ここのところ、リビアで「まだら状」に「イスラーム国」関連勢力が出現し、それに対して各地の別の勢力や「政府」が対抗していく過程について、地図を紹介してきました。ちょうど今、スィルトの「イスラーム国」の領域支配を覆す軍事作戦が行われています。
ここに至るまでの経緯について、いくつか記事を整理しておきましょう。順に読むとだいたい経緯が分かります。たいていのことは、事実を時間軸に沿って並べることで整理できます。それですべてが分かるわけではないですが、何がわからないかが分かる場合があります。あるいは、分からないからと変なことを推量して脱線する危険をある程度免れます。
このシリーズは「地図で読む」というものですが、「イスラーム国」が広がる過程について、ピンポイントで「この一枚」といえる地図がないのです。それぐらい現地の情勢は流動的です。記事を紹介する途中で、ある程度雰囲気を伝える地図を二枚貼っておきましょう。
(1)デルナを発端にリビア、北アフリカ全般に拡散
2014年10月にはすでに、東部デルナに「イスラーム国」の拠点ができていると報告されています。
同時期に、インターネット上に、「イスラーム国」に忠誠を誓うリビア人が多く現れていると報じられています。
“Scores of Libyans pledge loyalty to ISIS chief in video,” Al-Arabiya (Reuters), 1 November 2014.
リビア、エジプトのシナイ半島や、チュニジアやアルジェリアなど、北アフリカ全域への拡散が危惧されるようになったのもこの頃です。
2015年2月には、リビアの「イスラーム国」を名乗る勢力が、エジプト人(コプト教徒)21名を殺害する映像を発表して、リビアへの拡散を印象づけ、衝撃を与えました。
(2)デルナを諸勢力が奪還
「イスラーム国」支持勢力の伸長が表面化したのは、東部デルナの方が先行していました。
“Libyan Islamists claim to drive Islamic State from port stronghold,” Reuters, June 14, 2015.
“Libya officials: Jihadis driving IS from eastern stronghold,” AP, July 30, 2015.
しかし東部で「イスラーム国」の支配領域を奪還する勢力も割れていて、リビアのイスラーム主義勢力がデルナの「イスラーム国」を掃討しつつ、イスラーム主義勢力に敵対することでエジプトなどからの支持を得ようとしている謎の実力者ハフタル将軍率いる「リビア国民軍」(「自称」ですが)がさらに「イスラーム国」を掃討している勢力を掃討する構えを見せるなど、不透明ですが、それについては省略。
(3)スィルトを「イスラーム国」が掌握
スィルトとその附近での伸長については、2015年2月から3月に激化したスィルトへの攻撃・浸透を経て、同年6月にはスィルトを制圧したとみなされるようになりました。
“Libyan oil pipeline sabotaged, gunmen storm Sirte offices,” Reuters, Feb 14, 2015.
“Families flee Libya’s Sirte as clashes with Islamic State escalate,” Reuters, Mar 16, 2015.
“U.S. fears Islamic State is making serious inroads in Libya, Reuters, March 20, 2015.
2015年11月にはスィルト全域とその周囲を掌握した模様です。
今日はこの時点での報道から地図を借りてきましょう。ニューヨーク・タイムズでは、イラクとシリアの領域と離れたリビアでの遠隔地での「イスラーム国」の出現の地理関係を図示。基礎的な情報ですが、リビアの場所やイラク・シリアとの位置関係・距離感がつかめない読者も多いでしょうから、有益です。
“ISIS’ Grip on Libyan City Gives It a Fallback Option,” The New York Times, November 28, 2015.
ウォール・ストリート・ジャーナルは、スィルトの周辺にチェックポイントを設けるなど、領域支配の固定化や拡大につながりかねない傾向を指摘しています。
(4)「国民合意政権(GNA)」の形成
2014年以来、GNC(General National Council 国民総会 在トリポリ)とHOR(House of Representatives 代議員議会 在トブルク、バイダ)という、2012年7月と2014年6月の別々の選挙で選出された別々の議会がそれぞれ正統政府を主張し、東西で別々の政府が並び立つ状態で、かつそれぞれの政府の構成や統治の領域が曖昧で、混沌状態になっているリビアでは、誰が誰の味方かよく分からないので、外部の勢力も介入しようがなく、放置されていた感がありますが、「イスラーム国」を名乗る勢力がスィルトの支配を固めると、なんとかしないといけない、という機運が欧米諸国の間で高まったようです。
対立する東西の政府から代表者を出させて、統一政府を作らせる動きに力が入りました。交渉は主にモロッコのスヘイラート(Skhirat)で行われ、紆余曲折、遅延の末に、2015年12月17日に統一政府の設立について合意がなされました。
“Libyan factions sign U.N. deal to form unity government,” Reuers, December 17, 2015.
12月17日の統一政府設立に関する合意を、国連安保理が23日に決議2259で後押ししています。
決議2259についての国連の報道向け発表によると次の通り。
The Security Council today welcomed the 17 December signing of the Libyan Political Agreement to form a Government of National Accord, and called on its new Presidency Council to form that Government within 30 days and finalize interim security arrangements required for stabilizing the country.
Through the unanimous adoption of resolution 2259 (2015), the 15-nation body endorsed the 13 December Rome Communiqué to support the Government of National Accord as the sole legitimate Government of Libya. It called on Member States to cease support to and official contact with parallel institutions claiming to be the legitimate authority, but which were outside of the Political Agreement.
支援国が集まって出したローマ・コミュニケで、統一政府を目指す国民合意政権(GNA)を支援の受け皿として、GNCやHORに固執する勢力には支援をしない、と約束しています。
しかしモロッコ・スヘイラートでの2015年12月17日に調印にこぎつけが合意は、西のGNAと東のHORから送られた交渉代表団の間の合意であって、それぞれの地元で政府を名乗っている勢力の中には合意受け入れを渋る勢力も多く、それぞれの政府の「議会」による12月17日合意への受け入れ決議、つまり国際合意でいうところの批准は遅れました。「最新の有効な選挙で選ばれた国際的に承認された正統な政権」を主張してきた(が、首都を追われ、最東部のトブルク近辺に押し込められて、隣接するエジプトから細々と支援を受けて命を繋いでいる)HORは、合意に賛同する議員も多いのですが、一部有力者や、結託しているハフタル将軍などの意向もあり、結局明確な形での合意受け入れをしていませんが、それについては省略。
気づいたら、「国際的に認められた正統な政権」だったはずのHORが疎外されていました。欧米諸国も「選挙で選ばれた」ことよりも、「「イスラーム国」に有効に対抗できる」ことを優先して同盟相手を選ぶようになったということでしょう。正統性については、内戦で対立する主要勢力間の12月17日合意と、それを支援してきたローマ・コミュニケ、合意を裏打ちした国連決議2259をもって、2014年6月の選挙のもたらす正統性を置き換えたといえます。
しかし、東西両政府の合意もまちまちで、そして統一政府の組閣で難航します。組閣しても、各地の政府機構(の残存物)を実際に動かし、国土に一円的な領域支配を行うまでには長い時間がかかりそうです。
チュニジアで行われていた統一政府組閣交渉などについて、サンプルとして、記事を貼っておきますが、詳細は省略。
“Tunis: Libyan Government of National Accord Announced,” Tunis-tn.com, January 19, 2016.
何はともあれ、GNCで議員や閣僚を経験したファーイズ・サッラージュを首班とする国民合意政権(GNA)(の核となる大統領評議会9名)がチュニスで選出され、欧米諸国を主体とする国際社会の後押しもあり、首都トリポリに帰還して政府としての実態を確立する作業が始まりました。
“UN-backed Libya government ‘to move to Tripoli in days’,” Al-Jazeera, 18 March 2016.
3月30日から翌日にかけて、サッラージュらGNA首脳は、船でリビアの首都トリポリに上陸します。
“Libya’s UN-backed government sails into Tripoli,” Al-Jazeera, 31 March 2016.
“Libya: Can unity government restore stability?,” BBC, 4 April 2016.
国民合意政権を認めないぞ、と言っていたトリポリのGNCを支持していた民兵集団が突如寝返ってGNA側につくなどして、GNAはトリポリでの地歩を固めつつあります。どうやってひっくり返したんでしょうね。
“Tripoli U-turn leaves Libya and hopes of peace in chaos,” The National, April 7, 2016.
欧米諸国とアラブ諸国(ヨルダンやUAEなど)との間で色々と裏がありそうですが、いずれにせよ「イスラーム国」の伸長は防がないといけない、ということだけを旗印に国内外の諸勢力がまとまりかけているとは言えるでしょう。
「「イスラーム国」と戦ってやるから武器よこせ」という現地民兵組織に武器を与えてしまっていいんでしょうか、という問題はある。GNAを支持すると言い出した諸勢力には、カダフィ政権を倒す原動力となったミスラタの民兵から、旧カダフィ派まで、さまざまな勢力がいる。5月16日にはウィーンで、2011年以来リビアに課されていた武器禁輸を一部解除してGNAを軍事的に支援することが米国やロシアなど主要国の間で合意された。
対「イスラーム国」作戦に、米国、英国、フランス、ヨルダンなどの特殊部隊が「アドヴァイザー」として加わっており、実際には銭湯にも参加している様子がちらほらと伝わってきます。その一部を紹介。
“Keeping the Islamic State in check in Libya,” Al-Monitor, April 12, 2016.
“Gaddafi loyalists join West in battle to push Islamic State from Libya,” The Telegraph, 7 May 2016.
“Why is Libya so lawless?,” BBC, 18 April 2016.
“World powers agree to arm Libyan government,” Financial Times, 17 May 2016.
(5)スィルト奪還作戦
このように裏表でいろいろな動きがあった上で、2016年5月から6月にかけて、スィルトの「イスラーム国」の拠点を制圧する軍事的な作戦が展開されるに至った模様です。
“British special forces ‘blow up Isis suicide truck in Libya’,” The Independent, 26 May 2016.