答を試み、最後の質疑応答および討論の時間に中東政治の今後数年間の展望に至ることができれば幸いと考えます。
皆様のご参加をお待ちしています。
開催日時
2016年11月4日 (金曜) 14時30分~17時05分 (開場:14時00分)
会場
ジェトロ本部5階 展示場 pdf
(東京都港区赤坂1-12-32 アーク森ビル5階)
最寄り駅:東京メトロ 南北線六本木一丁目駅・銀座線溜池山王駅・日比谷線神谷町駅
プログラム
(予定)
14:30~14:40
趣旨説明
鈴木均(新領域研究センター上席主任調査研究員)
14:40~15:10 講演1 「イランからみた中東域内政治」
鈴木均
15:10~15:40
講演2 「トルコからみた中東域内政治」
今井宏平(地域研究センター 中東研究グループ研究員)
15:40~15:55 休憩
15:55~16:25
講演3 「サウジアラビアからみた中東域内政治」
福田安志(新領域研究センター 上席主任調査研究員)
16:25~17:05
質疑応答・討議、総括
<モデレーター>
池内恵 氏(東京大学先端科学技術研究センター准教授)
<パネリスト>
鈴木均
今井宏平
福田安志
使用言語
日本語
主催
ジェトロ・アジア経済研究所
参加費
無料
定員
200名 ※定員になり次第、締め切ります。
お申し込み締切
2016年11月1日(火曜)17時00分 (ただし、定員に達した場合、事前に締め切らせていただきます。)
※ 取材のため会場内にメディアのカメラや撮影チームが入る可能性もありますのでご了承ください。
シリア内戦の最新の地図です。BBCが、IHS Conflict Monitorの情報に基づいて作成したもの。同様の地図をISWに基づいて出している報道機関も多くあります。
“Islamic State group: Crisis in seven charts,” BBC, 7 September 2016.
ジュネーブで2016年9月9日深夜から10日未明にかけて、ロシアと米国の間で、シリア内戦の戦闘の緩和を目指すある種の合意が結ばれ、9月22日にまず48時間の停戦が発効しました。しかし数日間・数週間程度は表面上戦闘の規模が収まっても(あるいは単に戦闘の報道が収まっても)現地の情勢が大きく変わるとは思えません。アサド政権とロシアは、反体制派を「テロリスト」と任意に指定して攻撃を続けることを認めるという、従来からの実効性のなかった停戦合意と構造は変わらないからです。
おそらく現地でもっと重要なのは、トルコ軍のアレッポ北方への侵攻と、トルコ軍に支援されたシリア反政府勢力による、シリア・トルコ国境地帯での支配領域確保でしょう。この地図では紫色で示されている部分です。シリアのトルコとの国境地帯の細い範囲が、過去の地図と比較すると新たに塗られています。2016年8月末から9月前半にかけての動きです。
この付近一帯への、トルコが設定を主張するがアメリカが認めていない「飛行禁止区域」がどの程度現実化するか。それが当面の鍵となりそうです。
そして、シリアからイラクを一体のものとして描き、アサド政権の支配領域、シリアからイラクにかけてのクルド人の支配地、トルコに支援されたシリア反体制派の支配地、シリアからイラクにかけての「イスラーム国」の支配地に描き分ける地図の描き方、その認識の視座が定着することこそが、今後のシリア内戦の終結に向けての国際合意や、イラクを含めた
シリアの反体制派の支配地がトルコと隣接した地域に集約されていく様子も、この地図から見えてきます。
さらに数年以内には、トルコの国内の、シリアに隣接したクルド人領域もこの地図に加えて描かれるなどということがあるのでしょうか。全くないとは言えません。
中東再分割の地図をいろいろ紹介してきましたが、最も話題になった、印象に残っているのはこれかもしれません。
出典:“The ISIS map of the world: Militants outline chilling five-year plan for global domination as they declare formation of caliphate – and change their name to the Islamic State,” Daily Mail, 30 June 2014.
「イスラーム国」が目指すカリフ制の支配領域は、ここまでなのだ、と真偽は不明ですがウェブ上で出回っているものを、いろいろな新聞が転載して、よく知られるようになったものです。
日本の世界史の教科書に載っているような、イスラーム世界の栄光の時代に征服して支配していた土地は全部取り戻すというのですね。「イスラーム国」あるいはそれを支持する勢力がこのような世界観と地理感覚・地理概念を持っていることは確かです。
中東再分割の地図でもっとも有名といえば、「イスラーム国」による中東、そして世界の再分割の野望を示したものとして出回っている、黒地図でしょう。真偽のほどは分かりません。このような発想は広くアラブ世界の民族主義的な界隈に広がっていることは確かですが。
出典:“The Fall of Mosul to the Islamic State of Iraq and al-Sham,” Institute for the Study of War, June 10, 2014.
「イスラーム国」がモースルを占拠して大きな話題になってすぐに、ISWがブリーフィングのプレゼンテーションのスライドを公開して、その中に、どこからか入手した、「イスラーム国」側がもくろむイラクとシリアの新たな「州(wilaya)」への分割計画を示したものとみられる、このおどろおどろしい黒く塗られた地図が入っていました。これがその後の「イスラーム国」に関する議論でも使われ続けています。実際、その後の「イスラーム国」はおおむねこの地図に基づいた統治・行政区画を主張しています。
これまでに示したように、欧米の言論の場で中東再分割とその地図についての議論が盛り上がっていたところに、「イスラーム国」が出てきて、どことなく符合する独自の案を出してきた(ように見えた)ことが、様々な想像力を刺激したのでしょう。
ロビン・ライトの中東再分割地図の記事がニューヨーク・タイムズ紙に出て議論の軸になると(この人は英語圏で中東に関していつもそのような役割を負うようですが)、例のArmed Forces Journalはじめ、「うちがこの件では元祖だよ」と言い出すようになったのですが、その中で話題なったのは、オバマ大統領とも近く、中東やイスラエルに強いジャーナリストのジェフリー・ゴールドバーグが2014年6月に出した論稿。「イスラーム国」がイラクのモースルを陥落させ、「中東の地図を塗り替える」と息巻いたところで、「うちは2007年にはこのことを予期していました」と「ドヤ顔」です。まあこういうのも「だからアメリカの陰謀だ」という話のネタになってしまうのですが。
出典:Jeffrey Goldberg, “The New Map of the Middle East: Why should we fight the inevitable break-up of Iraq?,” The Atlantic, June 19, 2014.
この地図はアトランティック誌の2008年1・2月号に最初に載ったものでした。
中東再分割の地図としてもっとも有名で、物議を醸したものが、これ。2006年に、米国の退役軍人の作家が、米軍人さん向けの雑誌Armed Forces Journalに載せたもの。民族や宗派に合致するように国境線を引いたら、こうなるよ、と大胆に引き直してみせた。
出典: Ralph Peters, “Blood borders,” Armed Forces Journal, June 1, 2006.
これは別に米国の政策でもなんでもなくて、ただ仮説として面白半分に書いただけなようだが、軍人さん向けの雑誌に載ったために、「米国の陰謀!」として中東及び世界の陰謀論で使いまわされる結果となった。
ウェブ版の記事には地図が載っていないのだが、話題になりすぎたから隠したというわけでもなく、単に紙媒体からウェブにデータを移行するときに載らなかったみたい。
2013年9月にロビン・ライトがNYTで中東再分割地図を、ネタとはいえ多少本気な感じで提案して話題になった時に、AFJの編集部も、「弊誌ではずっと先にやっていました」と、改めてウェブサイトに地図を載せている。悪びれた様子はない。「米政府の見解とは無関係、言論の自由です」ということなのだろうが、米国がやることはいちいち注目されるので、もう少し配慮がないものか。「イスラーム国は中東分割をたくらむ米国の陰謀」といった議論をする論者には、軍人さん向けの一般誌のお楽しみの記事でも「動かぬ証拠」になってしまいます。
“Peters’ “Blood borders” map,” Armed Forces Journal, October 2, 2013.
中東を再分割するなら?という思考実験で用いられる地図のその2。1919年のキング・クレーン委員会の報告書で行われた提案。2013年にアトランティック誌が引っ張り出して来て、ちょっと話題になりました。
1916年のサイクス=ピコ協定での植民地分割密約に固執する英仏に対して、民族自決を掲げたキング・クレーン委員会はキングとクレーンの二名を団長とするアメリカ人主体の調査団を送り込みました。
『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)でも書いたように、実際には1920年のセーブル条約でいったん極端に分割されたオスマン帝国領土を、1923年までに新生トルコ共和国が一定程度奪い返して決着します。
しかし、より現地の民族・宗教・宗派を考慮して線引きすればこうなったかもしれない、というのがキング・クレーン報告書です。
その後人口構成が変わっているので、アルメニアのところなどは現在は全く現実味がありませんが。イスタンブルの国際管理など、現代には考えられないことですが。
シリアの分割を考えるときに参照される歴史地図を先日示しましたが、中東全体に国境線を引き直すなら、という思考実験は多く行われています。いくつか紹介しましょう。
一つはこれ。
出典:Robin Wright, “Imagining a Remapped Middle East,” The New York Times, September 28, 2013.
この地図に付された記事はこれ。筆者は中東ジャーナリストのロビン・ライト。ワシントンの政治家にも近い有力・有名な人なので、アドバルーンか?と噂されたものです。
地図をいろいろ紹介していますが、これらはみな、英語圏の有力メディアやシンクタンクが上手にcartographyを駆使して作ってくれたものを借用しています(出典とURLは明記してあります)。
New York TimesとかEconomistとか、そういった地図を作るのが上手な人を囲い込んで投資しているから上手なのですが、地図を作る人自体は中東については専門ではないので、中東の情報はシンクタンクなどから仕入れてきています。最も多く参照されるのがInstitute of the Study of Warです。
Institute of the Study of Warのウェブサイトを見ると、逐一レポートが公開されていて、その目玉は戦況を描いた地図です。最近のものだと、
“RUSSIAN AIRSTRIKES IN SYRIA: JULY 28 – AUGUST 29 2016,” Aug 30, 2016.
でしょうか。このような地図が掲載されています(地図PDFへのダイレクトリンク)。
トルコの支援で国境地帯に辛うじてへばりついている反体制派が黄色いエリアで塗られていたり、ロシアの空爆が、アラド政権が奪還を目指すアレッポに集中的に行われていたり、といったことが分かります。
昨日の日経新聞の「経済教室」や、先日の『フォーサイト』への寄稿を読んでいただいた人には、分かりやすいかもしれない。
8月24日のトルコによるシリア北部・アレッポ北方のシリア・トルコ「回廊」地帯への地上部隊侵攻で、いっそう明白になったこの地域の性質と重要性。アレッポ北方の、ジャラーブルスやマンビジュ、アル・バーブやアーザーズなどの位置関係や、アラブ人、クルド人、そしてトルコが同族とみなすトルクメン人などの混住状況もこの地図には描かれています。
この地図から、トルコ側のガズィアンテプで、8月20日に、クルド人の結婚式に対してテロが行われた(「イスラーム国」側がやったとされるが、詳細は不明)ことも納得がいくでしょう。
この地図は昨年12月段階のもので、その後クルド人勢力はマンビジュ方向に延伸したり、アル・バーブの方向への進出を窺ったりして、色分けは変化しています。この地図を基礎に変化を見ていくと、何が起こっているかが見えてきます。
アサド政権はこの地図で描かれているアレッポ北方で回廊を断ち切ろうとする。逆にアレッポの西のイドリブ県を制圧している反体制勢力は南方のアサド政権のアレッポへの補給路を断とうとする。これらが、この地図替えかがれた以降の展開です。
この状況下で、トルコはもっぱら対YPGで介入してくるだろう、ということが誰の目にも明らかで、「いつ」が問題になっていました。ロシアとの緊張の激化や、国内でのテロの続発、クーデタ未遂や大規模粛清といった目を奪う事象が繰り返されてきたため気が逸らされがちですが、シリア内戦の構図と、それに関与するトルコの姿勢は、基礎的条件が変わらないので、それほど変わっていないのです。
「ユーフラテスの盾」という作戦名が明らかにしているように、「回廊」地帯の東端を画すユーフラテス河を、クルドYPG勢力に越えさせない、というのが、今回のトルコの作戦の目的。
クルド人勢力が、2014年には「イスラーム国」の伸長で、コバネなどで追い詰められていたところから挽回して、それによって欧米の支持も高め、領域支配を広め、ついに2015年12月にはユーフラテス河以西に勢力を伸ばし始めた、という時点で、現在のトルコのシリア北方への軍事介入は必然視されていました。
こういった詳細な地図は、日本語のメディアでは作ってくれるところがない。やはり需要がないということなのだろう。