アジア相互信頼醸成措置会議(CICA)の上海宣言と大東亜共同宣言(1943)を比べたら

アジア相互信頼醸成措置会議(CICA)の4年に一度のサミットが、5月20-21日に上海で開かれ、「上海宣言」を採択して閉幕した

中国が、南シナ海ではパラセル(中国名・西沙)諸島をめぐってヴェトナムに強圧的な攻勢をかけ、東シナ海の公海上では日本の自衛隊機に異常接近するといった、拡張主義の度合いが一段と高まる兆候が相次ぐ中で、これまで全くと言っていいほど知られていなかったCICAに突然注目が集まった。

これに合わせて訪中したロシアのプーチン大統領との間でロシアの天然ガスの中国への供給で契約合意したことも大きかった。ウクライナ問題をめぐって欧米と対立を深めるロシアが、天然ガスを供給して相互依存関係にある欧州以外に天然ガスの販路を誇示して、経済制裁は無効だと牽制するのを中国が助けた形になった。

中国が自国中心の「大国間秩序」の構築を進めているかのような印象を与えるために今回利用したCICAだが、聞き慣れない機構である。これまではそれほど実体のない機構だったと言ってしまってもいいのではないか。1992年にカザフスタンのナザルバエフ大統領が提唱して設立され、翌年から活動を開始した。事務局もカザフスタンの首都アルマトイに置かれている。1993年から2010年まで議長国はずっとカザフスタンが務めてきた。2010年からトルコが議長国だったが、今年から議長国を引き継いだ。

今回加盟したカタールとバングラデシュを入れて26か国が加盟している。そのうちイスラーム諸国は17か国。トルコ、エジプト、イランを含む中東諸国やパキスタンやアフガニスタンなど南アジア諸国が多い印象を一瞬受ける。

しかしこういった拘束力の弱い国際機構(といっても実際は定期的に会議をやっているだけ)には「お付き合い」で入っていることも多いので、実態は様々な指標を用いて推測するしかないが、今回は国家元首を送ってきた国からそれは明瞭だろう。

Global Times(中国の国際宣伝紙『環球時報』の英語版)は新華社通信による発表を引いて、11カ国の国家元首が出席と報じた(これは事前の報道なので実際に全員来たかは集合写真などで確認するしかない)。

Afghanistan 南アジア
Azerbaijan コーカサス
Iran 西アジア
Kazakhstan 中央アジア
Kyrgyzstan 中央アジア
Mongolia 中央アジア
Pakistan 南アジア
Russia ユーラシア
Tajikistan 中央アジア
Uzbekistan 中央アジア
Sri Lanka 南アジア

これを見れば、実態はユーラシアの内陸国の集まりという性質が明白。ロシアと中国と、その間の中央アジアやコーカサスの旧ソ連チュルク系言語の諸国を集めたもの。チュルク系諸国の親玉としてトルコも一枚噛んだ、というのが設立時の経緯だろう。ソ連邦崩壊でロシアの力がぐっと落ちた1990年代初頭は、トルコが中央アジアのチュルク系の旧ソ連邦構成諸国に勢力圏を伸ばす、という夢が盛んに語られました。頑張って進出したトルコのビジネスマンはいるので一定のトルコ・チュルク系の経済圏を作ったとはいえるが、政治・安全保障上もトルコの勢力圏となったかというと、そこまでには至らなかった。

インドネシア、マレーシア、フィリピンというアジアの島嶼・海洋国家は加盟国ではなくオブザーバーで、日本、米国もオブザーバー。

インドは加盟国だが、今回首脳を送ってきていない。まあ選挙で政権交代の真っ最中というのもあるが。しかし名誉職の大統領を送ることは可能なはずだがそうしていない。外相すらよこさない。それに対して加盟国ではないオブザーバー国のスリランカから大統領が出席し、バングラデシュが新たに加盟国となり、パキスタンが大統領(ただし実権のない名誉職)を送っているというのが興味深い。

ペルシア湾岸の産油国からなるGCC諸国からはバーレーン、UAE、カタールが加盟しているが首脳は送ってきていない。一番重要なサウジはそもそも入っていない。アラブ諸国は全般に「数合わせ」で水増しに話を合わせているだけのような印象。

トルコは加盟国で昨年までの議長国であるにもかかわらず、今回のサミットにエルドアン首相もギュル大統領も来ておらずダウトウル外相が出席というのが面白い。

これに対してイランは加盟国であり、かつロウハーニー大統領が出席している。

ロシア・中国・イランという、米一極の冷戦後秩序に対抗する「現状変更勢力」の雄として米国の外交論壇からも注目されるこの三国の首脳が揃ったことで、この会議への注目が俄然高まった(イランの最高権力者はハメネイだが、ハメネイはそもそもほとんどいかなる国際会議にも出てこない)。

これをもって、ロシア・中国(そして実力は下がるがこれまでの欧米への敵対姿勢・実績では群を抜くイラン)がブロック化して「新冷戦か」と話題作りをするには絶好の舞台となったが、欧米によるOSCE(欧州安全保障協力機構)のような実体を伴ったものになるかというと、かなり疑わしい。既に存在するロシア・中国・中央アジア諸国の内陸国同士の安全保障上の一定の結束を再認識するものでしかないだろう。

会議の成果とされる上海宣言【中国語】【英語】では多分に薄められているが、中国がこの会議に込めた意図・主張として最も注目されたのが習近平国家主席による基調演説閉幕後の会見

基調演説では「第三国に向けた軍事同盟の強化は、地域の安全を利することにはならない」「いかなる国も地域の安全保障を独占的に扱うべきではない」と明らかに米国そして日本を牽制し、そして「アジアの問題は結局、アジアの人々が処理しなければならず、アジアの安全は結局、アジアの人々が守らなければならない」と宣言。

閉幕後の記者会見でも、英訳を見ると、旧来の安全保障観を「完全に捨て」、新しい安全保障観を打ち立てないといけない、と語ったそうです。
Xi said countries must “completely abandon” the old security concepts, while advocating a new one pursuing cooperative and sustainable features, to create a security cooperation pattern of openness, equality and transparency.

そして「アジア人は相互に協力し、協働しないといけない」と言います。アジア諸国民はアジアの安全保障をアジア人の間の協力で実現する能力を持つ、とのこと。
“Asian countries must collaborate with each other and work together,” Xi said. Asian nations have the capacity to realize security in Asia by cooperating among themselves, he added.

「アジアの安全はアジアが守る」・・・となるとこれは、かつての帝国日本の東亜新秩序構想を思い出さずにはいられません。

1943年11月5-6日、日本は中華民国、満州国、フィリピン、タイ、ビルマ、インド(独立派)の首脳(タイは首相代理)を東京に集め「大東亜会議」を開催し、6日に「大東亜共同宣言」を採択しました。

NHKがこの時のニュース映画をオンラインで公開してくれている。かなり長いもので、東条英機の演説に続き、各国代表の中国語や英語での演説も(字幕はついていないが)収録されているので大変に役に立つ。

大東亜会議での東条英機の演説と、習近平演説を例えば中国国営テレビでの報道と比べると、感慨深い。やはり歴史は繰り返すしかないのか。

東条英機は大東亜会議での演説で、大東亜戦争で米英の支配を排除してこそ「初めて大東亜の諸民族は永遠にその存立を大東亜の天地に確保し、共栄の楽しみをともにいたしますることができる」という。

東条は議場で採決の前に「大東亜共同宣言」を読み上げていますが、その前文の

「米英は自国の繁栄のためには、他国家他民族を抑圧。特に大東亜に対しては、あくなき侵略、搾取を行い、大東亜隷属化の野望をたくましうし、遂には大東亜の安定を根底より覆さんとせり」と英米を非難する口ぶりは、現在の中国の米国、日本非難とそっくり。

アジア人が「自存自衛を全うし」「大東亜を建設」して、「もって世界平和の確立に寄与せん」とするところも同工異曲。

こういった序文に続く大東亜共同宣言の本文(東条が読み上げたものに従って現代仮名遣いに直してあります)は、

一つ、大東亜各国は共同して大東亜の安定を確保し、道義に基づく共存共栄の秩序を建設す。
一つ、大東亜各国は相互に自主独立を尊重し、互助敦睦の実をあげ、大東亜の親和を確立す。
一つ、大東亜各国は相互にその伝統を尊重し、各民族の創造性を伸暢し、大東亜の文化を高揚す。
一つ、大東亜各国は互恵のもと緊密に提携し、その経済発展を図り、大東亜の繁栄を増進。
一つ、大東亜各国は万邦との交誼(こうぎ)を篤うし、人種的差別を撤廃し、あまねく文化を交流し、進んで資源を開放し、もって世界の進運に貢献す。

大東亜会議閉幕の翌日には、東条英機や各国代表が列席・演説した大集会が行われましたが、そこで東条は

「全東亜はいよいよその共同の使命に呈し、一挙不動の信念のもと、その協力を凝集してあくまでも大東亜戦争を完遂し、再び大東亜において、米英の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許さず、もって世界新秩序の建設に協力せんことを期し、右、決議す」と語っています。

習近平の、カザフスタン・ナザルバエフ大統領とトルコ・ダウトール外相を従えた会見も、なんだか同様に見えます。

大東亜共同宣言の各項目の意図するところを簡単にまとめると、
(1)アジア人の協力による安全保障、共存共栄
(2)欧米の介入・支配の排除、主権の尊重・内政干渉の拒否
(3)欧米の価値観に対抗して、アジア固有の伝統文化の唱道
(4)アジア人の相互協力による経済発展
(5)アジア人の交流で人種差別撤廃を図るとともに、資源獲得を進める

今回の上海宣言でもまったく同じような項目が並びます。

(1)の共存共栄ですが、上海宣言では例えば1.2で書かれています。

We reiterate our collective desire to carry forward the spirit of solidarity, cooperation and mutual assistance; respect each other’s sovereignty; seek common development and progress; and stay committed to building a security environment in Asia based on confidence, mutual trust, good neighbourliness, partnership and cooperation among all States deeply rooted in the heart of the Asian people.

4.1では、
We are ready to act upon the “Shanghai Declaration” adopted at the Summit and contribute to bringing lasting peace and common prosperity in Asia.

ふむふむ中国語ではこうなっているのか。
「我们愿本着本次峰会达成的“上海共识”,为促进亚洲地区持久和平和共同繁荣作出贡献。」

後半部分の簡体字を直すと「為促進亜州地区地球和平共同繁栄作出貢献」。亜州地区の和平共同繁栄を促進、、、なんとなくわかりますね。

(2)の介入排除・主権尊重については1.2の中で主権尊重などがすでに触れられていますが、1.3で次のように念を押す。

・・・we emphasise that no State, group of States or organisation can have pre-eminent responsibility for maintaining peace and stability.

1.4ではさらに細かく念を押す。

・・・we reaffirm to respect each other’s sovereignty, independence, territorial integrity and inviolability of internationally recognised borders and to refrain in our international relations from the threat or use of force against territorial integrity or political independence of any state in any manner inconsistent with the principles and purposes of the UN Charter;

「領土保全あるいはいかなる国の政治的独立に関しても、武力の行使あるいはその威嚇を差し控える」とあるが、あれ?中国とロシアってこの問題でどうだっけ?という疑問が出るはずですが、ちゃんとここに「国連憲章の原則と目的に一致しないやり方で」なければ武力行使してもいい、という意味内容の限定が付されているので、国連安全保障理事会が違反だと決議しなければいい→ロシアと中国は安保理で拒否権があるので国連憲章上問題だと唯一強制力のある安保理で認定されることはない→問題ない、ということですね。

そして、政権転覆のための介入の行動をとるな、と欧米に釘を刺しています。
to uphold resolution of disputes by peaceful means, not to interfere in the internal affairs of States; not to adopt or support actions that aim at overthrowing legitimate governments;

(3)の固有文化の主張については、1.5の項の冒頭からアジアの価値観を主張。
We reaffirm that diversity in traditions, cultures and values in Asia is a valuable asset to the rich content of the cooperative relations among CICA Member States.

(4)の経済発展については1.2の中など随所にありますね。

(5)について、大東亜共同宣言では、「人種差別の撤廃」という高邁な理念と「資源欲しい」という実利・下心が一項目にまとまってしまっていて、ぎこちなかったですね。

資源に関しては、上海宣言では2.6に
We acknowledge that energy security has direct impact on sustainable development at national, regional and global levels and well-being of people in all countries.
等々詳細に記されています。

上海宣言では、イランが求める原子力開発の権利が長々と書き込まれていたり、アラブ諸国が常に一言入れさせる「ダブルスタンダードは駄目」という文言も付け足しのように滑り込ませてあります。

ロシアと中国が共に抱える分離主義やテロを断固弾圧する正当化論理は詳細に書き込まれています。2.16のように、情報コミュニケーションの制限の正当化を実質上意味する文言があります。

座興に上海宣言と大東亜共同宣言の類似する部分を探してみましたが、基本的な事実は、国家元首・首脳の出席で分かるように、「ユーラシアの内陸国の集まり」です。そして、1992年に提唱したカザフスタンのナザルバエフが今もなお大統領であるように、「非民主的・独裁政権が支配する国の寄合」という性質が濃いものです。オブザーバーとして距離を置きながら観察しておくのがいいとしか言いようがありません。

福沢諭吉が「脱亜論」で「我れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」と書いたことが今となってはリアリティを感じますね・・・

もちろん、非民主主義国のブロック化が進み、再び冷戦的なグローバルな対立の軸となるのであれば、重大な意味を持った会議だったと後で言われることになるでしょう。今のところは大東亜会議のパロディのような、イメージが先行した実体の乏しい会議と見ておくしかないでしょう。