【寄稿】「アラブの春から5年」をテーマに『毎日新聞』に談話を

寄稿に近い談話とでも言えばいいでしょうか。長い時間話してまとめてもらったものをいろいろ直したものが、『毎日新聞』1月15日付朝刊に掲載されました。

《アラブの春 5年 独裁崩壊の代償 識者は見る》「◆アラブの混乱 地域分裂、危機は深まる 池内恵・東大准教授(イスラム政治思想) 」『毎日新聞』2016年1月15日朝刊

私の発言とされるものの部分の本文を貼り付けておきます。

 「アラブの春」で、独裁者が統治してきたアラブ世界は大きく変わった。もはや独裁は不可能になり、民主化にも行き詰まり、宗派、部族単位の分裂が強まって極めて統治が難しくなったのだ。

 独裁政権の崩壊はメディアの変化によるところが大きい。新聞やテレビなど従来のメディアは、政府などのプロパガンダを伝えていた。ところが突然、衛星放 送や携帯電話、インターネットが登場したことで人々は多様な情報に接し、自ら情報を発信できるようになった。独裁政権は情報統制できなくなり、崩壊すべく して崩壊したと言える。

 ただ、民主化を目指す過程で、各国はそれぞれ困難を抱えた。選挙を行うと組織の結束力が強く、反汚職を掲げるイスラム勢力が勝つ。だが、既得権益層は権 力の移譲や教義の押しつけを認めることができない。その結果、武力で覆すケースが出た。エジプトのクーデターは一例だ。

 リビアは憲法制定を目指して数回の選挙を実施したが、民意はその度に変わった。結果として二つの政府ができ、双方が武力を持って正統性を主張するように なった。イエメンは選挙をせずに多様な勢力の代表による対話を進めたが、結論を認められない反対勢力が政府を放逐した。シリアは政権の弾圧で地方住民が離 反し、義勇兵が入って内戦に陥った。

 アラブ世界は元々、政府が正規軍の他に特殊部隊など複数の武装組織を持っており、政治が分裂すると武力も分裂、拡散する。また各勢力が宗派などを頼りに 周辺国などに援助を求めるため、国際政治も宗派紛争化した。チュニジアは軍が強くなく、労働組合などが政党間を仲介できたため、辛うじて民主化の道を進ん でいる。

 昨年は第二次大戦後最大の人道危機と言われたが、今年はより事態が悪化する可能性がある。今後は長い時間をかけて宗派や部族で似通った人たちが住み分けしていく流れがいっそう進むと思う。その過程で難民はさらに増えるだろう。

 過激派組織「イスラム国」(IS)はアラブの春の混乱で存在が可能になった組織だ。国際社会の攻撃が激しくなれば、今の場所から移動するだろう。無秩序の場所は必ず存在するからだ。

 この混乱は基本的に地元の対立に根ざしているので、国際社会はできるだけ関わらない方がいい。だが、人道危機は進行するし、米国が関与しなければロシアの関与が強まるというのが国際社会のパワーバランスだ。先行きを読むのは難しい。
(構成:三木幸治)