【インタビュー】読売新聞3月25日付「解説スペシャル」欄でイスラーム国とチュニジアについて

昨日(3月25日)の読売新聞朝刊に大きめのインタビューが掲載されておりました。私はあまりに忙しくて忘れていたのですが、気づいて声をかけてくれた方々が多くいました。

この記事はウェブ上では有料の「読売プレミアム」のみで公開されています。また、続編を「読売プレミアム」で出していくという企画が進んでおり、数日内に公開される予定です。

[解説スペシャル]過激派、自発的に傘下入り 「イスラム国」世界で宣伝戦…池内恵氏 東京大先端科学技術研究センター准教授、『読売新聞』2015年3月25日朝刊

元来はこのインタビューは文化部的視点から、『イスラーム国の衝撃』がどのように書かれ、読まれ、広まっているか、という本そのものの「衝撃」を現象として著者自身と記者が論評するというコンセプトだったのですが、インタビューを受ける直前に今度はチュニジアの事件が起き、私が偶然先月チュニジアにいたことから、紙面に掲載された記事は、国際面や政治面的な分析の要素に重点を置いたものになりました。

そこで、このインタビューが本来意図していた、『イスラーム国の衝撃』が1月20日に刊行された経緯から、政治面・国際面で扱われる事件の進行とシンクロすることで幅広い層に求められ、「出版的事件」となっていった過程を、著者自身の独自の視点で縦横に語る、という部分は、「読売オンライン」で公開する方向で準備しています。

ご期待ください。

チュニジアのウクバ旅団の脅威についてのJane’s事前の予測

昨日は、チュニジアのテロに関して、関与が疑われる最有力候補としてのウクバ・イブン・ナーフィア旅団について、それが「イスラーム国」の一部と言えるのかどうか、「アンサール・シャリーア」など他の組織との関係はどうかなど、混乱の所在と論点を提示したが、まだまだ議論は尽きない。

チュニジアという日本でよく知られていない国であるために、そもそもウクバ旅団について報道で名前さえ触れられないので、議論がしにくい。例えばJane’sのこの記事などを読むと、多少は整理されるのではないか。

“Katibat Uqba Ibn Nafaa recruitment efforts increase risk of terrorist attacks in urban centres in post-election Tunisia,” IHS Jane’s Intelligence Weekly, 20 November 2014.

しかし昨年11月の段階で、(1)新政権は世俗派主体である、(2)内務省の取り締まりが強まる、(3)アンサール・シャリーアの中からより多くがウクバ旅団の武装闘争に関心を移す、(4)リビアやシリアから帰還兵が帰ってくるとウクバ旅団の戦闘能力が増す、といった理由から、チュニジアの中心部でテロの可能性が高まり、カスリーン県などで攻撃が強まる、と予測しているのはさすがである。

しかしここでも観光客を狙うという可能性には触れられていない。

政府機関や治安関係の施設が狙われることは当然予測されていて、政府ももちろん対策を取っていたのだが、そこでソフトターゲットに移る、というところは常道ではあるが、リアルタイムで予測するのは難しい。テロをやる側も意図を隠すからである。

一部を貼り付けておこう。

FORECAST

A new coalition government led by the secular Nidaa Tounes party is likely to continue the security crackdown on religious extremism in an attempt to mitigate the risk of domestic terrorism. This effort is likely to lead to further defections from Ansar al-Sharia to Uqba Ibn Nafaa and accelerate the return of Tunisian militants from Libya and Syria, which is likely to increase terrorism risks in urban centres in the one-year outlook. The return of jihadist veterans will probably improve the group’s organisational and combat capabilities. Uqba Ibn Nafaa is likely to attempt to launch attacks against government officials, buildings, and security assets in Kasserine, Kef, Kairouan, Sidi Bouzid, Ariana, Sfax, Gafsa, and Tunis with both shooting and IED attacks.

チュニジアのテロを行った集団は「イスラーム国」に属するか否かーーウクバ旅団について

チュニジアのテロについて、どうも現地の報道と、日本の報道に乖離があって隔靴掻痒である。その中間には、英語圏の国際メディアの報道があるが、こちらは現地報道のうち共通認識と言える部分をかなり吸い上げつつ、「イスラーム国」や「アンサール・シャリーア」「アル=カーイダ」などのグローバルなジハードの展開についての記事へと結びつけている。日本の報道ではある程度以上複雑(に日本の読者に感じられる)ことを捨象してしまうので、結局曖昧な部分が多くなり、記者やデスク自身がわからなくなってしまい、混乱した報道になる。

そもそも現場で射殺された犯人の一人の名前についても、当初Hatem al-Khashnawi (el-Khachnaoui)と報じられたが、現地のアラビア語紙ではJabir al-Khashnawiとしているところが多い(一部・一時期にSabir al-Khashnawiとしている場合も)。これについては、事件をきっかけに犯人の故郷カスリーン県に取材に行った日本の新聞・テレビ局の記者が、確認してくればいいはずなのだが、確認してくれていない。

現地紙では早くから、カスリーン県の地元の警察当局の話として正確には「ジャービル」だと書かれていた。当初の報道で、別の兄弟の名前などと取り違えたのではないかと思う。そういった現地報道を認識しておらず、犯人の名前という重大な基本情報についてこれまでの国際報道でブレや矛盾があることも気付かず、すなわち、家族に話を聞きに行っても犯人の名前すら確認していないということであれば、いったい現地で何を聞いているのだという話になる。

有力なテレビ記者が現地から自分の思いだけを語り現地の声を聞かずに日本政治についての独りよがりの弁舌で貴重な放送時間を費やす事例があった。せっかく4年ぶりにチュニジアに行ったのなら、もっと現地に目を向けて欲しかった。

特に混乱が多いのは、事件の背後に「イスラーム国」がいるのか「アンサール・シャリーア」がいるのか、(そしてなぜか指摘されないが)「イスラーム・マグリブのアル=カーイダ」がいるのか、あるいはチュニジアの地元の自律した勢力がやったのか、という問題。

読売の電子版の昨夜配信の記事が、良いところに踏み込もうとしているのだけれども、結局挫折している感じがある。

「被害者収容の病院襲撃や現場撮影し投稿も計画か」読売新聞 3月23日(月)21時13分配信

日本の報道機関が、どうしても日本人の犠牲者関連の社会部的なものになりがちな中で、現地の報道から、事件そのものとその背後に迫ろうとする努力は買いたい。しかし、よく知らないので踏み込めない、という躊躇が見られる記事になっている。もっと頑張ってください。

なお、読売が参照したと見られるこの記事については、フェイスブックで何度か紹介しておいたので、そこから記事になったのかもしれない【】【】【】。

これを手掛かりに、裏を取ってグローバル・ジハード報道に活かしてくれるとありがたい。どこが混乱していて、どこを解明してくれると私としても助かるかについて、以下に指摘しておこう。

シュルーク紙の元の記事には「イスラーム国(あるいはISやダーイシュ)」という言葉は一つもない。事件後の夕方に「現場の写真を撮ってウクバ・イブン・ナーフィア旅団のウェブサイトに送った者が逮捕された」とあるだけだ。それなのに読売記事で「イスラーム国」のサイトに送ろうとしたと書いたことに、確かな根拠があるのかないのか、そこがポイントである。

ウクバ・イブン・ナーフィア旅団が「アンサール・シャリーア」に属するか否か、あるいは「イスラーム国」に属するか否かで、日本の報道機関は混乱してしまっている。

まず、チュニジアでの議論では、少なくとも、関与が疑われる最有力候補はウクバ・イブン・ナーフィア旅団だ、と組織の名前や人物を特定して議論するからわかりやすい。英語圏でもきちんとこの名前を出した上で、それが元来「イスラーム・マグリブのアル=カーイダ」と関係が深いが、「アンサール・シャリーア」や「イスラーム国」との関連もでき始めているので、今後もっと関係が深まるかどうかが注目される、という方向で報じられていることが多い。そこから今後の注目点が少しずつ絞られてくるわけであり、解明されていない部分が明らかになってくる。

ところが日本の報道機関は、「馴染みがない」という理由からか、「ウクバ・イブン・ナーフィア旅団」という名前を報じない。そこから、日本の報道機関に属する人たち自身が、何について報じているのかわからなくなってしまい、混乱が生じている。英語報道で「関連」を触れているからといって、そこから類推して「アンサール・シャリーアが声明」「イスラーム国と関連した組織」と報じてしまっては、実際に活動している組織そのものに目を向けることができなくなってしまう。

対象を明確に限定した名前で呼ぶのは、報道あるいはそもそも認識の基本である。私が「イスラーム国」は「イスラーム国」と呼べ、と言っているのも、きちんと名前を呼んで特定しないと、何について語っているのかというコミュニケーションの基本が曖昧になって、自分自身が混乱していくからである。

今回の犯行集団はまだ「イスラーム国」であるかどうかわからないのだから、わからない段階で犯行集団そのものを「イスラーム国」と呼ぶのは時期尚早である。犯行集団そのものと関係がありそうな組織が全くないなら仕方がないが、現地紙報道ではウクバ・イブン・ナーフィア旅団が一番関係がありそうなのだから、まずその名前を挙げて、報じていくべきだろう。

「イスラーム国」側がこの事件に声明を出していることはまずは「イスラーム国」側の問題であり、チュニジアの組織と本当に関係があるかは、今後の解明を待たねばならない。そして、報道陣はそれを解明するために現地に行っているのではないのか。

チュニジアの現地の組織とシリアやイラク、あるいはリビアに最近進出している「イスラーム国」が、具体的な協力関係に入ったのであれば、それを伝えることはスクープである。あるいは「アンサール・シャリーア」や「イスラーム・マグリブのアル=カーイダ」など別の組織との協力関係で生じたのであればそれもまた重大な情報だ。

今回日本の報道でよくある混乱の一つが、ウクバ・イブン・ナーフィア旅団のものとみられる声明を「アンサール・シャリーア」の声明と断定してしまっていること。確かに、ウクバ・イブン・ナーフィア旅団とアンサール・シャリーアは、構成員が重なっている場合があることは指摘されるが、指導者は異なり、同じ組織ではない。

アンサール・シャリーアの指導層がこの事件の直前に威嚇的・扇動的声明を出していることは当初大きく報じられたが、そのことと、ウクバ・イブン・ナーフィア旅団が事件直後に事件そのものについての詳細な声明を出していることとの関連は、依然として曖昧である。この事件をアンサール・シャリーアが行わせたかどうかがわからず、ウクバ旅団のものとみられる声明をもってアンサール・シャリーアが犯行声明を出したと同定することは早計に過ぎるのではないか。

逆に、読売の報道のように、ウクバ・イブン・ナーフィア旅団を「イスラーム国」と同一視するのも時期尚早で、もし明確な根拠なく同一視して書いたのであれば、世界の報道機関の水準からぐっと落ちて、先頭集団からは完全に脱落する。少なくともシュルーク紙の元記事ではウクバ・イブン・ナーフィア旅団が「イスラーム国」の一部だとは書いていない。それを「イスラーム国」と断定したのは読売の判断であるが、これは根拠があるのか。

もしかすると記事を読んでもらった現地のアルバイトなどが「ウクバ旅団はイスラーム国だ」と言い切っていたのかもしれないが、そうであれば、その根拠こそをぜひ教えてもらって、さらに調べて欲しい。

もちろん、将来この旅団が「イスラーム国」入りする可能性はある。今回の事件が、「イスラーム国」との初の連携作戦であったと華々しく宣言される可能性はある。それこそがグローバル・ジハードの基本メカニズムであるからだ。

だから私も注目しているのだが、そのようなつながりを示す事実を発見することなしに、「たぶん関係あるんでしょ?」という推測だけで「イスラーム国の一部」と断定してしまうと、それは素人の勘違いということになり、混乱を招く情報にもなる。

なお、「ウクバ・イブン・ナーフィア」とは北アフリカを征服した7世紀のウマイヤ朝の将軍の名前。北アフリカでは有名な名前である。

ウクバ・イブン・ナーフィア旅団は昨年9月20日に「イスラーム国」を支持する声明を出しているが、それだけでは「イスラーム国」の一部とは言い難い。今回の事件をきっかけに、より具体的な関係が見えて来れば、それこそ一大事である。それがあるかどうかを世界の報道機関も諜報機関も注目しているのである。よく知らずに「イスラーム国」と書いてしまったのであれば、フライングだろう。

もし「ウクバ旅団はすでに「イスラーム国」の一部として行動している、今回の事件はまさにその最初の例だ」と言い切れる根拠があるのであれば、ぜひそれをさらに掘り進めて報道してほしい。そちらであれば世界最先端のスクープになる。今回の事件が国際的に注目される理由はまさに、その可能性があるかないかが注目されているからだ。

私としては、むしろ逆に、ウクバ旅団の方が、「イスラーム国」やヌスラ戦線などシリアの組織に引き寄せられているチュニジア人を引き戻して、自分の組織の傘下に入れようとしている可能性もあると思う。「イスラーム国」の軍門に下るのではなく、「イスラーム国」と同じようなことを自分たち主導でやろうとしている、ということである。どの国の組織もあくまでも「ジハード」をやりたいのであって、イラク人やシリア人の「イスラーム国」指導部に従いたいのではない。やるなら自分達が指導者になりたい、と考えているだろう。イラクやシリアに移った時はそれは現地の指導部に頭を下げているが、自分の国でやるときは自分たちが指導する、というのが当然である。「イラク・イスラーム国」から送り込まれてシリアに行ったシリア人が、シリアでは自分たちが主導権を握ってヌスラ戦線を「イラク・イスラーム国」から自立させていった経緯があるように、グローバル・ジハードも実際の政治的な主導権においては、ローカルな土地と人の結びつきによって規定される面が大きい。