【今日の一枚】(19)シリア内戦・クルド人勢力(その4)

シリアのクルド人勢力が、シリア内戦と「イスラーム国」に対抗して結束し、米国やロシアの支援を集めていくことで、3つの飛び地が1つにまとまろうとしている。現在はまだ2つに分かれていますが、最近のマンビジュでの戦闘は、それが場合によっては1つになってしまう可能性を示唆しています。

それがトルコやイラクのクルド人勢力や、中央政府を刺激していく。これらの過程は、記録・記憶され、後に検証もされるべきものでしょう。この地図は2015年8月の段階のものです。

シリア北部クルド領域2015年5月・8月の拡大

“Why Turkey Is Fighting the Kurds Who Are Fighting ISIS,” The New York Times, August 12, 2015.

この地図では2015年5月28日から8月初頭の間のシリア北部のクルド人勢力の支配領域の変化が図示されています。2014年以来の「イスラーム国」によるコバネの包囲を撃退した後に、逆にテッル・アブヤドなどを制圧することで、従来のクルド人が多数派を占める領域を超えて、クルド人勢力が支配領域を広げていきます。

それに対してトルコは、トルコ・シリア回廊ともいうべき、アレッポの北方の、ユーフラテス河以西の地域に「安全地帯」という名の、トルコの勢力圏を確保する、と米国に主張して対峙するのです(下記の赤い点線の間の範囲)。

シリア北部クルド人地域へのトルコの勢力圏主張

“Inside Syria: Kurds Roll Back ISIS, but Alliances Are Strained,” The New York Times, August 10, 2015.

【今日の一枚】(18)シリア内戦 クルド人勢力(その3)勢力の拡大

さて、シリア内戦の地図集に戻りましょう。

今日は、「イスラーム国」がシリア北東部で2014年後半に一気に拡大した上で、支配領域を失っていく過程で、クルド人勢力が支配領域を広げていく様子を順に図示した地図を見ておきましょう。

クルド人勢力の台頭2014から2015年
“How Control of Syria Has Shifted,” The New York Times, October 2, 2015.

緑の部分がクルド勢力(拡大するには元記事をクリックしてください)。2014年の1月時点では3つに分断されていたものが、まず2015年1月には真ん中のコバネが「イスラーム国」に包囲、制圧されてほとんど消滅していますが、それが2015年10月の地図ではコバネを取り戻し、東のジャジーラとコバネをつないで、拡大しています。

【今日の一枚】(17)イスタンブル・アタチュルク空港で銃撃・自爆テロ

ここのところシリア内戦や「イスラーム国」、クルド人勢力の台頭などについて、地図を通じて紹介する長期シリーズが続いていますが、今日はトルコ。イスタンブルのアタチュルク空港で28日夜(現地時間)に起きたテロ事件(当日のライブ・アップデート)について地図をまとめておきましょう。(だんだん「一枚」じゃなくなってきたので通しタイトルを今日から変えました)

本来は、シリアやイラクやリビアやイエメンの内戦、イスラーム国の各地での広がりなどを順に紹介しているうちに、「本丸」とも言えるトルコに紛争が波及して・・・という順序を思い描いていたのですが、トルコへの波及が加速していますので、早めにトルコを見ておきましょう。

今回は思いっきり初歩的に、トルコ全体の中のイスタンブルの位置と、イスタンブルの中のアタチュルク空港の位置から。

イスタンブル・アタチュルク空港
“Istanbul Ataturk airport attack: 41 dead and more than 230 hurt,” BBC, 29 June, 2016.

アタチュルク空港はトルコ最大、ヨーロッパ全体でもパリやロンドンに次ぐ規模です。イスタンブルのヨーロッパ側の旧市街から少し西に行ったところにあります。

イスタンブルには国際空港がもう1つ、LCC向けのサビーハ・ギョクチェン空港がアジア側にあります。ここでも昨年12月23日にテロが起きましたし、西欧のジハード志願者がシリアの「イスラーム国」に行くときにこの空港を経由していることが監視カメラの映像で記録されていたりもします。

ここのところイスタンブル中心部や、空港でのテロが周期的に起きています。主要なものはこれら。トルコ南東部で頻発する、クルド民族主義のPKKによる、軍や警察施設を狙ったテロは含まれていません。

2016
7 June, Istanbul: Car bomb kills seven police officers and four civilians. Claimed by Kurdish militant group TAK
19 March, Istanbul: Suicide bomb kills four people in shopping street. IS blamed
13 March, Ankara: Car bomb kills 35. Claimed by TAK
17 February, Ankara: 29 killed in attack on military buses. Claimed by TAK
12 January, Istanbul: 12 Germans killed by Syrian bomber in tourist area

2015
23 December, Istanbul: Bomb kills cleaner at Istanbul’s Sabiha Gokcen airport. Claimed by TAK
10 October, Ankara: More than 100 killed at peace rally outside railway station. Blamed on IS
20 July, Suruc, near Syrian border: 34 people killed in bombing in Kurdish town. IS blamed

それらの位置を地図に図示したものも見ておきましょう。

イスタンブルテロ現場2015•2016

“ISIL ‘key suspect’ in Istanbul’s Ataturk airport attack,” al-Jazeera, 29, June, 2016.

警備の厳しいはずの空港にどのようにして攻撃を仕掛けたのか、拡大してみてみましょう。

イスタンブル・アタチュルク空港テロ現場

“Istanbul Ataturk airport attack: 41 dead and more than 230 hurt,” BBC, 29 June, 2016.

この地図で薄い青緑に塗られているところが空港の建物ですが、ここにタクシーで乗り付けて、銃を乱射しながら警備を突破して建物内に侵入、そのうち一人はアライバルの階まで移動してから、自爆しています。

昨年(2015年)以来、トルコでのテロはイスタンブルに限定されません。政治の首都アンカラと、そして南東部でも。今年3月13日のアンカラ、19日のイスタンブルでのテロを受けてドイツのDWが作ってくれた地図を転載しておきましょう。

トルコのテロ現場2015•2016年
“Turkey blames ‘Islamic State’ for Istanbul suicide bombing,” DW, 20 March, 2016.

トルコで状況を大きく変えたのが、昨年7月20日の、南東部のシリアとの国境の町スルチでのクルド系団体の集会に対して行われたテロ。「イスラーム国」による犯行と見られています。

これによって、トルコ政府は一方で「イスラーム国」との戦いの前線に立つとともに、イスラーム主義過激派を温存してクルド人への対抗勢力にさせた、と疑うクルド系のPKKとも全面対決することになりました。政府とPKKとの間で進められてきた和平交渉は頓挫し、クルド人の拠点としディヤルバクルなどで、軍・治安部隊とPKK、あるいはその過激分派のTAKとの紛争が続きます。PKKは越境してイラク北部にも拠点を置いており、そこにもトルコは空爆を加えています。

アンカラでのテロは、昨年10月10日のものは「イスラーム国」が疑われていますが、今年2月17日、3月13日のギュヴェン公園付近でのものはPKK系のTAKの犯行であることが判明しています。

クルド民族運動のTAKは軍や警察施設・車両を狙うのに対して、「イスラーム国」は観光客など外国人・非ムスリムを狙う傾向があります。またトルコで「イスラーム国」関連と見られるテロでは、これまではいきなり自爆していましたが、今回はまず銃撃してから自爆しています。また、トルコで「イスラーム国」関連と見られるテロでは、「イスラーム国」はほとんどはっきり犯行声明を出さないという特徴があります。これがどうしてなのかは様々な推測が可能になるところです。

アンカラでのテロの場所も図示しておきましょう。

アンカラテロ現場2015•2016
“Turkey caught in overlapping security crises,” BBC, 14 March, 2016.

【今日の一枚】(16)シリア内戦 クルド人勢力の台頭(その2)

昨日に示したように、クルド人勢力が主導して、今年3月には「西クルディスターン」の自治政府設立・シリアの連邦化を宣言するまでになりました。

2013年9月の段階で描かれたこの地図では、クルド人勢力の台頭の兆しと、それに対して、反体制勢力の側でもアラブ人が優勢で、クルド人の民族運動が台頭することを嫌っている様子が見えました。

シリア勢力地図2013年9月26日ロイター
“Arabs battle Syrian Kurds as Assad’s foes fragment,” Reuters, September 27, 2013.

この地図では、反体制派(クルド民族主義的ではないが、クルド人も含む)や、ヌスラ戦線などアル=カーイダ系が優勢のエリアをピンクで塗ってあります。この時点では、現在クルド人勢力が優勢である地域や、クルド人が多くを占める地域も反体制派が優勢なエリアに含まれいます。例えば西のアフリーンで今時点ではYPGではなく他の反体制派が優勢だったり、東のイラク北部との国境エリアでも非クルドの反体制派の優勢の地域があったりします。トルコとの国境のラアス・アインではアル=カーイダ系が優勢でした。

それが、「イスラーム国」が2014年前半に台頭し、反体制派の多くが排除されるか、「イスラーム国」の支配下に入ったことで、かえってクルド人勢力、特にYPGにとって台頭の余地が生まれます。

YPGは反体制勢力とは異なり、アサド政権とも明確には対立せず、同時に米国やロシアとも接近して、現地の同盟勢力としての有用性を示すことで、自治への後ろ盾となってもらうよう働きかけていく。シリア内戦の激化、「イスラーム国」の台頭、それに対する当事者能力を持つ勢力が国際的な信認を高めるという状況を背景に、クルド人の民族主義的な運動が力を得ていくのです。

【今日の一枚】(15)シリア内戦 クルド人勢力の台頭(その1)自治政府宣言

これまでに、シリア内戦について、アサド政権がロシアの空爆に支援されてアレッポ北方で進めた勢力拡大(2016年2月)、米国が支援する新シリア軍による南部のタニフの制圧と、それに対するロシアの空爆、そして「イスラーム国」が2014年から2015年にかけて伸長する様子を地図で見てきました。

それと並行して、シリア北部のクルド人勢力が台頭してきます。三つの飛び地のうち東の二つ、つまりジャジーラとコバネをつなげ、トルコとの国境地帯に帯状の勢力範囲を確保しようと、ユーフラテス河を越えてマンビジュを攻略にかかる、というのが2016年6月の展開です。

その間の重要な画期といえば、クルド人勢力が今年3月に行った自治政府宣言でしょう。

今年3月17日に、シリアのクルド人勢力が、一方的にシリアの連邦化と、「ロジャヴァ(西クルディスターン)」の自治政府宣言を行いました。

シリア・クルドの自治宣言

“Syria Kurds, regime to press talks after deadly clashes,” Daily Mail (AFP), 23 April 2016.

シリアのクルド人勢力が支配する領域が、コバネから東はテッル・アブヤドなども含むようになり、またユーフラテス川を超えてマンビジュに及ぼうとするところも、細かく見ると描かれています。

また、この地図で、シリアだけでなく、トルコとイラクを含んだ広域の中東地図の中で、クルド人が多く住む地域全体を視野に入れ、その上で、シリアの北部の自治政府を宣言した地域を見てみましょう。すると、シリアでクルド人勢力の自治が確立していけば、やがて将来には、イラクですでに高度な自治を達成しているクルディスターン地域政府(KRG)とつながるのではないか、そして最大のクルド人人口を擁するトルコにも自治要求や分離主義運動が飛び火するのではないか、と危惧される理由が分かります。

地理的には、シリアのクルド人の居住地域は、トルコのクルド人居住地域の延長に見えます。シリアのクルド人が自治や独立に進むと、「本体」というべきトルコ南東部のクルド人地域に自治・独立の動きが進み、紛争が拡大することが危惧されます。

とはいっても、クルド人だからといって政治的に結集するとは限らず、それぞれの国で権利や権限を要求する手段としてクルド人の内外での紐帯を利用しているだけかもしれず、必然的に各国のクルド人勢力が国境を横断して一つの民族国家を目指すとは限りません。今のところは、イラクとシリアではそれぞれの国の中央政府の弱体化に乗じて自治の範囲を拡大しつつ、それぞれの中央政府からより多い権限や資源の分配を求める動きが主であるようです。依然として、既存の主権国家の枠を前提とした政治運動としての色が濃いものです。

しかしもし各国のクルド人勢力が、国境を超えた結集・統合・独立を求めた方が有利になるような環境変化、あるいはそれ以外の選択肢が極めて不利となるような状況が生まれた場合には、話が違ってきます。

【今日の一枚】(13)「イスラーム国」(その3)2015年の領域縮減

2014年6月からこの年の暮れまではもっぱら「イスラーム国」がイラクとシリアで勢力を拡大し固める方向で進んだこと、その結果としての2015年5月当時の勢力範囲をここまでに示してきました。

2015年を通じて「イスラーム国」に対する様々な主体による軍事行動が行われた結果、勢力範囲が縮小に転じました。これについては、軍事情報誌Jane’sを発行するIHSが取りまとめて2015年12月21日に発表した地図が、各紙で転載・参照されています。

IHS Janes ISIS Shrink 2015

この地図は、専門家はIHSのウェブサイトで直接見て、その後、日本の報道関係者などには、インディペンデントなどの記事で解説されたことで徐々に伝わり、年明けごろに広まっていった記憶があります。

“Islamic State’s Caliphate Shrinks by 14 Percent in 2015,” IHS Newsroom, December 21, 2015.

このように、IHSは「イスラーム国」が2015年の間に失った領域と得た領域を差し引きすると、14%縮減したと結論づけました。赤いところが失った領域ですね。

ここから「イスラーム国」の「退潮傾向」の論調が定着しました。それが本当に事実かどうかは別にして、そのような流れが報道の中では定まったということです。言ってみれば、「イスラーム国」は勝っていない、という情報戦が、このあたりから明確に機能し始めたということでもあります。

IHSの地図を参照した記事としては例えば以下のものがあります。

“ISIS’ Territory Shrank in Syria and Iraq This Year” The New York Times, December 22, 2015.

“How the war on Isis is redrawing the map of the Middle East,” Independent, 4 January 2016.

IHSは2016年3月には追加の取りまとめ結果を発表し、2016年1月から3月にさらに「イスラーム国」の勢力範囲は縮小し、前年度と合わせて、最大版図に比べて22%縮減したと結論づけています。赤で記された失った領域が広がっているのがわかると思います。そして、失った領域を誰が取っているかが、新たな政治問題になっていくのです。

“Islamic State loses 22 per cent of territory,” IHS Jane’s 360, 16 March 2016.

このシリーズは毎日地図一枚に限定するという趣向ですが、今回に限りもう一枚貼っておきますので、「間違い探し」をしてみましょう。

IHS Janes ISIS Shrink 2 2016

【今日の一枚】(10)ロシアがシリア南方タニフを空爆:標的は米・英に支援された反体制派

シリア内戦で米・露は停戦と和平協議を支援すると合意していますが、同時に介入によって対立しています。

今度はシリア南部のイラクとの国境の町タニフ(al-Tanif; al-Tanf)で、「イスラーム国」と戦っている反体制派を空爆した模様です。

“Russia failed to heed U.S. call to stop targeting Syrian rebels: U.S,” Reuters, June 17, 2016.

ロシアはクラスター爆弾を使った、とも報じられています。

“Images suggest that Russia cluster-bombed U.S.-backed Syrian fighters,” The Washington Post, June 19, 2016.

いったい誰が誰と戦っているんだ?という疑問を感じるよりも先に、そもそもタニフってどこだ?と思う方が大半でしょう。無理もありません。ものすごくマイナーな寒村です。寒村というも語弊があり、気温が摂氏50度ぐらいになる超酷暑の村です。

場所を地図で見てみましょう。

シリア南部Tanfの制圧2015年5月BBC
“Islamic State ‘seizes key Syria-Iraq border crossing’,” BBC, 22 May 2015.

シリアのイラクとの間で、南のイラク・アンバール県との国境には主に二つの検問所がありますが、小さいほうです。大きいほうがユーフラテス河沿いに国境を越えるルート上にありで、シリア側がブーカマール(al-Bukamal; al-Boukamal)、イラク側がカーイム(al-Qa’im)です。

それに対して、ヨルダンとの国境にも近い支線のような街道でイラクの最西端で国境を越える検問所が、シリア側がタニフ、イラク側がワリード(al-Walid; al-Waleed)です。まあめったに通らないところですね。

この地図を載せた記事にあるように、2015年5月にはこのタニフをイスラーム国が支配下に入れています。現在、イラクとシリアの両方で「イスラーム国」の領域支配を縮減させる軍事作戦が進んでいますが、そこで国境検問所は大きな争点になっています。

米国や英国は、ヨルダンでシリアの反政府組織を訓練して「新シリア軍(NSA=New Syrian Army; Jaysh Suriya al-Jadid)」と名付け、今年3月にはヨルダンとの国境に近いタンフに送り込み、「イスラーム国」から奪還したようです。

“Syrian rebels seize Iraq border crossing from Islamic State: monitor,” Reuters, March 4, 2016.

米国はシリア北部での反体制派の育成には失敗しましたが(そもそもやる気が見られない)、シリア南部では比較的成果が出ています。

しかしタニフをめぐってはその後も「イスラーム国」が頻繁に攻勢をかけてかけてきて、NSAは防戦に追われているようです。

ロシアとアサド政権は、「イスラーム国」がタニフを制圧していた時期には関心を示していなかったのですが、米国が支援する反体制派がタニフを制圧したとなると、空爆を行ってきた模様です。

このように、「イスラーム国」は現地の文脈では、どの政治勢力にとっても、第一の敵ではないので、「イスラーム国」にとっての敵同士が争っているうちに、「イスラーム国」の勢力範囲が広がるというメカニズムがあります。

【追記】地図に関するエントリは少し前に書いて自動アップロードの予約をかけておくのですが、予約後の6月21日、タニフのすぐ西の、ヨルダン・シリア国境地帯のルクバーン(Rukban)のシリア側で、ヨルダン軍部隊に対する自動車爆弾によるテロが起こりました。ホットスポットがこの近辺に現れているようです。

ルクバーンの場所はこちら。元来が町もない無人地帯。

ヨルダン・シリア国境ルクバーン

“Jordanian troops killed in bomb attack at Syria border,” BBC, 21 June 2016.

ルクバーンでは、ヨルダンとシリアの緩衝地帯にシリア難民(国内避難民とも言える)が押し寄せて、ヨルダンに入国できずにキャンプを作っている。

ヨルダン・シリア国境ラクバーンの難民キャンプ

“Jordanian troops killed in bomb attack at Syria border,” BBC, 21 June 2016.

右下を斜めに横切る茶色い道路がヨルダンの国境で、それに対して、左上に斜めに横切るのがシリアの国境。その間に無数の薄水色の点や斑点が見えますが、それが難民のキャンプ。シリア・ヨルダンの緩衝地帯で、シリア難民はシリア政府の管理を離れつつ、ヨルダン政府によって難民として入国することを阻止されている、宙ぶらりんの状態です。

関連記事をいくつか。

“Jordan soldiers killed in Syria border bomb attack,” al-Jazeera, 21 June 2016.

池内恵「ヨルダンとシリアの緩衝地帯ルクバーンで自動車爆弾によるテロ」『フォーサイト』2016年6月22日

【今日の一枚】(8)シリア内戦の焦点マンビジュ:アレッポ北部の回廊2016年6月

先週まではリビア内戦と、局所的な、まだら状の「イスラーム国」の出現、それに対する国内外の動きについて、地図を用いて見てきましたが、これから、少し時間を使って、シリア、そしてイラクでの「イスラーム国」の領域支配の変遷について見ていきましょう。

まず、シリア内戦の現状から。

2016年の6月現在、シリア内戦で最も関心が集まる「焦点」と言える問題を地図を示してみましょう。それはシリア北部の「マンビジュ」という町を中心とした地図です。

シリア内戦トルコとの回廊の争奪戦2016年6月
“Rebels push IS back from Turkish border as Manbij showdown looms: Turkey-backed rebels launch surprise counter offensive in Azaz to the west ahead of joint Manbij offensive in the east,” Middle East Eye, 8 June 2016.

マンビジュとは聞き慣れない地名かもしれません。しかし2011年以来のシリア内戦を注視してきた人にはなじみ深い名前と思います。2014年以来「イスラーム国」の支配下にありますが、2016年5月31日に、米国に支援されたシリア民主部隊SDF)が、マンビジュに攻勢をかけています。SDFは、シリア北部のクルド人主体の民兵組織YPGと連合した組織で、その支配下にあると考えられます。YPGの実効支配する領域で、クルド人以外を主体に編成された部隊ということです。

マンビジュをめぐる攻防戦が、米国に支援されていることで、また「イスラーム国」対策ということで、国際メディアで大きく報じられがちですが、この地図を付したMiddle East Eyeの記事では、そこにさらに錯綜した対立関係があることを記してくれています。この記事によれば、マンビジュでクルド人勢力とそれと連合した部隊が米国に支援されて対「イスラーム国」の攻勢に出ている間に、それより北西の、トルコ国境に近いマーレア(Marea)とアアザーズ(Azaz)を支配する反体制(反アサド)勢力に対して「イスラーム国」が攻勢をかけており、これをトルコが撃退した、とのことです。

この記事は、トルコが、敵対するYPGが米国の支援を取り付けて進める勢力拡大と競って、ただし直接それとは対立せず、マーレアとアアザーズで別個に「イスラーム国」と戦っていますよ、と宣伝して、米国に評価を求めているように見えるもので、事実かどうかは、慎重に検討しないといけませんが、全く事実でないとは言えないでしょう。

緑の部分が、トルコと関係の深い反体制(反アサド)勢力の領域です。これがピンク色のアサド政権の支配領域によって分断されているのが分かるでしょう。トルコとの国境に近いマーレアとアアザーズが、イドリブなどを中心とする反体制勢力の主要な領域から切り離されています。これが最近生じている現象です。アサド政権は次に、マンビジュなどの方向に攻勢に出る模様です(赤い矢印)。アサド政権のアレッポ付近の支配領域は、細い線のような補給路でかろうじて中央部のハマーやホムスにつながっており、途中のハナースィル(Khanasser)が要衝となっている。

黄色の部分がシリアのクルド人勢力のYPGの勢力範囲です。トルコはシリアのクルド人勢力や、それと関係を深めるアメリカに対して、「ユーフラテス河がレッドライン」と表明してきました。国境のジャラーブルス(Jalabuls 河の西側)、下流に少し行ったところのサッリーン(sarrin これは河の東側ですが)などより西に来てはいけない、と警告していたのですね。しかし現在、このラインを超えてYPGあるいはその傘下にあると見られるSDFが展開しています。

YPGがさらに西に来て、マンビジュを勢力範囲にすると(黄色い矢印)、次にはマーレアやアアザーズに及びそうな雰囲気です。最終的に、飛び地となっている西の黄色の部分と繋がろうとしているように見えます。これをトルコは警戒しています。マーレアとアアザーズは、アサド政権だけでなく、クルド人勢力の西の飛び地(ここでは書いてありませんが、アフリーンと呼ばれます)の延伸によってもイドリブから切り離されています。この記事では緑の矢印で、マーレアとアアザーズへの「イスラーム国」からの攻勢を撃退していると記しています。

灰色の部分が「イスラーム国」の支配領域です。

1年近く前の、もう1枚の地図と記事を併せて見ると、今起こっていることの意味や、この間に進んだ変化が見えてきます。

シリアの飛行禁止区域ワシントン・ポスト
“U.S.-Turkey deal aims to create de facto ‘safe zone’ in northwest Syria,” The Washington Post, July 26, 2015.

この地図、そしてこの記事は、昨年7月に、トルコが米国と、シリア北部の、ちょうど今問題になっているマンビジュやマーレアやアアザーズの一帯を、「安全地帯」にすると合意した(とトルコ側が主張した)というものです。

ほぼ1年前の勢力地図を見ますと、反体制派(Rebels)の領域がアアザーズ近辺からイドリブまで繋がっており、ちょうどトルコへの「回廊」のようになっています。

同様に、「イスラーム国」もシリア・トルコ国境地帯のユーフラテス河以西の領域にトルコへの「回廊」を持っています。ここを通じて、戦闘員や資金や武器などが流入します。

この一帯を抑える勢力が、シリア内戦の今後において、有利な立場を得ることは間違いがありません。そこで、米国が支援したクルド人勢力・同盟部隊によるマンビジュ攻略や、トルコによるアアザーズやマーレアの支援が重要な意味を持ってきます。

「イスラーム国」が補給の回廊を維持するのか、クルド人勢力が米国の支持を得てトルコとの国境地帯にひとつながりの領域を確保するのか、トルコがクルド人勢力に楔を打つこの場所に一種の勢力圏を確保するのか。アサド政権がそれらの対立を利用して勢力範囲を回復するか、あるいは反体制勢力の補給路を分断するのか。

過去1年間の間に、トルコにとっては不利な状況になっていると言えるでしょう。クルド人勢力の対「イスラーム国」作戦の地上部隊としての役割を重視する米国はトルコの主張する飛行禁止区域設定を支持せず、トルコの警告に反して、ユーフラテス河以西のマンビジュへの攻勢を支援しています。アサド政権は、クルド人勢力とおそらく暗黙の合意があるのか、イドリブとトルコとの間の回廊の切断に成功しています。しかしトルコも、米国の空爆にインジルリク空軍基地を提供しているといった強みから、全く排除されることはないでしょうし、シリアの現地の諸勢力を支援して、撹乱することができます。

“ANALYSIS: From master to observer – how Turkey became irrelevant in Manbij: Turkey opposes plans to create a federal region in northern Syria after US-backed Kurdish forces take Manbij,” Middle East Eye, 2 June 2016.

【今日の一枚】(2)サイクス=ピコ協定の「完全版」

今日の一枚。

サイクス=ピコ協定にロシアとイタリアが参加
(出典:イギリスのナショナル・アーカイブに入っている地図で写真が広く出回っていますが、ここではウォール・ストリート・ジャーナル紙の記事から。“Would New Borders Mean Less Conflict in the Middle East?,” The Wall Street Journal, April 10, 2015.

有名な英・仏のサイクス=ピコ協定は、実際にはロシアとイタリアの同意も得たものでした。その部分を黄色と緑で書き加えた地図です。土台になる地図は有名なサイクス=ピコ協定のものと同じ”A Map of Turkey in Asia”ですね。

中東の第一次世界大戦前後について「英・仏」にのみ注目すると、中東国際政治の力学を忘れてしまいます。

英・仏のサイクス=ピコ協定を、ロシアは以前から主張していた、アナトリア東部のアルメニア人が多いエリアの支配と、そして何よりも、イスタンブルとその周辺のボスフォラス海峡・ダーダネルス両海峡の支配を認めさせることを引き換えに、承認しています。

イタリアも、現在はギリシア領のエーゲ海・地中海沿岸諸島の一部を領有していたのですが、対岸のアナトリア半島の領有をも主張したのですね。「サン・ジャン・ド・モーリアンヌ協定」などとも言われます。この本の索引を見ると、いちおう触れられています。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)

おそらくアフリカについては英・仏による分割、直線の国境線による切り分け、というものが主たる動因で決定的な意味を持ったと理解していいのでしょうが、中東の場合、ロシアの南下政策によるクリミアや黒海沿岸の征服とイスタンブルと両海峡地域への進出、また後にはオーストリアのバルカン半島への進出、またドイツの中東進出があり、それに対する英・仏が中心となった西欧列強の勢力均衡を基調とする「東方問題」の外交が関与したというところが基本構図です。

その基本構図を知っておいてこそ、現在の中東情勢も奥行きを持って見ることができます。

ああ地図っていいですね。

【今日の一枚】(1)中東「一人一国」構想

昨日は新コーナー「いただいた本」の第1回でしたが、今日は「地図で見る中東情勢」のカテゴリーを復活させてみましょう(高坂正堯『世界地図の中で考える』(新潮選書)も再刊されましたし)。

PCで右下にあるカテゴリーから「地図で見る中東情勢」をクリックしてみていただけるとわかると思いますが、以前は結構本格的に、地図をコピーしてきて解説していました。

もっといろいろ解説してみたいテーマはあるのですが、これはかなり時間がかかるので、現状では当分以前のような規模ではできません。

これだけ労力をかけるなら、本にした方がいいのでは、という気もします。

しかし本来は、インターネット上で回ってきた面白い記事の面白い地図を一枚貼って記事にリンクして「こんな地図あるよ」「記事読んだら面白かったよ」と伝えたいだけだったんですね。このブログの開設の発想そのものが。

それがいざ書くとなると、不特定多数に読まれるものだから詳細に解説しないといけない、地図も複数揃えて誤解のないように完備させないといけない、と考えるうちに、本格的なものになってしまいました。

しかし初心に帰って、これからは、特にブログに通知する連絡事項がないときなどに、ほいっと気楽に一枚地図を貼り付けてみようかな、と思います。

解説もほとんどしませんので、自分で調べてみてください。

今日の地図はこれ。

中東一人一国構想Onion
“Everyone In Middle East Given Own Country In 317,000,000-State Solution,” The Onion, July 17, 2014.

私はこれを「中東一人一国構想」と呼んでいます。

これは日本で言うと『虚構新聞』みたいな、元祖冗談新聞のThe Onionに以前に載っていたもので、『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)
を読まれた方には意味がピンとくるのではないかと思います。

本当はこの地図は、サイクス=ピコ協定とか、最近の中東分割案のいろいろな地図とかと合わせて紹介しようと思っていたのですが、そんなことをやっている時間もないし、サイクス=ピコ協定関連は本にしてしまったし、ということで、「一枚の地図」で紹介。この地図の意味するところを、ご自由に調べていってみてください。

【寄稿】シリア内戦の現状と中東国際秩序について『潮』7月号に

『潮』7月号にインタビュー記事が掲載されました。

池内恵「サイクス=ピコ協定-100年後の課題と中東の未来」『潮』2016年7月号(7月5日発売)、50‐55頁


『潮』2016年07 月号

『潮』には、「アラブの春」など中東への関心が高まった折に、何度か大きめのインタビューのご依頼をいただきましたが、激動の中東情勢を追いかけるので精いっぱいで、頭もまとまらないため、たいていはお断りしていた記憶があります(たいてい極端に忙しくて返事もできない。以前はファックスで依頼文が来ていた覚えがあります)。

今回、毎回お断りするのもなんだからとお引き受けした次第です。

月刊誌で語り下ろし・インタビューというと、かつては『文藝春秋』や『中央公論』だったと思うのですが、それらの雑誌では、最近は、長めのインタビューや対談では分析的なものはほとんど載らなくなりましたね。

短いコラムなどでは良いものが乗っても、編集部が大向こう受けを狙ったとみられるカバーストーリー的なインタビュー・対談は、書き手もテーマも画一化している様子があります。単調な煽り気味のものか、あるいはそもそもテーマが大部分が高齢者向け。

一般読者の関心をことさらに引くことを求められないのは、月刊誌・隔月刊誌としては『潮』や『外交』でしょうか。

そして『公研』『アステイオン』は、それぞれの母体の財団が、それぞれの関心や使命に基づき、存分に支援してくれています。

研究機関の雑誌やホームページも、学術的なものと広報的なものとの両方が、過度に一般読者の関心に合わせなくてよい場所を提供してくれるようになっていると感じます。

言論の場も、移っていくということでいいのかな、と思っています。

【寄稿】『外交』5月号に中東国際政治論を

外交専門誌『外交』(外務省発行、都市出版発売)に寄稿しました。

池内恵「中東にみる「国民国家」再編の射程—サイクス・ピコ協定から一〇〇年の歴史的位相」『外交』Vol.37、2016年5月号(5月27日発売)、112-120頁


『外交』 vol.37 特集:アメリカ大統領選挙の行方

『外交』という雑誌にはかなり専門的なことも書けるので、依頼を受けて余裕があれば書いていますが、ここのところご無沙汰していました。第1号から第12号までは洋書の書評を連載していました。

バックナンバー目次はこちらから。第12号まではPDFで各論文が読めるはずですが、URLが混乱していたりするところがあるかも)

『外交』とは何か、と言いますと、民主党政権の時の「仕分け」の対象になって、都市出版が長く刊行していた『外交フォーラム』がなくなった後継誌ということもあって、外務省が発行元となる(ために商業的な流通がしにくい)、編集実務を請け負い、発売元が時事通信社と都市出版の間で数年ごとに行ったり来たりしてよくわからん、といったハンディがありますが、育っていってほしい媒体ではあります(役所の公式見解とか、各種「学会」の順送りで選定されてくると思しき、目線が読者と公共圏を向いていない、若干要領を得ない書き手が少ない時は、読みごたえがあります)。

今回は、編集長の中村起一郎さんに聞き役になってもらい、いったん叩き台を作ってもらった後で私が大幅に書き直すという形をとりました。その結果、一問一答形式に放っていませんが、語り下し風の文体になっています。最近本を数冊出して、次の数冊を書いているところですので、ゼロから論稿を書くのが大変そうでしたので。

ふつうはそういう時は寄稿そのものをお断りするのですが(『外交』も過去何度かお断りしていると思います)、今回は、そろそろ中東国際政治の現状について考えをまとめて、現段階での認識を記録しておくのもいいかと思いまして。

最近そういった関心からいくつかインタビューを受けていて、そのうち一つはすでに時事通信社のe-World Premium 5月号に載っています。また、潮出版社の『潮』7月号にもインタビューが載る予定です(おそらく本日発売)。

e-World Premiumでは、シリアとイラクで包囲攻撃が進む「イスラーム国」の今後はどうなるのか。

『外交』では、100年前のサイクス=ピコ協定や第一次世界大戦・戦後を起点とする中東国際政治秩序の形成と、現在の変動について、全体像を。

そして『潮』では、シリア内戦と「停戦」や和平交渉について実態を分析しています。

それぞれが関係しあっており、重なり合うところも多いテーマですが、インタビュアーの関心によって重点が変わるので、同じ対象について同じことを語っていながら、大きく趣を異にする論考になりました。

インタビューを受けたのはいずれも連休明け直後です。その後の展開を予測した部分が多いのですが、たいてい予測通りに進んでしまったので(シリア内戦などについては、現実と、外交上の建前とか公式見解とかプロパガンダ情報を見分けることができれば誰にでも展開は予測できると思うのですが・・・)、あえて予測して見せる必要がなくなってしまい、削ったところもあります。

そのため、普段なるべく避けているインタビューを短期間に複数回受けた甲斐があったと思いました。自分でこのように書き分けるのはかなり頭を使いますし、労力がいりますから。

 

索引を公開『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』

「サポートページ」と銘打っているので、たまにはカスタマーサービスらしいことを。

昨日「重版出来!」とお知らせしました『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)ですが、最後まで読んでいただいた方にはお分かりと思いますが、この本では、予定のページ数のぎりぎりまで本文で使い切ったため、索引を掲載しておりません。そこで、ウェブ上に掲載する旨を末尾に書き添えてあります。

これもお気づきになった方がすでにいるかもしれませんが、新潮選書のウェブサイトのこの本を紹介するページに、著者のプロフィールなどと並んで「索引」というタブが設定されております。これをクリックすると索引が出てきます。紙幅を気にしなくていいためかなり手厚く項目を拾ってあります。

こんな感じですね。

索引新潮選書サイクスピコ協定

 

すでに読んだ方はこれを手掛かりに見落としていた部分を読み直してみたり、まだ読んでいない方は索引から内容を想像してみてください。

重版出来!

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)が重版されることになりました。ただいま印刷中。

学術的な本ですから、世間を騒がすベストセラー(狙い)の本よりは一ケタ少ないですが。出版社の側はこの程度は当然、予想の範囲、と強気ですが、私は、刊行一週間でこの本に重版がかかるのは、奇跡的なことといっていいかなと思います。

新潮社のラカグでトークをした5月30日の段階で、売れ行きが結構いいので、品切れにならないように重版をしておくことがほぼ決まっていましたが、部数が決まりました。

といっても現存する初版が全部売り切れたわけではないので、今後市場には初版と重版が混在することになりそうです。内容は全く同じです。

選書はそもそも初版が少部数で、重版の数も堅実に積み上げてじっくり売っていくものですし、この本も長期的に本屋に置かれ続けることを念頭に企画してありますがが、それにしても出足が早いのはめでたい。こういう本でも重版がかかる、ということを示すことこそが、一つの目標でした。

この本が意義を持って社会の中で生きていくための、最初の関門を突破したようです。

【寄稿】新潮社『波』6月号は新潮選書フェアの別冊が綴じ込みに

新潮社『波』2016年6月号

新潮社の『波』で、新刊『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)について、インタビュー仕立ての解説を自分で書いています。

編集者との掛け合い、という形です。実際にこういう会話を編集者としながら本の企画を立てていったので、それを私が再現したという形です。

池内恵「日本人が陥る中東問題のワナ」[池内 恵『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』著者インタビュー]『波』2016年6月号

なお、このインタビュー形式のコラムは、月刊のPR誌『波』の中ほどに別冊のようにして綴じ込まれています。誌面の中ほどに、緑色の表紙がもう一度ついた別冊が入っていて、そこで新潮選書を特集しています。ちょうど新潮選書は5月に「ベストセレクション2016」というフェアをやっているのです。

『波』6月号の目次から新潮選書フェアの部分だけ抜き出してみましょう(この部分だけ紙質が変わり、ページ数が付されていません)。

新潮選書フェア
[猪木武徳『自由の思想史 市場とデモクラシーは擁護できるか』著者対談]
猪木武徳×宇野重規/自由と不自由のあいだ

阿川尚之『憲法改正とは何か―アメリカ改憲史から考える―』
待鳥聡史/憲法はどう生かされているか

[池内 恵『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』著者インタビュー] 池内 恵/日本人が陥る中東問題のワナ

[服部泰宏『採用学』著者インタビュー]
服部泰宏/うちの会社にとっての優秀さとは何か?

高坂正堯『世界地図の中で考える』
細谷雄一/なぜ「悪」を取り込む必要があるのか

新潮選書ベストセレクション2016

 

最後の新潮選書ベストセレクション2016ではフェアの一覧表が載っており、私の『中東 危機の震源を読む』も挙げてもらっています。

選書フェアに合わせてなのか、新潮選書の今月のラインナップは特に力が入っています。猪木武徳先生の『自由の思想史 市場とデモクラシーは擁護できるか』と、阿川尚之先生の『憲法改正とは何か―アメリカ改憲史から考える―』が同時に出ています。

また、名著として知られる高坂正堯『世界地図の中で考える』を再刊しています。

いずれも政治学や思想史、現代社会論や国際関係論の教科書として大学の教養課程で使えるようなものです。

そして上に目次を示した『波』6月号挟み込みの選書特集では、猪木先生の本については著者ご本人と東大の宇野重規先生の対談「自由と不自由のあいだ」が、阿川先生の本については京大の待鳥聡史先生の書評「憲法はどう生かされているか」が収録されています。

関連して調べていたら、待鳥先生が共編著でこんな本を出されるということも知りました。駒村圭吾・待鳥聡史編『「憲法改正」の比較政治学』弘文堂、2016年6月29日刊行予定

さらに『波』では高坂『世界地図の中で考える』について、慶應義塾大の細谷雄一先生が力の入った論考「なぜ「悪」を取り込む必要があるのか」を寄せています。

『波』そのものは書店に置いてあれば無料でもらえますし、年間定期購読しても送料程度しかかかりません。

今月号は特にお勧めです。

なお、新潮選書が、どこかかつての中央公論の趣を漂わせているのはなぜなのか、などと思ったりもします。

猪木・阿川先生の新刊や、高坂正堯の旧著も、いずれもかつての中公叢書で出ていてもおかしくないものでしょう。

「著者インタビュー」でも少し書きましたが、出版状況が激変する中で、私は選書という媒体を学術書や教科書を流通させるメディアとして活用できるのではないかと考えています。大学の学部課程で教科書として使うのに最適な本を、選書として出して、本屋の棚に常に置かれるようにし、少しずつ着実に売って広めていくようになれば、学術の発展・維持のためのインフラにもなり、出版産業の安定にも資することと思います。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』の特注帯

新潮選書『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(5月27日刊行予定)の特注帯ができてきました。ギリシアへ流入する難民をあしらったものを編集部が選定したようです。

新潮選書サイクスピコ協定特別帯

選書はシリーズを通してデザインが同じですから(だから低コストで工期を短縮して本を出せるのですが)、表紙で変化を出しにくい。そこで、大きめの帯を付けて、写真などをあしらうことで、書店でハードカバーの単行本と同様の存在感を示そうとするのです。単行本の良さと、選書シリーズの棚に置かれる良さの両方を「いいとこ取り」しようとする手法ですね。

新潮選書で同時期に配本されるものについている帯は通常はこのようなものになるようです。

新潮選書「サイクスピコ協定」表紙

皆様の近所の書店ではどちらが置かれることになるでしょうか。