マーク•ザッカーバーグのフェイスブック上の読書サロンA Year of Booksで次に取り上げるのはイブン・ハルドゥーンの『歴史序説』だという。
https://www.facebook.com/zuck/posts/10102158767549321
これはもちろん話題になっている。
http://www.businessinsider.com/mark-zuckerberg-the-muqaddimah-2015-6
このブログでもチュニジア紀行文の連載で『歴史序説』を取り上げましたね。ザッカーバーグの使っている写真もチュニスのブルギバ広場のイブン・ハルドゥーン像です。
http://ikeuchisatoshi.com/i-1319/
http://ikeuchisatoshi.com/i-1320/
ブログで記しましたが、日本では責任を持つべき岩波文庫が、『歴史序説』を品切れにして恬然として恥じない。これって『コーラン』が絶版、みたいな話ですよ。これ抜きにしてイスラーム文明を語れるはずがない。中東諸国の混乱を理解するためのヒントも、イスラーム世界が宗教を相対化するための視点も、ここに秘められている。
イブン・ハルドゥーン(森本公誠訳)『歴史序説 (1)』 (岩波文庫)
「英語圏ではすぐ手に入る」ということの意味、彼我の差を、感じてください。
システムで負けてるんです。欧米と違って中東で手を汚していない云々とか日本人の魂とか根性とか細かさが美質だとか気質とか言う前に、システムで対抗してくださいエラい人たち。
すでに各種の英訳が継続して入手可能になっていることを前提に、ザッカーバーグのような訴求力のある人が一声かけると、一層売れる。産業の好循環ができている。
日本だとこれが縮小循環で、非力な私が「これいいよ」と声かけるだけでも例えば数十人が競って買ってしまえば、もう手に入らなくなる。
ザッカーバーグに言われてこんな分厚い本を何千人、いや何万人が「試しに読んでみようか」となって、それに供給するシステムがちゃんとある国にかなうと思いますか?
別の話だが、とあるアメリカの田舎の実業家と交流プログラムで会話させられた時、ハンチントン『文明の衝突』について、「自分は難しい本の良し悪しはわからないが、この本を読んで、自分の子供たちがティーネイジャーになる前に、ハンチントンが示した文明圏をなるべく多く見せてあげたいと思ったんだ」と語り、すでに4つ回った、来年はインドに行くことにしている、といったことをつらつらと語るのを聞いて、その大らかさと突き抜け方に感銘を受けた。
日本だとちまちまと「ハンチントンのここが違う、あれが違う」「アメリカの世界支配のイデオロギーだ」とか文句つけて、知識人たる者ハンチントンを蔑んで見せないといかん、という空気に順応しないといけなくなる。そうではなくて「文明というものがいくつもあるらしいから、自分はそれを知らなかったから、子供達には頭が出来上がってしまう前に見せてあげたい」と考えて本当に連れ歩いてしまうような人がいる国、そういう国に日本もなればいいし、なれると私は思っている。
実は、私は授業で学生に読ませたい本については、意識的にブログで紹介しなかったりしたこともあるんです。すみません。市場にちょっとしかない本を一般読者が好奇心でもって購入すると(すばらしいことです)、日本は本の出版と流通に問題を抱えているから、職業的に今すぐ手にとって線を引いて読んでいなければならない学生の手に渡らないということになり、教育に差し支えるので。
でも今後は手加減しないことにします。学生は好奇心旺盛なオジ様・大姉様・おジー様BAR様方に買い負けるな。得るものは若いうちに読んだ方が大きいはずだ。
なお、イブン・ハルドゥーン『歴史序説』の訳業を成し遂げた森本公誠先生は、イブン・ハルドゥーンの伝記を書いている。これは今読んでも高い水準。文庫版には、僭越ながら私が解説文を寄せさせていただきました。足元にも及ばぬ者が紙幅を費やしたことは恐縮至極だが、せめて普及にお役に立ちたい。
これも品切れっぽいが、Kindle版は買えます。