【今日の一枚】(12)「イスラーム国」のイラクとシリアでの領域支配の変遷(その2)2014年後半の拡大・定着

2016年6月10日以来の2年間の「イスラーム国」の領域支配の拡大・縮小を、地図でつらつらと辿ってみましょう。今日は第2回。

ここではシリアに特化してみましょう。この地図は、2014年の8月31日と、2015年1月10日で、「イスラーム国」のシリアでの領域支配の状況を比較したもの。

Isis Syria 2014 expantion Wall Street Journal
“Months of Airstrikes Fail to Slow Islamic State in Syria,” The Wall Street Journal, January 14, 2015.

今度はウォール・ストリート・ジャーナル紙から借りてきてみました。

2015年1月の段階の記事ですが、「イスラーム国」が出現してから半年の間、米国などが空爆を行っても、勢力範囲は狭まるどころか、むしろ広がり、支配を固めた地域が多くあった、ということを示しています。

この段階ではそのような状況があり、認識があったのですね。2015年を通じて、この趨勢を覆していく軍事的な国際包囲網が、一直線ではないですが、進んでいきます。

その過程では、(これは「イスラーム国」に直接忠誠を誓った集団ではありませんが)、2015年1月のパリでのシャルリー・エブド紙襲撃事件のような、グローバルなテロの事象が目立ったこと、それによって「イスラーム国」への各国からの義勇兵の結集が、その後の帰還兵問題として各国の国内問題としてテロの拡散・強化につながると危惧されたことが、対「イスラーム国」の軍事的な介入を各国政府・社会に決断させた、という事情がありました。

日本ではこの間、1月20日−2月1日に関してのシリアでの「イスラーム国」による人質殺害事件に関する、固有のドメスティックな議論が展開されたことを、遠くに記憶しています。

【今日の一枚】(11)「イスラーム国」のイラクとシリアでの領域支配の変遷(その1)衝撃の瞬間

昨日はシリア内戦の最新の動向を見てみましたが、今日からはシリアとイラクでの「イスラーム国」の領域支配について、順を追って見ていきましょう。「イスラーム国」はシリア内戦やイラクの紛争の全体構図から言えば一部の勢力に過ぎませんが、重要であり、国際的な関心を最も集め、国際的な取り組みの焦点となることは確かです。

現在、米国やイギリス・フランスなどを中心にした、対「イスラーム国」の作戦が、イラク、シリア、リビアで並行して行われている模様です。

リビアでは一応隠密作戦ですが、スィルトの攻略作戦では、米国やイギリス、フランス、あるいはヨルダンの関与が報じられています。

これに対してイラクとシリアではもっとあからさまに「イスラーム国」制圧作戦が行われており、むしろ実態以上に進展が報じられている宣伝戦の様相も濃くしています。

イラクでは、イラク中央政府軍やシーア派民兵集団がラマーディーなどのアンバール県の制圧を進めると共に、「イスラーム国」の首都でカリフの座でありイラク第二の都市であるモースルの攻略をイラク中央政府軍、あるいはクルディスターン地域政府(KRG)のペシュメルガが近く行う、と言われ続けて一向に始まらず、しまいには「年内」といった曖昧な期日が設定されるようになっています。

シリアでは、米国に支援されたクルド系YPG(民衆防衛部隊)とそれと同盟したアラブ系などのSDF(シリア民主部隊)が、シリアでの「イスラーム国」の首都ラッカを今にも制圧しそうな様子が報じられながら、実際には方向を転じて、トルコとの国境に近いエリアの要衝マンビジュの攻略に向かっています。

領域支配のモデルを提供したイラクとシリアでの「イスラーム国」について、今日から、順に地図で見てみましょう。

全くの周知の事実ですが、『イスラーム国の衝撃』でも冒頭12頁に書いておきましたが、「イスラーム国」が国際政治上の大問題として現れたのは、イラクのモースルを制圧して広範な領域支配を確立した2014年6月10日のことです。

それから2年の歳月がたちました。この辺りで、領域支配を行う勢力としての「イスラーム国」の変遷を、地図で見てみましょう。ここでは「イスラーム国」が領域支配を広げて世界に衝撃を与えた直後にEconomistが出してきた地図を転載しておきます。

ISIS Iraq Syria June 14 2014 Economist
“Two Arab countries fall apart: The Islamic State of Iraq and Greater Syria,” The Economist, June 14, 2014.

英エコノミスト誌の地図には定評があります。地図を過去のものまで無尽蔵に検索してみることができることのためだけにもウェブ版を購読する価値があります。

(1)この時点で、「イスラーム国」の勢力範囲についてだけでなく、イラクとシリアのクルド人勢力の範囲を描いているところはさすがですね。もちろん、イラクでの「イスラーム国」の電撃的な勢力拡大に対して、イラク政府軍がなすすべもなく逃亡・消滅したのに対して、KRG (クルディスターン自治政府)のペシュメルガが有効に対処するだけでなく、この機会にイラク中央政府との係争の地であるキルクークなどへの実効支配を進めたという点は当時から報じられていましたので、「イスラーム国」による実効支配の地域の拡大は、クルド人勢力の実効支配の拡大と対になっているという点は知られていました。

しかしそれを当時まだクルド人勢力の帰趨が定かでなかったシリアにも拡張し、緑色を二種類使い分けて、イラクとシリアのクルド人勢力のその時点での勢力範囲を塗っておいたことは、いかにも慧眼です。こういうことは多くの人がモヤッと頭で思っていても、実際に手が動いてこのように塗れるかというとそれは別問題です。この点で英エコノミストは他の媒体と比べて一日の長があり、その差はちょっとのように見えて果てしなく大きなものです。

(2)マンビジュ(地図上ではMinbijと表記)の戦略的重要性をこの時点で認識して、地図上に記しているところもさすがです。シリアとトルコの国境地帯の重要地点で、イドリブ近辺の反体制勢力にとっても、「イスラーム国」勢力にとっても補給ライン上の要衝であり、またクルド人勢力にとっては飛び地の間をつなぐために重要な地点です。

(3)なお、イラクの「イスラーム国」の範囲については、モースルなどニネヴェ(ニーナワー)県からサラーハッディーン県にかけての「イスラーム国」の勢力拡大が進んでいた地域を、そしてアンバール県の全体を、塗りつぶしています。

その後、英語圏のメディアの報道ではあまり塗りつぶさないようになり、都市と大河の流域の人口密集地、都市間をつなぐ幹線道路以外は、人が住んでいない土地として白く塗り残すようになりました。これは実態の解明が進んだということもありますが、実態以上に「イスラーム国」を大きく見せ、義勇兵が集まることを避ける、メディアの側の配慮があったのではないかとも推測します。「イスラーム国」が突然に拡大した2014年の6月の時点では、このようにべったり塗りつぶしていたことが分かります。

 

【今日の一枚】(10)ロシアがシリア南方タニフを空爆:標的は米・英に支援された反体制派

シリア内戦で米・露は停戦と和平協議を支援すると合意していますが、同時に介入によって対立しています。

今度はシリア南部のイラクとの国境の町タニフ(al-Tanif; al-Tanf)で、「イスラーム国」と戦っている反体制派を空爆した模様です。

“Russia failed to heed U.S. call to stop targeting Syrian rebels: U.S,” Reuters, June 17, 2016.

ロシアはクラスター爆弾を使った、とも報じられています。

“Images suggest that Russia cluster-bombed U.S.-backed Syrian fighters,” The Washington Post, June 19, 2016.

いったい誰が誰と戦っているんだ?という疑問を感じるよりも先に、そもそもタニフってどこだ?と思う方が大半でしょう。無理もありません。ものすごくマイナーな寒村です。寒村というも語弊があり、気温が摂氏50度ぐらいになる超酷暑の村です。

場所を地図で見てみましょう。

シリア南部Tanfの制圧2015年5月BBC
“Islamic State ‘seizes key Syria-Iraq border crossing’,” BBC, 22 May 2015.

シリアのイラクとの間で、南のイラク・アンバール県との国境には主に二つの検問所がありますが、小さいほうです。大きいほうがユーフラテス河沿いに国境を越えるルート上にありで、シリア側がブーカマール(al-Bukamal; al-Boukamal)、イラク側がカーイム(al-Qa’im)です。

それに対して、ヨルダンとの国境にも近い支線のような街道でイラクの最西端で国境を越える検問所が、シリア側がタニフ、イラク側がワリード(al-Walid; al-Waleed)です。まあめったに通らないところですね。

この地図を載せた記事にあるように、2015年5月にはこのタニフをイスラーム国が支配下に入れています。現在、イラクとシリアの両方で「イスラーム国」の領域支配を縮減させる軍事作戦が進んでいますが、そこで国境検問所は大きな争点になっています。

米国や英国は、ヨルダンでシリアの反政府組織を訓練して「新シリア軍(NSA=New Syrian Army; Jaysh Suriya al-Jadid)」と名付け、今年3月にはヨルダンとの国境に近いタンフに送り込み、「イスラーム国」から奪還したようです。

“Syrian rebels seize Iraq border crossing from Islamic State: monitor,” Reuters, March 4, 2016.

米国はシリア北部での反体制派の育成には失敗しましたが(そもそもやる気が見られない)、シリア南部では比較的成果が出ています。

しかしタニフをめぐってはその後も「イスラーム国」が頻繁に攻勢をかけてかけてきて、NSAは防戦に追われているようです。

ロシアとアサド政権は、「イスラーム国」がタニフを制圧していた時期には関心を示していなかったのですが、米国が支援する反体制派がタニフを制圧したとなると、空爆を行ってきた模様です。

このように、「イスラーム国」は現地の文脈では、どの政治勢力にとっても、第一の敵ではないので、「イスラーム国」にとっての敵同士が争っているうちに、「イスラーム国」の勢力範囲が広がるというメカニズムがあります。

【追記】地図に関するエントリは少し前に書いて自動アップロードの予約をかけておくのですが、予約後の6月21日、タニフのすぐ西の、ヨルダン・シリア国境地帯のルクバーン(Rukban)のシリア側で、ヨルダン軍部隊に対する自動車爆弾によるテロが起こりました。ホットスポットがこの近辺に現れているようです。

ルクバーンの場所はこちら。元来が町もない無人地帯。

ヨルダン・シリア国境ルクバーン

“Jordanian troops killed in bomb attack at Syria border,” BBC, 21 June 2016.

ルクバーンでは、ヨルダンとシリアの緩衝地帯にシリア難民(国内避難民とも言える)が押し寄せて、ヨルダンに入国できずにキャンプを作っている。

ヨルダン・シリア国境ラクバーンの難民キャンプ

“Jordanian troops killed in bomb attack at Syria border,” BBC, 21 June 2016.

右下を斜めに横切る茶色い道路がヨルダンの国境で、それに対して、左上に斜めに横切るのがシリアの国境。その間に無数の薄水色の点や斑点が見えますが、それが難民のキャンプ。シリア・ヨルダンの緩衝地帯で、シリア難民はシリア政府の管理を離れつつ、ヨルダン政府によって難民として入国することを阻止されている、宙ぶらりんの状態です。

関連記事をいくつか。

“Jordan soldiers killed in Syria border bomb attack,” al-Jazeera, 21 June 2016.

池内恵「ヨルダンとシリアの緩衝地帯ルクバーンで自動車爆弾によるテロ」『フォーサイト』2016年6月22日

【今日の一枚】(9)2016年2月アサド政権のアレッポ北方攻勢

昨日は、シリア内戦の現在の焦点がマンビジュを中心とした、北部のトルコとの国境地帯にある回廊をめぐる諸勢力の競合になっていることを地図で示しました。最近もこのような記事が出ています

シリア北部のトルコとの国境地帯には、クルド人勢力の三つの飛び地(西からアフリーン、コバネ、ジャジーラ)が点在し、そこにクルド系民兵組織YPGが勢力を強めて、それぞれの飛び地を範囲を拡大してクルド人が多数派ではなかった地域(例えばテッル・アブヤドTal Abyad)を含めて実効支配の範囲を広げ、かつ飛び地を結合させようとしている。

ここで回廊のように残ったユーフラテス河以西でクルド人の多いアフリーントの間の回廊、国境付近の町でいうとジャラーブルス(Jarabulus)からラーイー(al-Ra’i)そしてアアザーズ(Azaz; A’azaz)にかけてのエリアが、「イスラーム国」と、イドリブ付近の反体制派にとって補給路となることから、重要性が増しています。

このエリアに関わってくる諸勢力を図示しようとすると、(1)アサド政権がアレッポ北部で勢力を回復、(2)クルド人勢力が勢力を拡大し、ユーフラテス河以西にも伸長、(3)イスラーム国の伸長、(4)反体制派諸勢力の合従連衡、ヌスラ戦線などのイスラーム主義勢力と、より世俗的な勢力の関係、(5)米国の空爆と支援、(6)ロシアの空爆と支援、(7)トルコの支援と勢力圏確保、(8)イランやヒズブッラーの部隊派遣、といった多種多様な勢力の動向が関係するので、とても一枚の地図には載せられません。

今日はひとまず、今年2月の攻勢で、(1)のアサド政権支持勢力が、民兵集団も動員して、アレッポ北部で点と線のように支配領域を広げて、イドリブ周辺の反政府勢力とトルコをつなぐ「回廊」の切断を図ったという事象を見てみましょう。シリア内戦の動向を規定する重要な出来事です。

昨日のシリア北部のより広域の地図と一緒に見ていただきたいのですが、今年2月のアレッポの周辺の地図。

アレッポ反体制派トルコへの補給路をアサド政権が切断2016年2月
“Syrian War Could Turn on the Battle for Aleppo,” The New York Times, February 12, 2016.

水色の部分がアサド政権軍の支配領域で、濃い水色の部分が今年2月初頭の攻勢で拡張した部分です。アサド政権側は、アレッポを迂回してぐるっと回るような位置を抑えていますが、支配領域を先に延ばして、クルド人勢力のYPGが支配しているアフリーンに接するところまで支配下に収める。

非常に狭い範囲なのですが、全体状況から見ると、反体制派とトルコとの間の補給路を切断する大きな意味を持つ攻勢です。

さらに拡大しましょう。

アサド政権軍の反体制派トルコへの補給路切断2016年2月
“Syrian rebels losing grip on Aleppo: Russian bombardment helps pro-Assad militia close in on key northern city held by opposition forces for three years,” The Guardian, 4 February 2016.

アサド政権軍は2月1日に始まった攻勢で、ヌブル(Nubl)からザハラー(Zahra’a)へと支配領域を伸ばしました。これらの町は、シーア派が多く、スンナ派の原理主義的な思想を抱くヌスラ戦線などが反体制派の主流になって政権を倒すと、迫害されるという恐れを持っており、政権支持派が多いとされます。そのような町を、ヌスラ戦線などが2012年以来3年にわたって包囲していましたが、それを「救出した」ということでアサド政権は正統性を主張しました。

ヌブルとザハラーの制圧によって、アサド政権はイドリブ近辺を拠点とする反体制派を封じ込めると共に、さらにアレッポの南方のゼルバから北方に前線を伸ばして、アレッポの反体制派を包囲しようとしました。

この時は、反体制派ももう終わりか、とまで報じられたものです。

“Syrian rebels are losing Aleppo and perhaps also the war,” The New York Times, February 4, 2016.

しかしこういった「キャンペーン」では報道向けに大々的に戦果を発表するのですが、後が続かないのが常です。大げさに発表するだけでなく、アサド政権は全土を掌握するには兵員が足りなくなっている模様です。こういった作戦を行うたびに兵站が伸び切ってしまい別の場所が手薄になる。直後に逆にアサド政権とアレッポの間のハナースィル(Khanasser)で反体制派の攻撃により補給路を絶たれるなど、一進一退が続いています。

しかし和平交渉をやりながら、2月初頭にこうやって攻勢に出て、有利な立場で2月22日のケリー・ラブロフ合意、27日発効の「敵対行為の停止」に持ち込み、その後やる気のない和平交渉で時間を潰した挙句4月から5月にそれが予想通り崩壊し、また全面的な戦闘に戻っているのですから、軍事力で紛争を終わらせることはできなくても、軍事力と外交的策略を組み合わせることで、内戦を永続的に戦うことを可能にする、というアサド政権の戦略目標にとっては大きな効果を得た作戦だったと見られます。

また、アサド政権の攻勢に際して、クルド人勢力はどの程度協調したのか、あるいはトルコはどのように反応したのか、などより詳細に検討しなければならない面が数多くあります。

ロイターが2月15日に出してきたこの地図が、もっとも完備しているかもしれません。アサド政権の攻勢を支えたロシアの空爆の箇所や、アサド政権の攻勢と同時期に勢力範囲を広げようとしたYPGの動き、そしてYPGに対抗するトルコの動きも図示されています。トルコはアアザーズでYPGの攻勢を退けたが、YPGはメナグ(Menagh)基地は制圧している。

シリアのアレッポ北回廊ロイター2016年2月15日
“ISIS cuts off crucial government supply line to Syria’s largest city,” Business Insider (Reuters), February 23, 2016.

【今日の一枚】(8)シリア内戦の焦点マンビジュ:アレッポ北部の回廊2016年6月

先週まではリビア内戦と、局所的な、まだら状の「イスラーム国」の出現、それに対する国内外の動きについて、地図を用いて見てきましたが、これから、少し時間を使って、シリア、そしてイラクでの「イスラーム国」の領域支配の変遷について見ていきましょう。

まず、シリア内戦の現状から。

2016年の6月現在、シリア内戦で最も関心が集まる「焦点」と言える問題を地図を示してみましょう。それはシリア北部の「マンビジュ」という町を中心とした地図です。

シリア内戦トルコとの回廊の争奪戦2016年6月
“Rebels push IS back from Turkish border as Manbij showdown looms: Turkey-backed rebels launch surprise counter offensive in Azaz to the west ahead of joint Manbij offensive in the east,” Middle East Eye, 8 June 2016.

マンビジュとは聞き慣れない地名かもしれません。しかし2011年以来のシリア内戦を注視してきた人にはなじみ深い名前と思います。2014年以来「イスラーム国」の支配下にありますが、2016年5月31日に、米国に支援されたシリア民主部隊SDF)が、マンビジュに攻勢をかけています。SDFは、シリア北部のクルド人主体の民兵組織YPGと連合した組織で、その支配下にあると考えられます。YPGの実効支配する領域で、クルド人以外を主体に編成された部隊ということです。

マンビジュをめぐる攻防戦が、米国に支援されていることで、また「イスラーム国」対策ということで、国際メディアで大きく報じられがちですが、この地図を付したMiddle East Eyeの記事では、そこにさらに錯綜した対立関係があることを記してくれています。この記事によれば、マンビジュでクルド人勢力とそれと連合した部隊が米国に支援されて対「イスラーム国」の攻勢に出ている間に、それより北西の、トルコ国境に近いマーレア(Marea)とアアザーズ(Azaz)を支配する反体制(反アサド)勢力に対して「イスラーム国」が攻勢をかけており、これをトルコが撃退した、とのことです。

この記事は、トルコが、敵対するYPGが米国の支援を取り付けて進める勢力拡大と競って、ただし直接それとは対立せず、マーレアとアアザーズで別個に「イスラーム国」と戦っていますよ、と宣伝して、米国に評価を求めているように見えるもので、事実かどうかは、慎重に検討しないといけませんが、全く事実でないとは言えないでしょう。

緑の部分が、トルコと関係の深い反体制(反アサド)勢力の領域です。これがピンク色のアサド政権の支配領域によって分断されているのが分かるでしょう。トルコとの国境に近いマーレアとアアザーズが、イドリブなどを中心とする反体制勢力の主要な領域から切り離されています。これが最近生じている現象です。アサド政権は次に、マンビジュなどの方向に攻勢に出る模様です(赤い矢印)。アサド政権のアレッポ付近の支配領域は、細い線のような補給路でかろうじて中央部のハマーやホムスにつながっており、途中のハナースィル(Khanasser)が要衝となっている。

黄色の部分がシリアのクルド人勢力のYPGの勢力範囲です。トルコはシリアのクルド人勢力や、それと関係を深めるアメリカに対して、「ユーフラテス河がレッドライン」と表明してきました。国境のジャラーブルス(Jalabuls 河の西側)、下流に少し行ったところのサッリーン(sarrin これは河の東側ですが)などより西に来てはいけない、と警告していたのですね。しかし現在、このラインを超えてYPGあるいはその傘下にあると見られるSDFが展開しています。

YPGがさらに西に来て、マンビジュを勢力範囲にすると(黄色い矢印)、次にはマーレアやアアザーズに及びそうな雰囲気です。最終的に、飛び地となっている西の黄色の部分と繋がろうとしているように見えます。これをトルコは警戒しています。マーレアとアアザーズは、アサド政権だけでなく、クルド人勢力の西の飛び地(ここでは書いてありませんが、アフリーンと呼ばれます)の延伸によってもイドリブから切り離されています。この記事では緑の矢印で、マーレアとアアザーズへの「イスラーム国」からの攻勢を撃退していると記しています。

灰色の部分が「イスラーム国」の支配領域です。

1年近く前の、もう1枚の地図と記事を併せて見ると、今起こっていることの意味や、この間に進んだ変化が見えてきます。

シリアの飛行禁止区域ワシントン・ポスト
“U.S.-Turkey deal aims to create de facto ‘safe zone’ in northwest Syria,” The Washington Post, July 26, 2015.

この地図、そしてこの記事は、昨年7月に、トルコが米国と、シリア北部の、ちょうど今問題になっているマンビジュやマーレアやアアザーズの一帯を、「安全地帯」にすると合意した(とトルコ側が主張した)というものです。

ほぼ1年前の勢力地図を見ますと、反体制派(Rebels)の領域がアアザーズ近辺からイドリブまで繋がっており、ちょうどトルコへの「回廊」のようになっています。

同様に、「イスラーム国」もシリア・トルコ国境地帯のユーフラテス河以西の領域にトルコへの「回廊」を持っています。ここを通じて、戦闘員や資金や武器などが流入します。

この一帯を抑える勢力が、シリア内戦の今後において、有利な立場を得ることは間違いがありません。そこで、米国が支援したクルド人勢力・同盟部隊によるマンビジュ攻略や、トルコによるアアザーズやマーレアの支援が重要な意味を持ってきます。

「イスラーム国」が補給の回廊を維持するのか、クルド人勢力が米国の支持を得てトルコとの国境地帯にひとつながりの領域を確保するのか、トルコがクルド人勢力に楔を打つこの場所に一種の勢力圏を確保するのか。アサド政権がそれらの対立を利用して勢力範囲を回復するか、あるいは反体制勢力の補給路を分断するのか。

過去1年間の間に、トルコにとっては不利な状況になっていると言えるでしょう。クルド人勢力の対「イスラーム国」作戦の地上部隊としての役割を重視する米国はトルコの主張する飛行禁止区域設定を支持せず、トルコの警告に反して、ユーフラテス河以西のマンビジュへの攻勢を支援しています。アサド政権は、クルド人勢力とおそらく暗黙の合意があるのか、イドリブとトルコとの間の回廊の切断に成功しています。しかしトルコも、米国の空爆にインジルリク空軍基地を提供しているといった強みから、全く排除されることはないでしょうし、シリアの現地の諸勢力を支援して、撹乱することができます。

“ANALYSIS: From master to observer – how Turkey became irrelevant in Manbij: Turkey opposes plans to create a federal region in northern Syria after US-backed Kurdish forces take Manbij,” Middle East Eye, 2 June 2016.

【今日の一枚】(7)リビアの分裂状況(その5)年表を作ってみた

ここのところ、リビアで「まだら状」に「イスラーム国」関連勢力が出現し、それに対して各地の別の勢力や「政府」が対抗していく過程について、地図を紹介してきました。ちょうど今、スィルトの「イスラーム国」の領域支配を覆す軍事作戦が行われています。

ここに至るまでの経緯について、いくつか記事を整理しておきましょう。順に読むとだいたい経緯が分かります。たいていのことは、事実を時間軸に沿って並べることで整理できます。それですべてが分かるわけではないですが、何がわからないかが分かる場合があります。あるいは、分からないからと変なことを推量して脱線する危険をある程度免れます。

このシリーズは「地図で読む」というものですが、「イスラーム国」が広がる過程について、ピンポイントで「この一枚」といえる地図がないのです。それぐらい現地の情勢は流動的です。記事を紹介する途中で、ある程度雰囲気を伝える地図を二枚貼っておきましょう。

(1)デルナを発端にリビア、北アフリカ全般に拡散

2014年10月にはすでに、東部デルナに「イスラーム国」の拠点ができていると報告されています。

“The Islamic State’s First Colony in Libya,” Policywatch 2325, The Washington Institute for Near East Policy, October 10, 2014.

同時期に、インターネット上に、「イスラーム国」に忠誠を誓うリビア人が多く現れていると報じられています。

“Scores of Libyans pledge loyalty to ISIS chief in video,” Al-Arabiya (Reuters), 1 November 2014.

リビア、エジプトのシナイ半島や、チュニジアやアルジェリアなど、北アフリカ全域への拡散が危惧されるようになったのもこの頃です。

“The ‘Caliphate’s’ Colonies: Islamic State’s Gradual Expansion into North Africa,” Spiegel Online International, November 18, 2014.

2015年2月には、リビアの「イスラーム国」を名乗る勢力が、エジプト人(コプト教徒)21名を殺害する映像を発表して、リビアへの拡散を印象づけ、衝撃を与えました。

(2)デルナを諸勢力が奪還

「イスラーム国」支持勢力の伸長が表面化したのは、東部デルナの方が先行していました。

“Libyan Islamists claim to drive Islamic State from port stronghold,” Reuters, June 14, 2015.

“Libya officials: Jihadis driving IS from eastern stronghold,” AP, July 30, 2015.

しかし東部で「イスラーム国」の支配領域を奪還する勢力も割れていて、リビアのイスラーム主義勢力がデルナの「イスラーム国」を掃討しつつ、イスラーム主義勢力に敵対することでエジプトなどからの支持を得ようとしている謎の実力者ハフタル将軍率いる「リビア国民軍」(「自称」ですが)がさらに「イスラーム国」を掃討している勢力を掃討する構えを見せるなど、不透明ですが、それについては省略。

(3)スィルトを「イスラーム国」が掌握

スィルトとその附近での伸長については、2015年2月から3月に激化したスィルトへの攻撃・浸透を経て、同年6月にはスィルトを制圧したとみなされるようになりました。

“Libyan oil pipeline sabotaged, gunmen storm Sirte offices,” Reuters, Feb 14, 2015.

“Families flee Libya’s Sirte as clashes with Islamic State escalate,” Reuters, Mar 16, 2015.

“U.S. fears Islamic State is making serious inroads in Libya, Reuters, March 20, 2015.

2015年11月にはスィルト全域とその周囲を掌握した模様です。

今日はこの時点での報道から地図を借りてきましょう。ニューヨーク・タイムズでは、イラクとシリアの領域と離れたリビアでの遠隔地での「イスラーム国」の出現の地理関係を図示。基礎的な情報ですが、リビアの場所やイラク・シリアとの位置関係・距離感がつかめない読者も多いでしょうから、有益です。

“ISIS’ Grip on Libyan City Gives It a Fallback Option,” The New York Times, November 28, 2015.

ISIS in Libya NYT Nov 2015

ウォール・ストリート・ジャーナルは、スィルトの周辺にチェックポイントを設けるなど、領域支配の固定化や拡大につながりかねない傾向を指摘しています。

“Islamic State Tightens Grip on Libyan Stronghold of Sirte
City across the Mediterranean from Europe is first outside Syria or Iraq to come under the group’s control,” The Wall Street Journal, November 29, 2015.

ISIS in Libya WSJ Nov 2015

(4)「国民合意政権(GNA)」の形成

2014年以来、GNC(General National Council 国民総会 在トリポリ)とHOR(House of Representatives 代議員議会 在トブルク、バイダ)という、2012年7月と2014年6月の別々の選挙で選出された別々の議会がそれぞれ正統政府を主張し、東西で別々の政府が並び立つ状態で、かつそれぞれの政府の構成や統治の領域が曖昧で、混沌状態になっているリビアでは、誰が誰の味方かよく分からないので、外部の勢力も介入しようがなく、放置されていた感がありますが、「イスラーム国」を名乗る勢力がスィルトの支配を固めると、なんとかしないといけない、という機運が欧米諸国の間で高まったようです。

対立する東西の政府から代表者を出させて、統一政府を作らせる動きに力が入りました。交渉は主にモロッコのスヘイラート(Skhirat)で行われ、紆余曲折、遅延の末に、2015年12月17日に統一政府の設立について合意がなされました。

“Libyan factions sign U.N. deal to form unity government,” Reuers, December 17, 2015.

“Rival Libyan factions sign UN-backed peace deal: Accord signed in Morocco aims to form unity government and end years of violence and chaos in North African nation,” Al-Jazeera, 18 December 2015.

12月17日の統一政府設立に関する合意を、国連安保理が23日に決議2259で後押ししています。

“Unanimously Adopting Resolution 2259 (2015), Security Council Welcomes Signing of Libyan Political Agreement on New Government for Strife-Torn Country,” 23 December 2015.

決議2259についての国連の報道向け発表によると次の通り。

The Security Council today welcomed the 17 December signing of the Libyan Political Agreement to form a Government of National Accord, and called on its new Presidency Council to form that Government within 30 days and finalize interim security arrangements required for stabilizing the country.

Through the unanimous adoption of resolution 2259 (2015), the 15-nation body endorsed the 13 December Rome Communiqué to support the Government of National Accord as the sole legitimate Government of Libya. It called on Member States to cease support to and official contact with parallel institutions claiming to be the legitimate authority, but which were outside of the Political Agreement.

支援国が集まって出したローマ・コミュニケで、統一政府を目指す国民合意政権(GNA)を支援の受け皿として、GNCやHORに固執する勢力には支援をしない、と約束しています。

しかしモロッコ・スヘイラートでの2015年12月17日に調印にこぎつけが合意は、西のGNAと東のHORから送られた交渉代表団の間の合意であって、それぞれの地元で政府を名乗っている勢力の中には合意受け入れを渋る勢力も多く、それぞれの政府の「議会」による12月17日合意への受け入れ決議、つまり国際合意でいうところの批准は遅れました。「最新の有効な選挙で選ばれた国際的に承認された正統な政権」を主張してきた(が、首都を追われ、最東部のトブルク近辺に押し込められて、隣接するエジプトから細々と支援を受けて命を繋いでいる)HORは、合意に賛同する議員も多いのですが、一部有力者や、結託しているハフタル将軍などの意向もあり、結局明確な形での合意受け入れをしていませんが、それについては省略。

気づいたら、「国際的に認められた正統な政権」だったはずのHORが疎外されていました。欧米諸国も「選挙で選ばれた」ことよりも、「「イスラーム国」に有効に対抗できる」ことを優先して同盟相手を選ぶようになったということでしょう。正統性については、内戦で対立する主要勢力間の12月17日合意と、それを支援してきたローマ・コミュニケ、合意を裏打ちした国連決議2259をもって、2014年6月の選挙のもたらす正統性を置き換えたといえます。

しかし、東西両政府の合意もまちまちで、そして統一政府の組閣で難航します。組閣しても、各地の政府機構(の残存物)を実際に動かし、国土に一円的な領域支配を行うまでには長い時間がかかりそうです。

チュニジアで行われていた統一政府組閣交渉などについて、サンプルとして、記事を貼っておきますが、詳細は省略。

“Tunis: Libyan Government of National Accord Announced,” Tunis-tn.com, January 19, 2016.

何はともあれ、GNCで議員や閣僚を経験したファーイズ・サッラージュを首班とする国民合意政権(GNA)(の核となる大統領評議会9名)がチュニスで選出され、欧米諸国を主体とする国際社会の後押しもあり、首都トリポリに帰還して政府としての実態を確立する作業が始まりました。

“UN-backed Libya government ‘to move to Tripoli in days’,” Al-Jazeera, 18 March 2016.

3月30日から翌日にかけて、サッラージュらGNA首脳は、船でリビアの首都トリポリに上陸します。
“Libya’s UN-backed government sails into Tripoli,” Al-Jazeera, 31 March 2016.

“Libya: Can unity government restore stability?,” BBC, 4 April 2016.

国民合意政権を認めないぞ、と言っていたトリポリのGNCを支持していた民兵集団が突如寝返ってGNA側につくなどして、GNAはトリポリでの地歩を固めつつあります。どうやってひっくり返したんでしょうね。

“Tripoli U-turn leaves Libya and hopes of peace in chaos,” The National, April 7, 2016.

欧米諸国とアラブ諸国(ヨルダンやUAEなど)との間で色々と裏がありそうですが、いずれにせよ「イスラーム国」の伸長は防がないといけない、ということだけを旗印に国内外の諸勢力がまとまりかけているとは言えるでしょう。

「「イスラーム国」と戦ってやるから武器よこせ」という現地民兵組織に武器を与えてしまっていいんでしょうか、という問題はある。GNAを支持すると言い出した諸勢力には、カダフィ政権を倒す原動力となったミスラタの民兵から、旧カダフィ派まで、さまざまな勢力がいる。5月16日にはウィーンで、2011年以来リビアに課されていた武器禁輸を一部解除してGNAを軍事的に支援することが米国やロシアなど主要国の間で合意された。

対「イスラーム国」作戦に、米国、英国、フランス、ヨルダンなどの特殊部隊が「アドヴァイザー」として加わっており、実際には銭湯にも参加している様子がちらほらと伝わってきます。その一部を紹介。

“Keeping the Islamic State in check in Libya,” Al-Monitor, April 12, 2016.

“Gaddafi loyalists join West in battle to push Islamic State from Libya,” The Telegraph, 7 May 2016.

“Libya frontline exclusive: Fighters plea with West for weapons in new battle against Islamic State,” The Telegraph, 20 May 2016.

“Why is Libya so lawless?,” BBC, 18 April 2016.

“World powers agree to arm Libyan government,” Financial Times, 17 May 2016.

(5)スィルト奪還作戦

このように裏表でいろいろな動きがあった上で、2016年5月から6月にかけて、スィルトの「イスラーム国」の拠点を制圧する軍事的な作戦が展開されるに至った模様です。

“British special forces ‘blow up Isis suicide truck in Libya’,” The Independent, 26 May 2016.

“British special forces destroyed Islamic State trucks in Libya, say local troops,” The Telegraph, 27 May 2016.

“On the Frontline of the Battle Against Islamic State, Libyan Fighters Face a Vicious Enemy,” Vice News, June 8, 2016.

“Isis in Libya: Government forces ‘capture key port of Sirte’ as battles to drive out jihadists continue: Battles are still taking place in the city centre as government forces advanced from three sides,” The Independent11 June 2016.

“GNA forces claim progress in Sirte against IS but casualty figures rise,” Libya Herald, 14 June 2016.

【今日の一枚】(6)リビアの分裂状況(その4)複数の「イスラーム国」への複数の掃討作戦

先日は「リビアの分裂状況(その3)」で、まだら状に「イスラーム国」を名乗る、忠誠を誓う勢力が出てきた(イラクやシリアの「イスラーム国」との組織的なつながりがあるかというと、それほどなく、むしろ「鞍替えした」「看板をかけた」という程度ですが、それが「イスラーム国」のメカニズムですから)段階の地図をお見せしました。

まだら状に「イスラーム国」を名乗る勢力が出てきましたが、その中でも中部沿岸部のスィルト(及びナウファリーヤ)で、他方で東部デルナで、都市の主要部を制圧していきました。

それに対して、分裂したリビアの複数の「政府」(を名乗る集団)が、制圧作戦を行って「統治者」としての立場を国内・国外に示そうとしていきます。

現在のスィルトの掃討作戦では、西部のミスラタの民兵勢力や中部沿岸部の民兵集団「石油産出施設護衛隊」などが支持しているトリポリの「国民合意政府」が主導していますが、国民合意政府への参加を渋っている東部トブルク政府、その中でも「リビア国民軍」を指揮するハフタル将軍派もスィルトへの進軍を狙っているとされ、そうなるとトブルク政府とトリポリ政府を支持する民兵がスィルトをめぐって衝突することにもなりかねない、と危惧されています。「イスラーム国」は混乱の原因ではなく、結果としての現象なので、「イスラーム国」を制圧しても対して状況は変わりません。

分裂が著しいリビアでは、政府が複数あるだけなく、「イスラーム国」も複数あり、「イスラーム国」を掃討する勢力も複数あり、それぞれの政府徒渉するものの中でもまた分裂しています。

スィルト包囲作戦とそれをめぐるリビアの全体状況を図示したのが、AFPのこの地図。

リビアスィルトの包囲網

“Libya unity forces in street battles with IS in Sirte,” Daily Mail (AFP), 11 June 2016.

“IS suicide bombers in Sirte hit pro-govt Libyan forces,” Al-Monitor (AFP), June 12, 2016.

6月9日に、スィルト制圧作戦を進める「国民合意政権」は、近く作戦完了の見通しと発表しており、主要な港を制圧した、といった続報はありますが、帰趨は明確ではありません。

おまけでアラビア語版も。

リビアの分裂地図AFPアラビア語2016年6月

【今日の一枚】(5)リビアの分裂状況(その3)「イスラーム国」への呼応の萌芽期

ここのところ、リビアの分裂の進展についての地図を2枚お見せしましたが、今日は3枚目。2015年5月にニューヨーク・タイムズ紙のウェブサイトに掲載されたものです。

ISIS Libya May 2015 New York Times
“How ISIS Expands,” The New York Times, May 21, 2015.

ニューヨーク・タイムズ紙のこのページは、この時点での「イスラーム国」の、世界各地での多種多様な現れについて、複数の方法の地図表現によって示したもので、「イスラーム国」の組織の特性、複数のあり方を説明する時に、視覚的に把握してもらうために大変重宝しますので、よく使わせてもらっています(記事をクリックして記事本体を見れば地図はより鮮明になります)。

この地図は、2015年の5月の時点でのリビアやエジプトのシナイ半島で、各地で局地的に、「イスラーム国」に共鳴し、「イスラーム国」を名乗る勢力が出てくる様子を図示したものです。

興味深いのは、それがイラクやシリアの「イスラーム国」が地理的に連続した領域に延伸することによって広がっているのではなく、現地のそれぞれの文脈で、現地の勢力が「イスラーム国」を名乗る現象が「まだら状」に生じていることです。

このまだら状の斑点、あるいは水滴状の勢力分布が広がってつながると、まとまった面積の領域支配となります。この時点ではまだまだら状の斑点が散らばる状態でした。

中部沿岸部のシルト(地図上ではSurtと表記)、その少し東のナウファリーヤ(An Nawfaliyah)、東部のデルナに「イスラーム国」を名乗る集団が出てきていることが分かります。

現在の状況としては、先日お見せした今年2月の地図では、カダフィの故郷であるスィルトを中心に、水滴が集まってちょっとした湖になるように、まとまった範囲が勢力範囲になってしまっています。そして今年3月30日に一応成立したことになっている「国民合意政府」に集まる民兵集団を英国などが支援して、スィルトの制圧のための軍事作戦が今進められており、6月9日には「国民合意政府」はあと数日でスィルト奪還作戦が完了するという見通しを示しましたが、その後の展開は明らかではありません。スィルトの「イスラーム国」勢力は軍事力や統治能力はそれほどないものの、自爆テロを繰り出して抵抗している模様です。

【今日の一枚】(4)リビアの分裂状況(その2)全土

前回に続いてリビアの地図。BBCがよく使っているリビア全土の割拠の地図を貼っておきましょう。どうやら2015年8月現在の状況のようですね。

リビアの派閥2015年8月現在
“Guide to key Libyan militias,” BBC, 11 January 2016.

その後の変化についてはいちいち作っている暇がないと見える。また、細かいところは分かりようがないですね。

南部の部族の問題など、沿岸部とはまた別の要素が入ってくる。サヘル地域とのつながりなど、また別の地図を探してみましょう。

【今日の一枚】(3)リビアの分裂状況(その1)沿岸部(2016年2月)

今日の地図。リビアの分裂状況。

リビアの複数の「議会」に基づく複数の政府や、国連の支援の下での挙国一致政府の拠点、また様々な民兵集団の群雄割拠については、いろいろな地図がある。その中で「イスラーム国」がどこにどのように出てきているのかなども報道機関が地図による表現を競うポイントだ。

ここではBBCが今年2月初頭に出していたものをメモ的に転載しておこう。何がどうなっているかは自分で読んで調べてみてください。

リビア全土での勢力分布については別の地図をBBCは掲げてきたが、ここでは内陸部のあまり人が住んでいないところは除外し、沿岸部のみ塗り分けている。これも一つの見識ですね。

地図が載っていた記事本体の内容はあまり気分がいいものではないが。

BBC Libya competing groups January 2016
“Control and crucifixions: Life in Libya under IS,” BBC, 3 February 2016.

【今日の一枚】(2)サイクス=ピコ協定の「完全版」

今日の一枚。

サイクス=ピコ協定にロシアとイタリアが参加
(出典:イギリスのナショナル・アーカイブに入っている地図で写真が広く出回っていますが、ここではウォール・ストリート・ジャーナル紙の記事から。“Would New Borders Mean Less Conflict in the Middle East?,” The Wall Street Journal, April 10, 2015.

有名な英・仏のサイクス=ピコ協定は、実際にはロシアとイタリアの同意も得たものでした。その部分を黄色と緑で書き加えた地図です。土台になる地図は有名なサイクス=ピコ協定のものと同じ”A Map of Turkey in Asia”ですね。

中東の第一次世界大戦前後について「英・仏」にのみ注目すると、中東国際政治の力学を忘れてしまいます。

英・仏のサイクス=ピコ協定を、ロシアは以前から主張していた、アナトリア東部のアルメニア人が多いエリアの支配と、そして何よりも、イスタンブルとその周辺のボスフォラス海峡・ダーダネルス両海峡の支配を認めさせることを引き換えに、承認しています。

イタリアも、現在はギリシア領のエーゲ海・地中海沿岸諸島の一部を領有していたのですが、対岸のアナトリア半島の領有をも主張したのですね。「サン・ジャン・ド・モーリアンヌ協定」などとも言われます。この本の索引を見ると、いちおう触れられています。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)

おそらくアフリカについては英・仏による分割、直線の国境線による切り分け、というものが主たる動因で決定的な意味を持ったと理解していいのでしょうが、中東の場合、ロシアの南下政策によるクリミアや黒海沿岸の征服とイスタンブルと両海峡地域への進出、また後にはオーストリアのバルカン半島への進出、またドイツの中東進出があり、それに対する英・仏が中心となった西欧列強の勢力均衡を基調とする「東方問題」の外交が関与したというところが基本構図です。

その基本構図を知っておいてこそ、現在の中東情勢も奥行きを持って見ることができます。

ああ地図っていいですね。

【今日の一枚】(1)中東「一人一国」構想

昨日は新コーナー「いただいた本」の第1回でしたが、今日は「地図で見る中東情勢」のカテゴリーを復活させてみましょう(高坂正堯『世界地図の中で考える』(新潮選書)も再刊されましたし)。

PCで右下にあるカテゴリーから「地図で見る中東情勢」をクリックしてみていただけるとわかると思いますが、以前は結構本格的に、地図をコピーしてきて解説していました。

もっといろいろ解説してみたいテーマはあるのですが、これはかなり時間がかかるので、現状では当分以前のような規模ではできません。

これだけ労力をかけるなら、本にした方がいいのでは、という気もします。

しかし本来は、インターネット上で回ってきた面白い記事の面白い地図を一枚貼って記事にリンクして「こんな地図あるよ」「記事読んだら面白かったよ」と伝えたいだけだったんですね。このブログの開設の発想そのものが。

それがいざ書くとなると、不特定多数に読まれるものだから詳細に解説しないといけない、地図も複数揃えて誤解のないように完備させないといけない、と考えるうちに、本格的なものになってしまいました。

しかし初心に帰って、これからは、特にブログに通知する連絡事項がないときなどに、ほいっと気楽に一枚地図を貼り付けてみようかな、と思います。

解説もほとんどしませんので、自分で調べてみてください。

今日の地図はこれ。

中東一人一国構想Onion
“Everyone In Middle East Given Own Country In 317,000,000-State Solution,” The Onion, July 17, 2014.

私はこれを「中東一人一国構想」と呼んでいます。

これは日本で言うと『虚構新聞』みたいな、元祖冗談新聞のThe Onionに以前に載っていたもので、『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)
を読まれた方には意味がピンとくるのではないかと思います。

本当はこの地図は、サイクス=ピコ協定とか、最近の中東分割案のいろいろな地図とかと合わせて紹介しようと思っていたのですが、そんなことをやっている時間もないし、サイクス=ピコ協定関連は本にしてしまったし、ということで、「一枚の地図」で紹介。この地図の意味するところを、ご自由に調べていってみてください。

【日めくり地図】アフガニスタンのターリバーンと「イスラーム国」による攻撃箇所

ターリバーンのクンドゥズ制圧を受けて、10月1日にアフガニスタンの地図を載せておいたのですが、アフガニスタン国軍による奪還作戦を支援した米軍のクンドゥズ空爆が、「国境なき医師団」の病院を誤爆したということで、大きな問題になっています。

今日はもう一枚アフガニスタンの地図を掲げておきましょう。

ターリバーンの攻勢激化
出典:“Afghan conflict: US investigates Kunduz hospital bombing,” BBC, 4 October 2015.

米軍の撤退を受けて、各地でターリバーンが復活し攻勢に出ています。また、ターリバーンの中で、これまで生きているとされていた最高指導者オマル師の裁可を受けて進められていた(ように見せられていた)アフガニスタン政府との和平交渉が不透明になり、分裂の様相を呈しているようです。つまり、ターリバーンをターリバーンも統制できない。そして、ターリバーンの一部、あるいはそれになびいていた勢力が近年に国際的知名度や維新を高めた「イスラーム国」に呼応してそれを名乗って攻勢に出る動きも出ています。

アフガニスタン政府軍はクンドゥズ中心部からはターリバーン勢力を放逐したとみられますが、周辺部に戦闘は拡散しているようです。

1970年代に始まった内戦以来のアフガニスタンの混乱は、収まりそうにありません。

なお、クンドゥズの誤爆は、アフガニスタン情勢にとどまらない意味があります。

アメリカとしては、ロシアのシリア介入で、名目としている「イスラーム国」を狙っていない、一般人を殺傷している、と批判を高めようとしたところにこれですから、即刻オバマ大統領が徹底的な検証を約束する事態になりました。

もちろんロシアとシリア・アサド政権の方は、テンプレートで「殺した相手は全部テロリスト」「誤爆は欧米メディアのでっち上げ」と言い続ければいいので、調査や検証が行われることもありません。「アメリカではホワイトハウスの前でアメリカ大統領の悪口を言えるが、ロシアでは赤の広場でアメリカ大統領の悪口を言える」という冷戦時代のジョークが復活している様子です。

日本の某公共放送局もホームページでうっかり「米ソ」の対立を報じてしまったそうですが、世界的に、冷戦時代を知っている論者たちが昔を思い出して小躍りするような状況が生まれています。

ただ、実際にロシアがかつてのソ連のような超大国としての力があるのかは、エコノミストやフィナンシャル・タイムズといった欧米の有力メディアでは疑問符が付されることが多いです。私はこれを「プーチン栄えて国滅ぶ」テーゼと呼んでいますが、それが一体どういう論拠での議論なのか、どの程度妥当なのか、そのあたりを考えていくことが、ロシアそのものの「台頭」や、その中東への影響について検討していく手がかりとなると思います。私自身もまだ結論は出せていませんが。

ただ、冷戦時代の初期の雰囲気はもしかしてこのようなものだったのかな?などとも思います。

【日めくり地図】ターリバーンが支配領域を拡大

今日の地図。

9月28日、アフガニスタン北部クンドゥズをターリーバンが制圧。アフガニスタン政府軍が奪還作戦を行っている。

アフガニスタン全土の地図を見ると、各地にターリバーンの活動地域が広がっている。

アフガニスタンのターリバーン活動地域

出典:”Taliban Presence in Afghanistan,” The New York Times, September 29, 2015.

【地図で読む】「アサド朝シリア」を支えるロシア軍基地

今日の地図。

アサド領とロシア軍事支援

“Russia’s move into Syria upends U.S. plans,” Washington Post, September 26, 2015.

記事そのものは、意訳・抜粋すると、「ロシアのアサド政権軍事支援の増強で、米国のシリア反体制派支援は完膚なきまでに終了」といった感じの記事です。

最近いろいろ報道されている、ロシアがシリア西部地中海沿岸地区のラタキア付近やタルトゥースに築いている軍事拠点が概観されています。それによって守ろうとするアサド政権の実効支配領域も。

「アサド政権とは戦わない反体制派を募集して訓練する」という米国の政策があまりに意味不明なので、米国の対シリア政策が失敗することは最初からわかっているのだが、問題はロシアが解決策を提示しているのかということ。

ロシアが自ら泥沼に入って犠牲を多大に出すまでに支援しない限り、アサド政権がシリアの全土の掌握を回復できるかというとこれが心もとないので(だから政権支持層まで難民になって出て行っている)、現実に起こりそうなのは、アサド政権が堅固に掌握した首都中心部や宗派コミュニティの故地ラタキアと両者をつなぐ地域を死守し、分裂が固定化すること。「アサド派シリア」というか世襲王朝化しているので「アサド朝シリア」みたいのができて、それを支えるのが域外大国のロシアという構図になるのでしょうか。

暫定クルド自治区とか、反体制派各種がトルコと米国に庇護されて「自由シリア」の離れ小島に立てこもり、イラク・シリア国境エリアにカリフ制「イスラーム国」が居座るという構図。(そこまではこの記事には書かれていません。地図を見ていろいろ考えましょう)

【寄稿】シリア難民に対する西欧の倫理的義務とは

8月末から9月初頭にかけて、シリア難民の波が、難民申請受理の条件を緩めたドイツを目指して殺到しているのが国際メディアで伝えられる。

これは私がここのところ難産の論文で理論的に取り組んでいる、中東の過去5年間の急激な変動の、国際社会に及ぼした一つの帰結だが、それによって今後生じる西欧社会そのものの変質や摩擦といった別の問題を引き起こしていくだろう。

根本原因であるシリア内戦の構造については多くが語られてきたが、必ずしも理解が浸透しているとは言えない。シリア問題をイデオロギー的な争点として議論することで、実態がぼやけてしまっている。まさにイデオロギーに立て籠もって「三分の理」を主張して欧米諸国を牽制しつつ、あとは実力行使で乗り切るのが中東の諸政権の基本姿勢だが、そういった中東の独裁政権の手法で問題が解決できなくなったので、ここまで長引いている。アラブ人は独裁政権に従っていればいい、という前提に立つ外部の「解決策」は、当のアラブ人がそういうつもりになっていないのだから実現しない。そして独裁政権に従えと外から強制することは誰にもできない。せめて「偽善」で黙認するだけであるが、黙認されるほどの実効支配をアサド政権が行いえなくなって久しい。

西欧社会が難民に対して、人道主義の理念から、また「良きサマリア人」たるべしという信念から手を差し伸べていることには、深く敬意を表したい。ただし、西欧社会が関与してくることで、シリア内戦に意図せざる効果をもたらしてしまいかねないことにも注意する必要がある。

西欧諸国がシリア難民を積極的に受け入れることで、シリアから、特定の地域や特定の民族や階層の人たちが一層大規模に、まとまって流出することが予想される。そうなると、シリアの人口構成が恒久的に変わる、実質上の「民族浄化」を進めかねない。

もちろん、難民の中にジハード主義者などが意図的に潜入すれば直接的な紛争の発火点となり、対立を帰って激化させかねない。

根本的な解決は、シリア内戦を終わらせ、難民たちが戻って経済生活を営めるようにすることである。これについて、ポール・コリアーの論考が簡潔に指針を示していて参考になる。『フォーサイト』の「中東通信」に急ぎ要点を解説しておいたので、ここに再録する。英語の文章の教材としてもいいのではないかと思う。

 

池内恵「『汝、誘惑することなかれ』−−−−西欧の本当の倫理的義務とは何か(ポール・コリアー)」『フォーサイト』《池内恵の中東通信》2015年9月8日 15:46

シリア難民のドイツへの大量到着で、ある種のカタルシスが西欧には湧いているが、やがて深刻な現実に直面せざるを得ない。

「最底辺の10億人」のポール・コリアーが7月に書いていたことを改めて読んでみる。

Paul Collier, “Beyond The Boat People: Europe’s Moral Duties To Refugees,” Social Europe, 15 July 2015.

Around 10 million Syrians are displaced; of these around 5 million have fled Syria. The 5 million displaced still in Syria should not be forgotten: just because they have not left does not imply that their situation is less difficult: they may simply have fewer options. Genuine solutions should aim to help them too. Of the other 5 million who have fled Syria, around 2 per cent get on boats for Europe. This small group is unlikely to be the most needy: to get a place on a boat you need to be highly mobile, and sufficiently affluent to pay several thousand dollars to a crook. A genuine solution must work for the 98 per cent as well as for the 2 per cent. Most of these people are refugees in neighbouring countries: Jordan, Lebanon and Turkey. Giving these people better lives is the heart of the problem.

「シリアの難民500万のうち、ヨーロッパに向かって海を渡るのは2%だ。残りの98%はシリアの周辺諸国、ヨルダン、レバノン、トルコなどにいる。また、シリア内部の避難民が別に500万人いる。そちらも支援するべきだ。ヨーロッパにたどり着けるのは比較的裕福な層だ」といった基本構図を指摘している。

ヨーロッパにたどり着く人数が500万人の2%にあたる10万人で済むかどうかは今後の政策次第だが(すでにこの数値を突破しているようにも見えるが)、まさにコリアーが提起するような、周辺諸国での支援と、シリア内戦の終結後の帰還・経済再建の支援が行われなければ、そして安易にヨーロッパで受け入れるという印象を与える発信がなされれば、爆発的に増えるかもしれない。コリアーは「汝、誘惑する(tempt)ことなかれ」という旧約聖書のモーゼへの十戒第7を引いて、安易な人道主義による受け入れを戒める。

The boat people are the result of a shameful policy in which the duty of rescue has become detached from an equally compelling moral rule: ‘thou shall not tempt’. Currently, the EU offers Syrians the prospect of heaven (life in Germany), but only if they first pay a crook and risk their lives. Only 2 percent succumb to this temptation, but inevitably in the process thousands drown.

要約すると、「援助の手を差し伸べることは義務だが、同程度に『汝、誘惑することなかれ』という義務にも従わないといけない。2%の比較的裕福な層に、ドイツに行けば天国が待っているかのような印象を与えて誘惑して、ならず者に法外な手数料を払って命を賭して渡航するという誘惑に身を委ねさせ、数千人に命を落とさせてはならない」ということ。