【寄稿】イランがイラク介入で米国に協力持ちかけ『フォーサイト』

イラク情勢について、13~14日の動きを、イランの介入を中心にささっとまとめました。

池内恵「イラク内戦に介入するイランが米国に囁く「協力」」『フォーサイト』中東の部屋、2014年6月15日

2005年に『フォーサイト』(当時は月刊・紙媒体だった)に書いた「イラクのどこに希望を見いだすのか 「新国家」成立を左右するキルクーク問題」『フォーサイト』2005年12月号、をフォーサイトの過去記事から引っ張り出して読んでみると、対立の基本構図は全然変わっていないな、と思いました。

2005年末に成立した現体制で不満を持つ中部と北部の4県のスンナ派勢力の取り込みができないまま、テロとか宗派紛争とか、米軍のサージ(増派攻勢)で抑え込んだりといったことをしているうちに時間がたってしまったわけです。米軍が2011年末に撤退すると、マーリキー政権は強硬策しかとらずに不満を放置。ついにISISが台頭してしまった。

また、先日のテレビ朝日に対するコメントで、イランが介入し、それを米国が黙認して、むしろサウジとかが米国から敵視されるようになったらすごい変化ですね、といったことを「専門家ならだいたいこう思うでしょ」程度の想像で話したら、番組で使われていましたが、それがすでに現実になりかけている気配もあります。

オバマ政権がイランとの合意に賭けていますから。イランもあまーいささやきをしています。

2005年の憲法制定以来、テロや宗派紛争はあっても、問題の構図は変わらなかったイラクを巡る情勢が、一気に動き出しているのかもしれません。

以下に本文の冒頭を張り付けておきます。【追記:のちに無料公開に切り替わりましたので、全文を張り付けておきます。ただし英語などへの参考記事へのリンクは貼っていないので、フォーサイトから辿って行ってください】

 6月10日にイラク北部モースルを制圧したISIS(イラクとシャームのイスラーム国家)は南下してバグダードに向かった。これに対してマーリキー首相は13日にサーマッラーを訪問して軍・部隊にテコ入れした。同日の金曜礼拝ではイラクのシーア派宗教指導者の最高権威シスターニー師の声明が読み上げられ、シーア派信徒に祖国防衛のための義勇兵として参集するよう呼びかけた。サーマッラーに配置されたイラク国軍部隊はISISの襲撃予告を受けて多くが離脱してしまったようだが、マーリキー政権支持派の民兵組織やシーア派義勇兵を動員してISISの攻勢を食い止めているようだ。

 ISISの勢力範囲は、スンナ派が大多数を占める4県、すなわちニネヴェ、アンバール、サラーフッディーン、ディヤーラで急速に拡大したが、その外では住民の支持をそれほど得られないだろう。イラク戦争後の体制を定めた2005年10月の憲法制定国民投票では、これらの県では軒並み過半数あるいは3分の2が反対票を投じていた。それに対してクルド3県や、シーア派が多い9県、そして首都バグダードやキルクークではいずれも圧倒的多数が現憲法に賛成票を投じた【「イラクのどこに希望を見いだすのか 「新国家」成立を左右するキルクーク問題」『フォーサイト』2005年12月号】。2006年以降急激に増えたテロや宗派紛争、そして過激派の伸長は、現体制の制度の枠内で政治を行うことにそもそも否定的なスンナ派諸勢力と、シーア派主体の現政権が、妥協を拒否し対決し続けているところに由来する。

 気になるのがイランの動きである。13日、イラン革命防衛隊の高官で、シリアやレバノンの紛争に介入してきたクドゥス部隊を統率するスレイマーニー少将がバグダード入りし、マーリキー政権高官や、民兵組織の指導者、アンバール県のスンナ派部族指導者などと会合を持ったと報じられている。イランはすでに先遣隊2000人を送り込んでいるとも明かしている。マーリキー政権もイランに支援を仰ぐ可能性を公にしている。

 米オバマ政権もISISのイラクでの伸張は米の国益を脅かすと言明、軍事的なものを含む対処策を検討しているが、イランの素早い動きに先を越されている。イラクのマーリキー政権はシーア派主導でイランの影響力が強いとはいえイランの支配下にはなかった。基本的には米国の支援によって軍事・安全保障を支えられており、マーリキーが首相の座に長期間座っていられた原因の一つも、米国から見て「イランに近すぎない」からだ。

 しかしこのままでは、マーリキー政権はイランに頼らざるを得ず、ISISの伸長を好機に、イラクの政権や国土全体にイランの影響力が増大することになる。米国がふんだんに供与した兵器や設備を使って、イランに支えられたマーリキー政権が、イランの反米活動の先兵となってきた革命防衛隊やバシジ(民兵)と共にスンナ派の過激派と戦うというのは、少し前なら想像もできなかった非現実的な光景だ。

 しかし中東への直接的な介入を忌避し、イラン核開発問題での合意を政権の外交成果としようとするオバマ政権の意志が明確になっている現在、イラクをめぐってイランと米国が同盟するというシナリオすら全く想像不可能なものではなくなっている。

  「泣く子も黙る」コワモテのスレイマーニー少将の暗躍に並行して、イランが繰り出しているのは「甘いささやき(charm offensive)」である。匿名の高官が米国との協力の可能性をささやくだけでなく、ついには14日にロウハーニー大統領自身が「米国と協力する用意がある」と明言した。

 うますぎる話である。

 アメリカの力を利用し、イスラーム主義過激派の挑戦を逆手にとって、イラクに勢力圏を築く、というイランの「地政学上の合気道」のお手並み拝見というところか。

(池内恵)