【寄稿】『ブリタニカ国際年鑑』2017年版に昨年のイスラーム教の動向について

今年も、『ブリタニカ国際年鑑』の宗教のセクションの、「イスラム教」の項目を寄稿しました。

池内恵「イスラム教」『ブリタニカ国際年鑑』2017年版、2017年4月、206頁

過去1年のイスラーム世界・イスラーム教についての特筆すべき動向をピックアップするという趣向で、2014年版に最初に依頼を受けて以来、連続して4年執筆しています。期せずして、年に一度のまとめの機会になっています。

今年選んだのは、
「グローバル・ジハード現象の拡散」
「反イスラム感情とトランプ当選」
「イスラム教は例外か」

でした。

「グローバル・ジハード現象の拡散」は、中東から欧米にもまたがる「イスラーム世界」における、前年から引続く事件の連鎖を取り上げました。私としてはもう飽きているのですが(なんて言ってはいけませんね)。

「反イスラム感情とトランプ当選」は、昨年から今年にかけて「イスラーム」が国際社会の中で最も顕著に政治問題化された事例として、年鑑で記録しておくことにそれなりの意味はあるでしょう。

「イスラム教は例外か」というのは、イスラーム教に対する研究や論説の次元での新動向を取り上げたものです。従来の西欧や米国でリベラル派の間で通説であった、「イスラーム(アラブ・中東)例外論を否定する」という議論に対して、米国の移民系市民のリベラル派の論客の中から、イスラーム教がその支配的な解釈において「リベラルではない」という意味では、欧米のリベラル派の想定する「宗教のあるべき(本来の)姿」、あるいは「宗教と政治とのあるべき(本来の)関係の姿」からは「例外」となるがまずこの現実を認めてから対処しないとうまくいきませんよ、という議論が出てくるようになったので、それをキャッチしました。これについては論文や学会発表でより深く取り組んでみようと思います。

ちなみに、過去3年には以下の事項を選んでいました。

2016年版
「『イスラム国』による日本人人質殺害事件」
「グローバル・ジハードの理念に呼応したテロの拡散」
「イスラム教とテロとの関係」

2015年版
「『イスラム国』による領域支配」
「ローンウルフ型テロの続発」
「日本人イスラム国渡航計画事件」

2014年版
「アルジェリア人質事件」
「ボストン・マラソン爆破テロ事件」
「『開放された戦線』の拡大」

何事も積み重ね、ということの意味が、いい意味でも悪い意味でもここのところ分かるようになって来たお年頃ですが、『ブリタニカ国際年鑑』も、自分のテーマでの論文を中断して取り組むのは、毎年辛いものがあるのですが、それでも書いておいてよかったといつか思う日があることを願っています。

年に1度の「定期観測」を、日本語の国際年鑑での「イスラム教」の項目という「定点観測」を兼ねてやっているという具合です。

そういえば、『文藝春秋オピニオン』に、2013年版以来、毎年寄稿し続けているのも、年に1度の中東・イスラーム世界をめぐる日本語での論壇の関心事の定時・定点観測のように機能しはじめているかもしれません。

『ブリタニカ国際年鑑』の方は「イスラム教」の項目、という枠や紙幅は変わらず、その中で私自身が3つ何を選ぶかが、少なくとも自分にとっては有意義な指標となっています。

『文藝春秋オピニオン』は、編集部がその年の中東・イスラーム世界に関する日本の論壇にとって有意義と感じられるもの(かつそれを池内に書かせたいと感じられるもの)を選び、本の中でどこに置いてどれだけの紙幅を割り振るかを決めるのですが、その結果、どのテーマがどれだけの長さでどこに配置されたかが、年ごとに変化していきますので、それが長期的には何らかの指標になるかもしれません。

まあそのうち依頼されなくなるというのも一つの指標でしょうか。

『中東協力センターニュース』が3ヶ月に1回の定時観測で、『フォーサイト』が月刊誌時代には月に1回、ウェブになってからは日々にミクロな変化を記録、という形になっているのと併せて、定時観測・定点観測を異なるサイクルで、異なる形式で複数続けているのが現状です。