本日の毎日新聞朝刊の1面・25面で発表がありましたように、『イスラーム国の衝撃』(文藝春秋)が、第69回毎日出版文化賞の特別賞に選ばれました。
毎日出版文化賞は1947年設立の、伝統のある賞であり、その中でも「広く読者に支持され、出版文化の向上に貢献した出版物」に対して与えられる特別賞に選んでいただいたことを、嬉しく、また光栄に思っております。
『イスラーム国の衝撃』は、10年以上かけて取り組んできたテーマに関する、数年かかって発表してきた複数の論文に基づいているという意味で、十分に準備して書いた本であると同時に、日本の出版文化にもたらす意義を私なりに考えて、適切な時期に、適切な内容と形式を見計らって、上梓したものです。
特に、2015年1月に新書という形態で刊行するという決断が、後になってみると決定的に大きなものでした。
昨年10月ごろから、日本のメディア・出版界急激に高まった「イスラーム国」に関する関心に応え、市民社会の議論においてもっとも大きな効果を生むためには、関連書籍が市場に並ぶであろう2015年1月に刊行される必要がある。形態は、流通の速度と範囲が広い新書が最適であるという判断、およびその前提となる不可思議な予想が、昨年11月から12月にかけて、私の胸に急に湧き上がりました。普段は非常に堅実・着実・地味な私は、出版となると、突然にギャンブラーになることがあります。昨年の11月から12月は、たしかに、私の中の「出版魂」とも呼べるものが目覚め、最大限に活動した時期でした。
おそらく、出版に深く関わる家庭に育って「門前の小僧」として本が生み出され市場に出て反応を招いていく一連の過程を見ていた時代に始まり、学者としての独り立ちの過程でも、教養・文化を求める広い一般読者に支えられた日本の出版文化とその業界の方々に助けられ、機会を与えられてきた私が、それらの積み重ねの中で得てきた、出版の文化と市場、市民社会に関する「勘」が、この時期に、抑えがたく働き出したのだと思います。
また、この本は、国際問題に関する日本国内での議論の方法や担い手や質、新書という形態の書籍の役割やあり方についての、常々から私が感じていた疑念や問いかけや提案を、具体的に形にしたものでもあります。それらも含めて、私を育ててくれた出版文化への思い入れと感謝を踏まえた、苦言と提言を含む還元の試みでもあったと、内心自負しておりました。であるがゆえに、毎日出版文化賞・特別賞という、特段の栄誉を授けていただけるという僥倖を、いっそう噛み締めております。
説明不能な「勘」に基づく異例の刊行日程を受け入れてくださった文藝春秋の飯窪成幸さんの英断に敬意を表するとともに、質を保ちながら短時間で刊行にこぎつける綱渡りの作業を担ってくださった西泰志さんに、感謝いたします。この本は、幾つもの偶然と奇跡、そして編集者の着実な作業によって、世に出ました。
この本が発売されたまさにその当日の、2015年1月20日に、シリアで二人の日本人の人質を殺害すると脅迫する映像がインターネット上で公開されたことで、この本は学術・文化の分野の話題から、突如、政治・国際政治のニュースの一部となっていきました。この本が、国際問題に関する学術的な書籍としては異例の売れ行きを示し、広い範囲で話題に上り、手に取られ、読まれていく過程では、かけがえのない人命の喪失を伴う、外在的な事件の要因が影響を及ぼしたことは否定しがたい事実です。そのことから、この本が広く読まれ、受け入れられたということを、私は手放しで喜んではおりません。
しかし私としては、一人の観察者として、中東の、世界の、困難な現実を見届けて、考え続けていくこと以外にできることはありません。今後も、見出すべきことを見出し、伝えるべきことを伝えて、必要としている人がいる限り、文章を届けていきたいと思っています。
この本が広まっていく過程では、ブログやSNSといった新たなメディアが、本・活字メディアという成熟した既存の媒体を補完し、双方にとって有益な作用を互いに及ぼす仕組みも、示唆することができたかと思います。この問題に関心を持ち、情報を求め、議論に参加した無数の人たちの力によって、この本は何度も命を与えられていきました。皆様に感謝しております。
また、この本がそのような多くの人たちを結びつける結節点となったことを、嬉しく思っております。
本とは元来がそのようなものであったし、これからもそうあり続けるのではないか、という希望を新たにしました。
本当にありがとうございました。