トルコは7月24日から26日にかけて、シリア北部の「イスラーム国」支配地域と共に、イラク北部に拠点を築いているトルコのクルド反政府組織PKK(クルド労働者党)の拠点を攻撃しました。
空爆の地点について、概略図を、AFPが作っていました。
“Forced to strike IS, Turkey gambles on attacking PKK,” AFP, 27 July 2015.
この地図では、24日から26日にかけてのイラク北部のトルコによる空爆地点を記した上で、26日に生じた、PKKによる報復とみられるトルコのディヤルバクル県リジェでのトルコ軍警察に対する自動車爆弾による攻撃の地点、また7月20日以来の紛争の地点(スルチュ、キリス、ジェイランプナル)や、シリア北部からイラク北部にかけてのクルド人の勢力範囲と重要地点(コバネ、テッル・アブヤド、ハサカ、モースル、アルビール、キルクーク、スィンジャール、テッル・アファル)が、過不足なく記されています。
攻撃対象については色々な地名が出てきていますが、一般的・概括的に言うと、「カンディール山地(Mount Qandil; Kandil, Kandeel)」の各地を空爆しています。カンディール山地とはイラク北部のイランとの国境地帯の山地で、ドフーク県とスレイマーニーヤ県にまたがり、イランのザグロス山脈につながっています。ここにPKKが拠点を築いています。この山脈のイラン側ではイランのクルド反政府組織PJAK(the Party for Freedom and Life in Kurdistan)が活動しているとのことです。カンディール山地でのPKKと関連組織の活動については、次のようなレポートが10年近く前にあります。
次のものは、2011年1月にニューヨーク・タイムズに掲載されたルポ。この後「アラブの春」でPKKのことは一時期すっかり忘れられていましたが・・・
“With the P.K.K. in Iraq’s Qandil Mountains,” The New York Times, January 5, 2011.
この時点ではトルコがイラクのクルディスターン地域政府(KRG)を取り込んでPKKをじわじわと追い込んでいっている様子が描かれていました。その後2012年から2013年にかけて、PKKをゆくゆくは武装解除させる見通しが立つほどのトルコにとって有利な和平交渉を開始することができたのですが、いまや状況が変わりました。
クルディスターン地域政府は、トルコのPKKがイラクに越境してきて拠点を築くことを、「客人を歓待する」という曖昧な形で黙認してきました。一緒になってトルコと戦うのではなく、PKKを積極的に匿うわけでもない、ただ、遠い親戚の同胞が逃げてきたから一時的に住まわせている、という姿勢です。
クルディスターン地域政府、特にその大統領のマスウード・バルザーニーが指導し自治区の北部を地盤とするクルディスターン民主党はトルコ政府と関係を強化しており、トルコにとってはイラク北部は経済的な影響圏となっています。トルコに接したエリアを拠点とするクルディスターン民主党にとっては、陸の孤島であるクルド自治区を経済的に成り立たせるにはトルコとの良好な関係が不可欠です。イラク中央政府との関係が常に緊張含みであるクルド地域政府は、トルコから兵糧攻めにあったら持ちません。
ですので、クルディスターン地域政府は、PKKに「用が済んだら帰るように」と告げています。
“‘PKK should evacuate Mount Qandil’: KRG official,”ARA News, July 5, 2015.
でも、強制的に追い出すわけではないので、立ち退かないでしょうね。一時的にトルコやシリアに越境して軍事作戦をやるなどして留守にするにしても。
このPKKの拠点をトルコが攻撃したので、イラクのクルディスターン地域政府は、一応遺憾の意を表明しています。
“Kurds condemn Turkish air strikes inside Iraq,” al-Jazeera English, 26 July 2015.
これがトルコの関係を悪くするほどの強い意志表明なのか、クルド民族意識に配慮してトルコに抗議して見せたのか。真実はまだわかりません。
PKKそのものも、これで2013年以来のトルコとの和平交渉を破棄して、全面的に武装闘争に戻るかというと、そうでもないかもしれません。ただし、しばらくの間はテロを行って力を示し、交渉に戻るにしても強い立場で戻ろうとするので、トルコとPKKの紛争がしばらく続きそうです。
これについて米国は、トルコが自衛の権利を行使してイラクのPKK拠点を攻撃しているものとみなして、原則は黙認していますが、和平に戻ることを要請しています。
西欧諸国は、トルコがPKKと戦うことを苦々しく見ているようです。
このあたりは、ガーディアンの記事が手際よくまとめています。
“Turkey’s peace with Kurds splinters as car bomb kills soldiers,” The Guardian, 26 July 2015.
トルコはPKKと時に激しく対立し軍事行動に出ることが、5年に一回ぐらいはありますから、今回の空爆で、完全に和平が壊れたとは言えないでしょうが、「イスラーム国」の出現でクルド勢力の役割が高まっている中でのトルコの対クルド軍事行動は、これまでとは違った意味を持つようになるかもしれません。
特に、イラクのPKK拠点を攻撃している間は、イラク・クルディスターン地域政府は目をつぶり、米国は消極的に支持し、西欧諸国からも窘められながら黙認されるかもしれませんが、「イスラーム国」の打倒という共通目標に逆行すると
その意味では、シリア北部でのトルコの軍事行動が、対「イスラーム国」ではなく明確に対クルドである、特に対「イスラーム国」で現在もっとも力を発揮しているYPGに対するものであるとはっきりした場合、トルコの欧米との関係も危うくなるでしょう。その点で心配なのが、この記事です。
“Turkey denies targeting Kurdish forces in Syria.” al-Jazeera English, 27 July 2015.
トルコの砲撃が、YPG主導で掌握しているコバニ近辺の村に対して行われている、という報道です。