紛争は環境に優しく、人間に優しくない(「イスラーム国」も然り)

こんな地図もある。

中東の二酸化窒素

“Middle East conflict drastically ‘improves air quality’,” BBC, 21 August, 2015.

大気中の亜酸化窒素の濃度を地図上に記したもの。

イラクやシリアの紛争で、住民は塗炭の苦しみを嘗めているが、環境問題は改善しているという、皮肉な記事。

例えばシリアのダマスカスでは、内戦の開始前と今とで、大気中の二酸化窒素濃度は50%減少したという。最前線となり難民が流出しているアレッポも同様。

イラクでは西北部や西部の「イスラーム国」支配地域で二酸化窒素が減少。

ただし中東全体の大気汚染が減ったわけではない。シリアの難民が滞留しているヨルダンやレバノンでは二酸化窒素が増加している。イラクでも、政権側に立つ南部カルバラーでは大気汚染が進んでいる。

要するに紛争地で経済活動が停滞し、難民が流出したことが、大気中の二酸化窒素濃度の低下に影響を及ぼしている模様だという。

紛争は「環境に優しい」が、もちろん人間に優しくない。「イスラーム国」の非人間的な統治も環境には優しい。

逃避の書

本書いております。おかげでこのブログにはなかなか帰ってこれません。

最近はニュース解説は『フォーサイト』の「中東通信」でやっております。

英語のままでよければこの画面にも埋め込まれているツイッター@chutoislamでリツイートする記事をご覧ください。

しかし重要な仕事をすればするほど、逃避が捗るね。この夏ずっと、自分に課した幾つかの本を書き続けているのだが、この間に逃避した時間と労力ときたら。それだけで本が一冊書けそうだ。いや、逃避しながらも頭はしっかり原稿の方に残って、バックグラウンドで作業しているんだけどね。

今も、すぐに原稿に戻らねばならない(というか疲れて眠くて微熱あるorz)。

今月に入ってから幾つか出た刊行物の紹介もままならぬのですが、連載していて落とせない書評原稿を先ほど一瞬で書きましたんで、二週間ぐらいしたら出ますが、書評が出る前に、取り上げた本だけ紹介しておきます。ちょっと前に出た本ですが、まだ売っています。アマゾンでは1冊しか残ってないぞ。


ポール・トーディ『イエメンで鮭釣りを』(白水社)

これは英国の、大人のお伽話。

この本のテーマは「逃避」だと思う。そう思う理由を、書評原稿で書きましたので、二週間後に読んでみてください。出たらまたここで通知します。

2011年に映画にもなっています。日本では2012年暮れに公開(邦題は『砂漠でサーモン・フィッシング』)。ユアン・マグレガー主演。よく覚えていないが、日本ではあまりヒットしなかったと思う。英国的含意が伝わりにくいのだと思う。話が分かれば、楽しめます。


『砂漠でサーモン・フィッシング (Blu-ray)』

映画もいいんですけど、本では、映画には絶対にできない部分、つまり「文体」と「形式」で読ませている。この本は全編、業務メールとか首相のテレビ・インタビューの文字起こしとか、やたらと辛辣な英国新聞の記事とか、生真面目な釣り専門誌の記事とか、傍受されたアル=カーイダ構成員のメールとか、主人公の日記とか、いろいろな「文書」で成り立っている。それぞれの形式の文書のいかにもありそうな文体と形式をうまく真似して書いている、というところで楽しませる。

業務でメールや報告書を書いたことがある人には、いっそう楽しめると思います。

それなので、英語の電子メールの書き方(のパロディ)とかを知るために、原書で読んでもいいだろう。


Paul Torday, Salmon Fishing in the Yemen, 2007.

業務メールを書くのは苦痛でも、業務メールの形式で嘘話とか書くのは捗ったりする。そんなお遊びの延長で書かれたような、そんな小説。英国でベストセラーになりました。

文体・形式に凝った嘘話、という意味では、BBCの大ヒット・コメディ『イエス・プライム・ミニスター』などともテイストが似ている。

書籍版は単なるノベライズではなく、議事録とか行政文書の形式で楽しませる。冗談は細部に宿る。

いずれもおすすめ。

逃避してしまった。

現在の歴史認識問題について

現在の東アジアの国際政治の最大の課題は、すでに活力を失った日本をどう縛るかではなく、活力がありすぎる中国をどう縛るか(「縛る」という表現がよくなければ、「猫の首に鈴をつける」)というものである。この基礎の基礎が、日本の議論ではしばしば忘れられていないだろうか。

かつて「日本を縛る」ことが東アジアの平和になにがしか役立っていた時代があった。といってもその間に東アジアに地域紛争は起きていたが。その時代を生きてきて、「どう日本を縛るか」を考えて発言して、それによって自我を形作り人生を築いてきた人たちが、現在高齢化し、新たな世界状況を見る意欲や能力を失っている。歳をとれば無理もないことである。かつて高齢者が希少だった頃は、むやみに新しいことを知っている必要はなかった。昔の知恵を伝えてくれるだけでよかった。

「自分たちが信じてきたもの、当然と思っていたもの、支えにしてきたものが、大きく変わってしまった」ということを認め難いのも、人の情である。できればそんなことには気づかずにそっと長生きしてもらいたい。ただ、そうばかり言ってはいられないこともある。

そんな時、遠くからわれわれを見ている同時代人の文章を読んでみるといい。

「8月15日」を日付とする英エコノミスト誌最新号の特集では「歴史問題」を扱い、東アジアの国際政治の勘所を簡潔に、象徴的に描き出している。カバーストーリーは、もちろん日本の歴史認識問題ではなく、中国の歴史認識問題を、現在の課題として取り上げる。表紙の惹句も単刀直入で「習近平の教訓:いかに中国が未来をコントロールするために歴史を書き換えているか」というものだ。

表紙はこのようになっている。

Xi's history lessons Economist 15 Aug 2015

この記事では、中国が9月3日に行う予定の対日戦勝記念日の軍事パレードに込められた中国の歴史認識を不安視している。“Xi’s history lessons: The Communist Party is plundering history to justify its present-day ambitions”(習近平の歴史の教訓:共産党は現在の野望を正当化するために歴史を強奪している)と題された記事の最も重要な部分を2か所訳出しよう。

【引用1】
This is the first time that China is commemorating the war with a military show, rather than with solemn ceremony. The symbolism will not be lost on its neighbours. And it will unsettle them, for in East Asia today the rising, disruptive, undemocratic power is no longer a string of islands presided over by a god-emperor. It is the world’s most populous nation, led by a man whose vision for the future (a richer country with a stronger military arm) sounds a bit like one of Japan’s early imperial slogans.
「中国が戦争を、厳かな式典ではなく軍事ショーで祝おうというのは初めてのことである。これが象徴するものを、近隣諸国は見逃さないだろうし、不穏に感じるだろう。なぜならば、東アジアで現在、勃興していて、破壊的で、非民主的な勢力は、もはや神である天皇の知らしめす列島ではないからだ。それは世界最大の人口を擁する民族で、それを率いる人物の未来へのヴィジョンは、より強盛な軍事力を持つより富裕な国、というものであり、日本のかつての帝国時代のスローガンによく似ている。」

日本が戦前に戻ってしまうことを本気で心配している人は、日本の外では少ない。それよりも、中国が日本の戦前に似てきていることを、多くの人が心配している。

結びに近く、エコノミスト誌は中国に反語的に問いかけ、忠告とする。

【引用2】
How much better it would be if China sought regional leadership not on the basis of the past, but on how constructive its behaviour is today.
「もし中国が、地域の指導性を過去に基づいて求めるのではなく、今日いかに建設的に振る舞えるかに依拠してくれれば、どんなにか良いだろう。」

理性の言葉とはこのように平明で簡潔なものだ。

【地図】リビア東部ダルナで「イスラーム国」が別のジハード組織によって掃討される

リビアの東部ダルナ(デルナ)で、7月30日、イスラーム系武装勢力「ムジャーヒディーン・シューラー評議会」が、「イスラーム国」勢力を、町の主要部から放逐したとのニュースが入りました。

“Libya officials: Jihadis driving IS from eastern stronghold,” Associated Press, 30 June 2015.

ダルナは元々宗教保守派が強い町ですが、そこに昨年10月「イスラーム国」に地元で呼応する勢力、あるいはイラク・シリアの「イスラーム国」から帰還した勢力などが勢力を増して、「イスラーム国」の支配を確立したと宣言していました。

これに対して、内戦を繰り広げるリビアの武装勢力の一翼をなすイスラーム系武装勢力の動向が注目されてきました。要するに彼らが「イスラーム国」に相乗りして鞍替えしてしまえば、リビアにも「イスラーム国」の領域支配が広がりかねない、ということです。

実際に呼応する勢力は現れて、例えば中部のスルト(スィルト)では「イスラーム国」が活動を活発化させています。しかし「イスラーム国」に対抗するイスラーム系武装勢力の勢力も強く、昨年12月にはアル=カーイダ系の「リビア・イスラーム闘争集団(The Libyan Islamic Fighting Group: LIFG)にかつて加わっていた人物を中心に、ダルナの「アンサール・シャリーア」なども加わって、「ダルナ・ムジャーヒデイーン・シューラー評議会」が結成され、「イスラーム国」に対峙するようになりました。この集団はダルナで優勢に立ち、今年の6月半ば以降、ダルナから「イスラーム国」勢力を追い出しかけています。今回、さらに「イスラーム国」から勢力範囲を奪還したとのことです。

『ニューヨーク・タイムズ』紙がつくってくれた、リビアでの「イスラーム国」の広がり具合の地図。ダルナでの「イスラーム国」を名乗る勢力の劣勢についても記されています。

リビアのイスラーム国NYT_June31_2015Where ISIS is gaining ground in Libya
“Where ISIS Is Gaining Ground in Libya,” The New York Times, Updated June 30, 2015.

【関連記事】
“Western Officials Alarmed as ISIS Expands Territory in Libya,” The New York Times, May 31, 2015.

しかし、「イスラーム国」が駆逐されても、イスラーム法(シャリーア)の施行を掲げるムジャーヒディーン・シューラー評議会が、同様の支配をしないとも限りません。

ちなみに、上記のAPの記事では、それほど親切ではありませんが、単に「イスラーム国」系と非「イスラーム国」系のイスラーム系武装勢力同士が戦っているだけではない、全体構図の一端を伝えてくれています。

例えばこの部分。

Forces loyal to the internationally recognized government based in Libya’s east have meanwhile surrounded Darna and were moving in on it from the south, seeking to drive out all of the jihadis, military officials said.

ダルナのムジャーヒディーン・シューラー評議会がダルナの中心部で「イスラーム国」系勢力を掃討している間に、もう一つの軍勢がダルナをさらに外から包囲していて、南部から侵攻してムジャーヒディーン・シューラー評議会と「イスラーム国」をもろともに掃討しようとしているのですね。なんでしょうかこれは。

その軍勢は「国際的に承認された政府」の国軍であるという。

「internationally recognized government」というのは、東部のトブルク、あるいはバイダー(ベイダ)を拠点とする、2014年6月の選挙で選出された議会を正統性の根拠とする政権を指します。特にエジプトや、UAEやサウジアラビアなど湾岸産油国に支援され、国連や欧米諸国の政府に支持されています。エジプトに支持されたハフタル将軍を3月には国軍最高司令官に任命し、「リビアの尊厳」を旗印に諸勢力を糾合して失地挽回を図っています。

それに対して、西部にある首都トリポリを押さえた政権は、それ2012年7月の選挙結果を受けて召集された国民総会議(GNC)をまだ有効と主張し、西部を中心に国土の大きな部分を統治しつづけています。

各地のイスラーム系武装勢力の多くは、トリポリのGNCと連合して「リビアの夜明け」を旗印に立てた民兵集団を形作っています。ダルナのムジャーヒディーン・シューラー評議会もこの系統で、「イスラーム国」だけでなく東部トブルク政権の国軍やそれと連合する武装勢力と戦ってきました。

というわけで、東部の支配を固めたいトブルク政権系の軍がダルナを包囲している最中に、ダルナの中では、どちらかといえば西部トリポリ政権に近いイスラーム系武装勢力が「イスラーム国」と戦うという、入れ子状のややこしい状況になっています。

東部の中心都市ベンガジでは、トブルク政権の軍が「イスラーム国」の掃討作戦を行っているようです。

リビアの分裂政府と内戦の展開を、初歩的なところから教えてくれる概要は、例えばEconomistのこの記事。地図もあります。

“Libya’s civil war: That it should come to this,” The Economist, 10 January 2015.

リビア地図Economist_Jan10 2015that is should come to this

【寄稿】中東の4つの内戦と波及を概観

中東協力センターニュース7月号表紙

『中東協力センターニュース』7月号(2015年7月21日発行)に分析レポートを寄稿しました。連載「中東 混沌の中の秩序」の第2回です。

池内恵「4つの内戦の構図と波及の方向」《中東 混沌の中の秩序》第2回、『中東協力センターニュース』7月号(2015年7月21日)、12−19頁

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新連載の2回目の今回は、イラク、シリア、リビア、イエメンの内戦の2015年前半の進展、特に過去3ヶ月の動きをまとめました。今年から、4半期に一度の連載といたしました。以前は「ほぼ4ヶ月に1回」というペースでしたので、もう少し定期的にしました。しかしそうすると必ず決まった時に書かないといけないので、仕事が重なっていたり、動きが激しくてまとめる作業が膨大になると、少し大変です。でも「四半期」というペースで書くのは初めてなので、当分続けていこうかと思います。

私の最終段階の校正見落としで、ちょっと誤字脱字があったので、7月29日に修正していただきました。内容面では変わっていません。

ちなみに、7月号にはトルコ大使館勤務(経産省から)の比良井慎司さんによる6月7日のトルコ総選挙の分析「トルコ総選挙とその後の動向」が掲載されており、これを読むと、トルコによる対クルドPKK空爆が、内政上は6月の選挙で躍進して与党AKPの単独過半数を阻止したクルド系政党HDPに対する圧力となりうることが理解できます。

エルドアン大統領が各野党との連立交渉を不調に終わらせ、再選挙でHDPの議会議席を奪って単独過半数の奪還を目指している、という世評は高まる一方ですが、実際にそうなるかどうか、見ていく際の指針になります。

シリア北部の「安全地帯」の詳細と米・トルコの同床異夢

トルコが設定を主張しているシリア北部の「安全地帯」について、先日紹介した『ワシントン・ポスト』紙の地図に続いて、今度は『ニューヨーク・タイムズ』紙の地図を拝借してご紹介。

トルコのシリア北部安全地帯NYT27July2015
Turkey and U.S. Plan to Create Syria ‘Safe Zone’ Free of ISIS, The New York Times, July 27, 2015.

東はジャラーブルスから、西はマーレアまで、アブ=バーブやマンビジュといった「イスラーム国」の拠点を含む。「イスラーム国」の機関紙のタイトルにもなって象徴的な意味を持つ「ダービク」の町も含まれる。

この記事では、トルコと米国で、「合意」したとされる「安全地帯」の性質について、双方の認識は異なっており、同床異夢の「外交的解決」であることが描かれている。「安全地帯」が「イスラーム国」の支配からの保護だけでなくアサド政権の空爆も阻止するものなのか、国連安保理などの公式の裁可を求めるのか、シリアのクルド民兵を支援するのかどうか、などで依然として溝がある。

イラク北部のPKK拠点

トルコは7月24日から26日にかけて、シリア北部の「イスラーム国」支配地域と共に、イラク北部に拠点を築いているトルコのクルド反政府組織PKK(クルド労働者党)の拠点を攻撃しました。

空爆の地点について、概略図を、AFPが作っていました。

トルコのイラク北部PKK空爆AFP26July2015
“Forced to strike IS, Turkey gambles on attacking PKK,” AFP, 27 July 2015.

この地図では、24日から26日にかけてのイラク北部のトルコによる空爆地点を記した上で、26日に生じた、PKKによる報復とみられるトルコのディヤルバクル県リジェでのトルコ軍警察に対する自動車爆弾による攻撃の地点、また7月20日以来の紛争の地点(スルチュ、キリス、ジェイランプナル)や、シリア北部からイラク北部にかけてのクルド人の勢力範囲と重要地点(コバネ、テッル・アブヤド、ハサカ、モースル、アルビール、キルクーク、スィンジャール、テッル・アファル)が、過不足なく記されています。

攻撃対象については色々な地名が出てきていますが、一般的・概括的に言うと、「カンディール山地(Mount Qandil; Kandil, Kandeel)」の各地を空爆しています。カンディール山地とはイラク北部のイランとの国境地帯の山地で、ドフーク県とスレイマーニーヤ県にまたがり、イランのザグロス山脈につながっています。ここにPKKが拠点を築いています。この山脈のイラン側ではイランのクルド反政府組織PJAK(the Party for Freedom and Life in Kurdistan)が活動しているとのことです。カンディール山地でのPKKと関連組織の活動については、次のようなレポートが10年近く前にあります。

“Mount Qandil: A Safe Haven for Kurdish Militants – Part 1,” Terrorism Monitor Volume: 4 Issue: 17, September 21, 2006.

“Mount Qandil: A Safe Haven for Kurdish Militants – Part 2,” Terrorism Monitor Volume: 4 Issue: 18, September 21, 2006.

次のものは、2011年1月にニューヨーク・タイムズに掲載されたルポ。この後「アラブの春」でPKKのことは一時期すっかり忘れられていましたが・・・

“With the P.K.K. in Iraq’s Qandil Mountains,” The New York Times, January 5, 2011.

この時点ではトルコがイラクのクルディスターン地域政府(KRG)を取り込んでPKKをじわじわと追い込んでいっている様子が描かれていました。その後2012年から2013年にかけて、PKKをゆくゆくは武装解除させる見通しが立つほどのトルコにとって有利な和平交渉を開始することができたのですが、いまや状況が変わりました。

クルディスターン地域政府は、トルコのPKKがイラクに越境してきて拠点を築くことを、「客人を歓待する」という曖昧な形で黙認してきました。一緒になってトルコと戦うのではなく、PKKを積極的に匿うわけでもない、ただ、遠い親戚の同胞が逃げてきたから一時的に住まわせている、という姿勢です。

クルディスターン地域政府、特にその大統領のマスウード・バルザーニーが指導し自治区の北部を地盤とするクルディスターン民主党はトルコ政府と関係を強化しており、トルコにとってはイラク北部は経済的な影響圏となっています。トルコに接したエリアを拠点とするクルディスターン民主党にとっては、陸の孤島であるクルド自治区を経済的に成り立たせるにはトルコとの良好な関係が不可欠です。イラク中央政府との関係が常に緊張含みであるクルド地域政府は、トルコから兵糧攻めにあったら持ちません。

ですので、クルディスターン地域政府は、PKKに「用が済んだら帰るように」と告げています。

“‘PKK should evacuate Mount Qandil’: KRG official,”ARA News, July 5, 2015.

でも、強制的に追い出すわけではないので、立ち退かないでしょうね。一時的にトルコやシリアに越境して軍事作戦をやるなどして留守にするにしても。

このPKKの拠点をトルコが攻撃したので、イラクのクルディスターン地域政府は、一応遺憾の意を表明しています。

“Kurds condemn Turkish air strikes inside Iraq,” al-Jazeera English, 26 July 2015.

これがトルコの関係を悪くするほどの強い意志表明なのか、クルド民族意識に配慮してトルコに抗議して見せたのか。真実はまだわかりません。

PKKそのものも、これで2013年以来のトルコとの和平交渉を破棄して、全面的に武装闘争に戻るかというと、そうでもないかもしれません。ただし、しばらくの間はテロを行って力を示し、交渉に戻るにしても強い立場で戻ろうとするので、トルコとPKKの紛争がしばらく続きそうです。

これについて米国は、トルコが自衛の権利を行使してイラクのPKK拠点を攻撃しているものとみなして、原則は黙認していますが、和平に戻ることを要請しています。

西欧諸国は、トルコがPKKと戦うことを苦々しく見ているようです。

このあたりは、ガーディアンの記事が手際よくまとめています。

“Turkey’s peace with Kurds splinters as car bomb kills soldiers,” The Guardian, 26 July 2015.

トルコはPKKと時に激しく対立し軍事行動に出ることが、5年に一回ぐらいはありますから、今回の空爆で、完全に和平が壊れたとは言えないでしょうが、「イスラーム国」の出現でクルド勢力の役割が高まっている中でのトルコの対クルド軍事行動は、これまでとは違った意味を持つようになるかもしれません。

特に、イラクのPKK拠点を攻撃している間は、イラク・クルディスターン地域政府は目をつぶり、米国は消極的に支持し、西欧諸国からも窘められながら黙認されるかもしれませんが、「イスラーム国」の打倒という共通目標に逆行すると

その意味では、シリア北部でのトルコの軍事行動が、対「イスラーム国」ではなく明確に対クルドである、特に対「イスラーム国」で現在もっとも力を発揮しているYPGに対するものであるとはっきりした場合、トルコの欧米との関係も危うくなるでしょう。その点で心配なのが、この記事です。

“Turkey denies targeting Kurdish forces in Syria.” al-Jazeera English, 27 July 2015.

トルコの砲撃が、YPG主導で掌握しているコバニ近辺の村に対して行われている、という報道です。

【地図】シリア北部にはトルクメン人もいる

前項の続き・・・

「シリア北部にクルド人が多く住んでいるなら、独立させてやればいいじゃないか」とか「欧米がサイクス・ピコ協定で勝手に国境線を引いたから」云々の、一知半解の「解決策」を語ってはいけません。

シリア北部には、クルド人と同じエリアに、トルクメン人が住んでいます。この地図では、トルクメン人が住む場所を示しています。

シリア北部トルクメン人
出典:dtj-online.de/syrien-turkmenen-befurchten-vertreibung-2771

シリア北部には、トルクメン人以外に、アラブ人も住んでいますし、さらに他の少数民族も住んでいます。クルド勢力が実効支配することによって、今度はその中での「少数民族」問題が発生しかねません。

トルクメン人は、名前からも類推できるように、トルコ人と互いに「同族」意識を持つ民族で、トルコは心情的に、あるいは政治的な方便から、トルクメン人の「保護」をしばしば持ち出します。介入、代理戦争も始まりかねないのです。

このあたりにそう簡単に国境線を引くことはできないので、サイクス・ピコ協定は、相対的には「いい線いってた」方策とも言えるのです。

【地図】トルコはシリア北部の「安全地帯」でクルド勢力分断を図る

「地図で見る中東情勢」のシリーズが長らくお休みしていました。忙しかったからね・・・

久しぶりに一つ。

トルコはシリア北部に「安全保障」地帯を設ける、というのを対「イスラーム国」での介入と協力の条件としてきましたが、7月22日のオバマ・エルドアン電話会談の前後に、米国がトルコに「安全保障」構想に同意を与えたと報じられています。

「安全地帯」の範囲についてはトルコの『ヒュッリイエト』紙などが伝えていましたが、『ワシントン・ポスト』紙が地図にしてくれましたので、ここで拝借してご紹介。

トルコのシリア北部安全地帯ワシントンポスト7月26日

“U.S.-Turkey deal aims to create de facto ‘safe zone’ in northwest Syria,” The Washington Post, July 26, 2015.

黒白点線(というのでしょうか)で囲ってあるあたりに、トルコが米国と協力して「安全地帯」を設けるというのです。

ここから「イスラーム国」を排除するというのが「安全地帯」の表向きの意味ですが、トルコは今のところ、地上部隊は投入しないと表明しています軍が消極的なのではないかと思います。

もっぱら空軍戦力で「安全地帯」を設定するということは、実態はこのエリアに「飛行禁止エリア」を設けるということが主体のオペレーションとなります。「イスラーム国」は空軍を持っていないので、実際には「安全地帯」の設定によって、アサド政権がこのエリアから排除されることになります。アサド大統領の退陣を解決策の必須要件とするトルコにとって、「安全地帯」の設定は、「イスラーム国」対策だけでなく、アサド政権対策という意味があります。

さらに、地図を見ていただくと、「安全地帯」の黒い部分、白点線の枠で囲まれたところの左右を見ますと、緑色に塗られています。ここにシリアのクルド人が多く居住しています。

シリアのクルド人は、東側の、ハサカより北のエリアと、西側の、アアザーズの北西とに分かれて飛び地のようになっています。

なんでこうなっているかというと、クルド人はシリア北部とトルコ南東部の一帯(それ以外にイラク北部・イラン北部などにも)に住んでいまして、本来は連続的な土地に住んでいますが、これがトルコ・シリアの国境線によって分断されたので、主従エリアがシリアでは飛び地になってしまっているのです。

シリアのクルド人は、オスマン帝国の崩壊の際、トルコ共和国が独立戦争で自力で領土を確保して国境線を引いたときに、シリア側に取り残された形です。

ですので、状況が許せばトルコ南東部のクルド人と一体化して独立を要求しかねない、とトルコは警戒しています。

シリア北部クルド人
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria

クルド人が多数派を占める土地は、この地図では薄紫で塗られています。ハサカ北方のカーミシュリーを中心とした地帯と、コバニ周辺と、アフリーンを中心とした地域です。シリアが内戦でアサド政権の統治が弛緩する中で、これらの三箇所でクルド勢力が実質上の自治を確保しかけています。

別の地図でも。

シリア北部クルド人飛び地地図
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria

さらに、クルド民兵組織YPGが勢力を強めて、テッル・アブヤドやアイン・イーサーといった「イスラーム国」が占拠していた地域を制圧することで、三つの飛び地のうち、東の二つがすでに繋がりかけているのです。そうなると、クルド人が必ずしも多数でないエリアまで、将来のクルド自治区→独立クルド国家に含まれてしまいかねません。

例えばこの地図。

シリア北部クルド人最大地図
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria

シリアのクルド人が求めるシリアでの最大版図はこのようなものだそうです。三つの飛び地が結合していますね。これを「Rojava(西クルディスターン)」とクルド人側は呼んでいます。

トルコが設定するシリア北部への「安全地帯」は、このようなシリアでのクルド人の主張する最大の勢力範囲を、分断するような形になっています。

クルド人がいるのはシリアだけではないので、周辺諸国の地図の上にクルド人の居住するエリアを塗った地図を見てみましょう。

シリア・トルコ・イラク・イランのクルド人地図
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria

一般に「クルド人」と呼ばれる人たちの間にも、細かな系統の違いがあり、一枚岩ではありません。しかし赤っぽい色で塗られているところには、その中でもクルド人意識が強い人たちが住んでいます。シリアを超えてトルコ南東部やイラク北部やイラン北西部、遠く離れたイラン北東部やアゼルバイジャンにも住んでいます。

この中で、シリア北部とトルコ南東部は、地理的にも最も容易に結合してしまいそうです。

そこでトルコは「安全地帯」の設定で、シリア北部でのクルド人の支配地域の間に楔を打ち込み、一体化を阻止しようとしているように見えます。

リアルタイムの解説は『フォーサイト』の「中東通信」で

7月9日から、『フォーサイト』で「中東通信」を開始していました。どうにか軌道に乗って、ほぼ毎日、ニュースの取捨選択と抜粋要約の記事をアップしています。今日は手が空かないのと、一般紙でも主要な中東ニュースがカバーされていたので、一休み。

記念すべき立ち上げ初日のニュースは下のような感じでした。

中東通信

やはり今月はトルコが岐路に立つ瞬間でしたね。「クルド勢力の台頭」(7月9日)、「『シリアにクルド国家を作らせない』(エルドアン)」(7月9日)、「トルコのクルド人がシリアで『イスラーム国』と戦っている』」(7月9日)、「シリアのクルド民兵勢力はトルコ介入を牽制」(7月9日)、「米国とトルコがシリア介入策をめぐって協議中」(7月9日)「トルコのシリア介入はクルド独立阻止のためなんでしょ?」(7月10日)といった具合でした。

その後・・・

7月20日のトルコ南東部スルチュ(シリア側のコバニと接する町)での、クルド支援団体の集会を狙った自爆テロをきっかけに、トルコが米国への基地使用許可を出しシリア北部への「安全地帯」設定での合意、トルコによるイラク北部のクルド反政府組織PKK拠点の攻撃と進む一方、PKKはトルコ政府に責を帰し、トルコの警察と「イスラーム国」両方への攻撃を行い、トルコはシリア北部で「イスラーム国」との交戦を行いトルコ国内での「イスラーム国」とPKK他の非合法組織の大規模摘発に踏み切り、PKKによるトルコ軍部隊への襲撃を行う、2013年以来のトルコとクルドPKKとの和平交渉が崩壊の危機に瀕する、といった形で、一気に状況が次の段階に進んでいます。

ニュース速報画面のようになった「中東通信」、今日はこんな具合です。

中東通信7月26日

『フォーサイト』の画面の右の「中東通信」の窓をクリックすると、ブログのように、巻物のように、クロノロジー的に時系列でこれまでの記事が一続きに表示されます

このような時は、ミクロの一つ一つの事象の経緯と意味を読み取って、マクロな全体状況の変化との関係を記録しておかないと、何がどう変わったかわかりにくくなりますので、このような形態の媒体を開発しておいて良かったと思います。

「中東通信」は立ち上げ直後ですのでまだ無料にしてありますが、そろそろ有料エリアに入れようかという話になっております。

明日朝まで、自分の論文のために東京を離れて籠っているので、テレビの解説などには出られませんが、隠れ家から時々分析をぽろっと出したりするので、気が向いたら見てください。時間がないときは「@chutoislam」で英語のニュースを解説なしでリツイートしていますので、パソコンの方はこのブログの右側に表示される英語ニュースを読んでおけば、何が起こっているかわかると思います。

【お知らせ】名古屋・栄の中日文化センターで月1回の講義(7−9月)

名古屋方面の方向けにお知らせ。今週末の26日から、月1回第4日曜日に名古屋の栄の中日文化センターで講義します。

「イスラム社会とイスラム国」三回シリーズ
I. 宗教(7月26日)
Ⅱ.国家(8月23日)
Ⅲ.国際関係(9月27日)
多分まだ申し込みできると思うので(締め切っていたらすみません)。
受講料は三回セットで9,072円とのこと。初めての方は入会金も必要かもしれません。
一般向けの講義はめったにしませんので、お近くの方はご関心があればぜひ。

【寄稿】湾岸のデカい建築・都市開発から国立競技場問題を考える

『週刊エコノミスト』の読書日記。13回目になります。

池内恵「中東の砂漠に最先端の都市ができる理由」『週刊エコノミスト』2015年7月28日号(7月21日発売)、57頁

今回も、Kindle版など電子版には載っていませんので・・・契約条件が合理的になれば同意したっていいんだけどなあ。

紙版はアマゾンからでも。

今回取り上げたのは、レム・コールハースの『S,M,L,XL+』。


レム・コールハース『S,M,L,XL+: 現代都市をめぐるエッセイ』(ちくま学芸文庫)

いい本だなあこれ。終わった時代の話ではなく、これから先を読むための本。

この本の原著英語版は1995年に出ているが、特異な編集と形で、難解な奇書というイメージだった。何度か増補されているが、写真も多く、1冊2.7kgという。


S M L XL: Second Edition

立体的に見ると、こんなんですよ。

コールハース

体裁の問題もあってか、ずっと翻訳されていませんでしたが、ちくま学芸文庫で、テキストだけ、抜粋したり新たに加えたりして(だから邦訳タイトルに「 +」がついているんですね)、分かりやすく分類して並べ直して、コンパクトな文庫スタイルで刊行されました。最近の文章が加わえられていて、最新のグローバルな建築の状況が、さまざまな断片で切り取られている。ちくま文庫・ちくま学芸文庫は建築批評・都市計画ものに強いですから、適切な場所に収録されたと言えるでしょう。

レム・コールハースといえば、代表的な現代建築家であり、また『錯乱のニューヨーク』を書いた建築批評・思想家として知られる。理論家でありかつ実作家ということ。ただ、この二つを両立させることは難しい、ということは、例の国立競技場問題で明らかになったと思いますが。

『錯乱のニューヨーク』は、ニューヨークの都市計画と主要な建物を逐一分析した名著で、現代建築とアーバニズムを論じる際の必須文献になっている。古典です。

今回、合わせて増刷されたみたいなので今なら手に入りやすいと思う。大きな本屋だと平積みになっているところも見かけた。

一方『S,M,L,XL+』は、ニューヨークで完成したアーバニズムが世界に広がっていった、散っていった、その先での変容をスケッチしている。世界のあっちこっちに散っていって、その場所の地理・環境的、文化的、そして政治的・社会的文脈で、同じような形態のものでも、異なる意味を持って受容されていく。

欧米の著名建築家としてコールハースはあちこちで建築・都市計画に関与する。その際に見たもの、感じたものが断片的に描写され、積み重ねられる。

日本はその重要な一つの場所。ただし、シンガポールとか、ドバイとか、上海とかと並んだ「多くの中の一つ」であることも忘れてはならない。ちょっと日本語版編集では日本のところを重視しすぎている印象はある。ただし現代建築が世界に広がる過程での日本の役割とか特有の条件は、もっと注目され、客観視されていい。そのためにも役に立つ描写が多くある。

都市についての美学や倫理の基準を持つ・模索する批評家としてのコールハースと、実際に都市や建物を建てるには政治家やゼネコンの片棒担ぎをすることにならざるを得ない建築家としてのコールハースの矛盾は、あまり客観視されているようには見えないが、もみくちゃにされていく様子はよく分かる。すでに昔日の話となった対象を描いた『錯乱のニューヨーク』と、今現在のグローバルな「錯乱」の現場の話である『S,M,L,XL+』はセットで読むといい。

個人的に関心を持ったのはドバイ、アブダビ、ドーハなどのペルシア湾岸アラブ産油国の急激な都市形成。私、先日もアブダビに行ってきましたので。

ラマダーン中の夏で安いから、こんなところにも泊まりましたよ。世界で一番傾いたビル。湾岸にいくとこんなのばっかりです。

Hyatt Capital Gate Abu Dhabi

1990年代後半から現在までの湾岸の都市開発を、コールハースは最先端の事象として捉えている。また、湾岸的なモデルが中国の諸地域に広がりかけていくあたりまでの時代と段階を、この本では視野に入れている。湾岸的なモデルにはいろいろ起源があるが、一つはシンガポールだろう。これについては詳しく書かれている。

理論や歴史を見ることで、政治問題になった国立競技場問題についても、根本的な問題の構図が見えてくるのではないか。

国立競技場問題で、「変な形の、でかい建物」を作る人としてのザハ・ハディードが注目された。私はザハの建築が今の国立競技場の場所の環境に合うか合わないかについては判断できない。できてしまえば人の心は変わるし、できてしまうまでそれが受け入れられるものかどうかは分からないからだ。しかし日本の政治・社会的環境で建築可能であるとは思わない(実際無理だったが)。 あれは「政治権力が集中している」「国が新しくて土地が余っている(そして権力者が自由にできる)」「金が唸るほどある(そして権力者の手元に集中している)」という条件がないと建ちません。

だからザハ案での建築断念は政治的には必然なのだと思うが、しかしそのこととは別に、日本が「失われた20年」で内向きに過ごしている間に起こった、世界の現代建築の潮流を、国民の大部分が感じ取ることができなくなってしまっていること、要するにザハの提案に「驚いて」しまうことには、危機感を感じる。

国立競技場建設の「ゼロからの見直し」の結果として、日本が「ザハはもう古い」と言ってそれに対峙できる根拠や理念や力量を示せるのであればそれでいい。ザハにはそういう風に挑戦すべきなのであって、「気持ち」を忖度などしなくてよろしい。

もちろん、建たなくたって、契約書通りに、報酬は払わねばならないのだが。ただし有名建築家に頼むとはそういうことである。ザハの案でぶち上げたから話題になってオリンピック開催を勝ち取った、という要素はあるので、法外に見えても意味があるお金ではある。

ザハ案でオリンピック開催を勝ち取ったのに、ザハじゃ無くなったら国際公約違反かというと、そんなことはない。有名建築家を集めたコンペなんて、建築家が最先端な無茶を競って、結局無理と分かって建たない、なんてことは国際常識。コンペにはじめから建ちっこないものを出してくる建築家は多い。著名建築家の「名作」のかなりの部分は、コンペに出して評判になったが建っていないものである。

建っている場合は、独裁者が独断で命令して建ててしまった、という場合が結構ある。

途上国の場合は、ゼロから都市や埋め立て地を形成したりする場合に、目を引く建築が必要な時にザハ的なものが珍重される。

欧米先進国の場合は、都市の郊外がスラム化して危険な状態になっていたりする場合に、オリンピックを呼んできてそれを機会に再開発して、その際にザハ的な目立つ建築でイメージを変えようとする。ロンドン五輪はそのケースです。オリンピックを名目にした大規模再開発で、治安がよくなり、土地の値段が上がり、投資が来て新住民も入ってくればみんな得するでしょ、という話。うまくいっているかどうかは別にして、そういう目論見があってやっているから筋が通っている。

今回の国立競技場の場合、土地が無尽蔵にあってゼロから建てられる場所でもないし、スラム化している場所でもないからな・・・なんでザハなのかわからん。

しかし単に止めるといって、しかも、有力者がザハへの人格攻撃的な発言をしたり、ザハ的な現代建築を単に貶めるような発言を繰り返していれば、それは、国際的には恥ずかしい印象を与えるだろう。適合しないところにザハを選んだ方が悪い。そんなことはじめからわかっているでしょう?という話。国際的には、普通は上に立つ人の方が下の人より頭いいからねえ。日本人はそんなに頭悪いの?という話になってしまう。(日本には組織のために行う「バカ殿教育」と言うものがありましてね、それに適応できる人しか偉くならないんですよ・・・)

コールハース的な建築思想・建築史の前提があったら、あの場所にザハ、ということはあり得ないということが分かるはずなんだが。たくさん関与しているはずの文系の行政官にこういう感覚があれば止められた話だと思うが、ないんだなこれが。日本の行政官は忙しすぎて、国際的な視野で日本の歴史文化を見て次の一手を(かっこよく)打ち出すというような考えを温めている暇なく歳取ってしまう。

ただ、コールハースにしても、湾岸の都市開発のあり方に批判的なことを書きつつ、自分も職業上は加担せざるを得ない。その辺の矛盾も、コールハースの本を読みつつ、彼の実作(案)を調べていけば見えてくる。正解はないんです。正解はないが、国際的に共有されているある種の文法や歴史を踏まえて次の一歩を示すという筋が必要なんです。そうしないとメッセージにならない。

今後重要なのは、国立競技場をめぐる議論と決定の場を活発に公の場で行うことだろう。

「国際公約」などと言って、見えないものに縛られずに、「ザハ案を採用した、ザハらしい斬新な案が出た」「日本の建築家からも住民からも反対運動が出た、民主的な議論が沸騰」「現代における競技場建築とは何か、活発な議論が行われ諸案が競って出された」「その結果このようなものになりました」という経緯と結果全体が、オリンピックをめぐる日本社会の表象であり、そこに有意義なものが示されれば、「国際的な評価」は高まる。

要するに結局のところ日本からいいアイデアが出ればいいんです。有名建築家っていうのは無茶な案を出してそういう議論を巻き起こして世の中を前に進めるためにいるんです。そのために高いフィーを取るんです。こうやって話題になっているんだからザハ案を採用した価値はあるのである。百万人にやめろと言われてもこれをやる(人のお金で)と言い張れる分厚いエゴがないと有名建築家にはなれない。批判された方がいいんです。

世界のみんなが次に何をやればいいか模索してるんだから。広く世界を見て今最先端はどうなっているかを知りつつ、ちょっと前の最先端を高い金払ってもらってくるのではなく、こちらから新しい次の一手を出す。そうしてこそ初めて国際的に評価される。外をよく見るということと、モデルを外から持ってくるということはまったく違う。

日本でオリンピックをやり、コンペをやるなら、最初から「過去20年世界を席巻して、限界や負の側面も見えてきたザハ的な建築を超えるもの」を選ぶというコンセプトだと良かったんだが。だって世界中でいい加減飽きてるんだから。途上国の開発独裁を今さらやる気もなく後追いするみたいで、日本の現状を表象するものではなかったと思う。ただし単に「うっかりしていて無理な案を採用してしまい、建てられませんでした」というだけでは日本の元気のなさだけを表象することになってしまうので最悪だ。

そういう意味で、短時間で知恵を絞って実現していく過程が、日本社会の刷新にもなるといい。そういう意味でゴタゴタそのものを含んでドラマ化しコンセプト化して発信する人がいるといいのだが。

【寄稿】トルコのシリア国境の町スルチュでクルド勢力を狙った自爆テロ

連休も講演をすませてあとは必死に論文書きをしていたが終わらず。いや、そのうち二本は終わったんだが大きいのが二本終わっていない。限界までやっているんだがなあ。

しかし日々のニュースは見ておかないとついていけなくなる。論文にも関係あるし。

没頭しているとこのブログにはほとんど手をつけられないのだが、英語やアラビア語のニュースはPC画面ではこの横に表示されるツイッターの窓@chutoislamで、空いた時間の一瞬をついてリツイートしてあります。また、『フォーサイト』では日本語でニュースの要約・解説をする「中東通信」をやっています。

最新のものは、池内恵「トルコのシリア(コバネ)との国境の町スルチュで支援団体の集会に自爆テロ」『フォーサイト』2015年7月20日

それにしてもややこしい。シリア北部のコバネの戦闘は注目を集めましたが、「イスラーム国」から奪還する勢力となったクルド人勢力に対して、コバネと接するトルコ側で自爆テロ。それもトルコ側とシリア側で同時にやっている・・・

トルコ政府からいうと「トルコ側でもシリア側でもクルド勢力は一体」ということを同時攻撃で見せつけられたわけで・・・「イスラーム国」はサウジやクウェートではシーア派を狙って、被害者と中央政府を分断する戦略ですが、同じことをトルコではクルド人を狙うことでやっているように見えます。これは効果がありそう。トルコ側のクルド人が「トルコ政府は頼りにならない」と武装化する→トルコ政府はトルコ側とシリア側のクルド勢力を攻撃→クルド勢力が一体化して独立武装闘争へ・・・なんてことにならないようにお願いしますよ。本当に行ける国がなくなってしまうではないか。

でも、この調子だと次にイスタンブールが狙われそうなのが怖い。あんな大きな都市だから、万が一テロがあっても自分が巻き込まれる可能性は極めて低いのだが、一回テロがあれば政府の「退避勧告」みたいな話になってしまいかねない。

カイロ・イタリア領事館異聞(あのヤマザキマリさんが・・・)

おお。

今日早朝のエジプト・カイロでのイタリア領事館爆破。『フォーサイト』速報しておきました

漫画家のヤマザキマリさんが結婚式(婚姻登録?)をしたのがこのカイロのイタリア領事館であるという。

夫がイタリア人で学者なのでシリアやエジプトやアメリカに順に移り住んでいるという話をインタビューなどで読んだことがあるが(欧米の研究者にはよくあることです。フィールドと英・米・欧の研究機関を移動していく)、エジプト時代に結婚したのなら、ここに行くことになる。

なるほどぉ〜あそこに並んだのね。

イタリア人は19世紀にエジプトに、「植民地主義」というよりは、まともに「出稼ぎ植民」したので(19世紀の開発ブームのエジプトは、今の上海かドバイみたいなところだと考えていただければいいです。イタリア人やギリジア人の建築家がフランスっぽい建築をいっぱい作ったので、このころできた街区は「ナイル河畔のパリ」と呼ばれることがあります)、エジプトのアレキサンドリアとカイロには、立派なイタリア領事館があります。最近はもっぱら、イタリアとEU圏に出稼ぎ・移民したいエジプト人が列を作っていますが・・・

ヤマザキマリさんといえば『テルマエ・ロマエ』。


「テルマエ・ロマエ I』


映画テルマエ・ロマエ(DVD)

エジプト、シリア時代のことを描いた『世界の果てでも漫画描き 2 エジプト・シリア編』

エジプトって、人間を自由にするというか解放するというか(そのまま糸が切れた凧のようになっちゃう人も多いですが)、際立った強い個性の人を惹きつけるようで、意外な人が「エジプト経験」を持っています。

チュニジアの危険度引き上げ

7月10日、日本の外務省が、チュニジアの危険情報を引き上げました。

チュニジア渡航延期勧告2015年7月10日
(7月10日の最新の危険情報)

《なお、外務省のホームページはPCで見ている時にスクロールしにくいので、改善の余地ありですね。マウスを画面内のどこに置いていてもスクロールすれば下まで見られるようにしてほしい。急いで見る時に操作に手間取る》

イギリス外務省も観光客にチュニジア全土に「どうしてもという場合以外の渡航取りやめ」を要請し、トマス・クックなど主要旅行代理店が今夏の予約受付を停止し既存ツアーもキャンセル、現地からの引き上げ便を手配して旅程の途中で顧客を帰国させているようです。

英国民の退避の様子を伝えるBBCの記事にはチュニジア危険情報の略図があります

チュニジア危険情報英外務省7月9日

英国務省の危険情報ホームページ(チュニジアの項)ではより詳細です。

チュニジア危険情報英国無償HP2015年7月9日

日本外務省と地理的にはほぼ同じ塗り分けですね。渡航回避の緊急性の度合いについては異なるものさしであるようですが。

6月26日のテロの直後は、「テロに屈しない、生活様式を変えない」という原則を示していた英国も、チュニジアの治安当局がテロを防ぎきれない、という情報判断をした模様です。これは治安当局の能力の限界もあると同時に、多くのジハード主義者が隣国リビアあるいはイラク・シリアから帰還しているということをおそらく意味しているものと思います。これはかなり由々しき事態です。

今回の日本外務省の危険度評価引き上げを3月のバルドー博物館襲撃の時点での日本外務省の危険情報と比べてみてください。

チュニジア危険情報地図(小・広域地図ボタン付き)
(今年3月の時点のもの)

違いは、これまでは西部のカスリーン県と南部の国境地帯以外のチュニジアの主要部は第一段階の「十分注意」(黄色)だった(ただし3月のバルドー博物館へのテロを受けて首都チュニスが第二段階「渡航の是非を検討してください」に急遽引き上げられていた)のが、7月10日の危険度引き上げで、チュニジア全土が第二段階になり、カスリーン県と国境地帯は従来通り第三段階の「渡航の延期をお勧めします」になったこと。

ただ、カスリーン県の南のガフサは、しょっちゅう掃討作戦をやっているので、カスリーン県並みにもう一段階危険度を上げてもいいんじゃないかとも思うが。ガフサ県を含む散発的に掃討作戦が行われている県については列挙して注意喚起はされているが。大きな県なので全体が危険ということはない。

チュニジアは戦争をやっているわけではないので、最終の第四段階の退避勧告(赤色)になっているエリアはない。

しかしいざテロや掃討作戦が起これば、その瞬間その場所は危険になることは間違いない。問題はいつどこでそういう状態になるかが、攻撃する側が場所を選べるテロという性質上、定かでないことだ。

こうなると、仕事で行くなら十分に注意して、時期と場所を慎重に選んで、かつ一定のリスクを覚悟して行くしかないが、不要不急の観光は避けましょう、ということにならざるを得ない。

外務省のリスク情報の読み方については上記地図を転載した3月のこの記事を参照してください。

『フォーサイト』で「中東通信」を開始しました

新潮社の『フォーサイト』(ウェブ版)で、中東のニュースや、中東やイスラーム世界をめぐる論評などをリツイートして日本語で短く解説を加える「池内恵の中東通信」を始めました。

こんな感じのツイッター的な窓が『フォーサイト』の画面に表示されるようになりました。

中東通信

まだ開設したばかりですので無料ですが、そのうち有料購読者のみが読めるようになります。

『フォーサイト』の「中東通信」の窓には、常時最新3つの記事の冒頭が表示されます。クリックすると簡易ブログ風の画面に移り、記事の全体がそれまでの記事と一緒に、読めます

連載「中東 危機の震源を読む」も、「中東の部屋」も、続けますが、それらの枠でまとまった論考や分析を寄稿する時間的余裕がない時にも、「中東通信」の枠で、ニュースの転送と要約・解説ぐらいはできるかもしれません。

実はトップページだけでなく、他の記事を読んでいても画面右横に固定で「中東通信」の窓が表示されるので、私の記事が目当てでない読者にも、どこまで読んでも私のこの窓と私の顔写真がついてくる仕様になっておりまして、不愉快な方は、ご容赦ください。

新幹線の車両の端にあるフラッシュニュースの電光掲示板や、ブログなどに設定されているツイッターの表示画面のようにして、リアルタイムで情報が頻繁に更新されるようにすると、月刊誌ぐらいのペースでの記事が載ることが多い『フォーサイト』に、「動き」が出るような気がいたします。

私が手動でやるので、私が稼働していて手が空いている時しか更新されません。ニュースのチェックは毎日行っていることなので、備忘録的にやってみようかと思います。ツイッターやフェイスブックだと、備忘録のつもりで発信しても、後から検索するのが大変で結局備忘録にならないなどといった結果に終わりがちです。

どのツールも一長一短ですね。今回の「中東通信」は、最大限私に使いやすいように設計してくれていますが、それでもツイッターやフェイスブックに比べたら手間がかかります。

なお、この「中東・イスラーム学の風姿花伝」でも画面の右横に(PCで見ている場合は)ツイッター@chutoislamのツイートがリアルタイム表示されていますが、『フォーサイト』で始めたのは、これの日本語版とお考えください。

@chutoislamでは基本的に全く解説を加えておりません。外国語の記事をそのままリツイートするだけです。そのため、私にとっては、電車に乗っている時などに手軽にでき、速報性や頻度を高められますが、これだと英語やアラビア語を読めない人にはアクセスがしにくくなります。

それで、少し手間をかけて、日本語でツイッター的な体裁で、中東記事の要約と解説を行う実験を、『フォーサイト』で始めてみようと考えた次第です。より手間がかかるので、さすがにこれは有料にしないといけません。

無料期間のうちにお試しになって、有用ならご購読を。