【寄稿】新潮選書のフェアのパンフレットにエッセーを

5月25日に、新潮選書『シーア派とスンニ派』が発売されます。都内の早いところでは23日から書店に置かれるそうです。

ちょうど「新潮選書ベストセレクション2018」のフェアが各地の書店で開催されていまして、前作『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』もベストセレクションのリストに入っております。

これに合わせて、書店に配布される新潮選書のパンフレットにエッセーを寄稿しました。担当編集者によるインタビューの形です。このパンフレットは新潮社のPR誌『波』の6月号にも挟み込まれると思います。

池内恵「やわらかい頭で中東を知りたい人に」『新潮選書ベストセレクション2018』2018年5月(1−4頁)。

編集者とのQ&Aのスタイルで、この本の意図や、「中東ブックレット」のシリーズとしての目標、また中東情勢分析の基本ツールや、SNSによる情報収拾や読者とのコミュニケーションなどについて、かなり長く語っています(実際には編集者と書面でやりとりしましたが。本そのものを書くので忙しくて時間がなかったものですから)。『フォーサイト』での連載以来、私の担当をしてくださっていて、日々のFacebookやTwitterでの活動などもウォッチしておられる編集者ですので、的確な設問で、隙間時間にあっという間に、語るようにかけました。

なおこの新潮選書のパンフレットは、挟み込まれる『波』本体と比べてもなかなか質が高いものです。新潮選書の今月の新刊、牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』については、猪木武徳先生と筒井清忠先生がエッセーを寄せています(猪木武徳「『ゆがめられた通説』に挑む」、筒井清忠「エリートは『暗愚』だったか」)。

この著者の前作も読んだことがあります(こちらは中公叢書)。こちらも「秋丸機関」をめぐるものです。

「秋丸機関」の戦時経済分析については一部でよく知られていますが、「正しい分析をした経済学者」「都合の悪いものだったから軍部が焼却した」という勧善懲悪的な構図で論じられがちです。

しかし猪木先生と筒井先生のエッセーをも読むと、牧野先生の新刊は、その通説を問い直して、開戦に踏み切った判断の作られ方について新たな説を打ち出したものであるようで、大いに楽しみです。

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ちょうど2年前の2016年5月に『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』を出版した時も、ベストセレクションのパンフレットに書かせてもらいました。また、昨年9月には新潮選書の創立50周年を記念して『波』に選書について寄稿しています。

『シーア派とスンニ派』で、「中東ブックレット」がシリーズ化されたことになります。このフォーマットを使って、選書という媒体を用いた出版と情報発信の可能性を追求してみたいと思います。

【地図と解説】シーア派の中東での分布

「地図で見る中東情勢」の第4回。

イランによるイラクへの介入が、予想通りというか予想よりもさらに早く進んでいます。

また、米国がイラクをめぐってイランと同盟しかねない勢いというのも、あくまでも「理論的にはそういう可能性も」と話していたのですが、すでに現実味にあふれたものになっています。

イランのイラクへの影響力という際に常に挙げられるのが、シーア派のつながりです。

この地図は、中東諸国でシーア派が多数派の国、規模の大きな少数派を形成している国を緑色と濃い緑色で示してあります。
Lines in the sand_Shia from Iran to Syria
出典:Global Times

シーア派はイスラーム世界全体では少数派ですが、それは人口の多い東南アジアやインドがほとんどスンナ派であるというせいもあります。中東ではスンナとシーア派の人口は全体ではかなり拮抗しており、シーア派は一部の国では多数派になっています。

過半数となっているイランとイラクのほかに、レバノンでは過半数ではありませんが最大の宗派になっています。シリアではアラウィ―派をシーア派とみなして加えれば15-20%。あまり知られていませんが、イエメンでも北部にシーア派の一派ザイド派がいます。そしてアラブの湾岸諸国でもクウェートではかなりの大きな少数派、バハレーンでは人口では多数派だが王家・支配階級はスンナ派。

しかしこの地図だと国単位で一色に塗ってあるので、国の中での地域ごとの宗派の分布がわかりませんね。

次の地図を見てみると、もっと詳細な分布がわかります。

Shiite_simple.jpg
出典:NPR, Vali Nasr, The Shia Revival

パキスタンにもいるんですね。ただしシーア派の中でもイスマーイール派などで、イランの12イマーム派とは宗派が違います。

もっと詳細な、宗派分布の地図は下記のものです。クリックするとより広域が表示されます。

Sectarian-Divide.png
出典:Financial Times

サウジアラビアについて、アラビア半島中央部のネジュド地方、つまりサウジアラビアの王家・支配部族の本拠地についてはワッハーブ派で緑に塗られていて、それに対してエジプトやヨルダンに近い紅海沿岸のヒジャーズ地方は「普通の」スンナ派でパープルグレーに塗り分けられています。このことも今後の展開によっては意味を持ってくるかもしれません。

さて、このような中東一円でのシーア派の広がりの中でイラクの宗派・民族構成を詳細に見てみると、こんな感じです。クルド人はスンナ派ですが、アラブ人と言語・民族を異にする別のエスニシティを形成しています。シーア派はアラブ人でスンナ派と同じですが、宗派の違いから異なるエスニシティ意識を強めているのが現状です。

Iraq_ISIS_WP_Izady Columbia U
出典:ニューヨーク・タイムズ

人があまり住んでいないところは白っぽくしてあるところもいいですね。アンバール県をISISの支配領域としてべたっと塗ると、見た印象は広大な領域を支配しているように見えますが、可住・可耕面積はほとんどありません。

ISISの侵攻は北部から中部にかけてのスンナ派が多数を占める地帯では一気に進んだことがわかります。しかしバグダード以南に浸透するのはかなり難しそうです。またその際は激しい戦闘になり流血の惨事となるでしょう。

ただしイラクのシーア派とスンナ派は共存していた時期も長いので、常に宗派が違えば争うわけでもありません。国内・国際的な政治情勢の中でエスニシティの構成要素は変わり、帰属意識は強まったり弱まったり融合したりします。ですので、宗派紛争は必然ではないのです。近い将来は紛争が不可避にも見えますが・・・

そもそも、これらの地図で模式的に示されるほど画然と宗派ごとに分かれて住んでいるわけではありません。

次の地図では、複数のエスニシティ(宗派+民族)が混住しているエリアを斜め線で示してくれています。

Iraq_Sect_ratio.jpg
出典:ワシントン・ポスト

さらにこんな地図もありました。シーア派、スンナ派、クルド人の多数を占める地域の間に混住地帯を色分けしています。さらに、特定の都市や地域に少数ながら存在するトルクメン人、キリスト教アッシリア教徒(ネストリウス派)やカルデア派、ゾロアスター教系でイスラーム教やキリスト教が混淆したヤズィーディー教徒などの居住する都市を表示しています。これらの少数派も明確なエスニシティ意識を持っており、戦乱期にはしばしば迫害を受けます。

欧米の市民社会はキリスト教のルーツに近い由緒正しい中東のキリスト教少数教派の迫害には敏感に反応しますし、トルクメン人はチュルク系の同系民族としてトルコが庇護する姿勢を見せています。これらの少数派を巻き込む内戦は、必然的に外国勢力を巻き込む国際的なものとなります。

Iraq_Sect_Ethno_ratio.jpg
出典:globalsecurity.org

特に危惧されるのはバグダード近辺などの大都市で宗派が複雑に入り組んで混住しているエリアです。

信頼性は私は判定できませんが、下の最後の地図は、バグダードの2005年と2007年のスンナ派とシーア派の居住区を色分けしたこのような地図があります。細かく入り組んでおり、しかも2006年から2007年に多発した宗派間の紛争の影響もあり、住民が移動している様子が示されています。赤い点は10以上が死んだ爆破の生じた地点です。
Baghdad_quarters_sectarian.jpg
出典:Vox, BBC

このような場所で宗派コミュニティ間での暴力の応酬が広がったり、エスニック・クレンジング的な強制退去などが行われたりすると内戦の激化が生じます。また、シリアで起こったように、街区ごとに武装集団が浸透して支配地域を広げていくような、虫食い状の陣取り合戦が展開されると、内戦は長期化し、都市は荒廃を極めるでしょう。

そのようなことにならないようにイラク内外の諸勢力がなんとかしてくれればいいのですが。